粋狂いな人々・弐式

スーパーロボット大戦・涅槃 第陸話 『風神の逆鱗』 前編


第陸話 『風神の逆鱗』 前編


 セツヤ、ユメコの2人はとある場所にいた。周囲に正確な意味での人間はいない。だが、人間に近い者達がいた。触ることもできない者たちを前にしてセツヤは深々と頭を下げる。
セツヤ「ありがとう」
 場所はオケアノス。そのブリッジだった。幻体クローンとAI達しかその場にはいない。だが、セツヤは頭を下げるのに何の躊躇いもなかった。命の恩人。ハイドシティ市民の恩人だ。彼等の行動は間接的にではあるが風伯そのものを守ってくれたことにも繋がる。これはセツヤの本心だった。滅多に笑わないシマがそのセツヤの行動の小気味よさに笑いを見せる。
シマ「止めてくれクヌギ。我々は嘗ての借りを返したに過ぎない」
セツヤ「借りは借り、礼は礼だ。めちゃめちゃ嬉しかった」
 ここまで本心をあらわにする人間は珍しいだろう。セツヤの行動にキョウは呆けながらも何やら楽しそうだった。
キョウ「おもしれーなぁ。あんた艦長さんなんだろ? 艦長ってほら、レムレスみたいな渋いおっさんだと思ってたんだけどな」
セツヤ「おやおや? 君ははじめて見るな。新しいセレブラントの人?」
シズノ「クヌギ艦長、彼がキョウよ。ソゴル・キョウ」
セツヤ「いやだからね、俺は役職でばれるのが嫌いだって言ってんでしょうに」
 セツヤのつっこみをシズノはほぼ無視をする。だが、セツヤはその後にキョウの顔を見る。初見である彼の表情を見て何やら悲しそうな顔をする。
セツヤ「そう、君がキョウ君かい。・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ユメコ「謝らないんですか? 彼に」
セツヤ「そこまで自惚れちゃいないよ。俺が彼に謝ってしまえば前の彼の死を冒涜することになるからね。同時にこの場にいる全員への 侮辱にも繋がる」
キョウ「・・・・・・・・・わかんねーよ。今の俺が死んだわけじゃねーし」
セツヤ「そうだね。君は一度死んだ。周囲はそう認識するだろうけど、同じ人間が二度生まれることはない。前の君は今の君は別人。俺は助けることができなかったソゴル・キョウと助けてくれたソゴル・キョウは別物として考える。だから、俺は君にはじめましてと言おうと思う。・・・・・・・・・はじめまして」
キョウ「あ、ああ。よろしく。クヌギ艦長」
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・君もかい? この船には堅物が多くて困っているんだ。シマはまだいいが、ミナトさん、シズノさんにルーシェン君。全員俺のことを艦長だの大佐だの要らぬ役職で呼ぶんだよね。いやいや、俺はこう呼ばれるのが嫌いなんだ。せめてキョウ君くらいは俺のことをセツヤと呼んでよ?」
キョウ「全然かまわねーぜ。じゃあ、年上だしセツヤさんで」
セツヤ「オーケー、オーケー。いやー、良かった。君とは仲良くなれそうだ」
キョウ「俺もウチの司令よりもセツヤさんの方が良いなぁ。楽しそうだし」
ミナト「キョウ!」
 副司令がたしなめるがそれはセツヤがやり過ごす。
セツヤ「ほらほら、ミナトさん、そんなに怒らない。美人が台無しだって前に言ったでしょうに。シマもそう思うでしょうよ?」
シマ「ああ。そうだな」
 シマがセツヤに同調したことでミナトは顔を赤らめて開いた口からこれ以上言葉が漏れない。それを好機と見るや否や、セツヤは更にミナトで遊ぶ。
セツヤ「ミナトさんはわかりやすいなぁ。顔に出るって言われません?」
ミナト「クヌギ艦長!!!」
シマ「クヌギ、あまりウチの副司令で遊んでくれるな」
セツヤ「はーーい」
 シマの一言でミナトはセツヤが自分をからかったのだと理解した。もうこれ以上ないくらいに羞恥心で一杯になっていることだろう。そのミナトの怒った様子もセツヤは笑みを返しながら楽しんでいるようだった。
 これはセツヤにとってはあくまでも前説でしかない。前説が終われば真面目な話もする。一隻の艦長が出張ってきたのだ。それなりの用件はある。もっとも、セツヤにしては礼の方が重要だったのだろうが。
セツヤ「前に会ったときには言わなかったが、俺達風伯はミスリルの船だ。基本の行動理念はテロ行為、それに伴う虐殺の阻害。本来は宇宙戦隊なんだけど、地球の部隊が忙しないってことで今は地球に降りて一戦隊として動いてる」
キョウ「ミスリル?」
ミナト「特定の国家に属さない部隊の総称よ。高度な武装を保有し、世界中の紛争、テロ行為、の阻止。世界バランスの均衡を保つために動いているわ」
シマ「成程。しかし、クヌギ、お前はその中でも規格外なのだろう?」
ユメコ「規格外です」
セツヤ「何故にユメコ君が答える? しかも即答」
キョウ「やっぱおもしれぇー」
シマ「・・・・・・・・・ひとつ気に掛かるが。お前は何のためにオケアノスに来た? 何か目的があってのことだろう?」
セツヤ「? お礼を言うため」
シマ「?? 本当にそれだけか?」
セツヤ「当然。まぁ、雑談くらいはしたいとは思っていたけど」
シマ「ふはははは、そうだった。お前はそういう奴だったな。・・・・・・・・・こういった込み入った話はそちらの副長と話をすればいいのだろうな」
ユメコ「はい。聞きたいことはあります。今の舞浜についてです。本当ならば艦長が聞くべき内容ですが、ウチの艦長は見ての通りこんななので」
セツヤ「失敬な!」
ユメコ「はいはい。・・・・・・・・・ガルズオルムは世界各地で形成を確認しているデフテラ領域といわれる領域の発生。その意味と存在理由をお聞きしたいです。更に言えば我々は舞浜のガルズオルムとの大戦にも参入せよとの命が下っています。既に連邦、州軍ともに舞浜から撤退していて大した情報がありません。できるならばオケアノスの持つ情報をいただきたいと考えて参上した次第です」
