粋狂いな人々・弐式

スーパーロボット大戦・涅槃 第肆話 『足跡が向かうは』


第肆話 『足跡が向かうは』


 覇道財閥が催すパーティーがあった。表向きは覇道財閥の建設したビルの完成披露パーティなのだが、本当の目的は別にあった。ミスリル宇宙戦隊『ティル・ナ・ノーグ』への歓迎式ということになっている。時間帯は夜。全員がブラックタイに身を包んだ大人のパーティだ。その中を執事を連れてぐるぐると何度も回りながら人間を探している人物がいた。覇道の長である覇道瑠璃だ。しかし、彼女ほどの人物になるとあいさつ回りだけで随分と時間を使ってしまう。少し、憔悴したところにとある人物が彼女の前に現れる。
ジャス「本日はクルー全員をお招き頂きましてありがとうございます。自分は風伯で参謀を勤めておりますジャス・カーペンター大尉であります」
 ブラックタイということを考慮して敬礼ではなく頭を下げるジャスの見識はさすがであると思う。瑠璃も相応の対応で返した。
瑠璃「いえ。このくらいは当然です。あなた方が来てくださらなければ私はもとより、この場にいる人間のほとんどが生き残って入られなかったでしょう」
ジャス「恐縮です。・・・・・・・・・本日のパーティーには多少作法に欠ける者たちも出席しておりますので、どうかお目溢しのほどを」
瑠璃「勿論です。恩人であるあなた方に小うるさく作法を説くつもりは毛頭ありません。私たちの方にも作法に疎い方が何人かいますし。・・・・・・・・・1つお聞きしたいのですが、カーペンター大尉」
ジャス「なんでしょうか?」
瑠璃「私を直接助けてくださったセツヤ・クヌギという方にお会いしたいのですが、どちらにいらっしゃるかご存知ありませんか?」
ジャス「・・・・・・・・・はい、艦長でしたら風伯で用事があるとのことで。自分は出席を勧めたのですが」
瑠璃「いえ、艦長ではなく。セツヤ・クヌギという・・・・・・・・・」
ジャス「失礼ながら、風伯の艦長はセツヤ・クヌギ大佐ですが?」
ウィンフィールド「ほう」
 瑠璃はジャスの言葉を飲み込むまでに時間が掛かってしまっていた。一方の執事の方は納得したように少しだけ微笑む。
瑠璃「え゛!! あの、失礼。てっきり士官の方かと思っていました」
ジャス「それは当然かと。言い訳するつもりはありませんが、風伯のクルーの中で魔術師とまともに戦えるような人間は艦長だけでしたのであのような人選になってしまいました。人柄も良い意味でも悪い意味でもソフトですから威厳というものがありません。お嬢様に何か粗相したのではないかと自分は気が気でなかったのですが」
ウィンフィールド「いえ、そちらの行動は間違っておられません。それは今お嬢様がこの場にいることが最大の証明です。私共の力不足と笑っていただきたい」
 ウィンフィールドの謙虚さにジャスも返す。
ジャス「とんでもない」
 2人のやり取りのあとにまた瑠璃が言葉をつむぐ。
瑠璃「カーペンター大尉、お願いがあるのですが?」
ジャス「はい?」
瑠璃「私、どうしてもセツヤ・クヌギ大佐にお会いして自分からお礼を言いたいんです。言いたいこともあります。私だけでなくウィンフィールドも。申し訳ありませんがクヌギ艦長との謁見を許可して頂けませんか?」
 瑠璃が自分の意思を告げると後ろから別の人間がやってきていた。昨日の今日だというのにほぼ全快してしまっている大十字九朗とアルアジフがパーティの食事を未だに口に含みながらこちらにやってくる。
九朗「・・・・・・・・・ごっくん。お、俺にも会わせてくれ。あの人には俺も礼を言いたい!」
アルアジフ「うむ。童もじゃ」
 突然人数が増えてしまったが別にジャスは動じない。少しばかり考えてからしっかりと答えを出す。
ジャス「は、その程度でしたら。自分の権限で風伯の乗艦許可を取り付けますがそれでよろしいですか? 艦長は船を離れられないのでご足労願うことになってしまいますが」
瑠璃「よろしいのですか?」
ジャス「はい。あ、ただ、無作法極まりないですがこのパーティの豪華な食事とワインを何本か持っていってあげてください。本人も喜ぶと思います」
ウィンフィールド「かしこまりました」


 セツヤの居る場所。それはやはり営巣だった。しっかりとネージュと共に食事を取っている。彼女の警戒が徐々に薄らいできているのは感じられた。そして、この場に居るのはセツヤとエフレムだけではない。パーティに出席していないユメコ、ユゼフが地べたに座り込んで風伯のカフェテリアの食事を突っついていた。
