粋狂いな人々・弐式

スーパーロボット大戦・涅槃 第陸話 『風神の逆鱗』 後編


第陸話 『風神の逆鱗』 後編


 ネージュは走る。外の敵については何も分からない。しかし、この風伯はネージュの見立てではかなり高性能な戦艦だ。そこらの船では追い詰めるどころかダメージを与えることも無理だろう。スタッフも超一流だ。一般に戦艦は機動兵器には弱いとされているがそれだってこの船のスタッフなら乗り切る。という観念から考えれば船の外的は機動兵器、恐らく複数ということになる。
 己の考えを纏めた頃にネージュはブリッジに到着していた。いくつかの隔壁が閉鎖されていたので繰るまでに時間が掛かってしまった。頭から突っ込むような感じでブリッジの中に飛び込んで来る。それにまず反応したのが地上戦闘の指示で比較的手の空いているジャスだった。
ジャス「ネージュ!?」
 ジャスの声よりもネージュが見たのは今現在風伯が相手をしている敵だった。その敵をネージュは一見してからこの風伯の惨状を納得する。敵は細身の大型のロボット。ロボットなのかは自信がないが敵と言うことに変わりない。
ネージュ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・これ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ジャス、私にも戦わせて」
ジャス「!? なにを言っているんだ! 今は戦闘中だ。直ぐに医務室に戻るんだ」
ネージュ「先生が怪我したの! もう、嫌だ! みんなが怪我をするのを見てるのは!」
ユメコ「・・・・・・・・・いいよ。戦ってネージュ。確か、鹵獲したローブ・ロンがあったはずだから」
ジャス「副長!!」
 嘗てないほどの声を荒げるジャス。しかし、それに対してユメコも嘗てないほどの冷静な声で返す。
ユメコ「どうせこのままじゃジリ貧。・・・・・・・・・それに、ネージュはやっと抜け出そうとしてるんだよ。自分を覆ってきた殻から。セツヤさんはこの瞬間を待ってたんだ。・・・・・・・・・だから、行かせよう参謀。いざとなったら風伯で盾になればいい」
 ジャスは目を見開く。今のこのユメコの言葉。これは間違いなくセツヤのものだ。
マリア「・・・・・・・・・あの、参謀、私からもお願いします。ネージュの意思を汲んであげてください」
ジャス「・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかった。整備長には自分から言っておく。・・・・・・・・・けど、よく聞くんだネージュ。あの敵は強敵だ。セツヤさんでも苦戦する程のだ。だから、絶対に無理をするな。もしも、風伯が撃破されることがあればセツヤさんのいる地上部隊にそのことを伝えにいくんだ。それが約束だ。絶対に守ると誓えるか?」
ネージュ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかったよ」
ジャス「いい子だ。なら急げ」
ネージュ「うん!」
 ネージュは踵を返して格納庫に走る。ネージュが出て行くとジャスはそそくさと艦内通信機に手を伸ばす。それを身ながらユメコは思う。ジャスの今の言葉はセツヤのそれだったと。


 格納庫でユゼフは通信機を右手に忙しなく動き回る。
ユゼフ「何だと!? 碌に設定のしていないローブにお嬢を乗せろってのか!」
ジャス『そうです』
ユゼフ「バカを言うな!! シュライバーの機体には内臓武器なんかねーんだぞ!! 携行武器だけであの気味の悪い堕天翅と戦わせろって言うのか!!」
ジャス『ネージュの潜在能力は艦長も認めています。そこらのパイロットよりもよほど上手く乗りこなせます』
ユゼフ「そういう問題じゃねぇ!!! 参謀、あんたにはプライドはないのか!! あんな子供を戦わせるなんざ」
ジャス『わかっています!!!』
 ジャスが声を荒げたことにユゼフが驚いたようだ。一瞬彼の言葉が止まる。
ジャス『失礼しました。・・・・・・・・・これはネージュが言い出したことなんです。私も整備長と考えは同じだ。子供の意思を無視して戦わせるなんて無能の証明のようなものだと思っています。しかし、ネージュは選んだんです。我々を守りたいと。なら、ならば私はその心意気を組んであげたい』