シマ「・・・・・・・・・他ならぬ風伯の頼みならば聞かぬ訳にはいくまい? 提供しよう」
ユメコ「ありがとうございます」
シマ「構わんさ。なによりも、私はこのクヌギという男が気に入っているのだ。何の助力もしない連邦や州軍に比べれば君等の存在のありがたさは言うまでもないが、この男は妙に人をひきつける。艦長の素質など微塵もないように見えるのにな」
セツヤ「素質? 艦長の? ないない。俺にそんなのない」
シマ「・・・・・・・・・! クヌギ、1つ聞きたいと思っていたことがある。答えてくれ」
セツヤ「答えられることな答えましょう」
シマ「・・・・・・・・・お前は何のために戦っている?」
 セツヤはその問いに一拍をおいて、胸に拳を当ててから胸を張って答える。
セツヤ「・・・・・・・・・心の赴くまま、心を殺させないために。理の赴くまま、人を祝する存在のために」
シマ「少々難解な答えだな」
セツヤ「はは。要するに俺が正しいと思うことをするってことです」
キョウ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なぁ、あんたにとって俺達・・・・・・・・・幻体クローンってなんだ?」
 これがどれほど重い質問か、セツヤはわかっていたであろうか。自分という存在に揺れているキョウ、シズノ。それが彼等にとってどういう存在であるのか知りたい内容のはずだった。
セツヤ「決まっている。隣人、同胞、戦友。表現は多々あるが、君等のためなら血も肉も惜しくはないよ。君等の心の安寧のために悪魔とも戦える。君等の心が泣くならば神とさえも戦える。幻体クローン? そんなものに意味はない。俺が気にするのは君の存在があるかないかのみだ。己の存在に揺れるな。痛みを越えて存在を確保しろ。それがセレブラントの戦いだろう?」
 目を輝かせてセツヤは言う。こっぱずかしい口上ではあった。しかし、このセツヤの言葉はあまりにも凛々しく艦内に響く。これが魂の言葉だと誰もが理解していたからだ。どれほど偏屈な艦長であったとしても、この理念を持つものを信用しようと、信用しなくてはいけないとこの場にいる全員が思ってしまった。
レムレス『偉大なのだろうな。セツヤ・クヌギ。もしも自分がAIでなければ握手を求め、飲み明かしたいところだ』
セツヤ「構いませんよ。物理的な握手は無理だがそんなものは気持ちの問題だ。それに呑める呑めないの問題ではないでしょう。共に時間をかけて語り合うことはできなくはない」
レムレス『!!? AIも関係がないと?』
セツヤ「生きることは思考することです。それができる以上、レムレス艦長、あなたも俺の隣人に違いはない」
レムレス『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
 その日の晩、言葉通りセツヤはオケアノスに自前の日本酒と杯を持参でやってくるとレムレス、タルボの2次元映像の前に杯を置いて日本酒を酌みながら一晩語り明かしてしまうのだが。


 もう直ぐ東京湾上空だった。昨日オケアノスと分かれた風伯は巡航速度で雲に化けた状況でゆっくりと接近する。ここは連邦と州軍の大規模な基地があるという理由が最たるものだろう。
ジュリア「速度時速60キロで維持。障害物なし。順調」
ユージーン「漁船以外の反応なし。順調」
ジャス「さて、これからどうしますか艦長?」
セツヤ「東京でしょ? ここに介入するのって結構に神経いるよね」
ジャス「はい。ここには羅螺軍と堕天翅族の攻防が激しい場所です。ですが、それだけではありません。東京には日本を守る2大長官がいます。この2人は非常に曲者と聞いています。通称『神速の魔術師』と呼ばれ、謎に包まれてはいますが卓越した指導力と戦闘力を持ち合わせているという地球再生機構DEAVAの不動GEN司令長官。世界最高峰の頭脳の持ち主にして達観した戦術眼を持ち合わせているという連邦の極東方面軍司令長官の真田賢長官です。自分はこの2人を敵に回したいとは思いません。少なくとも、ハイドシティ内に攻めてきた部隊がこの2人のうちのどちらかの指揮で動いていたらば、ただではすまなかったでしょう」
セツヤ「怖いなぁ」
ジャス「怖そうに聞こえませんが?」
セツヤ「ミスリルからの指令書ってつまりは何をすればいいって書いてるの?」
ジャス「無理に介入することなく、人命の危険が及ぶ際には介入し、戦闘行為を沈静化せよと。後は現場任せです」
セツヤ「あーー、微妙だねぇ。・・・・・・・・・逆に解釈すれば人命に明らかな危険が及ぶまでは達観してろってことでしょ? 俺等の今のポジションはダナンが太平洋に戻ってくるまでの橋渡しなんだから雲に化けて待つなり、海中に停泊して待つなりってことになるんでないの?」
ジャス「お分かりが早くて助かります。自分はこの期間を有効に使ってクルーに短いですが休みを取らせたいと思っています。ここのところ激戦でしたので。艦長の許可を求めます」
セツヤ「うん。いいんじゃない? 有事の際の回収方法を複数、それと顰蹙の出ないローテーション。それだけはしっかりと決めておいて。・・・・・・・・・許可」
ジャス「了解です」
 風伯の航行は順調だった。風伯の首脳が相談した結果、やはり雲に化けての関東周辺の監視と言うことになる。東京近辺で第一期の休暇部隊を下ろしてからまたもそれに出る。その最中だった。第一波として休暇を楽しむことになったジャス、エーデがブリッジにいない状況でブリッジにやってくる人物が1人。ユゼフ・ヴェルトフだった。
ユゼフ「艦長!」
ユメコ「あーー、ユゼフさんだ」
セツヤ「おやおや? ユゼフさんじゃない。ブリッジにお越しになるなんて珍しい。ちょっと待って今お茶煎れるから」
