映画の誘惑

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『Unloved』
2001年/日本/35mm/カラー/117分

監督:万田邦敏 脚本:万田邦敏・万田珠美
出演:仲村トオル、森口瑤子、松岡俊介

Unloved

ストローブ=ユイレ、ゴダール=ミエヴィル、そして万田邦敏=珠美による『Unloved』はだれも見たことのない女性映画の傑作だ。

レビュー

■仲村トオルが森口瑶子を誘って喫茶店で初めてふたりで話す場面で、台詞が妙だと思った。台詞の文句が変というより、台詞の言い方が変なのだ。簡単にいえば棒読みに近いものなのだが、それはたとえば増村保造の映画における若尾文子の台詞が、内なる情念を押し殺したようでもあり、また同時に、なにか書かれた台詞を読み上げているようでもあるのと少し似ている。もっとも、『Unloved』の台詞には増村の映画にあるような艶やかさというものが希薄であるのが大きな違いだ。『Unloved』はある意味で増村よりもさらに直球勝負で観念の世界を描き出していると言ってもいい。 
 
台詞はそれぞれの人物の感情の機微を描くのではなく、彼らの世界観を提示するためにいわれる。自分の会社に来ないかという仲村トオルの誘いを、森口瑤子が「今の生活で満足している」といって拒むとき、それを社会的成功者に対する弱者のひがみと受け取ってはならない。それは文字どおり彼女の世界観の表明なのだ。

最初はそれがわからず、台詞の裏の意味をさぐったりしながらヒロインの行動を理解しようとしていたわたしは、彼女を理解できずにいた。同じように、この映画の仲村トオルと松岡俊介も、彼女の台詞に裏がないことに逆にとまどい、そこに彼女のルサンチマンを見出そうとする。この映画は登場人物に感情移入しにくい作られ方をしていると思うが、結局わたしも男たちのひとりあるいは両方と同じ風にヒロインを見ていたことになる。この映画は観客が男性であるか女性であるかによっておそらくずいぶん印象が異なるだろう。女性の観客がどう感じるのかも興味深い。

■ヒロインが、裕福で社会的に成功した男の愛を拒み、貧乏で社会の落ちこぼれであるもうひとりの男を選ぶという物語は、こうして言葉にしてしまうと、非常にありきたりというか、今どきテレビドラマでもまともに取り上げないぐらい陳腐なものである。たしかに、『Unloved』から物語を取り出せばそんなふうになるのだろうが、それでこの映画を語ったことにはまるでならない。この映画に描かれているのはそんな《物語》ではなく、人物間の《関係》であり、この映画のなかではひたすら《関係》だけが描かれるといってもいいからだ。

だが、《関係》とはいったいなんなのか? たとえば、AがBをCに与えるという関係は、「AがBを手放し」「CがBを手に入れる」というアクション=物語とイコールではない。なにかの関係を描いているようでいても結局映画が描いているのはたいていアクション=物語にすぎない。また、関係をそのような2項(ここでのAB、あるいはCB)に還元することはできない。関係には常に第3項が必要である。つまり、あらゆる関係は三角関係であるということだ。

話がいささか抽象的になりすぎた。要するに、『Unloved』で描かれているのはアクションでも感情でもなく、《関係》である。そしてそれは言葉による闘争を通じて現れる。また、舞台となるアパートの空間構造を通じても現れる。一方で、この関係=闘争を描くのに不必要な時間の流れは排除される。人物たちの過去は、仲村トオルが離婚の傷を背負っていること以外はほとんどなにもわからない。いったい、この映画が始まって終わるまでのあいだに物語上何日が経過したのだろうか。あるいは、この映画では雨が印象的だが、いったい季節はいつなのか(ヒロインはコートを着ているからまさか夏ではないだろうが)。万田監督は、そうしたことを描くことにはあまり関心がないようだ。

■ところで、『Unloved』の脚本は万田邦敏監督と奥さんの万田珠美さんが共同で書いている。もっとも、実際は珠美さんが書いた脚本を主軸に、それを映画のプロとしての万田監督がリライトし、それをさらに珠美さんが書き直し、それを監督がチェックするという具合にして書かれていったという。つまり、脚本の段階からここには男と女の闘いが演じられていたのだ。

ストローブとユイレ、あるいはゴダールとミエヴィルといった、男女の共同作業がつい思い出されるが、ユイレやミエヴィルほど前面にでていない分だけ逆にこの映画での万田珠美の存在は大きく感じられる。

■長らく待たれていた万田邦敏の劇場長編デビュー作がこのような素晴らしい女性映画として完成したことを、心から祝福したい。

 

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