ユゼフ「・・・・・・・・・参謀」
ジャス『いざとなれば風伯がネージュの盾になればいい。この船は重要だが艦長が生きていれば問題はありません。・・・・・・・・・ネージュが生きていれば悔いもありません』
ユゼフ「そうか。すまん参謀。暴言だった。戦闘が終われば営巣でも何でも入ろう」
ジャス『いえ、お気になさらずに。それよりも機体の方お願いします。艦長はマニュアルでの発進が可能ですがネージュはそうはいかないでしょう。できる限り時間は稼ぎます』
ユゼフ「今までで一等に難題だな。時間がなさ過ぎる」
ジャス『すみません』
ユゼフ「だが、今までで一番心地いい。あんたも艦長に似てきたな」
ジャス『やめてくださ・・・・・・・・・・・・・・・・・・いえ、光栄です!』
ユゼフ「・・・・・・・・・任せておけ!」
ジャス『お願いします。整備長』


 ネージュが格納庫にやってくると驚くべき光景が彼女を迎えた。たった1機のローブ・ロンに全整備クルーが取り付いて武器のコックピットの整備に付きっ切りの光景があったからだ。普通ならばありえない。担当と言うものを完全に超越してローブロンを仕上げるために全員が動いていた。ネージュがやってくるのを見つけたユゼフが声を張り上げる。
ユゼフ「・・・・・・・・・! お嬢!!」
ネージュ「あ、ユゼフ!」
ユゼフ「お嬢、ちょっと来い!」
 ユゼフがいるコックピット周りに野生児のような俊敏さで駆け上がってコックピットに到着する。そのままユゼフは強引にネージュをコックピットに押し込める。そのままでネージュの後ろからコンソールをいじりながら説明をする。大急ぎの用事とはいえ、大した器用さだった。
ユゼフ「・・・・・・・・・いいか、よく聞けお嬢。この機体はお嬢の棺桶じゃねぇ。酒も飲めねぇお嬢には花嫁衣裳もまだ早ぇ。お嬢用のチューンもまだだ。ただの機体、安物の服と同じだ」
ネージュ「??」
ユゼフ「要するにだ、俺はお嬢専用の機体を絶対に送ってやる。だから、これはどんだけ壊したっていい。絶対に生きて帰れ」
ネージュ「・・・・・・・・・ユゼフ」
ユゼフ「これを見ろ。お嬢も知ってると思うがこれには固定武装はない。通常は携行のみだが、今無理やりに右の肩に簡易版のロケットランチャーを4発と左腰部にビームソードを取り付けてる。何もないよりはましだからな。ロケットランチャーの発射カタパルトはここのスイッチでパージする。それと携行の武装は何がいい? 2分、いや、1分で使えるようにしてやる。ここから選べ」
 ネージュの目の前に出されたのは風伯にある携行武装の一覧だった。それを一見してからネージュは1つを選ぶ。
ネージュ「これ」
ユゼフ「Gレールガンか。任せろ。武装携行後はシークエンスAで緊急発進だ。シークエンスの設定は全部俺等がやる。いいな! わかったな!!」
ネージュ「うん。・・・・・・・・・あ、ユゼフ、それと皆」
 皆、それは整備クルーのことだろう。見知った顔もあれば知らない顔もある。だが、それをネージュは一見してから
ネージュ「・・・・・・・・・あの、・・・・・・・・・ありがとう」
 お礼だった。簡単なお礼。頭もたれない。視線がどこにあるのかもわからない。だが、彼等のがんばりを報いるには充分すぎるほどのものだった。


 風伯が揺れる。それはユメコたちの技術をもってしてもぎりぎりな状況なのだろう。昇降機で上りながらネージュはそんなことをふと考えてしまう。・・・・・・・・・これまでの戦いはそんなことを考える余裕などはなかった。あるのは任務とそのタイムスケジュールだけ。他人のことなど考えられない。怖いことは変わらないが不安がない。そう思えた。
エーデ『ネージュ! 大丈夫? 怖くない?』
 自分達のほうが遥かに危険なはずなのにこんなことを言ってくる。
ネージュ「大丈夫だよ、エーデ。・・・・・・・・・ちょっとは怖いけど」
 怖いと言う言葉にエーデは過敏に反応したように思える。自分のことでもないのにモニター越しに泣きそうな表情になっている。
エーデ『ごめんね。ごめんね、ネージュ。あなたを戦わせるなんて。ずっと怖い思いしてきたのに。もうそんな目にあいたくないはずなのに』