マリア「セツヤさん! それは私がやりますから! 仮にも艦長なんですから自分でお茶なんて煎れないでください! 私達まで変人に見られてしまいます」
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・妙に引っかかる言い方するな。いいけどさ」
ユメコ「セツヤさん変人だもん」
セツヤ「俺の部下ってどうしてこうも性悪ばっか。・・・・・・・・・あ、どうぞかけて下さいな」
ユゼフ「俺は客人じゃねーんだぜ? そんな気使うなよ。・・・・・・・・・ま、悪い気はしないがな。まぁいい。早速用件から。別に通信でも良かったんだが部下の何人かが休暇を取っちまったんでな。少し暇ができたってんでわざわざ出向いたんだ」
セツヤ「もっと来てください」
ユゼフ「艦長節か。嫌いじゃねーがね。・・・・・・・・・で、用件だがあれがようやく直った」
セツヤ「・・・・・・・・・あれ? イヅナですか?」
 セツヤの一言、イヅナにブリッジに残っていたクルーの全員が反応する。そして、ユゼフの回答を待つ。
ユゼフ「ああ。大分待たせちまったがな。収束装置の最終点検もさっき終えた。いけるぜ」
クルー全員「「「「「おおぉぉぉおお!!」」」」」
セツヤ「ありがと、ユゼフさん。これで戦術の幅が広がる。化け物相手でも勝機を見出せる」
ユゼフ「いや、元々は発進段階で仕上げなきゃならなかったことだ。頭を下げられる謂れはねぇ。しかし、シリンダーの数が不足しているからな。どうしたって発射数には限度があるからな」
セツヤ「何発?」
ユゼフ「シリンダーは2つしかねぇ。通常では一発ごとに交換だ。だが、補給まで時間が掛かるなら無理もしなきゃいけねぇ。・・・・・・・・・充填率80%なら各2発。計4発。100%なら一発ずつで計2発ってところだ。時間かけさせてすまんがな」
セツヤ「仕方ないよ。撃てるだけ充分さ。どちらかと言えばこれは管理組の責任だからね。謝られる筋合いもない。・・・・・・・・・ありがとユゼフさん」
ユゼフ「よせやい。俺の仕事だ。こっちも礼を言われる筋合いない」
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ユゼフさん、ちょっとこれ見てくれる?」
 唐突にセツヤは自分のコンソールから身体データを取り出してユゼフに見せる。
ユゼフ「あん? ・・・・・・・・・なんだこりゃ?」
セツヤ「身体データ。どう思う?」
ユゼフ「んン・・・・・・・・・・・・・・・・・・。あーー、人並み外れてるな。筋力は成人男性並みのそれだが、瞬発力とスタミナは同世代の平均を逸脱してるか。俺はエフレム先生とは違うからよ専門的なことは言えんが、素人目にもわかる。異常だな」
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・まぁ、そうでしょうね」
ユゼフ「だがよ艦長、俺はこれに良く似たデータを見たことあるぜ? ・・・・・・・・・あんただ。艦長、このデータは成長の程度や性別の差はどうしても出るがこれはあんたに近いな。これは・・・・・・・・・・・・・・・・・・ネージュ嬢か?」
セツヤ「・・・・・・・・・正解」
ユゼフ「それで、何が言いたいんだ艦長?」
セツヤ「わかるでしょう?」
ユゼフ「わかるがな。だが、言ってもらうぜ」
セツヤ「・・・・・・・・・パシフィッククリサリス号の事件のとき、多少ダメージはありましたが鹵獲したローブ・ロンがありましたよね? あれをこの身体データに合わせたカスタマイズ機に仕立てて欲しいです」
ユゼフ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・いいのか? あいつは戦わせないんじゃないのか?」
セツヤ「・・・・・・・・・はい。俺はそう思ってましたよ。今だって戦わせるつもりはないです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・けど、ネージュは自身が戦わないといけないと思うときが絶対に来る。そんなとき、俺ができることはあいつが戦えるための機体を用意してあげることだけですから」
ユゼフ「来るかね? そんなときが」
セツヤ「来ますね。・・・・・・・・・別に急ぎってわけじゃありませんよ。俺も協力しますから。頼まれちゃくれませんか?」
ユゼフ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかった。協力しよう。だが、エトランゼのときみたくできれば外部に協力を仰ぎたいな。俺はあくまでもメカニックだからな。幾らローブ・ロンがカスタム専用機だと言っても開発設計は専門外だ」
セツヤ「わかっています。俺もそこまで無理はさせません。心当たりはないですが。しかし、ゆっくり進めて行こうと思っていますから、行き当たりばったりでどうにかします」
ユゼフ「あんたって人は・・・・・・・・・。その無計画ぶり、もうちょっと体裁ってものを考えろよ」
セツヤ「・・・・・・・・・はーーい」
ユゼフ「だが、それがあんたらしいがな。・・・・・・・・・だが、休みは俺も貰うぞ。ここ休みなんて久々なんだからな」
セツヤ「当然です。存分に休んでくださいな。当面は暇ですからね」


 休みを終えたローテーション第一波が艦に戻り、第二派も戻ってきた頃だった。もうマインドコントロール染みた人格矯正から抜け出しつつあるネージュがブリッジにやってくる。
セツヤ「おおぉっ!? ネージュ! それとエフレム先生!」
ネージュ「セツヤ! 先生がセツヤに会いに行ってもいいって。だから来た!」
 嬉々としてセツヤに飛びつくネージュの頭をセツヤは撫でる。なぜかユメコが恨めしそうに見ているのだが。
