粋狂いな人々・弐式

スーパーロボット大戦・涅槃U

リアルルート 第参話 『悲壮を抱える星々』 前編


第参話 『悲壮を抱える星々』 前編


フローレンス・K・リューデルメ様宛

前略

ネージュ姉さん。
お元気ですか?

姉さん達が横浜基地に来てからというもの、基地の人間は姉さん達の噂で持ちきりです。
虎の子の伊隅ヴァルキリーズが外部からやってきた部隊にコテンパンにぶちのめされたというものです。
はじめはそれが姉さんのことだとは微塵も思っていなかったんですが、俺と姉さんが話していたのを見ていた宗像中尉に問いただされてその噂が姉さんのものであるということを知りました。
多少噂には鰭が付いているみたいですが、宗像中尉は概ね合っているということは教えてくれました。

姉さんには不思議な雰囲気があったけどもパイロットだったていうのはちょっと意外でした。
コマンドオフィサーだと予想していたのです。
これを言ったら笑われるかもしれませんが、俺は姉さんも守りたいとも思っていたんです。
けれども、俺ではまだまだ足元にも及ばないような凄腕のパイロットだったと知って、本当は悔しがるべきなんだろうけども正直鼻が高いです。
今度、パイロットとしての心構えなど教えてほしいと思っています。

話は変わって今度、総合技術演習があります。
これに合格すれば訓練機ではあるんですが戦術機に乗ることができます。
それが今の最大の不安でもあり、楽しみでもあります。
同期と仲間と共に絶対に合格しようと思っています。
その折にまた手紙を書くつもりでいます。
父さんの代わりに俺が総合技術演習に合格することを祈っていてください。

PS. 今度の休みを合わせられれば一緒に兄弟のところに会いに行きませんか?

ジュリアス・K・ラギー


 ニヤニヤしながらネージュは手紙を鞄に入れた。メールは級友としばしばしているが知人から手紙を貰うというのはなかなかない。前に貰ったのはセツヤからの手紙だった。あれには悲しい思い出しかなかったが今回は違う。何度読み返しても笑みが零れてしまう。
ハデス「気持ち悪いな。何見てんだ?」
 情緒もへったくれもない。ネージュは中身は完璧に武道派だが外見は美少女だ。そんな女の子が海辺にてワンピースを着込んで手紙を読む。非常に絵になる風景だったはずなのだが、一瞬にしてそれをぶち壊しにした元凶をネージュは睨む。
ネージュ「むーー、別にいいでしょ! ジュリアス君からの手紙なんだよ! 初めて私宛に手紙貰ったんだから気持ち悪くたって笑っちゃうよ」
ハデス「ジュリアス。セツヤさんの息子か。・・・・・・・・・メールが主体の昨今に手紙とは随分と風流だな。嫌いじゃないが。これはセツヤさんの教育なのかね? それとも日本人の情緒かね?」
ネージュ「・・・・・・・・・セツヤ、変なところ古風だったからね」
ハデス「まぁ、それよりもさ。いいのか遊ばなくて? ヘムルートとマオ社の命令とはいえ明日までは完全にオフだ。ちょっとくらいは羽伸ばせよ」
ネージュ「海かぁ・・・・・・・・・。あんまり良い思い出ないんだよね。セツヤと会う前はサメのいる海で体力の限りに泳いだ後に遭難訓練って名目で飲まず食わずで3日間漂流させられて冗談抜きで死に掛けたから。・・・・・・・・・いまさら遊べって言われても考えちゃうんだよ」
ハデス「・・・・・・・・・うげ。何だその特殊部隊訓練も遊びに見えるな拷問は? ・・・・・・・・・俺にはそれに生き残ったお前のほうに驚きだよ」
ネージュ「今思えばそうも思えるけど、昔はがむしゃらにがんばってたんだよ。・・・・・・・・・けどもさ、がんばって良かったと思えるようになったよ。あそこで死ななかったからセツヤに会えたし、ジュリアス君から手紙ももらえた。どっちも私の宝物だよ」
ハデス「・・・・・・・・・そうかい。悪かったな邪魔して。お前が笑いながら時間を楽しんでいるならそれで良いんだ」
ネージュ「? ハデスは何するの?」
ハデス「決まってんだろ? ナンパ」
ネージュ「・・・・・・・・・? 難破?」
 ネージュの純粋さにハデスは肩を落としてから苦笑し、ビーチの反対側に向かって歩き始めた。ネージュはハデスの行動にちょっとだけ首を傾げてから再びジュリアスからの手紙を開いて再読し始めた。


