Erlöschen, Generation und Evolution - 2




【人間は脊椎動物門に属している。かつてこの主星の地上を歩き回り、這い回り、あるいは飛び、あるいは泳ぎ回ったすべての哺乳類、魚類、鳥類、両生類、爬虫類も、また脊椎動物である。あらゆる脊椎動物は一つの基本的に共通する体構造を有しているが、一見、無数の種を区別するかに思われる特異な適応、外見上の特色にもかかわらず、この共通な構造は何百万年にもわたってついに変わらなかったものである。
 脊椎動物の基本的な体の構造とは、すなわち、まずその骨格、軟骨、それに脊髄である。脊椎動物には二対の付属器官があり、あるものにおいてはそれが非常に発達している一方、あるものにおいては、例えば尻尾のように退化している。心臓は体腔内に位置し、二つないしはそれ以上の室から成っている。循環器にはヘモグロビンを含む赤血球から成る血液が流れている。神経索は背に沿って伸び、その一端は肥大して頭蓋に収容された五つの部分からなる脳となっている。脊椎動物はまた、腹腔内に生命をつかさどる臓器、消化器の大半が集まっている。これらの基本的な構造はすべての脊椎動物に共通であり、したがって、全脊椎動物はいわば親戚関係にあるといえる。
 地上のあらゆる脊椎動物は、途中に介在する化石によって断絶なしに進化の過程を遡ることができる。そして、行き着くところは、記録されている限り最も早く地上に出現した脊椎動物こそ、その後の全脊椎動物門の共通の祖先だということである。すなわち、あらゆる脊椎動物は共通する基本的体構造を、三億年余り昔の海に発生した、背骨を持った最初の魚から受け継いだのである。

 進化の過程というのは、もとをただせばまったくの偶然の積み重ねである。現在、主星の地上に存在するあらゆる生物は、何百万年にもわたってくり返された一連の突然変化の結果である。ここで最も重大な点は、散発的な個々の変異はそれ自体、遺伝情報の乱れや異種交配などによって生じる偶発事故であるということである。突然変異体(ミュータント)は、その生まれ出る環境から、生存して繁殖するべきか、死滅するべきかの審判を受ける。そのようにして、新しい形質は選択され、さらに発達する。一方においては、たちまち絶滅するものや、雑種という形で徐々に希釈されていくものがあるわけである。

 例えば、チェスの第一手は僅か二十通りの選択に過ぎない。一手毎に、差し手に許される選択の範囲は狭められていく。にもかかわらず、十手も差せば盤上に理論的に駒を進め得る場所は天文学的になる。故にもし、ゲームが何十億手も続いたとしたら、加えて一手毎に何十億通りも選択が可能だとしたら、その序列組み合わせはいったいどういうことになるだろうか。これが進化のゲームである。そのような進化がまったく別々のところ── 惑星── でくり返されて、しかも両者が、否、幾多のものが寸分違わぬ結果に到達するなどということは、どう考えてもあり得ないと言っていい。可能性と統計の法則は、サンプルの数が十分に多ければ実に有効である。例えば、熱力学の法則は、言ってみれば気体分子のあり得べき動きについて述べたものに過ぎない。しかし、そこで扱われているサンプルは非常に多数であるために、仮定として導き出された法則はそのまま動かし得ない事実と考えて差し支えない。現実の問題として、熱力学の法則から逸脱する現象はこれまでのところ観測されていない。平行する別個の進化の系列があるとする可能性は、湯沸しから火に向かって熱が移動したり、あるいは、ある一つの部屋の大気を構成する分子が残らず一ヵ所に集まって、一瞬にしてそこにいる全員の体が張り裂けてしまうことよりも、なお確率から言えば少ないのである。数学的厳密さをもって言うならば、たしかに平行進化の可能性は決してゼロではない。しかし、その可能性はあまりにも小さく、取るに足りるものではない。よって、他惑星間における平行進化の可能性、その方向を考えることは無用と言える。

