■冷たく甘く(1)■
ソフトクリームを両手に持ち、安積は途方に暮れた。
「警察官が物をもらうわけにはいかないんだが……」
「返されたって、向こうも困ると思うぞ」
隣で速水が笑っている。
右手の白いソフトクリームと、左手の茶色いソフトクリーム。
安積はその二つを困惑しながら眺めた。
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五月上旬、祝日、午後三時。
強行犯係は休日返上で聞き込みにまわっていた。
大きな公園から歩道に伸びる木陰に立ち、安積はほっと一息ついた。首筋が汗ばんでいる。上着を署に置いてきて正解だった。
ネクタイを少しゆるめながら、安積は公園の中を見た。大勢の観光客と、それを目当てにした出店で人だらけだ。ゴールデンウィーク中で、しかもこの晴天となれば、珍しい光景ではない。ただ、若者や家族連れの観光客も見ると、つい、部下たちのことを思ってしまう。
歩道の向こうから、須田と黒木がやってきた。須田が汗を拭きながら、首を横に振った。黒木の額にもうっすらと汗がにじんでいる。
「いったん戻ろう。村雨たちが、何かつかんでいるかもしれない」
安積の言葉に、須田がほっとしたように笑った。ハンカチがぐっしょり濡れている。
その時、公園の中からざわついた声が聞こえた。人だかりができている。泥棒、という声が安積の耳に届いた。
安積は二人の顔を見た。そして、公園の中へ走り出した。
人ごみをかきわけ、騒ぎの中心にたどり着いた安積は一瞬だけ、動きを止めた。
「よお、ハンチョウ。刑事がわざわざ、お出ましか?」
じたばたと足掻く男を取り押さえ、地面に押し付けていたのは、速水だった。
何でおまえが、と聞いている暇はない。黒木がすばやく駆け寄り、男を取り押さえるのを手伝う。少し遅れて、須田もそれに加わった。
「何があった?」
速水は男を二人に任せ、ジーンズの土埃を払いながら立ち上がった。
「窃盗の現行犯だ。そこの店のレジから、こいつが金を掴んで逃げたんだ」
速水が指す先には、ソフトクリームと書かれた出店があった。売り子らしき若い女性が、怯えた顔で立ちつくしている。
安積は女性に、速水が言ったことを確認した。女性は、安積と話すうちに少しずつ落ち着いてきたようだ。速水の言ったことと女性の話す内容は、一致していた。
そこへようやく、制服警官が駆けつけた。須田が事情を説明し、男を警官に引き渡す。
安積は速水を見た。速水は私服だった。今日は夕方からの勤務のはずだ。
「おまえ、なんでこんなところにいるんだ?」
速水は近くにある店の名をあげた。
「たまたま、用事があってな」
早めにマンションを出て、出勤前に立ち寄った。そのまま署に向かう途中、公園の中をつっきったところ、目の前で事件が起きたというわけだ。
「それは、なんというか……災難だったな」
安積の言葉に、速水が笑った。
「まあ、悪いことばかりでもないさ」
言外の含みに、安積は努めて無反応を装った。今は仕事中だ。
後ろから声がした。振り向くと、さきほどの売り子の女性が立っていた。
「あの、ありがとうございました! これ、よかったらどうぞ!」
女性は両手に持っていたソフトクリームを勢い良く安積に差し出した。反射的に受け取ってしまった安積と、隣の速水に頭を下げ、女性は駆け去っていった。
安積は速水を見た。
「なんで俺に渡すんだ? 捕まえたのはおまえだろう」
「さあな」
速水は、にやにや笑っている。
ソフトクリームを両手に持ち、安積は途方に暮れた。
警察官が、勤務中にものを貰っていいのだろうか?
だが、速水の言うとおり、返すわけにもいかない。
速水に二つとも食べてもらうか、須田か黒木に食べてもらおう。そして、さっさと署に戻って、聞き込んだ情報を整理して──
そう思ったところへ、須田が近づいてきた。手には携帯電話を持っている。
「チョウさん、村雨に確認したんですけど、戻るのにあと三十分はかかるみたいですよ」
汗を拭きながら、須田はちらりと安積の後ろを見た。
「だから、その……戻る前に、少し休憩してもいいですか?」
ああ、そうしてくれ。冷たいものでも飲んで来るといい。
安積はそれしか言えなかった。須田が何かに気を遣っているのは明らかだ。
後ろから、笑いを含んだ声が聞こえた。
「ハンチョウ、早く食べないと溶けるぞ」
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