■誓いのキス −石川side−(3)■


 チャペルの中には立派な祭壇と長椅子があり、本格的な作りになっていた。
 目立たない場所に設置された防犯カメラに気づき、二人はどちらからともなく繋いだ手を離す。
 緻密に描かれたステンドグラスから差し込む光が、柔らかく十字架を照らしている。
「きれいだな」
 石川は思わず感嘆の声を漏らした。
「このステンドグラスも美術館の作家が作ったそうですよ」
 説明プレートを見ながら岩瀬が答える。
「だからガラスの美術館にチャペルがあるのか」
 物珍しそうにきょろきょろと辺りを見ていた石川は、岩瀬がくずれそうに緩んだ顔で自分を見つめていること気づいた。
「……そんなに嬉しかったか?」
「もちろんです!」
 断言する岩瀬の笑顔が、石川には苦しい。
──ただ歩いただけなのに。前を向くことすらできなかったのに──
 思わず目を逸らした石川に、岩瀬はそっと近づいた。
「でも何より、悠さんの気持ちが嬉しいんです」
「……?」
「悠さん、こういうの苦手でしょ? なのに一緒に歩いてくれて、手もつないでくれて」
 心の底から嬉しそうな岩瀬の様子に、石川の胸がキリキリ痛む。
 結婚式に執着していることはずっと前から知っていて。でも、それに応えることはできなくて。なのに、たったこれだけのことでこんなに嬉しそうに笑って──
 不意に石川は、岩瀬の腕を掴んだ。
「悠さん!?」
 強引に部屋の隅に押し込んで座らせると、石川は岩瀬の太腿を跨いで膝立ちになった。
「悠さん! 防犯カメラ!」
「──に一台と──に一台。ここなら映らない」
 石川は岩瀬の首に腕をまわして抱きついた。
「……ごめん、基寿」
「どうしたんですか!?」
 石川が何に対して謝っているのか、岩瀬には分からない。ただあやすように背中を抱き寄せる。
「いつ……とは言えないけれど……」
 石川は搾り出すように声を出した。
「……もし俺が結婚式を挙げことがあるなら……相手はお前だから……絶対……」
「悠さん……」
「……でも今はまだ……ごめん……」
──今はまだ、お前の望みを叶えられない──
 どうしたらいいのか分からなくて、ただ感情が溢れて、石川は岩瀬にすがりついた。
「基寿っ……」
「悠さんっ……悠さんっ!」
 岩瀬も強く石川を抱きしめた。言葉ではなく、ただ名前を呼び合い、力の限り抱きしめあって、お互いの想いを伝え合う。
 やがて激情の嵐が去り、石川の腕の力が緩んだ。岩瀬は石川の頬を優しく包んで自分の方を向かせた。
「俺、すごく嬉しいです。悠さんがそんなに俺のこと、想ってくれて」
「基寿……」
「はい?」
「約束とか保証とか……そういうものはやれないけれど……」
「いいんですよ、もう気にしないでください」
 笑顔で流そうとする岩瀬を、石川の真剣な眼差しが引き止めた。
「神様の前でやることに意味があるんだろ?」
 いつの間にか太陽は沈みかけ、僅かな残光が二人の上に十字架の影を落としていた。
 石川の両手が、岩瀬の手に重なる。
「悠さん?」
「誓うよ。お前とずっと一緒にいる」
 石川の唇がゆっくりと岩瀬に重なる。
「俺も、悠さんから離れません」
 今度は岩瀬の唇が石川に重なる。
「あー、えっと……もっとしたいけど、さすがにここじゃダメ……ですよね」
「当たり前だ!」
 反射的に怒鳴った石川に、岩瀬はくすりと笑った。
「戻りましょう、悠さん。もっとしっかり抱きしめたいから」
 
 チャペルを出ると、すっかり陽は落ちていた。
 石川の手がそっと岩瀬の手にふれる。薄闇の中、二人はしっかりと手をつないだまま、庭園の入り口へと向かった。


END






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