ユメコ「今頃参謀は美味しいご飯食べてるんだろうなぁーー」
セツヤ「だから、俺は何度も何度もパーティに行きなさいっていっただろうに! 結局ジャス君に全部押し付ける形になっちゃったよ」
ユメコ「だってねぇ。セツヤさんが行かないのに私も行けないですって。エスコートしてくれるのセツヤさんだけじゃないですか」
セツヤ「・・・・・・・・・マルスさん辺りに頼めばいいじゃない。彼イギリス紳士だからさ」
ユメコ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・バカ」
ユゼフ「・・・・・・・・・朴念仁」
セツヤ「何でさ。・・・・・・・・・けど、これでいいの。ネージュと食事するほうが大事。覇道のお嬢さんには申し訳ないけどね」
ユメコ「それはイエスです」
ユゼフ「だな。営巣で酒が飲めるなんて滅多にできない経験だからな。こっちの方が乙さ」
エフレム「整備長! 歩けなくなるほどは飲まないでくださいよ」
ユゼフ「硬い事言うなよ先生! 艦長の許可があるんだ」
エフレム「艦長、できることならこれっきりにしてください。このままでは営巣が整備長の酒飲みスペースになってしまいます」
セツヤ「ユゼフさんにもそのくらいの自己自制はあるさ。心配していない。それに、こういう会話をネージュの前でするのが大切なんだよ」
 そう言ってセツヤは鉄格子の奥に座り込んでいる少女を見る。数日前までは拘束されていたが今はもう無い。目の前にある食事をどうしたらいいのか迷っている様子だった。フォークを刺したり刺さなかったりを繰り返している。
セツヤ「毒が入っているのかが心配か? 俺のと取り替えようか?」
 セツヤが優しくネージュに語るとネージュはビクッとしてセツヤを見てからぶんぶんと首を横に振った。これだけ大きな反応が返ってくることが随分な進歩だ。
ネージュ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・毒の入っていない食べ・・・・・・・・・物は作戦前に・・・・・・・・・しか食べられな・・・・・・・・・かった」
セツヤ「だから、それを食べたら何かさせられると思っている? それが心配で食べられない?」
 ネージュは今度は首を縦に振った。
セツヤ「しないよ。初めに言っただろう? 俺はネージュにそんな物騒なことはさせない。守ってやるってね。ネージュが自分でやりたいというなら話は別だけど、人を傷つけたりしたくないだろう?」
 ネージュは少しだけセツヤの言葉を考えてから
ネージュ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん」
 と答えを返す。この様子をエフレムはその会話を眺めるように見ていた。彼自身、精神科ではないがこういった戦争孤児とも言えるような子供の反応としては考えられないものだ。回復のスピードは格段だし、ネージュはセツヤだけでなくエフレムにも返事をするようになっている。元来が素直な子なのかもしれないがそれを差し置いても随分と回復が早い。そんなエフレムの心情を知ってかしらずかセツヤは続ける。
セツヤ「食べても大丈夫だ。見返りなんて求めない。もう少ししたら一緒に外に出よう。だから、たくさん食べな」
 セツヤの言葉を受けてネージュはキョトンとしてからフォークでソースの掛かった焼き鶏肉を刺してゆっくりと口に運ぶ。その動作を営巣前の全員が楽しそうに眺めていた。
 そんな時、営巣前の扉が開く。マリアが入ってきた。マリアは先ほどまでセツヤ達と共にこの場所で食事を取っていたのだが、突然通信が入ったために退席していたのだ。
セツヤ「マリアさん、何かあった」
マリア「はい。セツヤさんにお客様がいらっしゃっています」
セツヤ「俺に客? ・・・・・・・・・おお、お嬢さん。それに九朗君とアルちゃん。それに見知らぬ方も居るな」
 マリアの後ろからやってきたのは覇道瑠璃とその執事ウィンフィールド、それに大十字九朗とアルアジフの4人だった。
瑠璃「やっと会えました。セツヤ・クヌギ艦長。助けていただいた礼も言わずに申し訳ありません」
セツヤ「まぁ、艦長ですが。・・・・・・・・・それは良いんですがお嬢さん、こんな所にひょいひょい来たら今度はアンチクロスに攫われ・・・・・・・・・ないな。不躾で失礼だが、そこの執事さん相当できるか。あなたが引っ付いているうちは大丈夫ですなるほどね」
