■12月25日(1)■


 通い慣れた道を安積は足早に歩いていた。温度の低い夜風が吹き抜ける。
 いつもは暗い街灯だけのこの道が、ここ一ヶ月は少し明るい。
 安積は、赤や黄色に点滅する小さな光の塊に目をやった。少しだけ歩みを緩める。
 いったいいつからだろう、一般の住宅やマンションまでにも電飾が施されるようになったのは。
 チカチカと流れるようにうごめく光を見ながら、安積はぼんやりと思った。昔は、外にまで飾り付けをする家は少なかった気がする。電飾をつけるのは、家の中のクリスマスツリーだけだ。
 そういえば、一度だけ、クリスマスツリーを組み立てたことがある。まだ娘が幼いころだ。真夜中に帰宅し、こっそりとひとりで説明書を読みながらプラスチック製のツリーを組み立てた。朝、起きてきた娘は、明るい陽の中だというのに電飾のスイッチをいれ、おおはしゃぎしていた──
 いつの間にか、足が止まっていた。少し強い風が吹き、安積はぶるりと身体を震わせた。
 首をすくめ、手をポケットにいれて歩き出す。薄いコートだけではさすがに寒い。そろそろ手袋が必要だろうか。たしか去年買ったはずなのだが、あれはどこにしまっただろう──
 ぼんやりと自宅のクローゼットを思い浮かべながら、安積はポケットの中でかじかんだ手を握り締めた。こうしていると、少しだけ温かいような気がするのだ。
 
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 マンションの下に辿り着き、安積は上を見上げた。速水の部屋の窓が明るいのを確認し、ほっとする。速水は今日は昼間の勤務だったはずだ。時節柄、交機隊は何かと忙しそうだ。速水が職場で余裕の表情を崩すことなどないが、大変であることには違いない。シフトどおりに帰宅できたのなら何よりだ。
 窓を見上げたまま、安積はエントランスに向かった。いくつかの部屋ではベランダに小さな光が点滅している。電飾と言うと赤や黄色を想像するが、最近は青も流行のようだ。特に、速水が住んでいるようなマンションでは──他の住人のことを知っているわけではないが──青と白の組み合わせが多いような気がする。
 ふと、安積は僅かに不安を感じ、もう一度、速水の部屋を見上げた。あたり前だが、速水の部屋のベランダに電飾はない。
 それはそうだろう、と安積は自分の発想に苦笑した。速水にそういう趣味があるとは思えない。第一、速水はクリスマスが──
 不意に、安積は足を止めた。
 今日は何日だ?
 カレンダーを思い浮かべ、安積は慌てて踵を返した。
──しまった。たしかに昨日までは覚えていたのに──
 何のためにあえて今日、速水の部屋に行くことにしたのか。
 安積は足早に歩きながら、駅までの道を思い描いた。たいていの店はもう閉店する時間だ。署の近くだったら手ごろな店もあっただろうが、この近辺では思い当たらない。第一、店がたくさんあったとしても、それはそれで何を買ったらいいのか悩む、というのが本音だ。まさか貰ったのと同じキーケースを贈るわけにもいかない。今日までそれなりに長い間、考えてきたつもりだが、こういったことをいつまでも決められない自分が、少し情けない。
 結局、安積はまだ明かりの点いている小さな個人経営の酒屋へ入った。クリスマス気分を盛り上げるためだろうか、外だけでなく店内にもささやかな電飾が施されている。
 速水が一番好む銘柄はどれだろうか。かなり迷いながら、一本の箱入りウィスキーを選ぶ。
 レジで店員に、のしをかけるかとたずねられた。反射的に、そのままでいいと答えそうになり、安積は言葉を飲み込んだ。気恥ずかしさを顔に出さないようにしながら、青いリボンをかけるようにと頼む。
 包装を待つ間、何気なく店内を歩いていた安積は、ひときわ明るい光がちらちらと瞬いていることに気づいた。電飾の光かと思ったが、それはディスプレイされたペアのロックグラスだった。ガラスで作られた複雑なカーブに光が反射し、電飾の瞬きにあわせて眩しく輝いている。
──きれいだな──
 安積はグラスを手に取った。そっと値札を見ると、そう高くはない。
 速水の部屋にはもちろん、グラスがある。これを買ったとして、自分も使うのだから、プレゼントとは言えない。
 個人的に選んだものを持ち込んでは迷惑だろうか? そもそも速水の趣味に合うだろうか──?
 手の中のグラスは、きらきらと光っている。ガラスの冷たさに反して、黄色がかったその光は暖かそうに思えた。
 速水の趣味にあわないようなら、持って帰ろう。
 そう思い、安積は二つのグラスを持ってレジへ向かった。



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