粋狂いな人々・弐式

スーパーロボット大戦・涅槃U

リアルルート 第壱話 『シルバースノー・ウェディング』 前編


第壱話 『シルバースノー・ウェディング』 前編


 芽花園学園高等部。東京の一角にある高等学校だ。時間帯は朝。早朝というわけでもないので周囲に人は多い。そのほとんどが登校する学生だった。その登校する生徒の中に1人目立つ少女がいた。背中を靡く銀色の髪。歩き方1つに気品すら滲み出るそのしぐさ。歩くと学生、一般人問わずにその子に振り返る。これほどまでに可憐という言葉が似合う子もいないだろう。正に高嶺の花なのだが、その子になんの躊躇いもなく後から抱きかかえるという暴挙に出る人間がいた。
???「きゃっっ ・・・・・・・・・もう杏奈ってば」
 銀髪の少女は振り返って抱きついてきた人間の顔を見て安堵する。ピンク色のセミロング。活発そうな表情と笑顔が愛くるしい。彼女も系統は違うが美少女といって文句を言うものはいないだろう。彼女の名前は葵杏奈。芽花学園に通う女子高生だ。
杏奈「おっはよー。フロー」
 フローは銀髪の少女の名前だ。略称ではあるが。銀髪の少女の本名はフローレンス・K・リューデルメ。愛称はフローだ。杏奈の笑顔に釣られるように、でも、あくまでも可愛らしく笑い返す。この2人が隣にいるだけで絵にはなる。周囲の想像とは完全に違うところで2人は2人の話をする。
杏奈「昨日の話、考えてくれた?」
フロー「昨日って・・・・・・・・・入部の話? あれ本気だったの?」
杏奈「もうフローたら、当然じゃない。私、フローは見所があると思うんだよ? だからね、良いでしょ?」
フロー「嫌よ。ロボット部に入ったら『私に勝ったら付き合う』なんていう噂が広まるかもしれないし」
杏奈「あははは。それを言われると辛いなぁ。でも、こんなご時勢だし、ロボットの動かし方も女の嗜みの1つになるような気がしない?」
フロー「しないわ」
 フローがプイッと可愛らしくそっぽうを向く。それだけでもう充分に魅力的なのだが。だが、直ぐに表情を落ち着かせてから話を続ける。
フロー「私は杏奈の方がわからない。どうしてそんなにロボットに拘るの?」
杏奈「・・・・・・・・・私の好きな人がね・・・・・・・・・。パイロットなの」
フロー「・・・・・・・・・・・・・・・・・・パイロット? っていう事は軍人さんなの?」
杏奈「えっと・・・・・・・・・あそこの所属ってどうなるんだろう? わかんないや」
フロー「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・成程ね。その彼氏さんのために強くなりたいんだ。・・・・・・・・・ふふ。あなたに挑んでくる人たちは可哀相ね」
杏奈「あー、うん。・・・・・・・・・あのね、フロー」
フロー「大丈夫よ。黙っていてあげる。その代わり、今日の放課後にガトーショコラ奢ってよね♪」
杏奈「え゛ぇぇぇえーーー!! 今週ピンチなのに!」
フロー「あーあ、かわいそうに。別に奢らなくても大丈夫だよ。私と杏奈の仲じゃない。・・・・・・・・・けど、私は結構口が軽いけどねー」
杏奈「うぅぅ・・・・・・・・・。もう! わかったわよ!」
フロー「やったぁ。楽しみにしてるわ」


 そして放課後になると杏奈は律儀にフローを都内の有名なデザートショップに連れて行く。リーズナブルな外観ではないがそれでも学生が少ないわけではない。そんな様子に全く気にすることなく、フローは予定通りにガトーショコラを官能的に口に運んでいく。
フロー「あふぅ。・・・・・・・・・美味しい」
 杏奈もベリータルトを突いている。
杏奈「本当にフローはチョコ大好きよね。それでどうしてそんなに細いの?」
 律儀に噛んでから飲み込んだフローはその杏奈の問いに答える。
フロー「・・・・・・・・・・・・・・・・・・杏奈だって細いじゃない。別に特別なことはしてないってば」