ウィンフィールド「かなりの見識がおありのようだ。申し送れました。私、お嬢様付きの執事をしておりますウィンフィールドと申します」
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・セツヤ・クヌギです。ご丁寧にどうも。・・・・・・・・・成程ね。あなたもアンチクロスに抑えられていたのか」
ウィンフィールド「ご推察の通りです。大佐にはお嬢様の御命を救っていただきまして御礼の言葉もございません」
セツヤ「礼なんていいですよ。こんなに可愛い子のスプラッタ映画なんて見たくもありませんしね。任務でもあったし、必要だとも思った。だから来て助けたんです。・・・・・・・・・ですが、礼を感じてらっしゃるならあなたに払ってもらいましょうか。執事ウィンフィールド。・・・・・・・・・貸し1つです」
ウィンフィールド「成程。そうですね。あなたも相当の武人とお見受けいたします。確かにそういう話の方が私もやり易い」
セツヤ「でしょう? ・・・・・・・・・それにしても、九朗君、もう動けるのかい? 俺の見立て通りなら軽く3ヶ月はベッドの住人だよ?」
九朗「ああ。これでも魔術師の端くれだからな」
セツヤ「ごめんよ。九朗君自身は嫌いじゃないけどさ、どうしても俺は魔術師という存在を受け入れ難くってね。やな気分にさせたら謝る」
九朗「いいや、あんたが言うことは正しいよ。ミスカトニック大学で魔術を学んだ俺が言うのは変な話だけど俺も魔術は好きじゃない。だから中退したんだ」
セツヤ「・・・・・・・・・そうかい。言葉に詰まるな。でも、良識的な判断とは言わせて貰うよ」
アルアジフ「どういう意味じゃ!! 童が見張っておる限り、九朗が魔に堕ちる事などはありえん」
セツヤ「アルちゃん、ごめんよ。そうだね。君がいれば九朗君が堕ちることはない。そう思うことにする」
アルアジフ「うむ」
瑠璃「ちょっと待ってください。今日、私たちはクヌギ大佐にお礼を言いに来たんですよ。さっきから聞いていれば大十字さんと天然パルプ娘は大佐に謝らせてばかりじゃないですか!!」
セツヤ「はいはいはい、ストップストップ。お嬢さん、俺はね艦長とか大佐とかって呼ばれるの嫌いなんです。本当にダメでしてね。この際です。頭下げます。お願いします。名前で呼んでください。百歩譲りましょう。苗字でもオッケーです」
 とセツヤが捲くし立てるのをキョトンとして瑠璃が聞く。
瑠璃「はぁ・・・・・・・・・、ではセツヤさんとお呼びします」
セツヤ「恐縮です」
瑠璃「1つお聞きしてもいいですか?」
セツヤ「この部屋が何のための部屋なのか? そして、俺たちが何をしていたか? ・・・・・・・・・ですか?」
瑠璃「ええ」
 当然の質問だとセツヤは思っているだろう。鉄格子の中には1人の少女。その周りにではその鉄格子を囲って飲み食いをしている。異様な儀式と言い換えても差し支えは無い。
セツヤ「ユメコ君、説明!」
ユメコ「はーい。この場所は医務室と医療専用の予備営巣です。そこにいる銀髪のカワイコちゃんはネージュちゃんで、セツヤさんの更正プログラムを受けています。このプログラムに則り、みんなで一緒にお食事会をしていました」
瑠璃「これがパーティに出席してもらえなかった理由ですか?」
セツヤ「・・・・・・・・・はい。すいません」
瑠璃「ああ、私もあなたに謝らせてしまいました。・・・・・・・・・でも、私はあなたの判断は尊重しますし、そのくらいで腹を立てるようには見ないでください」
セツヤ「ごめんなさい」
瑠璃「また謝る。本当に、どういう人なんですか? 失礼を承知で言いますがあなたのような人には会ったことがないです。アンチクロスとも互角以上に戦える人間で、最新鋭艦の艦長で、とっても腰が低い」
セツヤ「性分じゃないんですよ。偉そうなのがね。称号や地位なんてあくまで人が着る物ですから。少なくとも俺には必要ありませんね」
 なんて大それたことをこの男は笑顔で言ってくる。更に驚くべきことはこういったセリフを言及してもセツヤの部下が顕著な反応を示していないことだ。彼の部下は彼のこの性格を受け入れている。本来これは信じられないことなのだが。
ネージュ「・・・・・・・・・ねぇ、セツヤ」
 自発的なネージュな発言にセツヤは身を乗り出してまるで自分が囚われの身のように見える。
セツヤ「何々? 何だよネージュ?」
ネージュ「セツヤは偉いの?」
