ときとしてオランダのルネサンス画家を思わせるような端正な構図に収められたその画面を見ていると、この作品は戦争映画でも歴史映画でもなく、ひとつの長い夢を描いたものに思えてくる。
大阪ヨーロッパ映画祭で見ることができたエルマンノ・オルミの新作『メディチ家のジョバンニ』は、16世紀初頭のイタリアを舞台に、クレメンス7世のローマ教皇軍と神聖ローマ帝国の戦いを描く映画で、クレメンス7世といえばミケランジェロの庇護者としても知られ、また舞台のひとつとなるマントヴァはちょうどマンテーニャがなくなったころの時期と重なると思うのだが、そんな文化的な事情やさらにはラブ・ロマンスなどを盛り込んで客受けをねらおうなどという色気はさらさらないらしく、木靴どころか鋼鉄の鎧のような冷たく硬質な手触りで歴史が描かれてゆく。一言でいって、反時代的な映画だ。
死の床にあるジョヴァンニから映画ははじまり、回想というよりはいくつもの声の集積として物語は語られてゆく。ルネサンスの文化事情などまるで意に介さないような描き方でありながら、ときとしてオランダのルネサンス画家を思わせるような端正な構図に収められたその画面を見ていると、この作品は戦争映画でも歴史映画でもなく、ひとつの長い夢を描いたものに思えてくる。人物たちの視線はことごとく曖昧に宙をさまよい、キャメラの切り返しがまぼろしを現出さす(上映後、主役のクリスト・ジフコフへの質疑応答で、オルミが俳優にシナリオの全貌を知らせずに、その場その場の演技をさせていたことがわかった)。
戦いはいっこうに始まらず、吐く息も白く濁る凍りつくような冷気のなかを、ジョヴァンニに率いられる教皇軍が敵を追跡する様子がひたすら描かれる。大木の枝に首をつるされた村人たちの死体がぶら下がり、手足をもぎ取られたキリストの磔刑像をひとりの狂人が背負ってゆく。「武器が戦いを変え、戦いが世界を変える」時代。敵同士がはじめて向かい合う戦闘の場面は、たった一発の砲弾によってあえなく幕を閉じる。新しい武器が世界を変えたのだ。
あまりの恐ろしさゆえにその武器は永遠に封印されることになったと、ナレーションは語る。オルミがどのようなメッセージを込めていたのかは定かでないが、いまこの台詞はひたすらむなしく響く。
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