■抱擁(2)■
早朝、速水が出勤すると、署の一階では若い交機隊員が数人、何やら話をしていた。
「よお」
軽く手を上げる速水に気づき、隊員たちは元気よく挨拶をした。眠そうな顔はひとつもない。速水は満足した。それでこそ交機隊だ。
そのままロッカールームに向かおうとし、ふと、一人の隊員が気になった。表情が硬く、目線が少し下を向いている。今年配属されたばかりの、新人だ。
他の隊員たちも、助けを求めるように速水を見ている。
「どうした?」
一人の隊員が、困ったような顔で説明した。
「いや、こいつがね、きりがないって言うんですよ。暴走するガキを捕まえても捕まえても、全然減らない、ってね」
新人は、堰を切ったように速水に訴えた。
「だって、そうでしょう? こっちは命がけだっていうのに、あいつらにとってはただの遊びなんですよ!? 捕まえたってすぐにまた、同じことを繰り返してばかりだ!」
ああ、そういうことか。
速水は即座に理解した。
こいつが何に怒っているのか、答えは本人の言葉の中にある。そしてそのことに、こいつらは気づいていない。
速水は言った。
「命をかけるのが、怖いか」
一瞬、新人は息を詰めた。見る見る、表情が変わる。
「そんなことはありません!」
精一杯の虚勢に、速水はにやりと笑った。
他の隊員たちもようやく、状況を理解したようだ。新人は、本当はこの仕事が怖くなっていた。でもそれを認めたくなくて、怒りの矛先をガキどもにすり替えていたのだ。
速水は、新人の肩を叩いた。
「さあ、俺たちのお客さんは、ガキどもだけじゃないぞ。さっさと準備しろ」
隊員たちの顔から、不安が消えるのを確かめ、速水はロッカールームへ向かった。
不安や恐怖は、伝染しやすい。とっくに慣れているはずの隊員たちでさえ、気づかぬうちに新人の不安に巻き込まれていた。
それを断ち切るのが、上の役目だ。不安の本質を見抜き、本人が納得しやすい言葉で分からせ、安心と余裕を引き出す。上に立つ者なら、たいていが使うテクニックだ。
あの新人も、そのうち、自分で恐怖心を克服するだろう。そうでなくては、交機隊は勤まらない。
ふと、速水は安積の言葉を思い出した。
『いつか、おまえとも別れるかもしれないことが怖いのか?』
あの時は反論できなかったな。速水は一人、苦笑した。
今はもう、迷いはない。失うのが怖いのなら、二十年も経った今になって、行動を起こしたりはしない。
そして安積もまた、自分と同じ気持ちなのだと、自信を持って言える。言葉にはできなくとも、あの表情で、態度で、伸ばす腕で、精一杯の想いを伝えてくるのだ。
怖いことなど、ない。
速水は、一昨日の安積の腕の強さを思い出し、ひっそりと笑った。
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