Erlöschen, Generation und Evolution - 3




 当初、オスカーがこの件について調べようとしたきっかけとなったのは、馴染みの娼館の女から聞かされた、他の客が言っていたという「人間だけが違う」という言葉からだった。しかし、今回の報告書で、違うのは人間だけではなく、人間に近しい動物たちも同様だということが知れたわけである。
 その在り方は、女王試験の際の大陸の育成の時とほぼ同じである。つまり、これまで直接その過程を見てきていたわけではないから気づいていなかっただけで、普段行っている他の惑星(ほし)の育成においても同様だということだ。
 加えて、報告書には、既に捨てられ忘れられた古代の遺跡── それすらも破壊されつくされ調査困難なものがあることが分かった次第だが── の調査結果についても触れられていた。全てを完全に調べ上げるのは時間的にまだ足りず、現在もなお、学者たちが自ら望んだように、生物学だけではなく、あらゆることについて、聖地には内密のまま密かに調査研究が進められているところであり、それを知るのはオスカーとその周辺の極一部の者に限られているが。
 その中にあったことでオスカーが気になったのは、それらの古代遺跡を残して消えた知的性生命体やそこに生きていたと思われる動物たちが、必ずしも現在の自分たちと同じ脊椎動物門ではなかったということである。確かに、中には脊椎動物門に属しているものもあったが、しかし、現在の自分たち人間や動物とは必ずしも同じではない、一致した進化系列とは違う、同じ姿かたちをしてはいなかったということである。さほど多くの資料が残っているわけではなく、限られたものからだけの判断ではあったが、それでも、それらは判明する限りにおいては全て、少なくとも主星における進化とは別の進化系列を辿っている。
 この宇宙に聖地が成立してから数万年。それに対して宇宙そのものはもっとずっと遥かに永い、数十億、いや、それ以上の歳月が経っているのは、他の者はいざしらず、オスカーは承知している。では、その聖地が成立する以前はどうだったのか。それは残された遺跡が証明していると言っていいのではないか。つまり、自分たちとは別の進化系列にある存在があり、文明社会を築いていたと。では、その者たちは一体どうなったのか。聖地が成立した当時も、この主星だけではなく、他の惑星にも同様に文明を発達させた知的生命体がいた可能性は大いにある。いや、少ないとはいえ、残された遺跡のことを考えれば、無いというほうが不自然だ。しかしオスカーが知る限りにおいて、そういった惑星は存在しない。聖地が支配するこの宇宙において、文明を築いている知的生命体とその存在に極めて近い一部の動物以外は、その惑星固有の動物を除けば、皆同じ脊椎動物部門、つまりは同じ進化系列に属していると言える。これはどういうことか。
 考えられることはただ一つ。かつてクラヴィスの一族が追われたように、追われ、あるいは駆逐されたということである。聖地をこの宇宙唯一の、宇宙を統治する存在とし、そしてその聖地に支配されるものを、全てこの聖地の存在する主星に住まう者たちと同じようにするために。ちなみにクラヴィスの一族に関して言えば、その後の調査の結果、現在では元はこの主星に誕生し、住んでいた者たちが近くの他の惑星に移住したのだということが既に知れている。だから彼── クラヴィス── は自分たちと同じであり、そこに不思議はない。むしろ当然の結果といっていいだろう。
 これは何を意味するか。
 聖地による統治を完全なものにするために、この宇宙に住むものを全て同じものにするために、聖地成立以前に存在していた文明を築き上げていた存在を抹殺したとは言えないだろうか。少なくとも、手元に上げられた報告書と現在のこの宇宙の状況から考えるに、そう判断せざるを得ない。極論かもしれない。考えすぎかもしれない。しかしどうしてもそういう結論に至ってしまう。そして本当にその通りならば、既に遺跡が残るのみとなっていたものは別にして、宇宙全体において大量虐殺が行われ、数知れぬ文明が破壊、抹消されたと考えられる。また、進化途上にあった知的生命体となりうる存在に対しても、同様の処置が施され、同じ脊椎動物門に属する同じ進化系列にある、一部の身近な動物を含むが、人間だけを残したと。