 竜宮島。地図にはない島。帝国軍にすら知られない島。そこに向かうことになったのはヘムルートとマオ社からの命令だったからだ。これは双方の社内でも極秘クラスの情報だが、ヘムルートとマオ社は竜宮島と技術提携を結んでいる。機体のノウハウに強いマオ社と戦艦等、大型兵装に強いヘムルートが竜宮島を拠点とする組織Alvisの防御システム等に興味があり、Alvis もまたこれらの会社の技術には興味があるという背景から当然至極な関係になったといえる。当然打算的なものが大きいが、提携をしてから3年程度。良好な関係を保っているというのが浦木の説明だった。
 ここまではネージュたちには何の関係もない話だ。だが、関係のないはずのテストパイロットのネージュたちに命令が下ったのが数日前だった。任務は2つ立つ。竜宮島の青年、皆城総士の護衛。もう1つは竜宮島にてフェストゥムとの交戦せよというものだった。
 前述した海岸での短いバカンスは休暇の延長のようなものだったのだろう。もしくは浦木が気を回してくれたか。まぁ、如何でも良い。HMCのテストパイロット2名と整備員兼監視者という名目でやはりシャンディも随伴していた。運搬は大型のタンカーを回収した隠密輸送船で行われることになった。これは必然で、グリューもグラウも今は一般人に見られるのは困るからだ。そういう事情で竜宮島には船便で向かうことになってしまったのだが。客室でいつもの3人で座っていた。客室といっても大部屋で靴を脱いで座ることができるという簡単なものだ。海外ではまず見ないだろう。だが、この簡単だがなぜかネージュにはウケていた。
ネージュ「ぅわあああーー! すっごい! 座るだけ!? 座るだけ? ホントに!? シートベルトもない! カルチャーショックだぁぁーー!!」
ハデス「あーー、うっさいうっさい。だが、日本人向けだなぁ。海外じゃありえねーよ。・・・・・・・・・嫌いじゃないがね」
 荷物をいたハデスがよっこらせと座る。何気に順応性は一番高いのだ。
シャンディ「ネージュは日本文化大好きだもんねー」
ネージュ「大好きだよ。・・・・・・・・・エキゾチック!」
シャンディ「ここに来る前にね、お弁当買ってきたんだよ。飲み物も。竜宮島まで結構掛かるから、食べながらゆっくり待ってよ」
 この3人、外から見る分には明らかに人種が違う。ネージュは銀髪、ハデスは茶色ががった黒、シャンディは金髪。ちぐはぐなのだが、まるで兄弟のように仲が良かった。そして、この3人を見る分には非常に微笑ましい。
ネージュ「これ、駅弁ってやつ?」
シャンディ「如何なんだろう? 確かに駅で買ってはきたけども」
ハデス「美味けりゃいいじゃん?」
ネージュ「写真撮っとこー」
 遠足にしか見えていないということをこの3人は気付いているのだろうか
 広い客室にこの3人しかいない。しばらくして4人目が遅れて入ってくる。当然、ヘムルートがつけた護衛のことは知っているだろう。その髪の長いおとなしそうな青年は3人を見つけて直ぐに近寄ってくる。
??「あの、あなた方がヘムルートの護衛の方達ですか?」
ネージュ「ちょっと待ってて!! 今、どの順番で食べるか決めて・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ゛あ゛ああぁぁぁぁ!!! 私のアナゴ食べたなハデス!!!」
ハデス「あ!? ああ。美味いぞ?」
ネージュ「わ、私のアナゴを・・・・・・・・・・・・・・・・・・よくももぉぉぉおおお!!」
シャンディ「コラコラ。ハデスはネージュで遊ばない。ネージュも怒らないの。私の分あげるから。呆れられちゃうよ?」
ネージュ「・・・・・・・・・! あ、こんにちわ。君が皆城総士君?」
 半ば呆れながらも総士は小さく頭を下げた。やはり、この言動は何かしらの戯れなのだろう。先ほどまで楽しんでいた3人がぴたりとそれを止めて総士の顔をしっかりと正視する。
総士「は、はい」
ネージュ「私はフローレンス。フローレンス・K・リューデルメ」
ハデス「レオニト・ハデスだ。よろしくな」
シャンディ「シャンドラ・クリスファールです。シャンディって呼んで」
総士「・・・・・・・・・あ、はい。皆城総士です。よろしくお願いします」
ネージュ「総士君で良い? って、あれ? 緊張してる? やっぱりバカ騒ぎは受けなかったかなぁ?」
ハデス「だから言ったんだよ。最近の学生なんてもっと笑いにシビアだってよ」
ネージュ「あーー、ちょっと凹むかも。私も学生なのに」
シャンディ「いい加減にしなさいってば。総士君、ごめんね。この2人なりの歓迎みたいなものだから気にしないで。それよりも、一緒に食べないかな? 出来合いばかりだけど」
総士「・・・・・・・・・え、良いんですか?」
ハデス「可愛くねーな。子供がそんなこと気にするなよ」
ネージュ「じゃあ、私は可愛い?」
ハデス「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ネージュ「無視された!!?」
シャンディ「ハデスの言うとおりだよ。短い間でも一緒の旅なんだから。仲良くしていたほうが楽しいでしょ?」
総士「・・・・・・・・・いただきます」
 総士は3人の輪の中に入り、押し寿司に箸を伸ばした。


