新しい宇宙、そこで繰り広げられた二人の女王候補による、ある惑星での大陸の育成という女王試験。無事に大陸の育成は終了し、中の島に大陸の住人が到達したことにより、新しい女王が決まった。
それを受けて、女王補佐官ディアはその女王補佐官に告げるのだった。
「アンジェリーク、貴方が次の新しい女王と決まりました」
「えっ?」
自分の大陸の住民がもう一人の女王候補であるロザリアの育成していた大陸の住民よりも先に到達していたことから、女王審査開始の時の説明もあって分かっていたことではあるが、それでも、いざ直接そう告げられると、アンジェリークは何故かショックだった。
「ついては、これまでの宇宙を新しい宇宙に移動させ、旧い宇宙を封印した後、貴方の即位式を行います。そこで、これから早速、貴方の……」
「あ、あの、早速って、一度家に帰ることって、できないんですかっ!?」
ディアの言葉を遮るように慌ててアンジェリークが口を挟んで問いかけた。
「何をいまさら言っているのです? 最初に説明を受けていませんでしたか?」
「……そ、それは、確かに、聞いては、いましたけど、でも……」
顔を俯け、言葉も短く区切りながら告げるその様は、思ってもいなかったのだと、アンジェリークは全身でそう告げていた。そう、まさか本当に自分が選ばれるようなことになるなんて、相手は大貴族出身で、女王になるための教育を受けてきていた優等生のロザリアだったのだから、なおさら思ってもいなかったと。叶うことならなりたいという思いが少しもなかった、などとは言わないが、いや、できることならなりたいと、そう思う部分はあったが、今、現実をつきつけられて、アンジェリークは戸惑っていた。
「ディア様」
「どうしました、ロザリア?」
アンジェリークの様子を見かねたロザリアがディアを呼んだ。
「アンジェはきっと戸惑っているんだと思います。そして、これは私の勝手な推測ですが、ご家族との別れらしい別れ方はしていなかったのではないでしょうか。私は女王となるようにと育てられてきましたから、家の者たちは私が聖地に召喚されたことで承知していましたが、アンジェはごく普通の家庭の娘です。そこに、言われて分かっていることと、実際に理解していることには、少なからず乖離があるのではないでしょうか。
ですから、無理と承知でお願いします。外界の時間で、一日か二日、アンジェにご家族と別れを済ませるための時間をとってあげることはできないでしょうか」
「ロザリア……」
アンジェリークは自分の気持ちを理解し、そして自らその思いを代弁してくれたロザリアに、思わず視線を向けた。その視線には、声には出せずとも、確かに感謝の気持ちがあり、たとえディアがロザリアの申出を許可せずとも、それでもいいと思ってしまった。
女王試験の間に、最初の頃はともかく、今ではすっかり友情を育み、互いに親友と呼んでもいいくらいの関係を築き上げている。つまりそれだけ自分を理解してくれる相手が傍にいる、それで思い切れるかもしれないと、アンジェリークは思った。もちろん、ロザリアが言ったように、最後に今一度、家族と会いたいと、きちんとした別れをしておきたいという気持ちは消えないが。
「……」
アンジェリークと、そしてロザリアの、縋るような瞳がディアに向けられる。
その瞳の真摯さに、ディアは勝てなかった。暫く考え込むようにしていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「現在は状況が状況です。たいした時間を差し上げることはできせん。本当に、一日か二日、その程度です。それでもよいというなら、女王陛下に私から話を通しましょう
「「ディア様!!」」
「宇宙を移動させ、旧い宇宙を封印するまで、まだ少しの時間が必要です。その時間を利用する、ということにすればよいでしょう。
最終的に判断を下されるのは陛下ですから、どうなるか確約はできませんが、それでよろしいですか?」
「は、はい! 半日でもいいです! 最後に家族ともう一度会って、きちんと別れの挨拶を済ませたいです!」
ロザリアの発言と、それに対するディアの言葉に力を得たかのように、アンジェリークは自分の希望を口にした。
「では、これから陛下にお話してきます。寮に戻って待っておいでなさい。ただ、陛下は聖地におられますから、答えは明日になるかもしれません。それでいいですね?」
「「はい」」
そうしてディアは女王の元へと赴くために二人の前から去っていった。
二人だけになって、アンジェリークはロザリアの方を向いた。
「ロザリア、ありがとう! 私、自分ではどう言ったらいいか分からなくて、でも、貴方が私の思いを変わって伝えてくれた。それほどに私を理解してくれる貴方という存在を得られたこと、この女王試験の中で、一番嬉しい!」
「女王に選ばれたことよりも?」
ロザリアは苦笑を浮かべながら、自分のロザリアに向ける思いを告げるアンジェリークに問いかけた。
「ええ!」
ロザリアの問い掛けに、アンジェリークは即答した。本当にそう思っているからだ。
ただ、時間を欲しいと思ったのは、家族のことだけではなく、他にももう一つの理由があったからだったのだが、さすがにそこまではロザリアは気付いてはいないらしい。いや、もしかしたら気付いている可能性はある。何度か相談したことはあったから。だからそれに決別をつける時間を欲しいと思っていると、そう考えているかもしれない。けれどそうと分かっていても、ロザリアがそれを他人に口外することはないだろう。アンジェリークは、今ではそこまでロザリアを信頼している。