 嬉しかった。そしてすごいと思った。この船の人たちはどうしてこんなに凄いんだろうと思った。上手くは言えないが凄い。ネージュ自身は何も言っていない。何にもだ。それなのにわかってくれる。欲しかったものや嬉しいこと。あまつさえ自分のために泣いてくれる人がいる。がんばってくれる人がいる。一月前はそんなこと絶対にありえないことだった。考え付くこともなかった。戦うと言うことは奪うことと思っていた。それが完全に変わっている。
ネージュ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 ネージュの頬を涙が伝う。それにネージュが過敏に反応した。
エーデ『・・・・・・・・・! ネージュ、ネージュ! ああ・・・・・・・・・副長ぉ! こんなこともう止めさせてください!! ネージュが泣いているのにこんなことを!』
ネージュ「違う。違うよ! エーデ。私、悲しいんじゃない。怖いんじゃない。嬉しいんだよ、とっても。こんなに嬉しい。エーデが泣いてくれる。私のために。ユゼフは死ぬなって。セツヤは守るって。皆が優しすぎるんだよ。・・・・・・・・・私戦えるよ。皆の為なら」
 その言葉にエーデの涙は更に溢れそうになるがそれをエーデはチーフで拭いて真正面からネージュを見る。
エーデ『・・・・・・・・・わかった。なら、私も言うわ。死なないで。絶対に』
エーデ「うん。・・・・・・・・・うん!」
 意志が更に固くなる。


 ブリッジでは止まることなくユメコが指示を出している。どれもこれも的確すぎる。
ユメコ「シールド解除してから完全に消えるまでのタイムラグに全砲一斉射撃を行う」
マリア「左舷前方の副砲 第一主砲の2番砲塔損傷を確認。威力は9%落ちます」
ユメコ「思ったより低い! いくよユージーン君、マリアさん、2人の息に掛かってる」
ユージーン・マリア「「了解!」」
ユメコ「3,2,1フィールド停止! そして発射!!」
 風伯の電磁フィールドに取り付いていたケルピム兵が風伯の砲撃の直撃を受ける。これを敵の攻撃を回避しながらも思いつくユメコはさすがだろう。だが、ユメコもこれで終わったとは思っているはずがない。
ユメコ「この隙にローブ・ロンを発進させる! エーデちゃん!」
エーデ「はい! 射出します!」
 この瞬間、ブリッジクルーの全員は表情が暗かった。子供が飛び立つ。戦場へとだ。自分たちの非力の証明のようなものだ。楽しいわけがない。ネージュのためにどれだけ必要だとわかっていても身を裂かれるような思いに違いはないからだ。
 武器がシュライバー社のものということ以外は通常のローブ・ロンに違いはない。その黒いローブ・ロンが風神の甲板に立つ。ローブ・ロンの視線の先にはケルピム兵が立っていた。それを見る。
ネージュ『・・・・・・・・・負けないよ。風伯の皆は私の大切な人たちだから! そして、ここは私の家なんだ!!』
 通信機越しにブリッジにその声が聞こえた。咆哮とも呼べるだろう。ビームソードを抜き放ったローブ・ロンはテスラドライブを全開にして風伯と共にケルピム兵に立ち向かっていく。


 地上部隊は地上部隊で苦労はしていた。
 青いハルツィーネンが収穫獣に無反動バズーカを立て続けに当てる。
D『収穫獣3機撃破。・・・・・・・・・途中報告。全避難予定市民の77%の収容を確認。拉致された市民の21%の救出を確認。予定終了時間許容範囲内と推測します』
マオ『了解! それにしてもDだっけ? あなたソースケのような喋り方をするわね』
ソースケ『そうか?』
三月『確かに、ちょっと似てるかも。・・・・・・・・・それにしてもマオ少尉、皆さん凄いですね。機体スペックの差はあっても運用法が完全にプロフェッショナル』
クルツ『いやいや、三月ちゃんたちだって結構なものだぜ?』
ソースケ『肯定だ。だが、俺達以上に空戦のSTTや元レイブンズのギリアム大尉も運用法に関しては玄人も下を巻く。見習うべきだ』
三月『あ、はい』
クルツ『まぁ、奴等もそれなりにやるけどな。俺としてはセツヤさんの方がすげーと思うけどな』
マオ『まぁ、彼は別格ね。デモンベインもだけど』
ソースケ『肯定だ』
一樹『優しそうな人でしたね。凄い人なんですか? 真田長官は指名手配されてるって言ってましたけど』