 皆城総士はこの3人との会話でちょっと思ったことがある。兵士らしくないということだった。ヘムルートやマオ社のことは当然ではあるが信用している。信用している会社が護衛にと回してきた人材だ。無能な訳がない。だが、特にこのフローレンスという女は如何見ても自分と同年代の学生だ。自分と同じ学生にどうして護衛が勤まるというのか。それが総士は非常に疑問だった。その疑問を総士が口にしたとき、ネージュは徐に口を開いた。
ネージュ「うーーん、やっぱり私みたいな小娘じゃ心配みたいだねぇ。総士君は」
総士「!!」
ネージュ「大丈夫って私が言っても説得力ないかな?」
総士「え、声に出てましたか?」
ネージュ「全然出てないよ。顔に出ていただけ。あと雰囲気にも」
総士「・・・・・・・・・す、すいません」
ネージュ「いいよいいよ。それが普通だからさ」
 読心術とでもいうものなのだろうか。確かに思ったことを寸分たがわずに言い当てられた。それ相応の修羅場をくぐっているという意味なのかもしれない。
総士「・・・・・・・・・あの、あなた達はヘムルート社、もしくはマオ・インダストリー社の人間なんですよね?」
ネージュ「そうだね。厳密には・・・・・・・・・・・・・・・・・・どっちだろ? ヘムルートの方が濃いかな? ・・・・・・・・・君らの事は知ってるよ。竜宮島のAlvis。ヘムルート、マオ社との秘密裏の技術提携をしている秘密組織。詳しくは知らないけども、国連軍の認知エネミーのトップ項目に置かれているフェストゥムだっけか? そこと戦ってるんでしょ?」
総士「は、はい。ヘムルート社にもマオ・インダストリー社には島の住人の総意として感謝しています。島の対空装備、ファフナーに転用した技術。これらは皆さんの協力がなければ完成出来ませんでした」
 とても重い話になってきた。この目の前の総士という名の少年は冷静な性格をしているように見える。その彼がここまで声のトーンを下げていた。それがどれほどの想いで搾り出しているのか、ネージュやハデス、シャンディは容易に想像できた。
ハデス「・・・・・・・・・俺らに言うなよ。それは浦木社長やマオ社長に直接言うべきだ。何より、俺らにだってメリットがあってやった話しだって聞いてる。利用し、利用されてるんだ。礼を言われる筋合いはないさ」
総士「・・・・・・・・・・・・・・・・・・僕はマオ社、ヘムルート社との技術提携には反対だったんです。利用し、利用されるまではいいとしても裏切られる可能性が非常に高いと思っていました。だが、あなた方は約束に違えなかった。・・・・・・・・・あなた方の崇高な理念を侮辱してしまった僕は・・・・・・・・・恥ずかしさすら感じています」
シャンディ「それはお互い様。そっちだって裏切ろうと思えばこっちの技術をどっかに売り払うことくらい容易だったでしょ? 上の人の考えはわからないけども、リン社長も浦木社長も愚鈍じゃないって事。勿論Alvisのトップの人もね」
