■小さな一歩(6)■


 シャワーを浴びたのはいいが、何を着て出て行けばいいのかが分からない。
 迷った末、棚にあったTシャツと未開封の下着を借りることにした。まさか、勝手に借りたぐらいで速水は怒らないだろう。下着は後で、買って返せばいい。いささか間抜けな格好だが、仕方がない。
 部屋に入ると、速水は缶ビールを飲んでいた。上半身は裸だ。厚い胸と太い腕が目に入る。
 安積と速水の目が合った。速水が立ち上がり、安積の方へ一歩近づいた。安積は一瞬、足がすくんだ。速水の手が、安積に伸びる。
 次の瞬間、安積は速水の腕の中にいた。痛いほどに抱きすくめられ、安積は動けなかった。低い声が安積に囁いた。
「もう止まらないからな。覚悟しとけ」
 返事をするよりも早く、安積の口は塞がれた。
 速水の唇が、舌が、強引に安積の中に侵入する。あまりの荒々しさに、安積は反射的に速水を突き飛ばしそうになったが、どうにか踏みとどまった。
 ここで逃げたくはなかった。
 安積はゆっくりと唇を開いた。ぎこちない動きで、自分の舌を速水にからめる。そして、腕を伸ばして速水の頭を抱えた。
 一瞬、速水の目に驚きが浮かんだように思えたが、近すぎてよく分からない。
 速水の舌は容赦なく、安積の口腔を蹂躙した。ようやく離れたかと思うと、唇が唇を柔らかく食む。また角度を変えて侵入してくる。
 安積はいつしか、その動きについていくことしか考えられなくなっていた。
 キスの上手い下手を語れるほど、経験豊富ではない。
 だが確実に、安積は興奮していた。
 ようやく、速水の唇が離れた。
 速水はそのまま、安積をベッドに押し倒しTシャツを引き抜いた。安積は抵抗しなかった。
 抱きしめられ、素肌が触れ合う。速水の身体は熱かった。
 速水は首筋に顔を埋め、貪るように舐め、吸いつき、歯をあてた。その感触に、安積は身震いした。飢えた獣に喰われるのは、こういう感じだろうか。それは決して嫌な感覚ではない。
 速水の手が、安積の腰骨を滑り、太腿に触れる。そのまま、安積の中心を下着の上から包み込んだ。
「っ……」
 安積は思わず息を呑んだ。もうずいぶん長いこと、他人にそこを触れられていない。速水の手の暖かさが、生身の人間であることをリアルに伝えてくる。
 何より、そこが既に熱を持っていたことを速水に知られたのが、とてつもなく恥ずかしい。
 速水が薄く笑ったような気がした。安積は思わず、目をつぶった。
「安積、目を閉じるな」
 思いのほか優しい声に驚き、安積は目をあけた。
 間近に、獰猛さと優しさの入り混じった男の顔があった。その奥に、少しの不安が混じっていることに安積は気づいた。
 速水は頬を優しく撫でながら、安積の目を覗き込んだ。
「おまえを抱いているのが誰か、しっかり見ておけ」
 挑発的な言葉に、安積は頭の中が熱くなるのを感じた。同時に、いつもの自分を取り戻す。
「ああ、見ててやる」
 安積は精一杯、速水の目を睨んだ。
 その様子に、速水が笑った。
「そうだ、そうやって俺を見ていろ」
 獲物を食らい尽くす肉食獣の笑いだと、安積は思った。
 視線を絡ませたまま、大きな手がゆっくりと、だが確実に安積の快感を煽る。やがてその手は下着の中に侵入し、安積に直接触れた。
「あ……っ」
 安積は思わず声を漏らした。速水の手が、先端を巧みに擦りあげる。ぬるぬると滑る感触は、安積自身の先走りだ。快感を隠し切れない安積の顔を速水が正面から見つめている。羞恥で頭が沸騰しそうだ。
「んっ……っ」
 安積は奥歯を噛みしめた。本当は手で口を覆いたい。だがそれでは、恥ずかしがっていることを速水にあからさまに知られてしまう。
 声が漏れることより、恥ずかしがっていると速水に知られることの方が、より恥ずかしいと、安積は思った。だからと言って、本能のままに声をあげることなど、できるはずもない。視線を絡ませたまま、安積は唇を噛んだ。
 速水の指がゆっくりと安積の唇をなぞった。その顔に、からかうような笑みが浮かんだ。
「声出せよ。恥ずかしがるな」
 誰が恥ずかしがっているっていうんだ!──安積がそう怒鳴ろうと口を開けた瞬間、速水の舌が滑り込んできた。
「んっ……あ……」
 熱い舌が、優しく口腔を解きほぐす。噛みしめた奥歯はあっという間に緩み、閉じ込めていた声が溢れ出した。
「あっ……うん……っ」
 やられた、と思ったがもう遅かった。一度溢れてしまった声は、こらえることができない。
 舌を絡ませながら、速水の手は安積の雄を擦り上げる。
「や……あ……」