セツヤ「全然偉くない」
マリア「偉いです! ネージュちゃん、良いですか。セツヤさんはこの船の中で一番偉いんです」
ネージュ「・・・・・・・・・? じゃあ、何でセツヤは謝ってるの?」
 この中で意地の悪い2人が顔を合わせる。
ユゼフ「それはなぁ、副長」
ユメコ「はいー。それはね、ネージュちゃん。セツヤさんがバカだから」
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ネージュ「セツヤってバカなの?」
セツヤ「違うよネージュ。バカって言う人がバカなんだよ」
ユメコ「待てこらぁーー!! じゃあ何か? 私はバカか!!」
セツヤ「Wi!」
ユメコ「死なす! と言うか、しねぇぇーーー!!」
 後ろからユメコがセツヤの首を羽交い絞めにする。実際問題として首も常人以上に鍛え上げられているセツヤの首を小柄の女の子が絞めても大した効果はないのだがセツヤはそれをタップする。
セツヤ「ごめんごめん。ギブギブ」
 瑠璃も九朗もキョトンとしてそれを見ている。当然だろう。もう艦長としての威厳の欠片すらも残っていない。ネージュに至ってもまるで天然記念物を見るかのように目を丸くしてセツヤ達を見ていたのだが。セツヤはこの行動すらもネージュには必須なことには考えているのだろうが。


 さすがに営巣の前では大切な話はできない。ネージュとの食事を惜しみながらもお開きにしてからセツヤの私室兼艦長室にて瑠璃とウィンフィールドを招いていた。書類と服がベッドに投げられているが比較的整っているだろう。セツヤはウィンフィールドが持ってきてくれたワインのコルクをソムリエナイフで抜きながらワイングラスが部屋にないので代わりのダンプラーに注ぐ。
セツヤ「お嬢さんは兎も角として執事さんは飲みますか?」
ウィンフィールド「お心遣いは。まだ仕事中ですので」
瑠璃「構いませんよ、ウィンフィールド。もう就労時間を終えています。私は飲めませんし、セツヤさんも1人では飲み辛いでしょう」
ウィンフィールド「・・・・・・・・・では頂きましょう」
セツヤ「どうぞ。ワインをダンプラーで失礼」
ウィンフィールド「いえ」
セツヤ「お嬢さんはどうしましょうか? コーヒー、紅茶くらいなら持ってきますが?」
瑠璃「お構いなく。今日は突然押しかけたのですから気を使わせるのは気が引けてしまいます。それに、せめて持ってこさせてください」
セツヤ「ははっ。まぁ、無理ですね」
瑠璃「・・・・・・・・・まったくもう。・・・・・・・・・・・・・・・・・・申し訳ないですが、真面目な話をさせてもらいたいのですが? クヌギ艦長」
セツヤ「真面目な話でも肩書きは無しです。それにしても、酒を飲む前に言って欲しかったですけどね」
瑠璃「フフフ、別に狙っていたわけじゃないですよ」
セツヤ「知ってます。酔いが回る前に話しましょうか。・・・・・・・・・それで、ご用件は?」
瑠璃「はい。あなたに大十字さんとデモンベインを預けたいんです」
セツヤ「?? 色々と言いたいことがありますが、とりあえず・・・・・・・・・何故です?」
瑠璃「今回の事件で思い知りました。我々の甘さ。デモンベイン、大十字さん、ウィンフィールド。これだけの人員があれば負けることはないと思っていました。不安要素は当然あります。ですが、今回ほど一方的にやられることは予想してはいませんでした」
セツヤ「そうでしょうか? 仮にそうだとしても、我々がデモンベインを預かる理由にはなりません。俺等だってアンチクロスが総出で来られればどうなっているか分からないでしょう」
瑠璃「ですが、移動できると言うことは明らかなアドバンテージです。覇道財閥の私軍の半分以上が今回のことで削られてしまいました。ブラックロッジの目的はデモンベインです。そのパイロットと魔道書である大十字さんとパルプ娘が移動できる風伯に乗っていればそう簡単に敵も手出ししてくることはありません。同時に我々も基地も補修作業に集中できます」
セツヤ「・・・・・・・・・根本的な問題があります。風伯は確かに万能艦ではありますが、デモンベインは規格外です。機動兵器としてデモンベインは大きすぎる。単純にデモンベインを風伯に収容するのは不可能だ」
ウィンフィールド「それは問題ございません。デモンベインは覇道の地下基地に保管します。いざと言うときは虚数展開カタパルトで風伯に隣接できる位置に転送いたいます。この方法ならば収容する必要はありません」