マオ『まぁそうね。世界がどう判断しても私はあの人が指名手配されるような人間ではないとを知ってる。だから従ってるの。そこに何の疑念もないわ。優しいのは本当。凄いのも本当。名実共に凄い人よ』
ソースケ『戦闘技術はそれこそ群を抜いている。指揮官としては並だが兵士としては超一流だ』
三月『お父さんは知っていたのかもしれないわ』
マオ『お父さん? 真田長官のこと? 彼にはご子息はいなかったように思えるけど』
クルツ『姉さん、人には込み入った事情があるもんだぜ? 止めとけよ、そんな話すんの』
マオ『そうね。ごめんなさい。失言だったわ』
 マオは三月が妾腹の娘だと思ったのだろう。まぁ、説明が面倒なので三月はそれ以上言及しようとは思わないようだったが。
 無駄話をする余裕がある。敵が来ても各機で各機がフォローできるように配置したマオの戦術の賜物だったりする。少なくともこの場は順調だ。先ほどにDが拉致された市民の救出率が21%と言ったがこれは驚異的な数字なのだ。拉致された人間を5人に1人を連れ戻すなどと通常では考えられない。ここにセツヤの凄さがあるとマオは思っている。
セツヤ『こちらハンニバル』
マオ「こちらウルズ2。タイムテーブルどおりに作戦進行中です」
セツヤ『トラブルだ。シルフと通信がつかない』
マオ「!! 作戦中断と言うことですか?」
セツヤ『エルシュナイデのパッシブレーダーでも確認できない。そちらで何か掴んでいないか?』
マオ「いいえ」
セツヤ『・・・・・・・・・・・・・・・・・・ディーナ1、アーサー、デモンベイン応答願う』
 マルスとギリアムを呼び出して機動兵器部隊の隊長格で緊急会議をする。
マルス『こちらディーナ1』
ギリアム『キャットコール、アーサー』
九朗『繋がった』
セツヤ『最小限に話すよ。シルフとの応答がつかない。風伯は相当レベルの高い船だ。脅威が迫っていると考える。危険度1に認定する。だが、市民を見捨てられない。収穫獣も追わなきゃいけない。地上部隊はそのままで行動。ウルズ2にお願いする。タイムスケジュールを遵守。空戦部隊は斥候、遊撃にアーサー、小隊をディーナ1に任せる。俺が単機で風伯に戻る。拉致された人たちを追うのは市民の避難が100%になるまで。無駄な戦闘行動はなし。もし、脅威が空戦部隊の攻撃が通用しない敵が迫った場合に限ってデモンベインの参戦を許可。オーケー?』
マルス・ギリアム・マオ・九朗『『『『了解!』』』』
セツヤ『頼む』
 セツヤのエトランゼが空中に消えていく。


 明らかに不利な戦いだろう。確かにネージュの戦闘技術は一般の兵士も特殊部隊の隊員のそれも越える。バイタリティもある。だが、敵の大きさはローブ・ロンの倍以上。攻撃力と並外れた機動力に優れている。こんな機体に勝てるわけがなかった。普通ならそう思うだろう。
 Gレールガンを発砲しながらケルピム兵に迫る。ネージュの操縦するローブ・ロンの動きは非常に洗練連されたものだった。速く、無駄な動きがない。
 ビームソードを突き立てるかのようにローブ・ロンが迫る。それをケルピム兵はまるで体操選手のように空中で常識はずれな動きでローブ・ロンの肩に両手を置いて宙返りで交わしてしまう。だが、ネージュは風伯のコックピットでケルピム兵を見たときに今の攻撃がかわされることの予想はできていた。ネージュはその瞬間のケルピム兵の動きを追って右肩に乗っているケルピム兵の手を左手で掴むと上体を上にそらす。するとケルピム兵の顔面のまん前に肩に乗ったロケットランチャーの弾頭がケルピム兵の顔の前に突きつけられる形になる。ローブ・ロンはシュライバー社の新型の機体で周囲に知られてはいるがそれだけだ。防御面において特に優れているというわけではない。この距離での発射は双方共にダメージを受けるのは必至だろう。だが、それを考慮に入れても眼前のケルピム兵は強敵だった。
 ネージュは躊躇いなどすることなくランチャーのスイッチを押す。ミサイルが発射される。弾道計算なんて微塵も必要ない。それだけの距離だ。絶対にあたる距離だった。ローブ・ロンも腕をコックピットの前で交差させて防御態勢を一瞬の間で取る。その後衝撃がローブ・ロンを襲う。直撃ではないだけ。かなりの衝撃がコックピット内のネージュを襲う。
