■プレゼント(2)■
いつもどおりの、忙しい日々が過ぎていった。朝から晩まで駆け回っていると、プライベートなことなど吹き飛んでしまう。大きな事件が起これば、なおさらだ。
目の回るような忙しさがようやく一段落した、ある夜。
安積はひとり、刑事部屋に残っていた。他のメンバーをさっさと帰らせたものの、なんとなく、自分のマンションに帰る気がおきない。
速水は今日は夜勤だ。ここへ来ることはないだろう。
安積は椅子にもたれ、人気のない刑事部屋を見渡した。人がいないだけで、小さいはずのこの部屋がひどく広く感じられる。
僅かな寂しさを感じ、安積は目線を下へずらした。ふと、自分のネクタイが目に入る。 くたびれたそれが、かろうじて体裁を保っているのは、銀色のタイピンのおかげだ。
安積の年齢にしては少々若向きの、細くてシンプルなデザイン。何年か前の、娘からの誕生プレゼントだ。
安積はタイピンを外し、ぼんやりと眺めた。裏には『T.Azumi』と彫られている。
『お父さんの名前って、フルネームだと12文字を超えちゃうの。だから下の名前は頭文字だけね』
確か、そんなことを言っていたな──
思い出に引きずられそうになり、安積は、かぶりをふった。
ふと、忙しさにかまけて忘れていた──正確には忘れたことにしたかった、速水の言葉を思い出す。
安積はため息をついた。
あれから速水は、何も言ってこない。
気持ちはありがたいが、欲しいものと言われても、困るというのが本音だ。
──まさか、また涼子に対抗しているわけじゃないだろうな──
不意に、口の中に甘ったるいチョコレートの味が蘇った。安積はあわてて、誰も見ていないのにもかかわらず、しかめっ面を作った。
娘からのプレゼントは嬉しい。それは本当だ。だから、少し照れくさくても、こうして職場につけていく。
だが、贈り主が速水となると、話はまったく違ってくる。何やら、とんでもないデザインのものをよこしそうだ。まともなデザインならなおさら、そんなものを身につけて、どんな顔をして職場に行けばいいのだ。
安積は途方にくれた。
欲しいものと言われても、そもそも物を欲しいと思うことなどあまりない。日常生活に必要なものは買うが、それは必要だからだ。
欲しくて買うもの、というと、実用性より嗜好性の高いものか──?
自分の生活を振り返ってみたが、思いつくのは、ささやかな安らぎをもたらす国産の安いウイスキーと、書類仕事に疲れた時に自動販売機で買う缶コーヒーくらいだ。
あとは、ごくたまに外で飲む、少し上等な酒──
安積は自分で考えておいて、少し情けない気持ちになった。自分の生活に不満はないが、客観的に見て、少々さびしすぎる気がする。
だが、実際、それで十分なのだ。
いっそ、実用品ならどうだろう。そういえば、靴下が薄くなってきている。時間をみつけて買いにいかなくては。
安積はまた、ため息をついた。
だいたい、速水は何を思って、欲しいものなど聞いたのだろう。
欲しいもの。それはつまり、速水が贈って嬉しいもの、ということだ。靴下をリクエストされて、速水が喜ぶとは思えない。
そこまで考えて、安積は憮然とした。
そもそもプレゼントというものは、贈り手の気持ちではないのか?
なぜ、貰う側の自分が、こんなにも悩まなくてはならないのか。
自分で考えろ、と言えばよかった。
安積は、今夜何度目かも分からない、ため息をついた。
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