セツヤ「ネージュが良い子にしていたからだ。・・・・・・・・・そういえばネージュが見たことのないクルーが何人かいるか。・・・・・・・・・あそこに座っている大きな人がユージーン君、一番前に座っているのがジュリアさん。そっちがエーデ君。マリアさんとは会ってるな。ここにいるメンバーがブリッジクルーだ」
 紹介にネージュはおずおずと頭を下げる。これもセツヤが仕込んだ礼儀だ。頭を垂れた事でユージーンたちがネージュに握手を求めに行く。
ユージーン「話は聞いているよ。お嬢さん。観測士のユージーン・クーパーだ」
ジュリア「私は操舵士のジュリア・ウォン。よろしくね、ネージュ」
エーデ「私は第2オペレーターのエーディト・グラス。エーデでいいよ。ネージュちゃん」
 一気に全員が自己紹介をしたことでネージュは少々戸惑い気味に見えるが不快ではなさそうだ。ここ数日でセツヤはネージュの表情が大分読めるようになって来た。と言うよりも間違いなく表情が豊かになってきている。これは大した進歩だと彼自身思う。
ネージュ「うん。・・・・・・・・・・・・・・・・・・よろしくおねがい・・・・・・・・・します」
 とだけやっと口にした。この気さくなクルー達にはこれで充分だったのだが。
セツヤ「もうネージュは大丈夫そうだね。何か問題ありますか? 先生」
エフレム「いえ、ないと思います。元々基本的な社会通念は持ち合わせていたようだったので、人が理解できれば十二分に適応できるんです。思考がかなり機械的だったのですが、それをあなたが軟化させた。多少ずれているところはありますが、わからないことは聞くし、問題はないでしょう。保護観察を外すかどうかははもう少し様子を見たいですが」
セツヤ「まぁ、そこはマリアさんに頼んでるから大丈夫でしょう」
 セツヤとエフレムが話しているとマリアがお盆を持ってブリッジに入ってくる。
マリア「お茶を持ってきました今日はコーヒーです。ネージュちゃんには甘いカフェオレ」
 マリアが一人ひとりにコーヒーとちょっとした茶菓子を渡す。こういう気配りは流石と言えるだろう。カフェオレを何度かマリアに煎れてもらった事がアルのだろう。そのカップを貰ったネージュは温度のみ気をつけてからそれを飲み始めた。全員がその様子に着目していたのだが。
セツヤ「いいね。この光景は平和そのものだ」
ユメコ「私も可愛く飲めますよ?」
セツヤ「あははははは」
ユメコ「何で笑うんですか!!」
セツヤ「ユメコ君はそのままでも可愛いって話さ」
ユメコ「セッ! セツヤさん!!」
 意地の悪い笑み。それを見せてからセツヤはユメコの頭をワシャワシャと撫でる。こんな平和的な話をしている最中だった。西東京での空中視察中に突然全ラジオ、テレビ放送経由で緊急放送が流される。ユージーンがその放送の音量を上げる。その映像から映し出されたのは少々、いや随分と悪趣味な女性だった。
悪趣味な女性『我羅螺軍団はここに宣言する! 神の力を得た偉大なるミスター羅螺こそが世界を統一する絶対無二の存在であること! 新たなる世界の創造主であると! 聞け! 愚かな人類どもよ!! そして我軍に従え! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
 インパクトは想像以上だった。それをみたブリッジクルーの全員が固まってしまう。唯一、ネージュを除いて。
ネージュ「ねー、セツヤ、マリア、あの人何やってんの?」
 社会通念だけは持ち合わせているネージュでさえもこの光景は理解できなかったようだ。勿論、セツヤ達も同様だった。
セツヤ「あーー、きっとジャス君が説明してくれる・・・・・・・・・と思うよ?」
ジャス「・・・・・・・・・・・・・・・・・・実物を見るのは自分も初めてですがこれは羅螺軍の襲撃予告ですね。それにしても悪趣味とは聞いていましたが、まさかここまでとは自分も思っていませんでした」
セツヤ「襲撃予告? なんだそれ? 襲撃する場所を予告するの? 何のために?」
ジャス「襲撃場所の市民を避難させるためです」
セツヤ「?? ・・・・・・・・・はい? え、なに? 襲撃する場所の市民を避難させて無人の都市で軍と戦うってこと?」
ジャス「その通りです」
セツヤ「何のために?」
ジャス「被害を出さないためでしょう? まぁ、細かく説明すると、羅螺軍と連邦の極東支部の戦争は国取り合戦というイメージが強いです。首都をブロックで区切り、その区域での勝負に勝ったほうがブロックを統治する。民間人には手を出さない。今のところ怪我人はいても死傷者はゼロです」
セツヤ「合理的?」
ジャス「いささか闘争心に欠けますがね。しかし、民間人から見れば最もしわ寄せの来ない戦争と言えるでしょう。誰も死なないんですから」
エフレム「これを受諾したのは真田博士ですか? 参謀」
ジャス「え、はい。そう聞いています」
セツヤ「ん? エフレム先生は知っているんですか? 真田長官を?」
エフレム「はい。学会で何度か顔を合わせたことがあります。物理学者としても有名な方です。多少抜けているところはありますが物の本筋は見逃さない方だと思います。性格としては艦長に近いです」
セツヤ「おう! 一度会ってみたくなってきた」
ジャス「止めてください。エフレム先生!」
エフレム「?? なぜです参謀? 私は艦長を尊敬しています。彼はダナンのテスタロッサ艦長ほどに得がたい存在だ。人間的にも能力的にも。私はこの船に乗れて心から良かったと思っているが、参謀は違うのですか?」
 ジャスは思い出した。このエフレム・ステッセリという人物の性格を忘れていた。この人は純粋なのだ。感動するものに感動して忌み嫌うものを嫌う。人間が持つペルソナと言うものがない。いや、なくはないだろうが極端に薄い。あまりにストレートな表現に横でユメコとマリアが笑いながらジャスの表情を眺める。どんどんとジャスの表情が赤らめていく。