 舌が離れても、安積は声を抑えることができなかった。速水を睨みつけるのが精一杯だ。
 そんな安積をあやすように、速水は額に軽く口付けた。そのまま身体を下にずらす。
「何……?」
 腰の下に、枕が押し込まれた。自然と腰が浮き上がり、足が開く。
 下着が引き抜かれ、ぬるりとした感触が安積を包み込んだ。
「馬鹿っ! やめろっ……!」
 速水は一度だけ安積と目線をあわせ、笑った。そのまま深く、安積の雄を銜え込む。
「よせ……っ」
 なんとか速水を引き剥がそうとするが、力が違いすぎた。
「……っん……や…め……」
 速水の舌は先端から裏側をたどり、くすぐるように幹を這った。そのまま口腔に引き込み、唇で擦り上げる。いつしか安積は、その快感を追うことしかできなくなっていた。
 声を堪えることなど忘れ、手を伸ばして必死で速水の頭にすがりつく。
 頭の中が真っ白になり、快楽に翻弄される。
 不意に、後ろに何かが触れた。ぬるりとした何かが入り口を刺激し、ゆっくりと侵入してきた。
「な……に……?」
 その正体を確かめようにも、前に与え続けられる快感に、思考が奪われる。
 後ろに侵入してきたものがうごめき、中を探っている。やがて後ろが押し広げられ、新たなものが侵入してきた。ようやく安積は、それが速水の指であることに気づいた。
「っ……ん!」
 突然、安積の腰が跳ねた。
 今まで感じたことのない快感が全身を駆け抜ける。
「……!」
 悲鳴は声にならなかった。
 最奥の感じる部分を刺激され、前を吸い上げられ、耐え切れず安積の雄は弾けた。
 速水が顔を上げ、安積を見た。ごくりと喉を鳴らし、嚥下する。
「ばか……やろ……っ」
 安積は息も絶え絶えに、抗議の声を上げた。だが次の瞬間、再び奥を擦られ、身体が跳ね上がる。
「ここ、気持ちいいだろう?」
 安積は言葉を発することができなかった。
 速水はそのまま身体をずり上げ、安積の首筋に口付けた。額や頬にも唇を落とす。
「ん……っ」
 三本目の指が侵入してくる感覚に、安積は身体を震わせた。後ろをかきまわされ、達したばかりの雄が硬く立ち上がり、蜜を溢れさせる。快感に翻弄され、何も考えることができない。
 ふと、それまで安積を苛んでいた動きが止まった。
「あ……」
 指が抜ける感触に、思わず身体が震える。
 ゆっくりと速水の方を見ると、熱を孕んだ視線にぶつかった。欲情した、獣の目だ。その欲情の対象は、まぎれもなく自分なのだ。
 表情とは裏腹に、速水は優しく安積の頬を撫でた。
 速水が、安積の脚を抱え上げた。硬く立ち上がった自分の雄を、安積の入り口に押し当てる。
 安積は無意識に、身を竦めた。
 速水が僅かに苦笑した。
「怖いなら、目をつぶってろ」
 安積は、速水の目を正面から見据えた。
「言っただろう、見ててやる、おまえの顔を」
 速水の動きが一瞬、止まった。安積は続けた。
「おまえこそ、怖いなら俺の顔を見るな」
 その瞬間、速水の目に獰猛な光が宿った。
「後悔するなよ」
 熱い塊が安積の中に侵入してきた。あまりの大きさに、息が詰まる。速水の手が、安積の雄を扱く。快感で身体が僅かに緩んだ隙に、少しずつ侵入が深まる。
 安積は涙が滲む目で、その様子を見続けた。速水の雄が、自分の中に飲み込まれていく。同時に、自分の中の質量も増す。速水の顔にも苦痛が浮かんでいる。容易に入る場所ではないのだ。何度か、速水は安積の方を見た。大丈夫かと目で問いかけてくる。安積は目線を外さないことで、大丈夫だと伝えた。
「全部、入ったぞ」
 速水の言葉に、安積は力を抜いた。
 不意に、ずるりと引き抜かれる感触に安積は悲鳴をあげた。
 半ばまで抜かれ、また最奥まで貫かれる。
「ひ……あ……っ」
 凶器のような熱が、繰り返し、安積の内壁を貪った。感じる部分が擦り上げられる。抜かれる感触に、ぞくぞくとした快感が身体を突き抜ける。そのたびに安積は声をあげた。
 涙目で見上げると、速水と視線がぶつかった。速水は欲情に満ちた顔で安積を見ている。その表情にはもう、不安は混じっていない。
 速水の顔が近づいてきた。安積は腕を伸ばした。速水の頭を引き寄せ、唇を重ねる。
「ん……っ」
 抽挿が激しくなり、安積の中の質量が一段と増した。
 速水の手が、安積の雄を捕らえる。
「あ……っ……」
 安積の身体が跳ね上がり、速水の手を汚した。
 少し遅れて、速水の動きも止まった。
 重なり合い、ただ荒い息をつく。速水の重みを感じながら、安積は意識を手放した。



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