■リンゴ(3)■
チャイムを押すと、いつもどおり速水がドアを開けた。
「よお、おつかれさん」
笑いながら安積を迎え入れる、その表情に疲労や眠さは全く感じられない。安積は少し、ほっとした。
「おまえもな」
言いながら、安積はチェーン店の酒屋の袋を手渡した。中身は国産のウィスキーだ。高価ではないが、家で独りで飲むものよりは、少しだけ値が張る。
ドアを閉め、靴を脱ごうとした瞬間、速水の手が伸びてきた。顎を軽く掴まれ、唇が触れる。
「!?」
速水は軽く触れた唇を離し、優しく笑うと、安積の腰を抱き寄せた。よく知る体温が、安積を包み込む。
「……んっ……」
肉厚な唇が重なり、僅かにはなれ、また重なる。
なにもこんな場所で、と思ったのは一瞬だけだった。
安積はゆっくりと唇を開いた。
侵入してくる熱い舌を受け入れ、自分の舌を絡ませる。頭に腕を回し、自ら引き寄せる。応えるように、速水の腕の力が強くなる。
「……っ……」
限界を訴える安積の声が漏れた。
速水が最後に、唇をぺろりと舐め、腕の力を緩めた。
「急に……どうしたんだ」
あがった息を整えながら、安積はようやく言った。速水はその顔を覗き込み、にやりと笑った。
「お前に会えた嬉しさを身体で表現してみた」
「……今朝、会ったばかりだろう」
安積は赤い顔のまま、速水の腕の中でそっぽを向いた。
本当は、呆れた顔で言ってやろうとしたが、呆れた顔がうまく作れない。
そもそも──今朝、会ったばかりの速水に会いたいからここへ来たのだ。
速水の手が、安積の頬をやさしく撫でた。
その手に手を重ね、安積はもう一度、自ら速水に唇を重ねた。
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