翌日の早朝、朝食を終えて間もない時間に、寮のアンジェリークの部屋のインターフォンが鳴った。
「お嬢ちゃん、いるかな? ディアからの伝言を持ってきた」
インターフォンの画面に映り、そこからから流れてきた声は、炎の守護聖であるオスカーだった。
アンジェリークは、「ディアからの伝言」との言葉に、昨日のことだとすぐに思い至り、慌てて扉を開けた。
「おはようございます、オスカー様! ……」
そう一言告げながら開けた扉の前にいたのは、確かにオスカーだったが、いつもの彼と違う様に、アンジェリークは思わず目を見開いた。
確かにオスカー本人であることに違いはない。だが、今の彼が身に纏っているものは、普段の執務服でもなければ私服でもない。明らかにどこかの制服だが、見当がつかない。ただ、どうも軍服みたいだという見当は付いたが。
「中に入ってもいいか?」
アンジェリークの様子に彼女が戸惑っていることを見抜きながらも、オスカーはそう声を掛けた。
「は、はい、どうぞ。そちらにお掛けになってください。今、何か飲み物を……」
「いや、あまり時間がないから飲み物はいい」
オスカーはそう告げて中に入ると、アンジェリークに勧められた椅子に腰を降ろし、アンジェリークもテーブルを挟んで彼の前に座った。
「現在、聖地と外界の時間の流れはまだ一致している。そこで、ディアからの伝言だが」
「はい」
アンジェリークは口の中に湧いてきた唾を、ごくりと喉を鳴らして飲みこんだ。
「今日と明日の二日間、時間を与える、とのことだ。明日の夕方までに聖地に戻るようにと。それまでには、ロザリアもこの寮を引き払い、聖地に赴くことになっている。彼女は女王となるお嬢ちゃんの補佐官となると決めているからな、ディアからの引継ぎが色々とあるので、ある部分においては女王となる君よりも覚えねばならないこともある。だから君よりも一足先に聖地に行って、君を待っているとのことだ」
「ほ、本当ですか? 本当に、一度家に戻ってもいいんですか!?」
「ああ、もちろんだ。俺が嘘を言うとでも?」
「い、いいえ。ただ、無理かもしれないという思いが強かったので……」
アンジェリークは慌ててオスカーの言葉を否定した。そう、本当に認めてもらえるとは思っていなかったのだ。確かに望んではいたけれど、その可能性は低いと思っていた。
「ただし、一つ条件がある」
「……じょ、条件、ですか……?」
その条件次第では、家に戻るのは無理かもしれないと、アンジェリークの顔色が些か蒼褪めた。
「ああ。仮にもお嬢ちゃんは次代の女王となることが決まっている。そんな君を一人で戻すわけにはいかない。何かあっては取り返しがつかないからな。そこで、護衛を付けることになった」
「護衛?」
「そう。王立派遣軍から数名。とはいえ、お嬢ちゃんにぴったりと張りついているわけではなく、目立たず、しかしお嬢ちゃんに何かあれば即座に対応できる距離に。ただし、それだけでは些か不安がないとも言い切れない。そこで俺がお嬢ちゃんに付くことになった」
「……? 守護聖であるオスカー様自らが、ですか?」
自分の現在置かれている状況、立場を考えれば、護衛をつける、というのは否定はできないと思うが、守護聖であるオスカー自らが己の傍につくとの言葉に、アンジェリークはオスカーに問い返した。そのための今の軍服らしい服装をしているのだろうかと思いながら。
「お嬢ちゃんは次代の女王だ。守護聖である俺が、ましてや女王の騎士を任ずる俺がお嬢ちゃんについても、不思議はないだろう? それに、俺はこれでも王立派遣軍の総司令官も兼任している。とはいえ、その立場での軍服となると大げさになり過ぎるのでね、年齢的に妥当な、尉官のものにした。一応、中尉だ。それなら年齢的にそんなに不自然じゃないからな。これが条件だ。これを受け入れるというなら、今日と明日の二日間、お嬢ちゃんが外界の自宅に戻るのを認めるとのことだ。だが受け入れられないというのであれば、悪いがお嬢ちゃんの希望を叶えることはできない。どうする?」
「そ、それでいいです」
ほぼ即答だった。オスカーが自分の傍に付くということに、些か悩む部分がなきにしもあらずではあるが、それでも最後にもう一度家族と会える、そして自分の気持ちに区切りをつける時間を、少しではあろうけれど作れると思うから、だらかアンジェリークは一も二もなく、オスカーから告げられたディアからの条件を受け入れた。
「そうか。では仕度を。終わったらすぐに出よう。お嬢ちゃんにとってはあまり時間があるとは言えないだろう?」
「はい、ありがとうございます。すぐに仕度してきますので、待っていてください」
そう答えると、アンジェリークは慌てて立ち上がり、隣の寝室へと駆け込んだ。
基本的に、自宅に帰るということを考えれば、アンジェリークが改めて用意するようなものはあまりない。ましてや二日間とはいえ、自宅にいるのは、夜は今夜一晩だけだ。ならば最低限のものがあればいい、そう思いながらそれらを用意して、アンジェリークが居間で待つオスカーの元に戻ったのは僅か15分程のちのことだった。
「では、行こうか」
「はい、オスカー様」
「ああ、あちらに着いたら、“様”はやめてくれよ。俺は王立派遣軍の一介の中尉だからな」
「は、はい。じゃあ……、中尉さん、でいいですか……?」
「“さん”はいらないが……、まあ、いいだろう」
そう言いながら、オスカーはアンジェリークの手を取り、彼女のために入り口の扉を開けた。
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