■プレゼント(3)■
数日後。
遅くに帰宅した安積は、自分のマンションの部屋の前で鍵を取り出した。
いつものようにドアを開け、下駄箱の上に鍵を置く。
と、手がすべり、鍵が落ちた。誰もいない静かな部屋に、金属音が響く。
暗がりの中、安積は鍵を拾い上げた。音が耳に残るせいで、部屋の中がことさら静かに感じられる。無意識に鍵を握ったまま、安積はリビングへ向かった。
明かりをつけてソファーに座り、安積は手の中の鍵をぼんやりと眺めた。むき出しのキーホルダーに、鍵が二つ、ついている。
一つは自分の部屋の鍵、もう一つは速水の部屋の鍵だ。
また、返し忘れたな──
安積は苦笑した。
この鍵は、あの日からずっと、安積の手元にある。初めて速水と寝た、あの日だ。
あの日、目覚めたとき、速水の姿はなかった。第一当番だったのだ。
テーブルの上に、短いメモと、鍵が置かれていた。
スペアキーを置いていく、帰るときに閉めていってくれ──
そんな内容が書かれていた。
安積はメモのとおり、この鍵でドアを閉めた。
すぐに返そうと思っていたが、職場で渡すのは気恥ずかしい。
そういえば、この鍵であのドアをあけたことがないな──
ドアを開ける時は、チャイムを押せば中から速水が開けてくれる。
ごくたまに、一緒に部屋に入るときは、当たり前だが、速水が鍵をあける。
安積がこの鍵をつかうのは、速水が出勤した後の部屋から出る時だけだ。その時は必ず「次こそ返さなくては」と思うのに、ついつい忘れてしまう。
会うたびに、鍵のことなど忘れてしまうくらい、浮かれているのか──?
そうは思いたくないが、年のせいの物忘れだとは、もっと思いたくない。
安積は、手の上の鍵を見つめた。
自分の鍵はとっくに傷だらけだ。くすんで古びた、だが数少ない、安積に残されたものだ。
もう一つの鍵は、まだ十分に、金属の輝きを保っている。が、よく見ると、小さな傷がついている。いつも無造作にポケットの中にいれているのだ、当然の結果だろう。
実際のところ、いつ返せるかはわからない。返したとしても、結局、またすぐに借りることになるのだ。
借りているものに傷をつけるのは悪いな──安積はそう思った。
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