ジャス「・・・・・・・・・いや、あの自分も艦長のことは・・・・・・・・・・・・・・・・・・尊敬しては・・・・・・・・・いますが」
エフレム「良かった。それを聞いて安心しました」
ユメコ「参謀って・・・・・・・・・ツンデレ?」
クルー全員「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あはははははは!!!!」」」」
ジャス「くっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 セツヤもクスクスと笑う。笑い終えてから脱線の修正を行う。
セツヤ「はいはい。脱線は止めようね。それで、この放送では連邦と羅螺がやり合うんでしょ? 見に行くべきだろうね」
ユメコ「ですねーー。でも、私達が参戦する必要性は低いですね。何しろ民間人に犠牲者ゼロなんですから。ミスリルの行動理念には該当しません」
セツヤ「よし! 半舷休息体制をただいまを持って解除。第3派休息部隊は申し訳ないけども回収しよう」
ジャス「了解。回収パターンCを実行します」
セツヤ「了承。回収後、襲撃予告の場所に向かう。状態はこのまま。あくまで確認のみ」
クルー全員「了解」
 風伯もまた動き出した。


 予定時刻になる。非番のクルーを回収した風伯は戦闘区域カメラで視認できる位置にまで接近していた。
ジャス「予定襲撃時間まで残り5分程度です」
セツヤ「すごいね。もう連邦の皆さんスタンバってるよ」
ジャス「そうですね。戦う雰囲気ではないですね。・・・・・・・・・コアロボットも出てきましたね。あ、艦長、コアロボットの説明をしましょうか?」
セツヤ「あ、お願い」
ジャス「遺跡から発掘されたコアユニットを核として作られたロボットがコアロボットと呼ばれます。設計者は真田博士です。この機体が他と違うところは何と言ってもパイロットのライフシンパシーの適合性によってその戦闘力が変化するという点です。これが長所でもあり短所でもあります」
セツヤ「あーー、つまり過去の遺物がすんごい性能だったから機動兵器に応用してみたらそれがとんでもないえり好みロボットになったってこと?」
ジャス「・・・・・・・・・・・・・・・・・・まぁ、艦長はそれでいいです。ちなみに個体名ハルツィーネンと呼ばれています。スペック的にはアームスレイブといい勝負でしょうか」
セツヤ「それにしても綺麗な機体だね。俺も乗ってみようかな」
ユメコ「無理でーす」
セツヤ「なんで?」
ジャス「どうしてもと言うなら性転換してください」
ユメコ「・・・・・・・・・ちょっといいかも♪」
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・どういうこと?」
ジャス「仕組みはよくわかっていませんがコアロボットに乗れるのは女性だけだそうですから」
セツヤ「・・・・・・・・・ふーん。また面倒なことで。・・・・・・・・・んーー、始まるみたいだよ」
ユメコ「ほんと、高みの見物ってこのことですね」
セツヤ「名実共にね。エーデ君、双方の通信傍受忘れずに」
エーデ「はーい」
 画面の中でハルツィーネンが動き出す。
 セツヤは艦長席に胡坐をかいた状態でその戦闘を見ていた。戦力差は正直に言うと圧倒的に羅螺軍が優勢だ。理由は簡単だ。戦力費が圧倒的という一言に尽きるためだ。連邦軍側の機体数はハルツィーネンと言う機体が色違いで3機。一方で羅螺軍は機体の形状すらも言及できないような機体が幾つも出撃していた。
セツヤ「多勢に無勢じゃない?」
ジャス「いえ、まぁー、そうなるんですが、戦闘における締結条項に双方の出撃数に関しての条項はありません。よってこの戦闘に違法行為はないということになります」
セツヤ「真っ当ってこと? 面倒だねぇ」
 セツヤとジャスの会話を遮るかのように戦闘が始まる。白のハルツィーネンが無反動砲バズーカを羅螺軍機に向けて発砲を開始した。その機体の素早さにセツヤは少々感心する。
セツヤ「おぅ。意外に早いな。陸戦の機体でここまで動ければ上々だ。ジャス君、SRTにこれ見てもらって感想聞いておいて貰えるかな?」
ジャス「SRTとSTTは全員リアルタイムでこの映像を見ています。後ほどに機体スペックについての予想を提出してもらいます」
セツヤ「口頭でいい。印象を聞きたいだけだから」
ジャス「わかりました」
 その会話の最中もセツヤは画面から目を逸らすことはなかった。見事とはいえないまでも3機のハルツィーネンはそれなりの連携を保ったままで互いの死角をフォローしあっての行動している。相反して羅螺軍の機体は行動に統一感がない。完全に単純なプログラムで動いているような印象だった。
セツヤ「連邦の勝ちだね」
ジャス「はい。羅螺軍に奥の手でもない限り、全機撃破されてしまいます」
ユメコ「面白くない」
ジャス「いや、副長、そんな問題じゃ」
ユメコ「だって面白くないんだもん。私は真田博士のコアロボット運用法を見たかったの。これじゃ全然わかんない」
セツヤ「確かに。・・・・・・・・・あ、ラスト」
 圧勝に見えた。羅螺軍の機体は全滅。ここまでは何も言うことがない。
エーデ「羅螺軍の降伏コールを確認。戦闘終了です」
セツヤ「降伏コールって・・・・・・・・・、なんとまぁ国取り物語だ。これでこの辺の地区が連邦の支配下になるわけだ」
ジャス「はい。結局、虐殺は起こりませんでしたね。まぁ、我々の仕事が少ないのはいいことなのですが」
セツヤ「その通り。引き上げよう。戦闘態勢解除。予定散策航路に戻るよ」
マリア「・・・・・・・・・待ってください!」