総士「・・・・・・・・・ありがとうございます」
ハデス「ったく。こんな所でする話じゃねえよ。持ちつ持たれつやってんだからもっと気を抜けよ」
ネージュ「頭ガチガチだよねぇー」
総士「・・・・・・・・・僕に言わせればこれから戦闘を行わなくてはいけないあなた方がどうしてそんなに流暢に構えていられるのかが不思議です」
ハデス「まー、そりゃあ・・・・・・・・・なぁ?」
ネージュ「場数踏んでるからねぇ。そういう新鮮な感覚なんてどっか飛んでいってるよねぇ」
シャンディ「数万の敵を目の前にしたときに比べたら全然だよ」
総士「試作型の機動兵器のパイロットの方達なんですよね? やはり、フェストゥム専用に開発された機体なんですか?」
シャンディ「イエスかノーかで答えを求めるならノーだね。ネージュの機体、ツヴァイト・グリューヴルムっていうんだけども、あれは個人の反応、反射をダイレクトに追求しながらも高機動性を保つ機体っていうのが表面上のコンセプトなんだけどね。・・・・・・・・・裏側はもっと違うの。今、世界中で人類を脅かす多くの敵、フェストゥムは勿論、ラムズ、BETA、擬態獣やシャヘル。こういう多くの類の敵が出てくるたびに機体を変えるのは非効率だからね。どの敵が眼前にいても対処、対応、対抗できる高い汎用性を持った機体、それが現代のマオ社の機動兵器パーソナル・トルーパーのコンセプトだよ。ハデスの機体、グラウ・フォーゲルもグリューの量産を念頭に置いた機体ってだけでコンセプトは一緒」
総士「・・・・・・・・・確かにそれが効率的です。ですが、そんなコンセプトで生み出された機体がフェストゥムに対抗できる保障は!」
 冷静だと踏んでいた総士が言葉端を乱暴に繰り出す。それを見てもこの中の3人の誰もそれに驚いた素振りは見せなかった。島には恐らく総士の友人がいる。家族がいる。そんな人間達が丹精こめて作った対フェストゥム専用の機体と全てに通用するというコンセプトで作られた機体が同列に見られることが我慢できないのかもしれない。
ハデス「・・・・・・・・・確かに保障はないわな。けども、通じるかどうかを試す為に俺達にお呼びが掛かったんだよ」
ネージュ「そうだよね。他の正規のパイロットよりも私達のほうが慣れてるからねぇ。死亡率も低い」
総士「・・・・・・・・・ですが」
シャンディ「大丈夫だよ。さっき、総士君が言ったんだよ? 私達の上層部は愚鈍じゃないってさ。あの人たちはネージュたちの命を粗末に考えてない。少なくとも、明確な見込みがあってこういう行動に出てるんだから。・・・・・・・・・けど、私はパーソナル・トルーパーの攻撃がほとんど通じなくても、ネージュやハデスが負けるところなんて想像つかないけどね」
総士「・・・・・・・・・?」
 シャンディの言葉にネージュは笑い、ハデスは頭を掻くだけだった。物騒な話も、安穏な話も話題は尽きることがない。4人でたっぷり話をしながら竜宮島に船は向かう。


