小心者

さらに幌加内行の話が続く。

私は、はっきり言って小心者だ。巨体にヒゲ面、一見豪快に見える(たぶん)この外観とは裏腹に、実に小心者なのだ。
復活なった愛車J54で厳寒の幌加内へ出かける、と決めてから、まず用意したことは、「遭難対策」だったのもそのあらわれだろう。
人跡未踏の地に行くのであるまいし、と笑うのは、物を知らないというものだ。北海道の冬は甘くない。たとえ市街地からわずかのところでも、吹雪などで視界がなくなればそこにくぎ付けにされる。そして、視界が回復するまで、厳寒の中、ビバークを強いられるのだ。
クルマのヒーターは、運がよければ使えるだろう。しかし、風向きによっては雪は短時間に排気の出口をさえぎり、毒ガスである排気は車内に侵入しつつ、やがてはエンジンが停止する。楽に死ぬならこれかもしれない。
排気の侵入に気づいてエンジンを止めれば、もしも温度計があれば目を見張るような勢いで車内は冷凍庫に変わっていくだろう。気温はたいていの家庭用冷凍庫よりも低くなるのが珍しくないのだ。そうなったときに平然と生き延びられるほどの生命力を持ち合わせている自信は、私にはない。妻もいるし、子供も5人いる。吹雪きごときで死ぬわけにはいかないのだ。

遭難対策は、遭難しないための準備と、遭難してしまったときのための準備がある。

まずは遭難しないために、地吹雪などで二進も三進も行かなくなり、車内に閉じ込められても燃料が尽きないように、定番のジェリ缶と呼ばれる予備燃料携行缶を取り付けた。これは燃料タンクが小さくて燃費の良くないジープ乗りにとっては必携アイテムだ。私のジープのテールゲートにも、ジェリ缶のホルダを取り付けるために穴をあけてある。
ホルダは手持ちのものが使えたのだが、ジェリ缶本体は以前から持っていたスチール缶が内部のサビで使えないので、中古のステンレスのをネットオークションで入手した。
錆びてしまったジェリ缶は、象の鼻のような蛇腹状のエレファントノズルが缶の口に収納されていて、実に使い勝手が良かったので残念だ。入手したステンレスのジェリ缶は、錆びる心配はないものの、ノズルがない。缶の口は2インチのドラム口金サイズで、手持ちのスチール缶とサイズが異なり、キャップやノズルを流用できない。
ノズルがないと不便なので、あちこち当たってみた。4WDショップなどという、普段はあまり出入りしないようなところにも当たってみたが、もう入手できないとかでいい返事は得られなかった。しかし、意外にも近所のガソリンスタンドで手配が付き、アルミ製のフレキシブルホースがついたエレファントノズルが入手できた。たしか\1,500-だったと思う。ドラム缶と同じ口金の携行缶に使える汎用品だ。
めでたしめでたし、なのだが、今度はノズルの置き場がない。テールゲートに下げておけば雪と水でわやになるだろうし、車内に置けば臭いだろう。なんとか缶の口に収納できるようにしたかった。
で、古いドラム缶の口金を切り取ってきて、手に入れたノズルとくっつけて加工し、収納式にしてみた。しかし、加工自体はまずくなかったのだが、パッキンを押さえるフランジの面積が足りなかったようで、クルマの揺れでパッキンから燃料が染み出してしまった。結局、旅の間ノズルはビニール袋に入れて助手席のグリップベルトを取り付けるアイボルトからぶら下げる羽目になった。更なる改良を考えている。
また、缶ホルダは以前はテールゲートに直付けしていたが、ちょうどホルダのつく位置の下のリアバンパーにダルマステップを付けたため、テールゲートを開いても缶ホルダがダルマに干渉しないように、なおかつ、テールゲートに缶が触って幌を傷めるのを防ぐため、ホルダを少しテールゲートから離して取り付けるためのブラケットを、これも廃材から作った。写真で見ると、缶の位置がずいぶん高いのがおわかりいただけよう。