 しかし、この瞬間もネージュは死に対して一切危惧はしていなかった。死なないことがわかっていた。ミサイルの型番から大体の爆発量を概算。さらには敵との距離の正確な計算と装甲の強度。これらを全てひっくるめて考えるとダメージは受けても死ぬことはない。それは卓越した戦闘技術を有しているネージュにとって核心に近かった。
 通常の機動兵器ならば数機が大破するであろう爆破。その爆風によって外に投げ出される機体が1機あった。左腕と頭部、腰部分の装甲と右足の踵から先を消失していたローブ・ロンだ。爆風に身を任せているように見えるローブ・ロンのコックピット内でネージュは未だに奮闘していた。推進器が無事か、エンジンは無事か、使える武器があるのか。
ネージュ(メインカメラ全損。サブと赤外線は少し生きてる。左腕と右足の先がダメ。テスラドライブは無事。けど、左推進器に異常。推進力40%減か。火器は・・・・・・・・・消失。ビームソードが使えるのみ)
 この状況でネージュが所属していた部隊の指揮官ならば必ずこう言うだろう。自爆せよと。しかし、僅かに生きている通信機から聞こえる声はそれを薦めることはなかった。
エーデ『・・・・・・・・・ジュ! ネ・・・・・・・・・ュ!! 返事・・・・・・・・・! ネージュ! 応答して!!』
ネージュ「聞こえてる。生きてるよ、エーデ」
エーデ『・・・・・・・・・あーー、良かった。ネージュの生存を確認しました!』
 ネージュの返信に一拍置いてから別の人間が通信機から喋り始める。
ユメコ『ネージュ、あなたの役目はもう充分。動けるならそこから東の方向に撤退して。ダメなら機体の破棄を許可するから走ってでもいい。逃げて』
ネージュ「でも、まだ戦えるよ」
ユメコ『そうだね。今外からあなたの機体の状況を視認したけど、まだ戦えるかもしれないね。でも死んじゃうわ。そこまでは絶対に許さない。もう充分。大丈夫、手はあるから』
 ユメコがネージュを説得するための言葉を紡ぎ終えた瞬間だった。突然ローブ・ロンの機体が異様な揺れる。
ネージュ「!?」
 それは外から見ているユメコが確認できていた。ケルピム兵がローブロンの残った右椀部を鷲掴みにしていた。そのケルピム兵に備わっている爪が完全に食い込んでいる。
 正直ユメコはこれで終わっているかもしれないと思っていた。通常の機動兵器ならば破片にしかならないような爆発だ。だが、その思考が一瞬の隙を敵だけではなくネージュにすら与えてしまった。
ユメコ『ネージュ!! 逃げなさい!!』
ネージュ「右腕パージ」
 右の腕が切り離された。この判断は正解だろう。ここで躊躇うと一気に畳み掛けられてしまう。だが、変則的な機動力を有しているケルピム兵はそれに何の感慨も関心もない。パージされるよりもケルピム兵の対応の方が早かった。瞬く間にローブ・ロンの背後に廻り、既に損傷している右足を無造作に掴むと地面に向けて叩きつけるように投げた。
ネージュ「・・・・・・・・・ぁうぁあ!!」
 その地面に向かって突き落とされるローブ・ロンだが、もう既に完全な状態ではない機体ではその慣性を殺すだけで精一杯だった。地面に接する十数メートル前でどうにか体勢を立て直す。立て直しはしたがまだ終わらない。ネージュがケルピム兵のいた場所を移りの悪いカメラで視認したときには、ケルピム兵がまん前に漫然と立っていた。
ネージュ(もう対応が間に合わない)
 ケルピム兵が爪を振り下ろそうとした瞬間だ。ネージュが動いたわけではない。ケルピム兵が上体を逸らしたと思った瞬間だ。その場に巨大なエネルギービームが通過した。
ユメコ『・・・・・・・・・・・・・・・・・・外した』
 風伯が主砲を発射した。これは神懸り的な砲撃なのだがそれでも当たらなければ意味はない。再度発射までには少々の時間が必要になる。この時間差が命取りになりえるものだった。
ユメコ『!! ・・・・・・・・・みんな、風伯で突っ込むよ』
ジャス『それしかないですね』
マリア『承知しています』
 他のクルーもこの意見に異を唱えるものがいない。それは奇跡なのだが、今は誰も言及しなかった。
ユメコ『全速前進! 目標ケルピム兵! 突っ込むよ!!』