 船が到着する。恐らくはAlvisの秘密ドッグなのだろう。そこに到着した偽装運搬船の前に数人の大人が集っていた。船から下りる総士を含めた4人に一人の大人が前に出てくる。恰幅のいい眼鏡をかけた中年男性だ。
公蔵「お初に目に掛かる。私はAlvis司令の皆城公蔵といいます。任務でいらっしゃったことは承知していますが、ようこそ竜宮島へ」
 といって年長のハデスに握手を求めてくる。それにハデスは何のためらいもなく応じた。
ハデス「お出迎え感謝します。皆城司令」
公蔵「話ではフェストゥムとの戦闘データの採取が目的とか。何にもお構いできませんが尽力させていただきます」
ハデス「ありがとうございます。あ、申し送れました。自分がHMCでテストパイロット部門責任者のレオニト・ハデスです。こちらが同テストパイロットのフローレンス・K・リューデルメ。それと整備兼監査のシャンドラ・クリスファール」
 紹介され、丁寧に皆城公蔵はネージュ、シャンディと握手をする。
公蔵「このような偽装船での船旅です。お疲れのことでしょう。直ぐに部屋を用意させます。島を見て回られても結構です。細かな話はその後にでも」
ハデス「御配慮、痛み入ります」
公蔵「総士、皆さんをお部屋に案内して差し上げなさい。その後でいい。報告を」
総士「わかりました。父さん」
ハデス「なら、お言葉に甘えることにしましょうか。時間の指定はお任せします、皆城司令」
公蔵「わかりました。では後ほど」
 3人が小さく会釈をしてから総士の案内で3人は部屋に案内されることとなる。
 部屋に案内されてからハデスは休憩、シャンディは早速Alvis内のフェストゥムのデータの検分に取り掛かった。こういった作業ではネージュやハデスの出る幕ではないということを2人はしっかりと理解している。そのため、手持ち無沙汰のネージュはこの竜宮島を見て回ることにした。それをハデス経由で皆城司令に許可を貰ってくれた。どういう訳か、島の見学に同行者が付くことになる。Alvis内の待ち合わせの場所で待っていたのは女の人だった。年齢的には10歳違うかどうか。妙齢の女性ってことで間違っていないだろう。
弓子「はじめまして。あなたがフローレンスさん?」
ネージュ「はい。フローレンス・K・リューデルメです。よろしくお願いします」
弓子「こちらこそ。私は遠見弓子。Alvisのオペレータと兼任で竜宮島中学校の教諭もしています」
 ネージュは笑顔で目の前の女性に挨拶をした。邪気のない表情で寄ってきた弓子がネージュの顔を近距離で凝視する。
弓子「名前を聞いたときから日本人じゃないと思っていたけども、可愛いなぁ。髪なんてこんなに綺麗でサラサラ」
 弓子がネージュの後ろに回って髪の毛の匂いをかぐ。
ネージュ「にゃにゃにゃにゃ! 学校の先生がそんなことしていいの!? そっちがその気なら・・・・・・・・・えい!」
 セツヤ仕込みの歩法であっという間に弓子の後ろに移動したネージュが弓子の胸を後ろから思いっきり鷲づかみにした。
弓子「きゃあっ!」
史彦「・・・・・・・・・ゴホン」
ネージュ「!?」
弓子「!! 司令補佐!」
史彦「何をやっているんだ」
弓子「す、すみません」
史彦「申し訳ない。ウチのメンバーが粗相をしてしまったようだ」
ネージュ「べっつに構いませんよー。ああいう挨拶嫌いじゃないし。えっと、はじめまして。フローレンスです」
史彦「おっと、これは失礼。私は司令の補佐をしている真壁史彦といいます。島を見学したいということなので事前にどうしても説明しておかないといけないことがあるものでして。貴重な時間を割いて申し訳ないですが聞いていただきたい」
ネージュ「ほえ? 説明?」
史彦「はい。端的に説明しますが、この島の中学生以下の子供はこの島の持つ秘密を知りません」
ネージュ「?」
史彦「この島の子供達は我々Alvisがフェストゥムと悲惨な戦争をしていることを知りません。自身の出生も自身の親が何をしているのかも。・・・・・・・・・せめて子供の間だけは悲惨な現実から目を背けさせ、子供らしい大切な時間を育んで貰いたいと思っています。例えそれがまやかしの平和でも。・・・・・・・・・重ね重ね申し訳ないですが、フローレンスさん、あなたはこの島の観光に来たお客人だということでそう振舞っていただきたい」
ネージュ「・・・・・・・・・あんまり好きじゃないかな、そういうの。・・・・・・・・・でも、大人の人たちの考えも理解できるから・・・・・・・・・。うん、わかりました。私は竜宮島に観光しに来た観光客Aさん。これでいいですか?」
史彦「ありがとうございます」
ネージュ「あ、でも、私嘘が下手ですよ?」
史彦「そういう可能性もあると思っていましたので、案内も兼ねて弓子君に同行してもらいます。彼女があなたの知人で案内しているという設定ならば彼女が的確にフォローしてくれるでしょうから」
ネージュ「成程ね。そういうことか。・・・・・・・・・うん、わかりました」
弓子「じゃあ、行こうか。フローレンスさん」
ネージュ「はーい!」
 年相応のはしゃぎ様で2人は竜宮島本島へと向かう。


