Book Review 1999
◇Book Index

『青の炎』貴志祐介 Nov 4〜9.1999
[STORY]
高校二年生の櫛森秀一は母と妹と3人で静かに暮らしていた。しかしそれを壊すかのように突然、母の前の夫が闖入してきたため、3人は怯えて生活しなければならなくなった。母と妹を守るため、秀一は彼を殺す計画を立てる・・・。
−◇−◇−◇−
本編の感想の前に少し。
横浜で貴志さんのサイン会があるというので行ってきた。実はその前日の東京国際映画祭で上映された『黒い家』の舞台挨拶でも貴志さんを見てるので2日連続になるんだけど、映画祭に行ったことを整理券のメッセージ欄に書いたら「ああそうですか〜」と言われた。すごいファンだと思われたかも?(笑)京極夏彦さん時のサイン会は流れ作業っぽかったけど、貴志さんはとても丁寧だった。整理券に書いてある氏名を見てサインと一緒に書いてくれたし、握手もしてくれました。

さて内容について。今回はホラーではない。一応ミステリらしいけど、そういうジャンルに当てはめられない作品だと思う。少年が完全犯罪を成し遂げるために、あらゆる手段を駆使して周到に準備を進めていく。最初は「こんな冷静沈着な高校生なんてホントいるかね?」と疑問に思ったが、それが後々の変化を計算した上でのことかと気付いて驚いた。いくら落ち着いて行動しようと思っても、人を殺すのだ。冷静でいられるハズがない。ほんの小さなミスから次第に大きなミスをするようになり、また考えや準備も杜撰になっていくために、どんどん追い詰められていく。最後のほうでは「そんな荒っぽいことじゃバレるに決まってるじゃん!」と悲鳴を上げたくなるほど。それでも彼は自分の考えを信じて疑わず行動に移していく。ここらへんは読んでて辛かった。

はっきり言って今時の高校生がどんなこと考えてるのかは分からないけど、自分は未成年だから極刑はありえないという考えや、自分が手を下さなくてはならないという使命感とともに見え隠れする若いが故の、そして自分が優秀であると信じているが故の傲慢さが垣間見える。本当なら殺人を犯さなくても解決できることだったかもしれない。本当に冷静沈着な人間なら分かっただろう。しかし彼にはそこまで見えていなかった・・・。

結果的には彼自身にとって邪魔になる存在を消す作業だったのかもしれないが、家族を思いやり守り通すという気持ちは本当だ。たぶんラストはこうなるだろうと思った通りになってしまったが、ちょっと泣けてしまった。今までの作品ももちろん好きだけど、これにはまた違った力強さがある。これからもどんどん違った作品を書いてほしい。

また舞台が江ノ島、稲村ヶ崎、由比ヶ浜など知ってる場所なので、彼がロードレーサーで疾走するイメージもしやすく、あの海岸の風を容易に思い描くことができた。貴志さんも実際にママチャリで走ったのか(笑)

◆映画『青の炎』の感想はこちら
home

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

『催眠』松岡圭祐 May 10〜13.1999
[STORY]
ニセ催眠術師・実相寺の前に入江由香と名乗る女が現れ、突然自分は宇宙人だと言いはじめた。彼女の能力を利用して実相寺は占い師として売り出す。由香の占いはたちまち人気が出て、マスコミを賑わすようになった。それを見たカウンセラーの嵯峨敏也は彼女の能力に疑問を持ち、独自に調査を始めた。
−◇−◇−◇−
映画の予告が恐くて面白そうだったので原作の文庫を買った。その表紙もまた恐そうだったのでそういう話だと思って読んでみたら全然違っていた(笑)

これは一般の人たちが考えてる「催眠」というものの誤解を解く、そんな話だった。もちろん人は1人も死なない(笑)入江由香という女性の謎を解明するという意味では立派なミステリだと思うが。

東京カウンセリング心理センターという、心の傷や悩みを催眠によって解消する企業がある。そこに属する催眠のプロフェッショナル・嵯峨が入江由香を、同僚の朝比奈は小学生の女の子を、上司の倉石は元妻の危機を救おうと奔走する。嵯峨がいちおう主軸ではあるけれど、朝比奈や倉石の軸もしっかりしていて面白い。催眠はエンターテイメントではなく、病気を治し、人に笑顔を与えるものだということを、じっくり丁寧に描いていて分かりやすい。私も催眠というのは人の言い成りになるものではなく、その人が思っていることを引き出すものだということは知っていたけど(だからやりたくないことはしないというのも知っていた)病気を治す手助けが出来るとは思っていなかった。実際そういう施設はないというけれど、ホントにあればいいのに〜。