杏奈「通称『北欧の妖精』と校内で噂されるミステリアスな北欧の留学生。成績優秀で文武両道。しかもその美貌。それでそんなに細いってもう反則じゃない?」
 確かにフローは大きな町を歩くだけで芸能スカウトが寄って来る。しかし、フローはそんな誘いをまともに受けたことがない。受けようとも思っていなかった。
フロー「よく言うよ。学園のマドンナさん」
 勿論、杏奈もネージュと双璧を張るほどにもてるのだが。それでいて2人はそれを鼻にはかけない。妬む者もほとんどいないのだ。
杏奈「マドンナかぁ。それももう直ぐ返上だね。フローにあげるよその名前。今度からは『北欧のマドンナ』ってよばれたまえ」
フロー「? いーや」
杏奈「ははははは」
フロー「ふふふふふ」
 そう、この2人はもはや親友と呼んでも良かった。それほどまでに仲がよく。何よりも気が合った。いつもと変わらぬ他愛もない会話。その会話の最中にフローは今までに診たことない杏奈の表情を見る。
杏奈「・・・・・・・・・あのね、フロー。あなたにお願いがあるの?」
フロー「ここの会計は杏奈もちよ?」
杏奈「勿論よ」
フロー「・・・・・・・・・・・・・・・・・・何? 何か困りごと?」
杏奈「違うよ。あの、これは本当に隠し事で学校の人間で話すのはフローだけなんだけど皆に黙っていてくれる?」
 朝の会話とは明らかに違う。重要なことであることは見て取れた。流石にこんな表情をされた杏奈の言葉を遮ることはできない。
フロー「わかった。誰にも言わない」
杏奈「ありがと。でも、困っていることじゃないのよ。フローにね、親友として出席して欲しいの。・・・・・・・・・これ」
 杏奈がテーブルの上に一枚のカードを置いた。フローはそれを黙って開けて中の内容を確認する。
フロー「・・・・・・・・・・・・・・・・・・これって」
杏奈「うん。結婚式の招待状。私と彼以外じゃ私のママと彼の弟さんだけ。でも、どうしてもね。出席して欲しいんだ。フローに」
フロー「!! すっごい! 是非出席させてもらうわ。今日はなんて素敵な日!」
杏奈「・・・・・・・・・ありがと」
フロー「お相手は。・・・・・・・・・猿渡ゴオさん。・・・・・・・・・・・・・・・・・・猿渡? どこかで」
杏奈「あ、うん。彼、ダンナーベースのパイロットをしてるから」
フロー「ダンナーベース。成程。朝、杏奈の彼氏さんが軍属かそうでないか答えられなかった理由はそういうことか。確かに、ダンナーベースの人間は所属こそ海軍だけども所属メンバーはダンナーベース自体が特殊に集めているもんね。雇われているという意味じゃ確かに軍人ではないか」
杏奈「フロー、詳しいのね」
フロー「えーっと、まぁね。ちょっと興味があって」
杏奈「そうよね。日本って今世界じゃ一番安全で一番の兵器開発国だもの。組織に興味くらいあるわよね」
フロー「あ、うん! でも、なんか悪いなぁ。結婚する杏奈にケーキ奢ってもらうの」
杏奈「良いよ。口止め料だと思うことにするから」
フロー「ありゃ、じゃ絶対に言えないなぁ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ところで猿渡さんって良い人なの?」
杏奈「うん!」
 この一言と満面の杏奈の笑顔。それが最高の答えになった。
杏奈「でもさぁ・・・・・・・・・」
フロー「何?」
杏奈「フローには良い人いないの? 告白されたフラれたって話はたくさん聞くけども、それ以外は全然。男子の中にはフローって百合じゃないのかって言う人もいるんだよ?」
フロー「ユリ? ユリってどういう意味?」
杏奈「あーー、わからないか。えっと・・・・・・・・・・・・・・・・・・女性の同姓愛者って言えばいいのかな」
フロー「違うよ!!」
 あまりの剣幕に杏奈の方が逆にびっくりした。杏奈は体を仰け反らせている。
