惑星ヴィーザ── 。そこでは二つの大国を中心とした陣営に分かれ、長いこと、戦争が続いていた。
 既に、開戦に至った原因も定かではない。
 戦時が常の状態であり、時折訪れる停戦による平時は、束の間のことに過ぎない。
 大地は荒れ、人心は疲れ、荒み、国という国は皆、疲弊していた。それでも、終戦はない。国の威信が、敵国に対する対抗心が、相手に対する不信感が、戦争を終わらせようとはしなかった。
 そんな中、ここ数日のうちでは珍しく銃撃戦の音も、砲弾の落ちる音も聞こえないある静かな夜、二大国の一方、ザルービナ共和国の前線に程近いとある軍事基地で、その基地の司令官であるウィロビー中将の執務室の扉をノックする若い士官の姿があった。
 ややあって内側から扉が開かれ、そこに立つまだ若い女性── 中将の秘書を勤めるヒルズ少尉に彼は告げた。
「ラフォンテーヌ少尉であります。閣下から……」
「先ほどから閣下がお待ちかねです。どうぞ」
 よほど急ぎなのだろう、ヒルズは最後まで聞くことなく、彼に対して中に入るように促した。
 司令官室は余計な装飾などは一切なく、実用一点張りであり、広さにしても決して十分なものがあるとはいえない。しかし前線に近いということを考えれば、それもまた致し方ないのかもしれない。
 彼── ラフォンテーヌは執務室に足を踏み入れ、ヒルズに促されるままに進んだ。
 そして執務室の最奥で大きなスチール製のデスクについて、この部屋の主たるウィロビーはラフォンテーヌを待っていた。
 ラフォンテーヌはウィロビーの前に立つと、カツンとブーツの踵を合わせて姿勢を正して敬礼をした。
「ラフォンテーヌ少尉、出頭いたしました」
「ああ、休んでいたところをすまなかったね」
 立ち上がり、軽く答礼を返しながらウィロビーは応えた。
 ウィロビーは年の頃は50代後半、痩身ではあるが、決して弱々しい感じはない。むしろ眼光鋭く、まさに前線を任されるに足る歴戦の勇士である。とはいえ、年齢的な衰えはどうにも隠しようはない。過去に負った古傷の後遺症は、確実に彼の躰を蝕んでいる。
 そんなウィロビーからすれば、士官学校を出たてで配属されたばかりのラフォンテーヌなどは、ヒヨッコもいいところだ。しかも、本来ならば、まだ学生の身であるはずの年齢なのだから。
 長い戦争は、人的にも軍に疲弊を齎している。深刻な人材不足から、結果、ここ数年ほど、軍首脳部は、士官学校で本来学ぶべき年数を切り上げ、卒業を繰り上げて学生たちを前線へと配属させているのである。
「急なことだが、君に辞令が出ている。異動命令だ」
「……異動、でありますか?」
 手元の書類を取り上げ、それに目を落としながら告げるウィロビーに、ラフォンテ−ヌは信じられない、というように聞き返していた。なぜなら、
「小官はまだこちらに配属されてから半年も経っておりませんが」
「それは承知している。詳しいことは私にも分からないが、どうやら、君がここに配属されたのが、そもそも何らかの手違いだったらしい」
 ── 手違い……?
 本当にそんなことがあるのだろうかと、ラフォンテーヌは疑問に思い、眉を寄せた。
 配属は各自の適正と士官学校の卒業前に行われる面談による希望申請、そしてそれぞれの基地、部隊の状況とを考慮された上で決定される。前線への配属は彼が自分が希望したことだ。一番に名前を挙げた部隊ではないが、ほぼ希望通りといっていい。ところが今になってそれが手違いは、一体どういうことなのだろう。
 もっとも、実のところ、希望する希望しないに限らず、彼と同期の殆どは、前線に配属となったのだが。つまりはそれだけ戦況が思わしくないということなのだろう。
「ともかく、君には速やかに総司令部に出頭するようにとのことだ。幸い、明朝ここを()つ予定の輸送機が一機ある。それで首都に向かいたまえ」
 言いながら、ウィロビーは辞令の書かれた書類を傍らに立つ秘書官のヒルズに手渡した。
「何か質問は?」
 ヒルズから書類を受け取り、そこに記されている内容を確認しながら、ラフォンテーヌは尋ねた。
「小官の新しい配属先はどこなのでありましょうか? これにはそのことが何も記載されておりませんが」
 ラフォンテーヌの言葉通り、そこには異動に伴い、総司令部に出頭するようにとの命令が記載されているに過ぎず、異動先に関する記述は一切なかった。
 ラフォンテーヌの問いに、ウィロビーは困ったような顔をした。
「あいにくだが私にも分からない。このようなことは未だかつてなかったことでね、私も正直なところ不思議でならない。が、ともかくも総司令部からの緊急の命令だ、何かよほどのことがあるのだろう」
 ラフォンテーヌの問いの答えを、ウィロビーは持っていない。彼自身もはじめてのことに、戸惑いを隠せないでいる。
 士官学校を出たばかりの、実戦経験とて僅かにしかない者に、一体何をさせようというのか。
「他には?」
「いえ、ありません」
「そうか。では、今夜はもう休みたまえ。明日の出発は」ヒルズに顔を向けて「何時だったかね?」
「6時の予定です」
 すかさずヒルズの答えが返る。
「早いな」
 一言呟いて、ウィロビーはラフォンテーヌに視線を戻した。
「どこに配属されるかは分からんが、新しいところでもしっかりやりたまえ。君ならどんなところでも大丈夫だろう」
「はっ!」
 ラフォンテーヌはウィロビーに敬礼をすると、無駄のない動きで執務室を後にした。
 その後ろ姿を見送って、ウィロビーは椅子に腰を下ろすと、一つ大きな溜息をついた。
 ── 首脳部は、一体何を考えているのか。
 前線に近いだけに、如何に厳しい状況に追い込まれているか、戦況に関しては、おそらく首都にいる誰よりも理解(わか)っているという自負がウィロビーにはある。
 先のある若者を、次々と戦地に、前線に送り込み、多くの有能な人材を失い、そして何が残るというのか。このような泥沼と化した戦争はさっさと終わりにすべきなのだ── 日毎にそういった考えが大きくなっていくのを、ウィロビーは止めることができなかった。





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