 特に何か見るものがあるという訳ではない。ネージュが住んでいるベッドタウンに比べて店は少ないし、質素といえるだろう。だが、ネージュはこの島が好きだった。長閑。ほかに言葉は浮かばない。本当ならばこの島はもっと機能的で機械的な概観にできるはずなのだ。それをしない。あくまで住んでいる子供達のため、そのためだけにこの生活を大人たちが作り上げている。大人たちの優しさが身にしみる島というのがファーストインプレッションだった。
 防波堤の上を健康的に歩きながら、波風に髪を靡かせながらネージュは感想を口にする。蛇足だが、今のネージュの格好はジーンズにキャミソールというややボーイッシュではあるがラフな格好だったりする。
ネージュ「良い島だねぇ」
弓子「そう? そう言ってくれるのは嬉しいかな? この島って島以外の人間はなかなか来ないからそういう事言われ慣れてないのかも。私は何にもない島だと思うんだけどなぁ」
ネージュ「風景とか、そういうのも色々あるけども何よりも優しい島だね」
弓子「・・・・・・・・・フローレンスさんってパイロットって感じがしないのね」
ネージュ「もっとパイロットぽいひとが来ると思ってたのかな? 自分はリューデルメ少尉であります!! みたいなの?」
弓子「あはははは! そうそう! もっとそういう堅物の兵士さんかと思ってたんだよ! それに、こんな年下の女の子が来るなんて思ってなかったんだもん」
ネージュ「これでも元軍人だったんだよ?」
弓子「へぇーー。? フローレンスさんって幾つ?」
 ネージュは如何見ても十代後半。この年齢で私企業のテストパイロットをしていて軍歴があるというのは確かに釈然としないだろう。そういう意味で、弓子の質問は当然といえる。
ネージュ「えーー、女の子に歳聞くのーー!?」
弓子「だって、フローレンスさんの見た感じの年齢で軍歴があるなんておかしいじゃない!」
ネージュ「まぁ、そうなんですけどね。んーー、弓子さんが見たまんまの歳だよ。まだ高校生だしね。・・・・・・・・・ほらっ、これ学生証」
 ネージュは防波堤から降りるとポケットから学生証を取り出して弓子の前に見せ付けた。
弓子「あ、本当に高校生だったんだ」
ネージュ「そうだよー。現役の高校生♪」
 人懐っこいネージュと弓子が話しながら海岸を歩いていると向こう側から学生の集団がこちらに向かって歩いてくる。数は7人くらいだろうか。向こうがこちらを視認すると駆け寄ってくる。
弓子「あら、みんな! 今帰り?」
 そう言えば弓子はこの島の学校の教諭も兼任しているということだった。ならば、この島の学生と顔見知りで当然だ。弓子が声をかけると先頭に立っていた少年が口を開いた。
一騎「弓子先生。・・・・・・・・・? その横にいる人は?」
 ネージュの風体は有体に言って非常に目立つ。東洋人がほとんどの極東において長い銀髪というのは唯でさえ目を引くし、何よりもネージュは美人だ。街ですれ違っただけで覚える人間もいるだろう。
弓子「えっと、私の友人でフローレンスさん。ずっと前から島に遊びに来てくれるようにお願いしていてやっと来てくれたから島を案内していたの」