杏奈「そっ、そうだよねぇ。・・・・・・・・・うん。わかった」
 その大声に周囲が反応したのをフローは察してシュンとなってしまう。
フロー「もう! 杏奈が変なこと言うから。私だって好きな人くらいいます!」
杏奈「そうそう。そういう話が聞きたかったの。それで? どんな人?」
フロー「どんな人って突然言われても。・・・・・・・・・・・・・・・・・・とにかく優しい人だったな。強いんだけど優しいの。いっつも笑っていて、どんなに辛いときでもその人についていけば大丈夫って思えるような人だった」
杏奈「ほうほう。フローは祖国に恋人残してきてるんですな?」
フロー「違うよ。その人は日本人だもん。多分ね。私が日本に来たのは知り合いがたくさんいるって言うのもあるけど、その人の祖国だから。だから見てみたいって思ったの」
杏奈「へー、フローにそこまで言わせるとは随分な人ですな」
フロー「そうだよ。すごい人なんだから」
 フローは彼女にしては珍しく、自慢気にガトーショコラを再び口に運び始めた。滅多に自慢などをしないフローを知っている杏奈から見れば随分と奇異な光景だったりする。


 フローは杏奈と別れてから自宅に帰る。だが、フローの住む場所はアパートやマンションの類ではなかった。寮というのが正しい表現に思える。フローが入っていった建物の前の表札にはこう記されてあった。『ヘムルート・マオ・インダストリー共同兵器評価センター』とある。つまり、ここは企業の借り上げた寮なのだろう。その一室にネージュは戻る。その部屋の前の表札には確かにフローレンス・K・リューデルメとある。
 フローは自室に入る。それほど豪華というイメージはない。ベッドに机。歳相応の女の子の部屋にしては豪華とは思えないが変わっているわけでは決してない。フローは部屋に入ると直ぐに着替えを始めた。
 着替えを終えた彼女は急ぎ足でどこぞへと向かう。格好は概ね女子高生が着るようなものではない。一般人が見てもその格好が何の為のものなのか理解できないだろう。その格好は彼女の線の細さを強調させるような極薄のスーツだった。そんな格好でフローはとある部屋に入る。
フロー「ただいま! 遅れてゴメン。 ハデス! シャンディ!」
 ハデス。そう呼ばれて男はパタパタと手を振る。
ハデス「構わんさ。学生は学校を中心に考えろ。ネージュ」
 その言葉に反応するかのようにシャンディと呼ばれた女性も笑う。
シャンディ「その通り。なんか、同じようなこと毎日言ってるよね。ネージュ」
 ネージュ。そう。フローレンス・K・リューデルメ。彼女は4年前の大戦のキーパーソンの1人であるネージュその人だったりする。4年経過し、随分と大人びた。彼が消息不明になり、彼の残したデータの中に残っていたのだ。ネージュの本名が。両親、親類に至るまで生き残ってはいなかったが名前だけは残っていた。フローレンス・リューデルメ。それがネージュの本名だった。そしてミドルネームのK。これはクヌギのK。彼を忘れない為のイニシャル。それを貰って今彼女は生きている。フローレンス・K・リューデルメであるネージュは。
ネージュ「大丈夫だって。居眠りなんかしてないよ」
シャンディ「そんな心配なんかしてないよ。私が心配しているのはネージュの体。無理してない?」
ハデス「その通りだ。お前が倒れたなんて知れてみろ。俺なんか副長や参謀、ユゼフの旦那に半殺しの目に遭っちまう」
ネージュ「あははははは。平気だってば。毎日楽しいしよ」
ハデス「そっか。なら良いんだ」
ネージュ「うん! 早速はじめようよ。今日って確かマニューバJPPのパターン3だっけ?」
シャンディ「そのつもり。ネージュに見てもらいたい場所はパターン3のモーションEの時のシャイルシャフトの自由度の確認。まぁ随分フレキシブルなはずなんだけどもね。早く終われば実戦のシチュエーションでも試してみたい。そうなったらハデスにも手伝ってもらうよ?
