■冷たく甘く(2)■
ベンチに座るのは目立つ気がする。休日出勤とはいえ、今は仕事中だ。
安積は出店の裏側にまわり、広場と草木を区切る柵に腰を下ろした。ここならば、人の多い広場からは死角になる。隣に、同じように速水が座った。
「どっちがいい?」
「おまえはどっちがいいんだ?」
質問で返され、安積は両手のソフトクリームを見つめた。
白いほうは多分、バニラ。茶色いほうは多分、チョコレートだ。
別に、ソフトクリームの味に拘りはない。どっちでもかまわない。強いて言うなら、速水が食べないほうでいい。
決めかねて眉間に皺が寄りかけたところで、左手のソフトクリームが取り上げられた。
速水ががぶりと、かぶりつく。一口で、茶色いソフトクリームは大半が姿を消していた。
「旨いぞ」
速水が笑う。
安積もようやく、白いソフトクリームに口をつけた。
甘さと冷たさが、汗をかいた身体に染みわたる。
安積はちらりと隣を見た。速水は旨そうに楽しそうに、ソフトクリームをたいらげていく。本当に心の底から、この状況を楽しんでいるように見える。
安積は小さくため息をついた。
中年男が二人で、何をやっているのだろう。祝日の昼間に、観光地である公園でソフトクリームを食べる。どう考えても、おかしな光景だ。
速水はまだいい。薄手のニットのシャツにジーンズ。それが違和感なく見えるし、実際、若々しい。
安積は、自分の服装を見た。
汗を吸ったワイシャツに、よれたネクタイ。おそらく速水とは違った意味で、それが違和感なく見えるだろう。
「ハンチョウ、たれてるぞ」
速水の声に、安積は我に返った。溶けたソフトクリームが滴っている。
あわてて口をつけようとした安積の右手を速水が捕えた。
コーンから落ちる寸前の滴を速水の舌が受け止める。そのまま、コーンを伝う流れを逆向きに舐め取っていく。途中、僅かに舌が安積の指をかすめた。安積の身体がびくりと震える。その目を見ながら、速水は最後に自分の唇を舐め、にやりと笑った。
「こっちも旨いな」
安積は赤くなる顔を背け、ソフトクリームを齧った。
速水の動作が、昨夜の──つい十数時間前の行為を思い出させる。
今は仕事中だ。そんなことを考えている場合ではない。速水も──そうだ、速水も、これから署に行ってすぐに勤務だ。そして、ここは署のすぐ近くだ。
こんな時にこんな場所で。いや、普段の仕事中でさえも。速水は、二人きりでいる時とほとんど同じように振舞うことができる。もちろん、あからさまなことは言わないし、呼び名も違う。それでも、言いたいことは同じように伝わってくる。
それがいやなのではない。
同じように振舞うことができる速水が──妬ましいのだ。
安積はソフトクリームを口に押しこんだ。冷たさが喉を流れ落ち、頭と身体の熱が少しずつ冷めていく。
速水が空を見上げた。
「かげってきたな」
足元の影が消えていく。昼間はいくらあたたかくとも、まだ春だ。夕方になれば急に肌寒くなる。
全てを食べ終えた安積は、小さくくしゃみをした。中と外から冷えた身体に、春の風がひんやりと触れる。
大丈夫か、と速水が尋ねた。安積は曖昧に返事をして立ち上がった。署に戻れば上着がある。
速水がつぶやいた。
「いつもは、この時間の勤務ならジャケットを着て来るんだがな」
今日は暑かったから、着てこなかった。
速水の言葉を安積は聞かなかったことにした。
今日、ジャケットを着ていたとしたら、それをどうするつもりなのか。いくらなんでも、それはやりすぎだ。
安積は署へ向かって歩き出した。
後ろで速水が苦笑する気配がした。
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