■チェンジ!(1)■


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【注意】
作中、人物の名前と視点がものすごく交錯します。がんばって、ついてきてください!
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 その朝、安積は外階段を上っていた。別に毎朝、そこを使うと決めているわけではない。今日に特別に天気が良い。だから外から直接、刑事部屋に行きたかった。それだけだ。
 階段を半ばまで上ったところで、視界に青いものが入った。見上げると、見慣れた制服姿が降りてきた。
「よお、ハンチョウ」
「おはよう」
 少しの嬉しさをポーカーフェイスで隠し、安積は普通の挨拶をした。
 速水は階段を足早に下りてくる。
 朝から元気だな──
 そのまま、すれ違ったところで、不意に速水が足を止めた。
「ハンチョウ、ゴミがついてるぞ」
 一段下に立った速水の手が、肩に伸びた。安積は無意識に、首をすくめた。
「ほら」
 速水の手には、小さな鳥の羽根があった。
「ハトだな。駅前に多いからな」
 ありがとう、と安積は礼を言った。僅かに肩に感触が残る。最後に速水が触れたのは、何日前だったか──
 安積は頭を振った。
 何を考えているんだ、俺は。ここは職場だぞ──
 速水が、何かを察したように笑った。
「ハンチョウ、まだゴミがついている」
「え?」
 速水の手がもう一度、肩に伸びる。その指が、ワイシャツの境目から僅かに首に触れた。
「おい、速水」
「ゴミをとっているだけだ。じっとしてろ」
 速水の指は、襟と首の境目で遊んでいる。くすぐったいような、でもそれだけではない感触が、あらぬことを思い出させる。
「もうよせ」
 これ以上、変な気分にならないよう、安積は速水の手を振り払った。
 その拍子に、速水の手から羽根が飛んだ。無意識にそれを掴もうとして、安積はバランスを崩した。速水が下から支えようとしたが、間に合わなかった。
 二人はもつれあって階段の下へと転落した。
 
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 安積はゆっくりと目をあけた。青い空と、階段が見える。どうやら仰向けに落ちたようだ。手足をゆっくりと動かしてみる。少し痛むが、動きに問題はない。
 そうだ、速水は──?
 安積は、自分の身体の上に、背広を着た男が乗っていることに気づいた。速水ではない。男は顔をしかめながら、起き上がった。
「大丈夫か、安積」
 そう言いながら安積を見る男は──安積の顔をしていた。
 
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 それから二人は、階段の下に座ったまま、お互いの状況を確認した。それはもう何度も、しつこいほどに確認した。
 安積は、これは夢だと思いたかった。速水も同じだろう。
 だが、何度確かめても、二人がたどり着く結論はひとつしかなかった。
──入れ替わったのだ。安積と、速水の、身体と中身が。
 ひととおりの混乱の後、二人は現実的なことを考えた。つまり、さしあたり今日の勤務をどうするかだ。
 気楽に、速水──外見は安積──は言った。
 外見どおりに振舞えばいいじゃないか、一日くらい、バレやしないさ、と。
 一日で戻らなかったらどうするんだ──と反論している暇はなかった。安積の出勤時間が迫っている。遅刻するわけにはいかない。
 そうして、二人はそのまま、外見どおりの勤務につくことにした。



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