ネージュ「わかった」
ハデス「了解」
 ヘムルート・マオ・インダストリー共同兵器評価センター。ここは友好関係にあるヘムルートとマオ社が共同で支出し、使用している試作兵器のデータ収集並びに試験評価を行う場所だったりする。そこのテストパイロットとしてネージュとハデスは所属していた。シャンディは整備班の責任者として、並びに評価試験の責任者でもある。この施設は確かに双社の肝いりな為、未成年なネージュが雇われている。これはヘムルート社長のユキタカ・ウラキの言葉があったと考えても良いだろう。最も、ネージュとハデスの腕前もシャンディの技術も卓越しているのは間違いないのだが。
 機動兵器のテストパイロットとしてネージュとハデスの腕は間違いなく抜きん出ている。それはこの施設の中の人間からすれば共通の観念だったりする。一通りのモーションテストを終えてからネージュがとある機体のコックピットから降りてくる。そのまん前にはすでにシャンディが待ち構えていた。
シャンディ「どうだった?」
ネージュ「シャイルシャフトって何番だっけ?」
シャンディ「6番」
ネージュ「6番かぁ。5番でも問題ないような気がするけどね」
シャンディ「え!? 全然気付かなかったよ。でも5番って細くないかな?」
ネージュ「6番じゃ堅い気はするよ。いっぺん試してみても良いと思う。でも、元々マニューバJPPって状況的に頻繁に使うようなものじゃないけどね。運用にも問題はないかな?」
シャンディ「でも、ハデスの弾丸喰らっていたじゃない?」
ネージュ「あれはハデスの腕だよ。動きながら、振動を計算して、こっちの動きも織り込んで射撃するパイロットなんて何人いることやら。あれは神業」
 少し離れたところに機体を止めたハデスが小走りでこちらにやってくる。
ハデス「・・・・・・・・・どうだった?」
ネージュ「シャフト自体には問題ないよ。でも」
ハデス「ああ。少し鈍かったな。ちょっと細くしてみても良いかもな」
シャンディ「ほんとに?」
ハデス「こいつが量産機なら良いんだけどな。一般兵は愚か相当な熟練兵でも違和感を感じるほどだろうけどもな」
ネージュ「うん」
シャンディ「あう。わかった。ちょっと弄ってみる。けど、運用には問題はないんでしょ?」
ネージュ「うん、ないよ。無理しない限り私も気付かないと思うな」
ハデス「同感」
シャンディ「わかった。・・・・・・・・・よし! 今日はここまで! 2人ともご苦労さん! ちょっと待ってて、一緒にご飯食べにいこ!」
ハデス「おう」
ネージュ「わかった。更衣室前で待ってるね」


 食事を口に運んでいた。今日の献立はAセットが石狩鍋定食。Bセットがチゲ鍋セット。Cセットが牡蠣フライ定食。その中から選ぶのだが、ネージュは何の戸惑いもなくAセット。ハデスはビールに合うという理由でBセット。シャンディは好物の牡蠣フライ定食とバラバラに注文した。それを受け取った3人は同じテーブルに付いて食事を口に運び始める。
ハデス「あ゛ぁーー! 美味い!!」
 鍋がうまいのではないあくまで美味いのはビールらしい。
シャンディ「オヤジくさいなぁ」
ネージュ「良いじゃない。私はハデスが羨ましいな。早くお酒飲んでみたいもん」
シャンディ「そうなの?」
ハデス「へー。お前がそんなこと言うなんてな。どういう心境だ?」
ネージュ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・セツヤさん、お酒好きだったから」
シャンディ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ハデス「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・悪い。そうだった」
 4年前の記憶。それを知るのはこの中ではこの3人だけだ。優しい男の辛い記憶だ。
 セツヤ・クヌギ。この名前は一般にこそ知られてはいないが軍部の佐官以上にはもはや伝説的な名前だったりする。たった一隻の船で巨大な軍を相手にした偉大な男。地球を守った男。その男の名前だった。彼が行方不明になってもう4年になる。彼は・・・・・・・・・酒が好きだった。