他に遭難しないための対策として、これも定番だが、脱出用具の装備を調えた。
スコップ、ハイリフトジャッキ、脱出ロープ、スノーラダー、それにブースターケーブル、といったところだが、ブースターケーブルが古くて被覆が劣化していたので新調したほかは、すべて手持ちを使った。
スコップは、ちょっとしたサンドラダー代わりにも使えるようにデザインされた、オールスチールの剣先スコップで、たしか「脱スコ」という商品名だ。最近見かけないが、もう作られていないのだろうか。この「脱スコ」を、運転席のドアの下に、軍用ジープでおなじみのスコップホルダで携行する。あと、雪かき用の軽い小型スコップを車内に積んだ。剣先スコップは氷を砕いたりといったハードな使用にはもってこいだが、ただ雪を掻き出すにはちょっと使いづらいことが多いのだ。
ハイリフトジャッキは、15年くらい前のモデルの48インチのものだ。現行の赤いジャッキとは、クルマにかける「ジョー」部分がプレス成形だったり、色が違って青かったりする。
私のハイリフトジャッキも長いこと使っていなかったので、まともに作動しなくなってしまっていた。そこで、ジャッキを完全にばらして洗い、ペイントの剥げを直し、仕上げにテフロンスプレーで潤滑した。ハイリフトジャッキのランナー部分の潤滑は、テフロンやグラファイトのような固体潤滑剤か、ごく軽いサラサラのオイルを使うように指定されている。グリスやエンジンオイルを使うと、埃を呼んだり、油脂自体の硬化で作動不良を引き起こすのだ。
以前は、ハイリフトジャッキを左のフェンダーステップに載せていた。おかげで左のフェンダーステップのサビがひときわすごかったりしたのだが、その位置では、たとえば左に横転したときにはジャッキを取り出せなくなるかもしれないといった問題もあった。そこで取り付け位置と方法をずいぶん考えた末、結局テールゲートの右側に、リアバンパーにブラケットを作り、立てて収納することにした。この位置なら、尻から突っ込まない限り、ジャッキにアクセスできるだろう。
バンパー用のブラケットは、仕事場のゴミ箱に捨てられていた廃材から作った。ボディには市販の汎用ステーを加工したステーをつけ、ジャッキにボルト一本を通して固定するようにした。
また、車体後部に積むため、跳ね上げた雪や水からジャッキを護るべく、カバーを作った。カバーは古いタイヤ収納用カバーを切り、かーちゃんに縫ってもらった。カバーはジャッキの上からかぶせて、カバーごとボルトで車体に固定する。カバーの口や中間部分には、ばたつき防止のためパラシュートコードを縫い付け、コードロックで締め付けられるようにした。
車載状態では、スキーか銃でも載せているようで、それもまたなかなか気に入っているのだ。
脱出ロープは、これも名品、ハシケンのソフトカーロープ、それに両端に輪を作ったありきたりのロープ、ナイロンスリング、シャックル大小数個、といったところを積み込んだ。
スノーラダーは、気休めみたいなものだが、最近のはゴムのような材質でスパイクも植えられており、雪にも砂にも使えそうだ。つい購入してしまったのがあったので、それも積んでいった。

あとは、もし遭難してしまったときのための装備だ。これはもう、保温と暖房の確保に尽きる。
幸い背が高く隙間だらけのジープなので、車内の換気だけは確保しやすい。固形燃料のストーブがあれば、暖房になるのはもちろん、温かい飲み物くらいは作れるし、換気さえ注意していれば、断続的に使うぶんには酸欠にもならないだろう。私は、料理屋などでひとり用の鍋物などを出すときに使う固形燃料を用意し、その燃料が使えるようなストーブを作った。その他にも、厳寒でもきちんと作動するガソリンストーブや、保温用の寝袋やサバイバルシート、銀マットなども用意したのだ。これで一晩でももちこたえられる。

というわけで、こんな感じ↓になったのだ。
装備状況
輝くジェリ缶と、コーディネートされたようなジャッキカバーのシルバーが美しい。「脱スコ」は車体色だが。これらを装備しても、車体寸法からははみ出していないというのもジープならではで、すごい。
それにしても、ジープは車体の外に装備をぶら下げても違和感がないのがまたいい、と思う。私だけだろうか?


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