 マリアの声に全員の視線がマリアに向く。しかし、マリアはヘッドホンに集中して声を出さない。
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
マリア「・・・・・・・・・邦通信の傍受中! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・東京エリア22にて堕天翅族の出現を確認したそうです!」
セツヤ「エーデ君! 監視衛星とリンク! 周辺情報を集めてくれ」
エーデ「了解です」
セツヤ「さっきの戦闘態勢解除を撤回! 戦闘態勢継続! ジュリア君! 進路をエリア22へ向けてくれ」
ジュリア「了解!」
ジャス「艦長! それですと周辺の風向きから不自然な動きを見せることになって今します。発見される可能性が出てしまいます」
セツヤ「目を瞑って」
ジャス「了解です」
マリア「傍受した情報から堕天翅族の収穫獣が区内で人間を・・・・・・・・・収穫していると。・・・・・・・・・・・・・・・・・・連邦軍の上層部が極東支部からハルツィーネンの出撃を要請しています」
セツヤ「収穫? ・・・・・・・・・人間を収穫してるって? ジャス君、堕天翅族の目的は?」
ジャス「アトランディアと呼ばれる都市の復活と言われています。人間を収穫する理由はプラーナの吸収がその都市が復活するために必要だからです」
セツヤ「プラーナ? 精気みたいなものかい?」
ジャス「自分は専門家ではないので。データベースの情報では堕天翅族は12,000年前の眠りから覚めた人類の天敵であり、その昔、地球再生機構DEAVAの保有するアクエリオンとよばれる機体と戦い、眠りについたと」
 セツヤが目を見開く。そして左右のコメカミの部分を手でおさえて小さく震える。
ユメコ「? セツヤさん?」
ジャス「艦長?」
セツヤ「アクエリオン・・・・・・・・・・・・・・・・・・太陽の翼。・・・・・・・・・・・・・・・・・・最強の天翅・・・・・・・・・・・・・・・・・・アポロニアスの・・・・・・・・・あいつと共に・・・・・・・・・」
ユメコ「セツヤさん!!」
 ユメコが飛んできてセツヤの体を揺らす。すると直ぐにセツヤの目の焦点が正常に戻る。
セツヤ「・・・・・・・・・あ・・・・・・・・・」
ジャス「艦長! 大丈夫ですか?」
セツヤ「あ、ああ。ごめん、ちょっと頭が回って」
ジャス「・・・・・・・・・今のご自分で覚えていますか?」
セツヤ「・・・・・・・・・覚えてる。と言うか、記憶が流れてきたような」
ジャス「??」
ユメコ「アポロニアス、太陽の翼、最強の天翅って」
セツヤ「うん。言った。言ったみたいだね」
ジャス「・・・・・・・・・艦長、過去生という言葉をご存知ですか?」
セツヤ「・・・・・・・・・知らない」
ジャス「アクエリオンに搭乗できるものはごくごく限られています。そういう意味ではコアロボットのパイロットよりも貴重なんです。超能力を持つものが選ばれるそうなのですがその中に更に稀に過去生と呼ばれる前世の記憶を持っているものがいるそうなのです。・・・・・・・・・アポロニアスとはアクエリオンに搭乗して堕天翅族と戦った最強の守護天翅の名前です。もしかして艦長はそのアポロニアスの過去生をお持ちなのではないですか?」
セツヤ「ないね。それはない」
ジャス「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ですが」
セツヤ「この記憶は違う。・・・・・・・・・それよりも、今はそうじゃないだろう?」
 セツヤは頭をぶるぶると振って雑念を振り払ってから指示を出す。
セツヤ「マリアさん、エーデ君、情報は?」
マリア「連邦の先遣隊の出撃を確認しました。避難民の誘導よりも収穫獣の撃破を念頭において行動しています」
セツヤ「連邦の腐敗役人が。その理念すらも忘れたってのか・・・・・・・・・」
エーデ「映像来ました。モニターに映します」
 光景は異様だった。人はいる。動く。だが、そこに感情はない。何の目的も理性もなく動く人の群れ。それが映る。これも充分問題だが、更なる問題はその先にあるものだった。人はその黒い物体の泥に沈むかのように吸収されていく様だった。悲鳴も出さず、泣きもしない。この様子は温厚なセツヤですら怒りを駆り立てるものだった。
セツヤ「・・・・・・・・・子供までもか。・・・・・・・・・野郎・・・・・・・・・。ジャス君! 戦略を立てて。目的は収穫の阻止だ。救出、牽制、誘導。出せる機体は全部出す。ユメコ君は操艦。全権を委任する。イズナもだ」
ジャス・ユメコ「「了解」」
 セツヤはブリッジを珍しく走って出て行く。そう、一分一秒で救出できる人間の数が決まってくる。そういうことなのだろう。


 戦闘態勢を維持していただけあってセツヤが発進シークエンスに入ることには既に全機が出撃していた。発進シークエンスの調整をしている間にもセツヤにリアルタイムで通信が入る。
ジャス『空戦が可能な機体には牽制と救出、ウェーバー軍曹も牽制に回ってもらいます。残りのアームスレイブには市民の誘導を主任務にしました。データベースの照合では敵部隊は収穫獣という人間回収用の異形の獣ばかりですが、他の戦闘用の獣もいるらしいのですが今だ確認していません』
セツヤ「まだまだ、敵さんの出現する確立があるということか。わかった。他の情報は?」
ジャス『それは副長から』
ユメコ『セツヤさん、勝手にですが連邦の極東支部の真田長官とコンタクトを取りました』
セツヤ「!?」
ユメコ『人道的見地から一時的にですが共闘作戦をとります。コアロボットの参戦があります』
セツヤ「話がわかる人みたいだね。了解」
ユメコ『それでも、戦闘用ではないにしても敵部隊の数は圧倒的です。撃破よりも救出をメインに動いてください』