 流石のハデスもグラスをテーブルにおいてしまう。
ネージュ「・・・・・・・・・ゴメン。変な話しちゃった」
シャンディ「いいよ。大丈夫だからさ」
 ハデスはネージュに気を遣わせまいと一度置いたグラスを一気に傾けてビールを飲み干す。
ハデス「教えてやるよ。お前今17だろ? あと3年したら教えてやる。いや、今度イギリスにでも行け。あそこにはシャックさんがいるから飲んで来れば良いさ。お前の頼みだ。誰だって酒の選び方や飲み方くらい教えてくれるさ」
シャンディ「そうだよ。ネージュ、有給全部使ってさどっか行って来なよ」
ネージュ「あ・・・・・・・・・でも、私・・・・・・・・・」
 迷っている。確かにその心情はこの2人も察することが出来る。今は戦時中でもある。少しでも志のある人間は士官学校に徴兵令も考えられているそうだ。最も、ネージュは軍に協力的な企業に務めていることもあって免除されるだろうが、そんなご時勢に旅行などに行く気にはとてもなれない。
ハデス「御堅いなぁ。お前はほんとに」
ネージュ「うん。前にもジャスに言われた。そういうところがセツヤにそっくりだって」
 どこかネージュは嬉しそうではある。
ハデス「確かに」
シャンディ「でも、ネージュはネージュだから行きたいなら行けば良いよ。考えておきなって」
ネージュ「休みかぁ。わかった、考えておく。・・・・・・・・・・・・・・・・・・フフ。思い出しちゃった。あのね、話は変わるんだけども再来週の土曜日に私の親友の結婚式があるの」
ハデス「は!? 結婚!? その親友ってお前と同い年だろ?」
シャンディ「馬鹿だなぁ。今日日そんなの珍しくもない。でも、お目出度いね。招待されたんだ?」
ネージュ「うん!」
シャンディ「そっか。でも、それは一大事だ。ネージュ、着ていく物とかあるの?」
ネージュ「ほぇ?? 制服で良いんじゃないの? 前に生徒手帳には冠婚葬祭は全部制服で良いって書いてあったよ?」
シャンディ「だぁあーーー!! 女の子が何言ってるの! 買いに行くからねネージュ!」
ネージュ「・・・・・・・・・買い物って・・・・・・・・・私人混みはあんまり好きじゃないよ?」
シャンディ「いいの! 付き合いなさい!」
ハデス「ご愁傷様」
ネージュ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あう」
シャンディ「ここに荷物もちもいるし」
ハデス「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺か?」
シャンディ「他にどこにいるのよ。私とネージュがいないならレオもすることなくて暇でしょう?」
ハデス「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あう」
 次の休みにネージュはシャンディとハデスと共に町に買い物に行く羽目になった。そういえばセツヤも暇を見つけては買い物に連れて行ってくれた。そう思うと気を許す仲間との買い物は意外と楽しかった。


 その日ネージュは忙しい一日だった。朝からシャンディに慣れもしない化粧をされ、下ろしたての目立たない色のドレスを着こんで、冠婚葬祭いついて教え込まれた。最も披露宴はなく式だけだ。それほど必要なこととは思えないがそれを口にしたりはしない。運転手はハデスが勤めてくれた。なんだかんだ言ってもこの二人はとても優しい。風伯のクルーが解散するときほとんど全員がネージュの引き取ると志願してくれた。そんな人間達をネージュは一生感謝して生きようと思う。勿論、今日祝福の日を迎える親友の杏奈も同様だ。
 教会。今日までネージュに縁の薄い場所だった。教会には人は非常に少ない。いたのはとても綺麗な女性と見たこともない青少年がいた。女性のほうは杏奈のお姉さんかと思ったが恐らくは彼女が母親だ。青少年のほうは新郎の弟さんだろう。なぜかネージュはその少年をどこかで見たことがあるような気がする。そんな思いを殺し、ネージュは2人に頭を下げる。
ネージュ「本日はおめでとうございます」
忍「ありがとうございます。僕は猿渡忍です。新郎の猿渡ゴオの弟です」