 今一つの可能性として、平行線を辿ったのではなく、別々の進化の系列がある一転に収斂したという考えもあるだろう。淘汰の原理が働いて、複数の進化の系列が、最終的に一番適応性のある体系という一つの方向を指したのではないかと。つまり、それぞれ別の方向に進んでいるものも、結局はこれしかないという最も完成されたところに落ち着くのではないかと。
 しかし、完成された姿、あるいは理想的な終着点という考え方は捨てるべきである。
 例えば、人間の姿は遥かに不完全である。自然は必ずしも最善の解決を生み出しはしない。それどころか、自然は手当たりしだいにあらゆる解決を試みる。唯一の判定基準は、もしある姿なり形質なりが環境に適したものであれば、その種は生き延びて繁殖するということである。現存する種よりもずっとたくさんの種が不適格者として滅びたのである。それは比較にならないほど多くの種が、である。この根本的な事実を見逃すと、とかくあらかじめ定められている完成した形に向かって淘汰が進むという考えに陥りがちである。しかし、それはとりわけ優れた適応性を発揮して生き延びた人間の目で進化の系統樹をふり返って、どこにも行き着かなかった無数の枝葉を忘れているためである。
 つまり、完成という考えは捨ててかかるべきものである。自然界に見られる発達というものは、要するに何とかその仕事を果たすことのできる状態にあるというにすぎない。多くの場合、他にいくらでも違った形態はあり得るし、中にはより優れた機能を予測できるものもある。
 例えをあげるなら、人間の下顎第一臼歯の形状であるが、臼歯の先端は五つの大きな尖頭と、複雑に入り組んだ溝と畝から成っており、それによって食物を擦りつぶすようになっている。しかし、この形状が他にも考えられるいかなる形状にもまして優れているとは決して言い切れない。にもかかわらず、人間の祖先の進化の過程で、ある時突然変異としてこの臼歯の形状が生じ、ずっとそのままの形が伝えられている。この形状は類人猿にも見られるものである。つまり、人間と類人猿は共通の祖先から、まったくの偶然によって作り出された臼歯の形状を受け継いでいると言える。
 人間の適応は種々の点で完成には程遠いものである。内臓の配置などはまだまだ改良の余地がある。というのも、もともとこれは上体が水平に置かれた動物に適した構造として発達したものを人間が受け継いだからであって、直立の姿勢には不向きだからである。例えば、呼吸器系を見ても、老廃物や汚染物質は咽喉部に溜まって、本来は対外に排出されるはずのものが、体内に排出されている。これが四つ足動物には見られない気管支や肺の故障の最大の原因である。この例一つからも、人間の姿は到底完成されたものとは言えないのである。
 このことから、理想的な形態に向かって進化の系列が収斂したとするいかなる見方も、事実がこれを否定している。

 聖地の管理下にあるこの宇宙の星々に存在する人間と、一部の家畜── 主に、牛、豚、山羊、鶏などの人間の食用に供されることが多い動物、そして犬や猫、馬などの特に人間にとって身近な存在といえる動物に関して言えば、それぞれの惑星固有の動物とは、その進化の系列をまったく異にしている。人間やその身近な動物たちに限って言えば、その進化の過程を遡って辿ることがまったくできない。
 人間も含めてそれらの動物は、聖地を内包する主星に存在するものと明らかに同じ進化の系列にあると言える。つまりは脊椎動物門に属している。何よりも、主星以外においてはそれらは全て、進化の過程を経ることなく、突然に、唐突にその姿のままで出現しているとしか言えない状態である。そしてまた、それぞれの惑星における他の固有の動物はその進化の過程を辿ることができるが、先述した人間たちに限って言えば、同じ進化の系列はまったく見出すことができない。確かに似ている部分があるものがあることを完全に否定することはできないが、基本的に両者の間にはまったく類縁関係がないのである。しいてあげるなら、この宇宙の、聖地の支配の及ぶ惑星に棲む全ての人間には多少の違いはあるが、それは進化の系列が異なるというよりも、単に環境による変化、つまりは人種的・民族的な変化と言える程度のものに過ぎず、くり返しになるが、進化の系列的には、それぞれの惑星固有のものではなく、あくまで主星におけるものと同系列としか言えないのである。
 まだ最終的なものとは言いがたいが、少なくとも現時点における結論として、主星以外においては進化の経緯をまったく辿ることがきないというこれらの事実から、人間と、例として列挙した一部の動物に関しては、それぞれの惑星独自の進化系列の結果の形態ではなく、人為的に、つまり意図的に用意されたものとしか考えられない。ましてやその登場時期を考慮すれば、それらのほとんどが惑星の状態が安定したとほぼ同時に、他のその惑星独自の固有動物が誕生して進化し、その経過を辿ることができるのとは逆に、突然的にその惑星にそのままの状態で登場しているという事実からも、いかなる方法によるかまでは解明できていないが── たぶんにサクリアによる惑星の育成という行為が影響しているものとしか解することを否定できない── 人間を含めてそれらの登場は、聖地によってそうなるようにコントロールされていると言って差し支えないものと考えることができる。
 さらに付け加えるならば、見捨てられた遠い過去の遺跡の遺る惑星に関しては、聖地の命令により立ち入りが禁止され、王立派遣軍によって立ち入りを拒まれている。今回、王立派遣軍からの── 聖地には内密に、との条件つきであるが── 特別のはからいにより調査を進めた結果、それらの惑星、遺跡においては、僅かなものしか確認は不可能であるが、可能な範囲での調査結果として、人間とは明らかに異なる別の知的生命体はもちろん、それ以外の動物などについても、その進化の過程を含めて辿り、確認することができたことから、現在の聖地によって管理されている宇宙の在り方について、聖地、サクリアによって、その生物の存在、進化が歪められているのではないかと考えざるをえない。
 そしてもう一つ。立ち入り禁止になっている惑星の中には、遺跡の存在、そこに生命体が存在した証拠さえも、長大な時間の流れの中に埋もれたというよりも、明らかに、見事と言えるほどに破壊しつくされたとしか言えない、調査が非常に困難な状態にあるものも少なくないという、極めて遺憾な事実がある。
 今回集められた我々学者は、各学派から異端児扱いされ、その研究を認めてもらうことができない、それ以前にまともな研究を行うこともできないような立場にあるが、許されるなら、生物学的見地からだけではなく、考古学的な研究も含めて、更なる研究調査を進めることができることを望む次第である。】





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