ネージュ「こんにちわ。フローレンス・K・リューデルメです。短い間だけども島でお世話になりまーす!」
一騎「・・・・・・・・・観光の人?」
 ネージュの受け答えだけで気さくな人間だということが知れたのだろう。7人の生徒がネージュと弓子のそばに寄ってくる。
剣司「こんな島に観光しに来るなんて。観光客だって滅多に来ないのに」
ネージュ「こーら! そんな事言わないの。良い島じゃない。綺麗だし、優しいし」
甲洋「リューデルメさん、日本語、お上手ですね」
ネージュ「日本での生活長いし、当然当然! それに、フローレンスでいいよ?」
 他愛もない話だった。ネージュにとってはこういう質問は日本の学生として転入した当初から付きまとっていた。別に嫌いではないし、捌き方も手馴れたものだった。受け答えに貧窮しているネージュをはじめに弓子に話を書けた少年がじっと眺めていた。
一騎「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
真矢「もしかして一騎君、・・・・・・・・・見とれてる?」
一騎「そんなこと! ・・・・・・・・・ただ、綺麗な髪だなって」
 突然言われたネージュが一騎のほうを向く。
ネージュ「ほえ? ・・・・・・・・・そうかな?」
弓子「謙遜しないでほしいかな。そんな綺麗な髪、滅多に見れないと思うわよ?」
ネージュ「・・・・・・・・・うーん、私はみんなの黒い髪が綺麗で・・・・・・・・・羨ましいけどな」
咲良「えーー、私はフローレンスさんの髪のほうが断然綺麗だと思うけど」
ネージュ「綺麗かどうかは私にとっては大した問題じゃないんだよね。私の好きだった人の髪は黒だったんだ。髪も瞳も真っ黒。今思えば昔の私は子供だったのはわかってるけど、・・・・・・・・・私は彼と同じ色の髪になりたかったなぁ」
 竜宮島の子供達には非常にネージュの表情が大人びて見えただろう。真矢などは顔を少し赤らめている。
衛「すっごい大人の世界って感じだね」
ネージュ「やめてよー。恥ずかしい。」
翔子「その人とは結局どうなったんですか?」
 初対面の人間にこれだけ話が聞くことができる。これも恐らくはネージュの才能の一端なのだろう。自己紹介からいつの間にか恋話になってしまっている。だが、ネージュはちょっと悲しそうな顔をしながら答えた。
ネージュ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・えへ、彼死んじゃった」
翔子「!! ・・・・・・・・・ご、ごめんなさい!」
ネージュ「良いよ、良いよ。こんなご時勢だし、私、人と話するの大好きだから。それと、・・・・・・・・・ん、ちょっとごめんね」
翔子「え!?」
 そういうとネージュは翔子の後ろに回って背中に掌を当てる。そして少しだけ目を瞑って集中し始めた。ほんわかした空気。危機感などは微塵もない。そんな空間と時間が過ぎる。
ネージュ「肝臓が悪いのかな? 細かくは分からないけども」
翔子「え! は、はい!」
 ネージュは優しく笑ってから翔子の背中に掌を置いたままで語り続ける。