ジャス『残った全砲塔にエネルギー集中! 距離を詰めながら艦砲射撃を行う!!』
クルー『『『『了解!』』』』
 遂にケルピム兵がローブ・ロンの背中部分に爪を食い込ませた。既にスラスターに影響が出ている。もうこれ以上、この機体での戦闘は勿論のこと、移動もまともにできないだろう。
 コックピット内の電子機器がフレームの歪みや酷使し続けたためにショートを起こす。火花がコックピットに知る。先ほどから脱出装置に手をかけてはいるが全く反応を示さない。残ったスラスターの推力では脱出など絶対に不可能だ。死ぬ。そこに思い至ったネージュは戦闘中にも関わらずに考え込んでしまう。
ネージュ(・・・・・・・・・もうダメかな。死んじゃうよね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・前までは如何でも良かったのにな)
 そんなことを考えていた。誰も何も感じてくれないはずの死。そのはずだった。だが、どうしてだろう。何が変わったのだろう。通信機から聞こえる声は全く違うのだ。
ユメコ『ダメだよ! 諦めたら!! もうちょっと耐えて! 助けるから! 絶対助けるから!!』
 風伯が突っ込んでくる。無謀にして自暴自棄になっていると思われても仕方のないくらいの行動だ。風伯はかなり速い船だ。それでもこのケルピム兵を捉えることはできない。艦砲射撃も突進もローブ・ロンと共に交わされてしまった。そのまま地上に降り立つケルピム兵は風伯が転舵する前にネージュに止めを指そうとその機体を地面に叩きつける。
ネージュ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・これで終わりかな。生きて帰れないや)
 そう思うと感情の濁流は止まらない。ネージュはほほの涙を自分で認識出来てはいないだろうが。
ネージュ「・・・・・・・・・・・・・・・・・ぅぐ・・・・・・・・・ぇぐ・・・・・・・・・前は平気だったのになぁ。もっと皆と一緒にいたかったよ。・・・・・・・・・、死にたくない!! 家族が、やっと欲しかった家族ができたのに!! ・・・・・・・・・助けてよ・・・・・・・・・助けてセツヤ!!」
 ケルピム兵の振り上げた腕が分断された。それも予兆の類は一切ない。忍び寄って斬られた。
セツヤ『・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ。助ける』
 両腕に分解したオクスタンブレードを握り締めたエトランゼがそこに立っていた。


ネージュ「セツヤ!!」
セツヤ『よくがんばった。よく死ななかった。もうちょっと待ってろよ。助けてやる。・・・・・・・・・・・・・・・・・・風伯の子を泣かした落とし前はつける』
 口調はセツヤだ。それは間違いない。だが、この雰囲気、特に後半の口調時の雰囲気はネージュがいつも見るセツヤのそれではないように思えた。だが、そんなことはお構いなしにセツヤのエトランゼは空中に飛ぶ。両腕に持った金属とビームのブレードを握り締めたエトランゼとケルピム兵との戦い。通常ならば軌道は愚か動きさえも追えない。そういう機動力を有した敵にエトランゼだけは違った。その動きを掴みきっていた。
セツヤ『お前等の動きは昔と何も変わらない!! 何の進歩もない。だからアポロニアスは見限った!! だが、そんなことすら如何だっていい!! 今はお前を畳む!!』
 怒っていた。明らかにセツヤは怒っていた。
セツヤ『いつの時代も、どこの場所でも、貴様等は昔から殺しつくし、奪いつくす!! 人の痛みを知れ!! トーマ!!!』
 知り尽くした動きだ。少なくともネージュにはそう見えた。あの変則的な動きをセツヤはある程度予測している。足を使っての攻撃をセツヤは呼んでいた。シシオウブレードの柄を使ってもう片方の足を取って地面に叩きつける。そして、双方のブレードでケルピム兵を地面に貼り付けにした。
セツヤ『よし! 逃げるぞネージュ!!』
 もはや残骸となってしまったローブ・ロンの胴体部をエトランゼは抱えるとその場から離れる。
ネージュ「セツヤ! あれはあのくらいじゃまだ」
セツヤ『知ってる。けど、止めは俺じゃない!』
