■チェンジ!(2)■
安積は所在無く、交機隊小隊長の席に座っていた。
不機嫌な顔して座ってりゃあ、あいつらが勝手に判断してやってくれるさ──速水は呑気にそう言っていたが、実際、自分が何をすればいいのか、勝手が全く分からない。
結局安積は、書類を読むふりをしながら、座っているしかなかった。
「ヘッド」
不意に声をかけられ、安積はあわてて顔をあげた。一人の精悍な交機隊員が立っている。名前は確か──山県だっただろうか──
山県は軽い口調で話しかけてきた。
「そろそろドライブの時間ですよ、行かないんですか?」
ドライブ?
数秒考えた後、安積はようやく理解した。パトロールのことだ。
おそらくいつもの速水なら、嬉々として飛び出していくのだろう。
安積は、自分が交機隊のパトロールを行う様子を想像してみた。そして、瞬時に思った。
無理だ。
交機隊の現場を知らない自分が、状況に応じた的確な判断を下せるとは思えない。現場に指揮官がいる場合、下の者は、無意識に指揮官の指示を待ってしまう。指揮官が優秀で信頼があるなら、なおさらだ。指示を出せない状態ならば、いっそ現場にいない方がいい。
安積は、速水の呑気な言葉を信じることにした。山県に向かって、努めて静かに言う。
「俺は今日、どうしてもこの書類を片付けなければならんのだ。
おまえに任せていいか?」
一瞬、山県は意外そうな顔をした。
が、すぐに、にやっと笑った。その目に不満や不安は全くない。
「任せてください」
それだけ言うと、山県は他の隊員の方へと去っていった。
余計なことは何も言わない。
あいつは本当に、いい部下を育てるな──安積はそう思った。
山県は、他の隊員と二言三言、何かを話し、すぐに出て行った。
残った交機隊員たちは、書類仕事をしている。誰も安積の方を見ない。
安積はあらためて、自分の身体を見た。
見慣れた交機隊の制服。同い年とは思えない、筋肉のついた身体。そして、椅子に座っていてもわかる、普段よりも少し高い目線。これは全て、速水のものだ。自分のものではない。
安積は朝の出来事を思い出し、こっそりとため息をついた。
職場で不埒なことをしたから、バチがあたったのだ。
普段、とりたてて神仏を信じているわけではないが、もしかしたら本当に神は存在するのでないか、という気になってくる。いや、罰を与えるのだから、この場合は閻魔大王か……?
つい、埒もないことをぐずぐずと考えてしまう。
これではいけない、と安積は思った。仕事が一日滞れば、その皺寄せは本人だけでなく部下にもいく。それは避けたい。
安積は、机の上に放置された、大量の書類を見た。
状況がどうあれ、やれることを精一杯やる。自分にできるのはそれだけだ。
安積は頭を切り替え、ボールペンを手に取った。
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一方、強行犯係の部屋では。
速水は、すこぶる上機嫌で、安積の席にふんぞりかえっていた。
神か仏か知らないが、ずいぶんと粋な計らいをしてくれるじゃないか。日ごろの行いがいいからな──
速水は自分の腕に触ってみた。ワイシャツの上からでもわかる、よく知る感触だ。触っている方の手も安積のものなので、少し太く感じる。それがまた、面白い。
いままで、この身体にしてきたことを思い出し、笑みが漏れる。せっかくの機会だ、まだやったことのないことをしてみるか──
速水は楽しそうに立ち上がり、共同の事務用品入れを漁った。
強行犯係のメンバーは、その様子をそれぞれの思いでちらちらと見たり、あるいは見ないふりをしていた。
村雨は、今日は係長を全く見ない。見ることを拒否している。
須田は目を丸くして、呆然と見ている。
黒木は普段と変わらず、無表情で黙々とパソコンに向かい書類を作っている。だが、いつもは滅多に鳴らないパソコンのエラー音が、今日はしばしば、刑事部屋に響く。
そして桜井は、係長はもちろん先輩たちまでもが、いつもと違うことに動揺していた。あちこちの人間をちらちらと見ては、時折、村雨に目で叱られる。
そんなメンバーの様子を全く気にせず、速水は何かを手に、楽しそうにトイレへと向かった。
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