霧子「あなたがフローレンスさんね。杏奈から話は聞いてるわ。面倒な娘の事情に巻き込んでごめんなさいね」
ネージュ「いえ。私嬉しかったですよ。こういう経験は初めてだし、なにより、打ち明けてくれたのが」
霧子「そう。あの馬鹿娘は見る目はあるみたいね。あなたみたいな綺麗な子が来るとはちょっと思わなかったわ」
ネージュ「おば様だって初め見たときはお姉さんかと思いましたよ? おあいこです」
霧子「・・・・・・・・・・・・・・・・・・フローレンスさん」
ネージュ「フローで良いですよ?」
霧子「そう? じゃフローさん、あなた私と何処かで会った事ないかしら?」
 この質問、正直に言えばネージュは予想していた。葵霧子。この女性は擬態獣専用の対策基地ダンナーベースの所長だ。これほどの高官が杏奈の母親であるということを知ったのは実はハデスが老婆心からか調べてくれたのだ。一基地の責任者クラスならばネージュを含めた過去の風伯クルーの主要メンバーを知っていてもおかしくない。恐らく、霧子はネージュを含めた書類を見たことがあるのだろう。
 ネージュは霧子の顔を見つめて少し悩むそぶりを見せてから
ネージュ「私、あまり記憶力の良いほうではないですけど、多分今日はじめてお会いしたと思いますけど」
 事実だ。間違いなく今日はじめてネージュは初めて霧子と会った。こういう答えならば問題ない。まぁ、別にばれたからと言って如何と言う事はないのだが。
霧子「・・・・・・・・・そうよね。ごめんなさいね。不快な思いをさせて」
ネージュ「いいえ。御気になさらず」
霧子「式までもう少し時間があるわね。私、杏奈の様子を見てくるわ。悪いけども少し待っていてねフローさん」
ネージュ「はい」
 ネージュはそのまま開いているベンチにちょこんと座る。前述したがネージュは教会という場所をこうゆっくりと眺めるのさえも初めてだろう。それほどに縁の浅い場所ではあった。ステンドグラス。祭壇とでもいいのだろうか。教会の最前部には十字架が掲げられている。ユメコやジャスがいれば色々説明してくれるのかもしれない。ただ、不快な感覚を受ける場所では決してない。この場所で数多の男女が夫婦の誓いを宣言する。それだけでこの場所が何か特別なものが込められているというのが理解できる。ネージュも色々と考えていると沈黙に耐えられなくなったのだろうか、新郎の弟である忍が話をしてくる。
忍「あの、フローさん僕のこと覚えてないでしょ?」
ネージュ「??? えっ、猿渡さんと私どこかで会ってます?」
 まぁ、包み隠さずに言えばネージュにもデジャブはあったのだが。
忍「僕も芽花園学園の2年生だから。杏奈ちゃんと同学年」
ネージュ「!!? えっ! 本当に?」
 そういわれてネージュは更に記憶を掘り下げていく。言われてみればいたような気もするがはっきり言って覚えていない。
ネージュ「えっと・・・・・・・・・・・・・・・・・・、ごめんなさい」
忍「いいよ。いや、良くないけどさ」
ネージュ「本当にごめんなさい。うん! もう忘れないから!」
忍「あはははは。そう言ってくれると助かるな。・・・・・・・・・・・・・・・・・・けど、杏奈ちゃんがどうしても1人式に呼びたいって言うから誰かなと思っていたけど、フローさんだったとはね」
ネージュ「えっ、私だけなの? 杏奈ってもっと友達いるよね?」
忍「そう思うけどね。けれども、フローさんじゃなきゃダメなんだと思うよ? それは僕も知らない。本人に聞いてみれば良いよ」
ネージュ「聞けるかなぁ。気恥ずかしくって聞けないかも」
忍「確かに」
 自然に2人の表情に笑みがこぼれる。そんな話をしていると霧子が再びチャペルに戻ってきた。
霧子「お待たせ。そろそろ始めるって」
ネージュ「はい」


 厳かではあるだろうが絢爛ではない。そういう表現が似合う結婚式だった。髭を生やした神父が執り行う式は神聖という言葉もまた似合うだろう。
神父「それでは只今より、神の御名において猿渡ゴオと葵杏奈の挙式を執り行う。汝葵杏奈は猿渡ゴオを夫とし、生涯変わらぬ愛を誓いますか?」
杏奈「はい。誓います」
神父「汝猿渡ゴオは葵杏奈を妻とし、生涯変わらぬ愛を誓いますか?」
