斬る

物騒なタイトルだ。
錆で穴だらけのJ54のボディの修理だが、修理方法はいろいろ考えられる。
  1. このままボディの上からパテを盛って整形してしまう
  2. このままボディの上にトタンとかの薄い板をまるっとかぶせて固定してしまう
  3. 穴のところだけにバンソーコー状に当て板をして、溶接やリベットで固定する
  4. 錆びた個所を含む部分を大きく切除し、新たなパネルを作って切除個所を埋め、溶接やリベットで固定する
  5. ボディをもっとましなやつに載せ換える
  6. アルミテープで表と裏から穴をふさいで塗装し、何も見なかったことにする
  7. 抹消登録したわけだし、どうせ誰にもわかんないのだから、別のジープを買って、直したことにする
  8. あまりの惨状に激怒し、人格崩壊を起こしてジープを叩き壊す
  9. あまりの惨状に気力を失い、レストアは放棄し、このコーナーも閉鎖して、ひっそりとジープ界から引退する
などなど。
まあ、7,8,9は修理以前の問題だし、1や6は見てくれだけをごまかすのであって、修理とはいえまい(こういう「修理」で金をとる板金屋もいるみたいだが)。2,3,4,5あたりが現実の選択肢になるわけだが、2番は根本的な修理にはならないし、3番は穴の多さから見て当て板だらけになるのは必至で、溶接ならともかく、リベットでは美しくない。5番は悪くないが、程度のいいボディの当てがないし、載せ換えるといっても庭先ではどうすればいいのやら。結局、穴の多さや、穴と錆の分布範囲の広さと影響範囲の広さ、自分の技能と施設設備、予算などを総合的に考えると、手間は一番かかるが、4番の方法をリベット固定で行うのが最良と判断した。
リベット固定を選んだのは、自宅に薄板の溶接設備がなく、そのような設備を新たにそろえる経済的な余裕もない、という、きわめて現実的な理由からだ。簡易溶接機こそ持っているものの、ボディのような薄板をきれいにつけられる代物ではない。適当な溶接機があれば、迷わず溶接を選んでいただろう。
溶接ならば、突合せで溶接してからサンダーで研磨すれば、ボディ表面に段をつけずに、平滑に仕上げることができる、という、大きな利点があるのだ。50系ジープのように、組立後にアクセスできない、いわゆる「袋」の個所がほとんどない車体ならば、溶接後にきちんと下処理をして塗装することもできる。新車状態への真のレストアを目指すなら、方法は溶接しかないだろう。
リベット締めでは、どうしても「のりしろ」が必要になる。3.2mmのリベットを使うのであれば、元板とパッチ(当て板)の両方に、リベットの並ぶラインから板の縁にリベット径の2倍の6.4mmないし3倍の1cm程度ずつのマージンが必要になる。マージンが小さいとリベット穴から板の縁のほうに亀裂が起きやすくなり、マージンが大きすぎるとリベットを締めたときに板の縁が浮いてしまうことがある。リベット修理の総本山、航空機の修理基準では、リベット径の2倍以上、通常2-3倍、とされている。つまりは、損傷の穴よりも2cm程度重なるように、大きいパッチを当てなければならないのだ。当然その場合、パッチはボディよりも厚み分出っ張ることになるし、リベットの頭も出っ張ってしまう。出っ張る部分は、増加重量にもなるのだ。
いわゆる「ツライチ」に直すこともできなくはないが、その場合、パッチの縁をフランジングという段付きに整形して穴とパッチの高さをそろえ、境目はパテなどで埋めるか、損傷穴にぴったりのパッチを作り、リベットラインにはパッチと元板の両方にまたがって、上記の基準では4cm幅のジョイントを、裏側に当ててやるとかしたうえ、リベット穴も皿に凹ませて、皿頭のリベットでかしめる(つぶして固定すること)とかしなければならないのだ。しかも、ジープの車体は板一枚なので、同じ板の表と裏がどちらも眼に入る。重量増加になると普通の修理よりもむしろ多いくらいだ。リベット修理でツライチにするメリットは、ある方向(たとえば外)から見たときだけきれいに見えるように仕上げられるという以外、ほとんどないのだ。
それに、なにしろジープなのだ。「いかにも継ぎました」風の仕上がりも、並ぶリベットヘッドも、なんとなく「らしい」として許容できそうな気がするではないか。
・・・と強引に自分を納得させて、修理方法の大枠が決定したのだ。