 そう言われネージュは数伯後に理解できた。艦首を真下に向けた風伯がケルピム兵の真上に待機していたからだ。
セツヤ『風伯!!』
ユメコ『了解!』
マリア『マータリックシリンダー・TYPE-F2用意。艦首イズナ発射口オープン。シリンダー移動完了まで残り11秒です』
ジャス『出力100%に設定。エネルギー充填既に完了』
ユージーン『周囲に障害物なし。人的生物反応もありません』
ジュリア『艦の発射体勢の維持は問題ありません。スタビライザー補正最大にセット』
マリア『シリンダーの移動完了! 発射容易全て完了です』
ユメコ『了解。総員、閃光防御! ・・・・・・・・・オイタが過ぎたよ。堕天翅さん。・・・・・・・・・・・・・・・・・・イズナ発射!!』
ジャス『イズナ発射!!!』
 風伯の艦首から顔を出したシリンダーが光り輝く。その光が地面に釘付けにされたケルピム兵に向かい、光で包み込んだ。ただ、その光は何かを包む込む光ではなく、敵意に満ちたものであることは当然なのだが。
 巨大な穴。それができていた。山岳部にできてしまったその巨大がイズナの威力の証明だった。風伯の切り札の艦首砲イズナ。まともな連携を取れないネージュはまったく理解していなかったのだが、セツヤは違った。敵の動きと風伯の動き、それを見て過ぎに理解した。ユメコとジャスがイズナを発射するための機会を伺っていたのを。そのためにセツヤはわざわざケルピム兵を大地に打ち付けた。
 だが、まだセツヤにはするべきことがあった。
セツヤ「シルフ! こちらハンニバル、応答しろ!」
エーデ『こちらシルフ』
セツヤ「ローブ・ロンのコックピットハッチが開かない! 格納庫は大事無いか?」
エーデ『はい。問題ありません。整備班を待機させます』
セツヤ「了解。直ぐに運びこ・・・・・・・・・まだか!!」
 エトランゼが身構える。直ぐまん前の巨大な穴に向けてだ。そこから現れたのは間違いなく先ほどのケルピム兵だ。だが異なっている。気色の悪い動きに体をしていた。しかし、巨大なイズナの作った穴の中から出てきたケルピム兵は違った。そして、別な意味で気色が悪かった。それは頭部から生えた花だ。恐らくイズナの威力で頭部が吹き飛んだのだろう。体のいたるところのダメージも見る見る回復していく。この様子を見たセツヤはまず身構えもしたのだが、直ぐに体から力を抜いた。優しい目をしたセツヤが外部スピーカーを通して口を開く。
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・永き、永き時の中で貴様にまた会うとはな。・・・・・・・・・篭絡の堕天翅よ」
 その言葉に反応した。ケルピム兵が言葉を発する。
頭翅「・・・・・・・・・なに? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・! 貴様・・・・・・・・・金色の獣か」
セツヤ「・・・・・・・・・再び立つか。・・・・・・・・・己が劣情のために」
頭翅「・・・・・・・・・それが天翅の宿命だ」
セツヤ「愚かな。・・・・・・・・・アポロニアスの真意を理解しようともしない貴様が世界の生み出した理を汚すか?」
頭翅「・・・・・・・・・これが我等の宿命ならば是非もない」
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 セツヤの声ではあった。だが、雰囲気も語調も完全に異なる。だが、その雰囲気も語調も直ぐに元に戻る。
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぁあ!! くぅーー。奴が勝手にコネクトしたな!? 幾ら喋れないからって」
頭翅「・・・・・・・・・・・・・・・・・・人間よ。いや、金色の獣の代行者よ。貴様は戦うのか。太陽の翼もなく、金色の獣の加護も無く」
セツヤ「・・・・・・・・・あったりまえだ!! 過去に何があったか如何でもいい! あいつが何を言ってもだ! 人々の痛み、奪われた痛み、そしてなによりも友が傷ついた!! これ以上に貴様と戦う理由は必要ない!! 頭翅!!」
頭翅「・・・・・・・・・・・・・・・・・・成程。獣は獣を選ぶか」