“惑星の育成”と称して、同じ脊椎動物門である自分たちと同じ人間と一部の動物を誕生させたと。そして聖地による“惑星の育成”が続く限り、この状況は続くのだろう。本来ならば誕生すべきほかの自分たち脊椎動物門である人間以外の知的生命体の誕生は、おそらく知的生命体となりうる以前に消滅させられている。あるいは、できないようにさせられている。それが“惑星の育成”の、もう一つの隠された事実ではないのか。つまり、報告書にあったように、この宇宙における人間を含む生物の在り方は、明らかに歪められていると言っていいのではないのか。
 オスカーはその結論に戦慄した。
 確かにオスカーは自分が聖地に対して否定的であるのは自覚している。その成立に関して大いに問題があったであろうとも考えている。しかし、あくまで途中経過であり完全なものではないが、それでも、このような結論が出るとまでは考えていなかった。それを思えば、自分の聖地に対する考えは甘すぎたと言えると思った。あくまで報告書の内容と現状から推測したことであり、さすがに聖地成立当時のこの宇宙の全ての状況を知る術はなく、その推測を完全に証明することはできないが。
 そして自分の聖地に対する感情は別にしても、考えたくはないが、仮に自分の考え、推測が正しいとしたならば、現在の聖地の存在を、その統治を、サクリアによる、歪んだといっていいだろう“惑星の育成”を許していていいのだろうか。果たして、認めるべきものだと言えるのだろうか。
 しかしその一方で、この事実を公表することはできない、ともオスカーは思った。公表したりなどすれば、この宇宙に混乱と混沌を招くだけだ。ましてや己の推測を完全に証明するまでのものがないとなれば尚更だ。確実ではない、可能性は高いとはいえ、まだ不完全といえる情報を元にしたことを公表することは、どう考えてもできはしない。また、仮に公表したとしても、聖地によって、捏造されたものだと、聖地の統治に反対する者たちによる煽動にすぎないとされるか、あるいは闇に葬られて終わるのではないかという思いもある。かつての消された、抹消された者たちのように。
 そしてオスカーは結論を出した。今は公表すべき時ではない。時期を待つべきであると。さらなる研究結果を、より正確な情報を集め、かねてから調査を進めていることとあわせて、人々を欺いてこの宇宙を統治している聖地を、あるいは自らも気づいていないかもしれない“惑星の育成”という美名の下に行っているこの宇宙全てに対して行っている暴虐行為、許されざる行為の全てを白日の下に暴露、公表すべきなのではないかと。
 その時が訪れた時、自分がどうなっているかは分からない。既に自分がいなくなった後のことになる可能性もある。だがオスカーは信じている。疑う余地もない。現在、オスカーが元帥として、総司令官として率いている王立派遣軍が彼を裏切ることはないと。オスカー直属の者たちはもちろんだが、王立派遣軍の上層部は、オスカーの聖地に対する思いも、また、聖地の王立派遣軍に対する考え── 聖地はあまりにも王立派遣軍という存在を軽く考え、見下している── もよく承知している。だからこそ、表面上はともかく、王立派遣軍は聖地でも聖なる女王でもなく、オスカー個人のみに忠誠を誓っていると言っていい程だ。故に、たとえトップが自分から次の者に変わったとしても── それはおそらく先代までのように名誉職にすぎなくなるだろう── 、王立派遣軍は現状と変わらないだろうと思う。なればこそ、自分がいなくなった後だとしても、必ずや自分が遺す命令を守ってくれるであろうことを信頼してやまない。
 だからオスカーは命じ、そして遺す。現在の、既に幾つか与えている調査をさらに進め、確たる証拠を集めることを。そして時期(とき)が訪れたならば、それを公表し、この宇宙を、聖地という名の悪意から開放し、本来あるべき姿に戻すようにと。
 それこそが、オスカー個人にとっては、自分の故郷を見捨てて滅亡させ、死の惑星(ほし)とした聖地に対する復讐が遂げられる時であり、何よりもこの宇宙のためであると信じて。

── das Ende




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