■誓いのキス −石川side−(2)■


 小道を進むと突然、視界が開けた。
 池の中に建つ小さな白い建物。三角形の屋根には大きな十字架。岸辺には白いアーチがあり、建物まで石畳が続いている。
「チャペル……?」
 何故、美術館にチャペルが……? と石川は怪訝な顔をした。
「多分、ホテルの結婚式用ですよ」
「結婚式?」
「ほら、そこのホテルと繋がっているでしょ? ここで式を挙げれば、そのままホテルで披露宴ができるじゃないですか」
「ああ、そういうことか」
 岩瀬は魅入られたようにチャペルを見つめている。
 嫌な予感がした石川は、散策するふりをしてその場を離れた。何気なく、石畳の隅にあるポールに近づいてみる。それは直径50cmほどの白いポールで、金色の小さなプレートが整然と貼られていた。
「これって……」
 一枚一枚のプレートには、二つの名前と一つの日付が刻まれている。
「きっと、ここで結婚式を挙げた人たちなんですね」
「──基寿?」
 いつの間にか、岩瀬がすぐ後ろに立っていた。石川の身体を包み込むように腕を伸ばし、プレートにそっと触れる。密着した体温が背中に伝わり、石川は僅かに身をすくめた。
 岩瀬の唇が首筋に近づく。熱い呼気に、心臓がドクンと鳴った。
「悠さん」
「……何だ」
「お願いがあるんですけど」
「却下」
 石川は即座に切り捨てた。火照る顔を見られないよう、顔を背ける。
「……俺、まだ何も言ってませんよ?」
「聞かなくても分かる! 却下と言ったら却下!」
 強引に腕の中から抜け出し、来た道を戻ろうと早足で歩き出す。
 と、後ろから上着のすそが引っ張られた。
 振り向くと、そこにはこの上なく情けない顔の──まさに主人に置いていかれる犬のような顔をした岩瀬がいた。
「一緒に歩くだけでいいんです」
 大きな身体を縮めて覗き込むように、岩瀬は石川をみつめる。
「ダメですか?」
 情けない顔の中に浮かぶ、真剣な眼差し。岩瀬の気持ちが痛いほどに、石川の心に突き刺さる。鼓動が鳴り止まない。
 耐え切れず、石川は目を逸らした。
「……歩くだけだからな」
「はい!」
 弾けんばかりの笑顔で、岩瀬は石川をアーチの前へと引っ張っていった。
 石川は恥ずかしさのあまり、顔を上げていられなかった。俯いたまま、岩瀬と共にアーチをくぐる。
 そっと岩瀬が石川の手に触れた。しばしの逡巡の後、石川もゆっくりと手を握り返す。
 本当なら赤い絨毯が敷かれるはずの石畳の道は、夕日でオレンジ色に染まっていた。手をつないだ二人の影がくっきりと映る。
 チャペルまでの僅かな距離を歩くあいだ、石川はずっと、岩瀬の視線を感じていた。




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