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・光栄だね。人非人よりはよほどマシだ!」
 エトランゼが動き出す。オクスタンブレードはもう残ってはいないために近接戦闘は無理なのだが、そんなことでセツヤは怯まない。腰部に備え付けられたGストライクキャノンを連射しながらトップスピードでケルピム兵の周囲を回る。しかし、パワーアップした頭翅の意の中で動くケルピム兵にそれでは物足りていない。
 その猛攻の中もケルピムはエトランゼの攻撃をすり抜けてから長く細い手の拳をエトランゼの胴体目掛けて繰り出す。その攻撃をセツヤは拳法の技術を使っていなしてしまった。これは機動兵器戦においては高等技術だ。だが、いかに高等技術を発揮できてもセツヤにはダメージを与える手段が無い。これは如何ともしがたい事実だった。歴戦の猛者であるセツヤにも嫌な汗が背中を伝う。しかし、このタイミングで通信が入る。
エーデ『ハンニバル!』
セツヤ「!? こちらハンニバル」
 難しい攻撃を装甲を少しずつ削りながらではあるが致命傷は絶対に与えないように動きながらセツヤが答える。
エーデ『真田長官からの通信が入りました。特殊機関・地球再生機構DEAVAが行動を起こしています。直ぐにケルピム兵に対応した戦闘兵器が投入されるとこのことです』
セツヤ「良すぎるタイミングだ!! DEAVAか。こっちの動きを見越して行動したな!?」
エーデ『それはわかりませんが』
セツヤ「わかった! その戦闘兵器が参入し次第、撤退だ! 地上部隊は予定通り!」
エーデ『了解』
 この会話の中でもエトランゼの動きは卓越していた。敵の動きを読みきって背部に側部に攻撃を食らわせるが相手は一切受け付けない。この攻防が続いていると直ぐに通信が入る。
シリウス『こちら地球再生機構DEAVA。白鬼! なかなかの手並みだが、それは我々が美しく始末する。早急に立ち去れ』
セツヤ「? ・・・・・・・・・イラつく。が、そんな事言ってもいられない。勝手にしろ!! こっちは逃げる!!」
 と通信機越しに答えてからセツヤはその空を飛ぶ3機の機体を見た。飛行機型の3つの機体を見てふと言葉を漏らす。
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・太陽の翼? ・・・・・・・・・アポロニアスか!?」
シリウス『!? 何だと? なんと言った貴様!!』
アポロ『・・・・・・・・・久しいな。・・・・・・・・・金色の獣』
セツヤ「・・・・・・・・・ああ。二度と感じることは無いと思っていた」
 再びセツヤの口調が変わる。
シルヴィア『何? 白鬼のパイロットの過去生? 一体誰の!?』
アポロ『・・・・・・・・・・・・・・・・・・祖なる獣とその代行者よ、今は行け! ここは我等に』
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうさせてもらおう。今は我も不完全だ。だが、時が来れば」
アポロ『ああ、共に戦おう』
セツヤ「・・・・・・・・・必ず」
 そして、セツヤはエトランゼのコンソールに向けて頭突きを食らわせた。
セツヤ「・・・・・・・・・だから、勝手に喋るなって言ってんだろうが。結構頭痛いんだよ。勘弁してくれ」
 別に起こった様子ではないが不快であることには変わらなかったようだ。頭をぶんぶんと振ってから改めて目に力を入れる。
シリウス『待て! 白鬼!!』
セツヤ「断る!! 立ち去れって言ったのはお前だろうが!!」
 セツヤは胴体だけになってしまっているローブ・ロンを抱えると風伯のいる方向に向けて飛び去ってしまう。DEAVAのパイロットも敵が目の前にいてはそれに集中しないわけには行かない。ある意味チャンスだった。
 この状況下でユメコはふと思ってしまった。セツヤはどうしてDEAVAの機体がケルピム兵に対応することに対して疑問も無かったのだろうと。セツヤですら苦労する敵だ。簡単に対応できるとは普通は思わない。DEAVA側が勝てるというある種の確信があったとユメコは思ってしまうのだが。




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