セツヤ「了解だ。」
ユメコ『もう1つ、セツヤさん、真田長官からの情報ですが連邦にエトランゼがブラックリストに載っているとのことです。長官のコアロボット部隊は今回の緊急事態に限って攻撃はしないという約束は取り付けましたが、見つけ次第無条件に撃破せよとの命令を受けているとのことです』
セツヤ「おや。まぁ、いつかはと思っていたけどね」
ユメコ『二つ名もありますね。・・・・・・・・・白鬼(びゃっき)だそうです』
セツヤ「白鬼? 白い鬼!? 俺が鬼? ・・・・・・・・・嘘だろーー。そのあだ名はいやだ」
ユメコ『クルーの総意として言いますが同意見です。脱線しましたけど、真田長官の部隊以外は連邦は攻撃してきます。セツヤさんなら問題ないとは思いますが留意してください』
セツヤ「・・・・・・・・・了解。・・・・・・・・・よし! 全システムオールグリーン! エトランゼ、出撃する!」
 風伯からエトランゼが出撃する。雲を抜けるとその真下には都市があった。その混迷ぶりが印象的なのだが。逃げ惑う人もいれば追われる人、催眠か何かで勝手に動き回る人と様々だが一様に言えることは1つ。正常ではなかった。眉間に皺を寄せたセツヤはSTT小隊に通信を送る。
セツヤ「良いか! 人命の救出が最優先! ・・・・・・・・・さすがジャス君! ジャス君の指定した退避ルートに市民を送ることが先決だ。退避場所である公園の守備はデモンベインに一任! バルキリーも含めた空戦部隊は拉致された市民の救出だ! SRTはルートの防衛! 余計な戦闘は無しだ!! 防衛ラインを崩させるな!!」
パイロット『『『了解』』』
マオ『セツヤさん、ルートの確保に人が物理的に足りません。アーバレストがいても3機では』
 マオの言うとおりだった。最も、これだけの大規模な作戦を単艦で行うこと自体に無理があるのだ。セツヤは風伯の戦力がデモンベインでカバーしようと考えたが、その前に通信が入る。
一樹『こちら、連邦軍極東支部所属の者です。お手伝いしに来ました』
 気の弱そうな青少年の声がする。だが、セツヤには天の助けに思えた。
セツヤ「よく来てくれた! 俺はセツヤ・クヌギ。君の名前は?」
一樹『あ、一樹です。四加一樹』
セツヤ「一樹君、拉致された市民はこちらで何とかする。君等は今データ転送したルートを死守してくれ」
マオ『わかりました』
セツヤ「ありがと。感謝するよ。マオさん、足りるよね?」
マオ『何とかなると思います』
セツヤ「よろしく頼む。よし! 散開!!」
 各機が己の任務を果たしにいく。


 ネージュは医務室にいた。戦闘が開始してから周囲の空気は非常に重い。エフレムですらそわそわしている様子が伺える。そして、ネージュはこの空気を知っていた。慣れ親しんでしまっていた空気だ。人の命の価値がゴミクズ以下になってしまう空気。そんな印象を持っていた。実際にそうだと今でも思っている。しかし、彼女は非常に違和感を感じていた。こんな空気の中でもみんなが優しいことにだ。
 セツヤに言われた。
(ネージュはもう戦うな。殺すための殺しは絶対にするな)
 意味が分からなかった。人は死ぬ。それが能動的に行われる行為が殺人だ。そしてそれが許される場所が戦場だ。更に風伯のクルーはその戦場にいるのだ。
 ソースケに言われた
(俺はわかっていなかった。生きると言うことがどういうことか。それを教えてくれる人がいた。お前も知っている人間だ。その人のためなら俺はどこまでも戦える)
 意味が分からなかった。人は自分のために戦うものだ。生きるためではない。生き残るためにだ。誰がいなくても生きていけるものだと思っている。
 ユメコに言われた。
(私はセツヤさんに救われたんだ。救い上げてくれたんだ。それまで私は死んでたから。息をしていただけ。ご飯食べていただけ。勉強していただけ。大事なものが全然見えていなかったんだよ)
 意味が分からなかった。。死人は生き返らない。死んでいたとはどういうことだろう。息をしている人間は死なないのに。食事を取る人間は死なないのに。
 マリアに言われた
(ネージュ、私達はあなたに生きて欲しい。笑って、泣いて、怒って。セツヤさんはそのためにあなたを助けたの。生きて欲しいから。・・・・・・・・・この船はあなたの家よ)
 意味が分からなかった。笑い、泣いて、怒る。それに一体何の意味があるのだろう。セツヤに何の得があるのだろう。何もないはずなのに。
 不思議な人間達に思えてならなかった。私は生きているのに。死んでいないのに。会う人間、会う人間が笑顔で語りかける。こんなことは今までなかった。こんなに笑う人間達がいるとは思わなかった。その人間達は私に奇妙なことを言う。
『可哀相に』
『もう大丈夫』
『がんばれ』
『守ってやるからな』
『笑って』
 何の意味があるのだろう。何の意味があるのだろう。ネージュは反芻する。何度も何度も。
 こんなに考えたことはなかったと思う。いや、なかった。戦う技術の習得で考える暇などなかった。これほどの難問もなかった。ただ、1つだけ分かっていることがあった。
 気持ちが良かった。
 嫌な想いは1つもない。悲しくなることがない。こんな空間があることを知らなかったから。そして、今、ネージュは思ってしまう。たった一つだけ。
ネージュ(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ずっと一緒にいたい)


 風伯のブリッジは騒然としていた。それだけの事態があるからだ。
ユメコ「右転舵25!! 主砲の射程にケルピムを捕らえて!!」
 運が悪いとした思えないような状況だった。セツヤが収穫獣を捕らえようとした矢先に雲に化けていた風伯が見つかってしまう。しかも、連邦軍ですら手を焼くケルピム兵にだ。全機出撃してしまっていることが仇となってしまう形だ。