そのような修理方法なので、まずはボディの損傷部分を切り取るところから始めなければならない。
切り取る場合、切ってからさらに切り広げることはできるが、切りすぎたら元には戻せない。切る前に、どこをどう切れば損傷を取り去って元板をできるだけ残せるか、パッチを当てたときに形がよくなるか、どの方向からどうパッチを当てれば作業しやすく、形がいいか、複数の面が交わったりする部分の処理はどうするか、等々をじっくり考えなければならないのだ。実際、ボロボロのボディをじーっと眺めているだけの、この作業が一番時間がかかったように思う。
切断ラインのイメージを作る前に、床板のように裏に補強剤の入っているところは、補強材のラインを表側にもマークする。ボディカラーはブルー、場所によってはオリジナルのドカメタ(ドカタメタリック)、もしくは錆色なので、黒のマジックで直接マークした。補強材を板の継ぎ目とどのようにまとめていくかも考えなければならないのだ。床板などでは、場所によっては、フレームへのマウントボルト穴や、水抜き穴も開いている。ステップやタンクカバーなどの取り付け穴もある。
また、助手席の足元には、トランスミッションのための開口部に沿って、床下に燃料の配管が通っているし、運転席の足元にはセンターブレーキ(パーキングブレーキ)のワイヤーも通っている。これらも十分に調べてからでないと、うかつに切り始めることはできないのだ。自分で故障個所を増やす羽目になる。
板の裏側の様子を表側にマークしたら、ひたすら考える。モノコックボディではないので、厳密に強度計算をしたりする必要はないが、ジープのボディはフレームとともにねじれるのが特長なので、できるだけ力が集中しないように、穴の角は丸く切るのがよい。切断するときは、さらに2cmずつ大きくなるパッチの形も考慮する。何らかの形で元板を残していないと、パッチを固定できない場合が出てくる。しかし、損傷の具合によっては、たとえばパッチの縁がボディの縁になってしまうこともある。
ラインのイメージが固まったら、実際にマークしてみる。マークしたラインを見て、切断ライン上にある、切りたくないもの、注意すべきものを確認し、作業する側から見えるように印をつけておく。必要に応じ、あらかじめ燃料配管を外したりなどしなければならないだろう。

納得がいったら、一気に切る。刃を入れる最初の一撃だけはなんとなくためらいも残るが、刃が入ってしまえば、後は度胸を決めて切るしかない。次第に破壊行為が快感になってくるかもしれない。しかし、ものすごい騒音が出るので、配慮が必要だ。
切断は、酸素アセチレントーチがないので、サンダーやジグソーといった電動工具と、金切りのこぎりや金切鋏のような手工具を駆使して行った。錆穴からジグソーで切り進み、ジグソーの大きなベースプレートが入らない隅の部分などはサンダーで、サンダーも届かない部分は金ノコで切った。切り口の微調整はサンダー、やすりや金ノコで行う。
切断作業は、切粉も飛ぶし、熱も出るので、安全メガネや革手袋は忘れてはならない。また、切断したままの切り口は実に破壊的な切れ味を持っているので、十分な注意が必要だ。
ジグソーを使うときは、ベースプレートを板にしっかり押し付けて使う。また、曲線切りはゆっくりと行い、あまり無理に小さいカーブで切らなくていいように、あらかじめラインを滑らかに設定しておく。押し付けが足りなかったり、無理にきついカーブを切ると、ジグソーが暴れ、刃が折れて飛散する。
サンダーなら、とにかくしっかり保持し、方向を維持しつつ、切り込み深さをコントロールする。サンダーの回転する砥石は、文字通り高い殺傷力がある。無理にこじったりすると砥石が割れて、接線方向に猛烈な速度で飛散するのだ。回転砥石飛散によるの事故はしばしば悲惨(もちろん駄洒落ではない)で、命にかかわる結果を招く。シドニーオリンピックのオープニングで行われたパフォーマンスのように、ディスクサンダーで叩くような動きをすることは、絶対に避ける。ケガ人や死人が出たと言う話は聞かなかったが、よくぞ出なかったものだ。
サンダーは、その日最初の使用前と、砥石の交換後は、少なくとも1分は空転させ、砥石の安全を確認する。本来は、回転砥石の交換は特別教育を受けなければやらせてならない業務で、素人が砥石の交換をしたりすべきではないのだが、自家使用では制限のしようがないのか、法的には自家使用は除外されている。私の場合は、本業のほうできちんと必要な特別教育を受けているのだ。特別教育では、グラインダの砥石の危険性について、かなりの時間を割いて説明される。
また、高速回転のため、発熱が大きく、火花も飛ぶ。ボディの材質は軟鋼のため、まっすぐな長い火花がスパスパとシャワーになって飛ぶのだ。化繊の服や靴では、同じ個所に火花のシャワーを浴びていると、簡単に溶けて穴が開く。引火性の強いものなら、簡単に着火してしまう。周囲から引火性のものは遠ざけ、火花の飛ぶ方向に注意しなければならない。


助手席の床を切るおとうさん(おかあさん撮影)。
壁はすでに大きく切られているので、壁の穴からサンダーを入れて作業している。
ボディは軟鋼なので、昼間でもこの火花。これが刃物などの高炭素鋼だと、火花が短く、線香花火のように分裂する。
しかしおとうさん、安全メガネと手袋は感心だが、暑いからって腕むき出しで作業するのはいけませんねぇ・・・

高速回転体ははじかれやすく、ちょっとグラインダの向きが斜めになれば、きちんと押さえていないと簡単にはじかれる。多くのディスクサンダーは手を離しても止まらないため、はじかれたサンダーが手を離れれば、大暴れする。
電動工具は、鉄板を切ったり削ったりできるのだから、人体などは物の数ではない。本当に危険なのだ。十分な注意が必要だ。


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