■12月25日(2)■


 チャイムを鳴らすと、すぐにドアが開いた。さすがの速水も薄手のセーターを着ている。
「寒かっただろう、早く入れ」
 安積はこくこくと頷きながら、ドアの中にすべりこんだ。寄り道をしたせいで、思ったよりも身体が冷えている。
 どうにか靴を脱いだ安積の手を速水が掴んだ。一瞬だけ、速水の手が火傷をしそうなほどに熱く感じる。
「冷たいな」
 手で手を包み込んだまま、速水が安積を軽く抱きしめた。冷えた頬に、熱い唇が触れる。温度が緩やかに伝わってくる。
「──お前はいつも温かいな」
 感心しているような、少し拗ねているような安積の言葉に、速水が小さく笑った。
 もっと体温を感じたくて、安積は速水の身体に手をまわそうとした。が、一瞬早く、速水が身体を離した。
「本当に冷えているぞ。早く部屋に入ってあったまれ」
 名残惜しいが、確かに、何も寒い玄関先で抱き合うことはない。安積は素直に、リビングへと入った。
「待ってろ、温かいものを用意してくる」
 そう言ってキッチンへ向かう速水を安積は呼び止めた。
「渡すものがあるんだ」
 速水は足を止め、怪訝そうに安積を見た。
 安積は少しの緊張を精一杯隠しながら、手に持っていた二つの紙袋のうち、大きい方を差し出した。少し顔が赤くなっているのが、自分でも分かる。
「……おまえに……だ」
 本当はプレゼントなのだから、袋から出して渡すべきだ。それは分かっているのだが、いかにもプレゼントらしいリボンのついた箱を渡すのは、どうにも気恥ずかしい。
 安積は目線をそらしながら、速水の方を窺った。
 受け取った速水は袋の中を覗いた。一瞬の間のあと、苦笑交じりに安積に言う。
「おい安積、くれるのはありがたいが、俺の方はクリスマスプレゼントなんて用意していないぞ」
 予想通りの反応だ。一呼吸おいて、安積は顔をあげた。
「それはクリスマスプレゼントじゃない」
 速水の動きが止まった。訝しげに安積を見つめるその表情が、徐々に驚きに変わる。
 安積は穏やかに笑いながら、速水の頬に手を伸ばした。指先で触れ、そのままゆっくりと抱きしめる。
 本当は、祝福の言葉を素直に告げたい。だが、自分の時は確かに、それを言われたくなかった。その複雑な心理は理解できる。安積は少しの迷いを振り切り、伝えたい言葉の半分だけを声に出した。
「おめでとう」
 精一杯の想いを込め、安積は速水を強く抱きしめた。
 腕の中の身体が温かい。それはつまり速水が生きているということであり、それはこの日に生まれてきたからだ。
──まったく、勝手なものだな──
 速水の肩に顔を埋めながら、安積は思った。自分の時は、少なくとも確かに最初は、面倒だと思った。どうでもいいことだと思った。祝福ですら煩わしかった。
 なのに、相手のことになった途端に──こんなにも嬉しいものなのか。それは、生まれてきてくれたことへの感謝であり、そして自分が今、共にあることができる嬉しさだ。
 速水の腕が、安積の背中に回った。全身で安積の身体を包み込む。
「──知っていたのか」
「当たり前だ」
 安積はわざと、憮然とした口調を作った。が、その後、小さな声で言った。
「……本当は……この前、調べた」
 速水が少し笑った。触れ合った身体から振動が伝わる。
「安積」
「……なんだ」
 しばらくの沈黙の後、速水の優しい声が届いた。
「ありがとう」
 安積は速水の頭に手をまわした。速水の目を見つめる。何故だか分からないが、泣きたいような、そんな感情が込み上げてきた。
 感謝を伝えたいのは自分の方だ。この気持ちが伝わるといい──
 速水が安積の頭を引き寄せる。安積はゆっくりと目を閉じた。重なった唇は、とても熱かった。



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