ユージーン「敵急速接近!! 距離800!!」
ユメコ「たった1機に!!」
マリア「主砲照準完了!」
ユメコ「ぅてぇぇ!!」
 風伯の主砲が発射されるが敵ケルピム兵はまるで予期していたかのようにありえない動きでそれを避けてしまう。
ユメコ「! 攻撃システムを完全にオートに設定! 目標をケルピム兵のみに設定して」
マリア「了解!!」
ユメコ「風伯急速下降! 市街地ぎりぎりを低空飛行して死角を消して!」
ジュリア「了解!!」」
ユメコ(敵が早すぎる。この状況じゃイズナも無理。・・・・・・・・・時間を稼ぐしかない)
ユージーン「ケルピム兵の動きが鈍く・・・・・・・・・敵エネルギー収束!!!」
ユメコ「シールド展開!!」
ユージーン「やってます!!!」
 紙一重のタイミングでケルピム兵の頭部から発射されたビームが風伯のシールドに阻まれる。その光が一瞬、ユメコの判断を鈍らせた。その光が晴れると視認ができた。ケルピム兵がこちらに突っ込んでくる。
ユメコ「エンジンブースト!! 回避!!」
ユージーン「間に合いません。左舷来ます!!」
 ユージーンの言葉通りに左舷が大きく揺れる。ユメコはその振動に床に倒れてしまうがそれでも気丈に指示を出す。
ユメコ「そのまま左舷副砲ゼロ距離発射!!」
マリア「了解!!」
 爆破。さすがにこれにはケルピム兵もひるんだようだった。手負いの状態で一端距離をとる。
ユメコ「・・・・・・・・・セツヤさんの船をよくも・・・・・・・・・被害報告!」
エーデ「左舷33から41装甲板に裂傷貫通。第2格納庫、第4区画まで傷が浸透しています」
ユメコ「クルーを右舷に退避させて。その後に隔壁閉鎖」
エーデ「了解」


 第4区画。そこには医務室がある。ネージュとエフレムがいた。そこにいたネージュは自分の手を見る。その色は真紅。だが、自分の体液ではない。他人の血。自分の覆いかぶさっている人物のものだった。
ネージュ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・先生?」
エフレム「・・・・・・・・・あ、大丈夫かいネージュ?」
ネージュ「あ・・・・・・・・・うん」
エフレム「そうか。よかった」
ネージュ「先生。・・・・・・・・・血」
エフレム「そうだな。止血しないと」
 エフレムの肩には何かの破片が突き刺さっている。出血はそれほどひどくはないように思えるが素人が見れば大出血だ。ネージュは殺しの訓練は受けていても救命の訓練などは受けていない。
エフレム「止血帯があそこにあるんだ。取ってくれるかいネージュ」
ネージュ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・血・・・・・・・・・血! 止めないと。止めないと先生が!! 死んじゃう!! 先生が死んじゃう!」
エフレム「大丈夫だよネージュ」
ネージュ「何で私を助けたの先生!! 何で!? 私は・・・・・・・・・私は殺すために育てられたのに!! 私よりも先生が・・・・・・・・・先生のほうが」
 エフレムは優しい顔でネージュの頭をそっと撫でる。まるでセツヤのようにだ。
エフレム「・・・・・・・・・はは、ダメだよネージュ。そんなこと言っちゃいけない。・・・・・・・・・君はこれからだ。これから生きるんだ。こんな場所では死なない。死なせないよ。私が、私達が守るのだから」
ネージュ「どうして!? どうして私を守るの!! いっぱい殺したんだよ!! いっぱいいっぱい!! それなのに」
エフレム「ネージュの責任ではない。何よりも・・・・・・・・・私達の・・・・・・・・・風伯の子供だ。私達の大切な子供なんだ。守るのは当然だろう?」
ネージュ「大切な・・・・・・・・・・・・・・・・・・子供?」
エフレム「そうだよ。大切だから守るんだ。死なせたくないから。艦長も副長も参謀も。皆、無くしたくないから戦うんだ」
ネージュ「・・・・・・・・・大事だよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・私だって先生が大事だよ。セツヤも、ユメコもマリアも!! みんな優しいよ。大好きだよ」
 エフレムは自分の止血するよりもネージュの頭を再び撫でた。
エフレム「・・・・・・・・・良かった。私もネージュにとって大切なのか。・・・・・・・・・・・・・・・・・・ネージュ」
ネージュ「・・・・・・・・・先生、私戦うよ。・・・・・・・・・違う。戦わないとダメなんだ。皆が大事だから」
エフレム「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私たちは君を戦わせたくなんかないんだよ? 私達はそんなことを望んでない」
ネージュ「もういっぱい守ってもらったから・・・・・・・・・ありがと、先生」
エフレム「・・・・・・・・・・・・・・・・・・決めたことなんだね?」
ネージュ「うん」
エフレム「・・・・・・・・・そうか。なら、私のことは大丈夫だ。腐っても医者だ。死にはしないだろう。・・・・・・・・・いきなさい」
ネージュ「・・・・・・・・・うん!」
 ネージュはほぼ瓦礫となってしまった部屋から飛び出す。その背中を見送ってからエフレムは自身の止血をはじめる。少々出欠の量が多い。死にはしないだろうが彼の見立てではもう直ぐ意識を失ってしまう。その前に止血を終えなければいけなかった。重症、重態には変わりない。しかし、こんな状況下における自身の治療なのにどういう訳かエフレムは笑わずにはいられなかった。




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