ゴオ「はい。誓い・・・・・・・・・いぃ!? ああぁっ! すみません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・静流悪い後にしてくれ・・・・・・・・・今ちょっと大切な・・・・・・・・・」
 ゴオが話している中、霧子の胸の中に入っていて携帯が振動を始めた。しかも、ほぼ同時にだ。猿渡ゴオと葵霧子の2人が反応する。どこかの誰かと通話しているのは一目瞭然ではある。だが、流石にネージュもその通話のすべての内容を聞き取れるわけではない。通話中に猿渡ゴオの方が血相を変えた。そして走り出す。ネージュは貴重な経験をすることになる。恐らくは一生見ることも出来ないだろう。結婚式の最中に逃げ出す男性の姿は。
 ネージュはキョトンとしてそれを見る。
ゴオ「すまん!!」
杏奈「式はどうなるの!? はい、誓いーーのあと言ってないぃーー!!」
霧子「わかってやりな。仲間だったんだよ昔の。」
ゴオ「すまん!!!」
 ゴオが花嫁を乗せるはずだった車に飛び乗りエンジンをふかした。
杏奈「ばかぁぁぁぁあ!!!」
霧子「覚悟を決めな!」
杏奈「お母さんまで」
霧子「お前はロボット乗りと一緒になるんだ。・・・・・・・・・そして、お前の母はそいつ等のボスなんだよ」
ゴオ「直ぐ戻ってくる!! 待っててくれっ!!」
 霧子を隣に乗せたゴオはアクセルを全開にして車を走らせた。その様子をネージュは少しだけはにかみながら眺める。そして、残された花嫁に告げた。
ネージュ「良い人だね。猿渡さんって」
杏奈「フロー?」
ネージュ「だってそうでしょ? 自分の結婚式ほっぽり出してでも昔の仲間のために自分の大切な時間を投げ出す。これが・・・・・・・・・自分の花嫁の為だったら自分の命すら投げ出すだろうね」
杏奈「そうなんだよね。私も覚悟決めないと・・・・・・・・・。でもね、フロー・・・・・・・・・私待っているような女じゃないの!」
ネージュ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ほぇ?」
杏奈「ゴメン、忍っち! 借りるね!! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ピンピンよろしく!!」
忍「ええっ!?」
ネージュ「ありゃりゃー」
 杏奈がバイクで教会裏のほうへと暴走して行った。それと行き違いになる形にして恐らくその辺で待機していたであろうハデスが車から降りてやってくる。
ハデス「なんだぁ? 花婿が花嫁さん以外の女乗せて走ってったぞ? しかも、その後を花嫁さんが血相変えて追ってった。修羅場か?」
ネージュ「そんなんじゃないよ。お仕事みたいだよ。花婿さんの」
ハデス「成程ね。・・・・・・・・・そういえば俺等(HMC)の情報でもなんか引っかかってるみたいだぜ? ホレ!」
 ハデスがネージュに情報端末を投げて寄越す。それを上手くネージュは受け取ってそのモニターを凝視した。忍がピンピンという名前の猫を保護しにいったので周囲に人がいない。それを確認してから
ネージュ「・・・・・・・・・擬態獣か。・・・・・・・・・・・・・・・・・・確か、データ少なかったよね?」
ハデス「・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前・・・・・・・・・まさか?」
ネージュ「最高のご祝儀になると思わない?」
ハデス「・・・・・・・・・ちょっと待て。上と相談しないと」
ネージュ「直ぐにして。勿論、状況も加味するけどさ。ピンチだったらいくよ。だって、親友をいきなり未亡人にはしたくないしさ」
ハデス「確か、今ってグラウの腰部骨格の再調整やってっから俺は出れねーよ?」
ネージュ「仕方ないかな?」
ハデス「強情小娘め。わかった。シャンディにお前の奴を生態認識リモートで送ってもらう。俺は・・・・・・・・・面倒だがダンナーベースに行く。胆の説明はお前がしろよ?」
ネージュ「わかってるって」
ハデス「よし、乗れ。セーフポイントまで送ってく」
ネージュ「はーーい」
 ネージュはドレス着たままで車に飛び乗った。




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