ネージュ「だからって無茶も無理もしちゃダメだよ。誰もあなたを蔑ろになんかしないよ。この島も人もとっても優しいんだから。できることをすればいいんだからさ」
翔子「! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ネージュ「なんちゃってね! 格好いい台詞は私には似合わないんだよね。気分悪くさせちゃったかなぁ? ごめんね。えっと・・・・・・・・・」
翔子「翔子です。羽佐間翔子。大丈夫です。ありがとうございますフローレンスさん」
ネージュ「うん、翔子ちゃん。・・・・・・・・・そう言えば、私みんなの名前聞いてないよね?」
一騎「あ、一騎です。真壁一騎」
ネージュ「真壁? 真壁史彦さんの?」
一騎「父さんを知っているんですか?」
ネージュ「!! ・・・・・・・・・えーっと」
弓子「さ、さっき会ったのよ。フローレンスさんが島に着てから直ぐに」
ネージュ「そ、そうそう」
真矢「弓子お姉ちゃんの妹で遠見真矢です」
甲洋「春日井甲洋です」
剣司「近藤剣司です。よろしく」
衛「小楯衛です」
咲良「要咲良です」
ネージュ「覚えられるかなぁ。頑張るけどさ。何度か聞き返しても悪く思わないでね?」
 ネージュの話術は見事といえるだろう。島の外から来た人間が珍しいはずなのに、彼らはネージュにしきりに質問を繰り返していた。楽しそうだったからほうっておいた弓子が隣に来た妹に気兼ねなく尋ねる。
弓子「ところでみんな揃ってどこに行くつもりだったの?」
真矢「一騎君と剣司君の果し合い」
弓子「ああ。恒例の」
ネージュ「・・・・・・・・・ほえ? 果し合い? 一騎君と剣司君が?」
 なぜかネージュが果し合いというキーワードにいち早く反応する。興味津々と言った様子だった。
真矢「はい」
ネージュ「あ、カッコイイ! お姉さん見直しちゃった! 良いよねぇ。男の子はそうじゃないと♪」
弓子「あら? ちょっと意外ね。フローレンスさんはすっごく穏やかそうだから、こういうことに対してはあまり賛成しないかと思っていたけど」
ネージュ「まさか! 男の子は強くないと守りたいもの守れないよぉ」
一騎「そういう・・・・・・・・・ものですか?」
ネージュ「・・・・・・・・・そういうものなのだよ!」
 ネージュが綺麗な拳を一騎の眼前に突き出してアピールする。
ネージュ「あーー、テンションあがってきちゃったな。私もそれ見に行っても良い?」
弓子「え゛・・・・・・・・・」
咲良「フローレンスさんってそういうのに心得があるんですか?」
ネージュ「あるある! 私は強いよぉーー!」
 実際問題として、今ネージュを取り囲んでいる少年達が一斉に襲い掛かってもネージュの足元にも及ばないだろう。だが、こんな物言いを真っ当に受け取る人間などそうはいない。
衛「なら一緒に行きましょうよ!」
咲良「そうね。見て減るものじゃないし」
剣司「でもなぁ」
ネージュ「良いじゃない。いこいこっ!」
 ネージュが一騎と剣司の背中を押して彼らが行こうとしていた方向へ力を促した。




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