最後の何ページかでバタバタバタッとそれぞれが解決していく様子も爽快だ。特に朝比奈が女の子を助ける話は拍手モノだった。欲を言えば爽快すぎて物足りないかな(笑)ずいぶん簡単過ぎるなぁと思ったりして(わがまま)

そんな「催眠」に対する偏見を捨てさせてくれた作品が、映画ではまた偏見を植え付けてくれる内容で、しかも著者もそれで満足してるらしいというところがちょっとアレなんですが(苦笑)

また、内容とは直接関係ないけれど「ぶぜんとする」というのは、本来ぼんやりした表情や失望した表情のことを言うもので「ぶぜんとした表情でにらんだ」というのはおかしい。そういう表現が何度も出てきたので気になった(かく言う私も数年前まではやっぱり勘違いしてたけどね(笑))
◆映画『催眠』の感想はこちら
home
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

『超・短編集クリック』『佐藤雅彦全仕事』佐藤雅彦 Mar 13〜18.1999
[STORY]
クリエイティブディレクター佐藤雅彦が書いた63の短編。ポリンキーの秘密や、だんご3兄弟の元ネタもある(『クリック』)
湖池屋、NEC、JR、フジテレビ、サントリーなどのCM製作からデザイン画、小沢健二インタビュー、佐藤雅彦のCM製作方法やインタビューなど96年までの全仕事がこれで分かる(『佐藤雅彦全仕事』)
−◇−◇−◇−
前から佐藤さんのファンではあったんだけど、特に情報を仕入れることもなかったわけで(というかどうやって仕入れるか知らなかった)たまたま今年になって『kino』という映画を見た時に、佐藤さんの事務所TOPICSのHPも見つけたわけだ。そこで佐藤さんの本が2冊も発売になってることを知って大慌てで本屋に行ったけれどどっちも見つからない。こりゃあ注文するしかないかなぁ〜と思っていた矢先、例のだんごブームで本屋に2冊並べて置かれるようになり、ようやくゲットすることができたのだった。

『全仕事』を読んではじめて「ああ、これも佐藤さんだったのか!」と思うCMもたくさんあったわけだけれど、でもどれも私が好きで口ずさんでいた唄ばかりでビックリした。ポリンキーはもちろんだけど、JRの「電車くんのうた」やフジの「サービスのうた」ちょっとマイナーなところではジョンソンの「母さんそうじが大きらい」も。ピコーは踊りもやったなぁ(笑)とにかく15秒間で的確かつ単純で覚えやすいフレーズを何度も言う(リップシンクロというらしい)を使ったCMは初めて見た時から目も耳も奪われ、CMを見ていなくても映像を思い出し、歌って踊れるくらいインパクトを与えられた。その方法論が分かりやすく面白く書かれていて、佐藤さんファンもCM好きな人も必読だ!と思った。

もう1冊『クリック』は・・・語りはじめると長くなりそう(笑)きちんとストーリーになっているものから、物語とは言えない素材のようなもの、パッとひらめいたアイデアと言うべきものが、ほんの1ページから2ページで書かれている。文字を絵のように扱う手法は、昔の夢枕獏や筒井康隆なんかもやってて(実はこれが私の卒論テーマだったさ)決して珍しくはないんだけど、作家と映像作家とはやはり文字の使い方が違う。あくまでも言葉(の意味)というものに動きを与えるために文字を躍らせる作家と違って、佐藤さんの場合は意味なんかどうでも良くって、1文字1文字を絵として捉えている。上のCMでも何度もやってるリップシンクロ(つーか言葉遊びだよね)な文章もあるけど内容に意味を問いちゃいけないし。う〜ん、学生の頃にこれ読んでたらもっといい卒論が書けてたかも〜なんてことはありえないけど(笑)こういうの見ちゃうとつい語ってしまうなぁ。

そして逆転の発想なお話もたくさん。子供なら気付くかもしれないこと、大人ならきっと気付かないことが書いてあって「ああ!」「おお!」とつい声をあげちゃう。子供ならこう思うだろう、と大人がしゃがんで子供の視線に合わせるんじゃなくて、最初から子供の目をしてるんだね。でも冷静な子供(笑)読んでるとそれがすごくよく分かる。

◆映画『kino』の感想はこちら
home