 ウィンフィールドが淡々と説明をするのをセツヤは時にダンプラーを傾け、時に机に肘をついて聞いていた。
セツヤ「・・・・・・・・・あれか。あの、空に描かれた魔方陣」
ウィンフィールド「左様でございます」
セツヤ「成程。・・・・・・・・・・・・・・・・・・確かに覇道財閥はミスリルのスポンサーですからできる限りの融通は聞くつもりですが、それにそても風伯に乗せるからにはこっちの命令には聞いてもらうことになります。俺はそれほど細かいことを言うつもりはないですが、どうしても肩書きは必要になってくる」
瑠璃「正規の手続きはこちらに任せていただければ。仮に客人扱いだとしても風伯の指揮官であるセツヤさんの命令に大十字が背く事はないでしょう。契約書に明記しても構いません。預かってもらう手前、私も細かなことを言うつもりはありません。情報のリンクは必要になってはきますが、その了承をいただければセツヤさんの指揮下にデモンベインを入れてもらって結構です」
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・1つ、目的は何ですか? その条件でそちらのメリットがあまり見えてこない。前向きには考えましょう。ですが、本当の目論見は話していただきたい」
瑠璃「・・・・・・・・・幾つかあります。まず先ほどの危険性の分担、これは説明しましたね。・・・・・・・・・次の目的にデモンベインを完全体にしなくてはいけないというのがあります。そのためには世界中に散らばっている魔道書アルアジフの断片を探さなくてはいけません。あなたと共に行けばある程度の安全性を保ったままに断片を探すことが可能だと考えています」
セツヤ「・・・・・・・・・アルちゃんの断片? まぁ、魔術は門前外だ。詳しくは聞かないが探し物ってことだな。こちらの任務の差支えがない程度なら構わないけど」
瑠璃「それで結構です。最後の目的。これが一番大きいのですが・・・・・・・・・、大十字さんの成長の指針になっていただきたいのです」
セツヤ「ん? どういう意味です?」
瑠璃「言葉通りです。大十字さんはセツヤさんに恩義と尊敬の念を抱いているようです。私はあなたに彼を導いて欲しい。祖父の残したデモンベインと共に」
セツヤ「フハハハ、無理難題ですね。俺を買いかぶっている。俺は1人の人間。ただの人間。平凡な人間。それに、あなた方が教えて欲しいと言っていることは学び取るものでは決してない。あれは知るものです。心配する必要はないです。大十字君は潜在的にそれを知っているはずだ。魔の本質を感じ取った彼なら必ず知ります。戦う意味も力の意味も。俺なんか必要ないですよ?」
瑠璃「・・・・・・・・・ですが・・・・・・・・・」
ウィンフィールド「無理を承知でお願いしたします、クヌギ艦長。・・・・・・・・・あなたの仰るとおり、大十字様は成長しうる存在なのでしょう。ですが、あなたという指針があるからといって大十字様がその境地にたどり着けるかは別問題だと考えます。我々は大十字様とデモンベインに全てを託しております。ならば、僅かでも可能性の高い選択肢をしなくてはいけないのです」
セツヤ「・・・・・・・・・九朗君とアルちゃんの命の保障はできません。勿論デモンベインも。アンチクロスよりも厄介な連中を相手にする可能性もあるでしょう。それでもですか?」
 セツヤの絞り出したかのような声にウィンフィールドは頷き瑠璃は目に光を宿らせてこたえる。
瑠璃「当然です。あなたは私達を助けてくれました。あなたの行動ならば全てを信用できます。・・・・・・・・・ですが、このことを決めるのは風伯艦長セツヤ・クヌギ大佐です。飲んで頂いても、反故にして頂いても、我々覇道財閥はミスリルとは今以上の付き合いを続けていきたいと考えております」
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・いい胆力ですね。流石は巨大な覇道を束ねるだけのことはある。・・・・・・・・・仕方ありませんね。そのお話受けることにしましょう。・・・・・・・・・ですが、1つだけ条件です。九朗君とアルちゃんは席を覇道に置いたまま、客分で准尉相当官として扱うことです」
瑠璃「?? それでは2人は覇道のメンバーということになっていまいます」
セツヤ「はい。彼等にはそのほうがいいでしょう。構いませんか?」
瑠璃「それが条件ならば」
セツヤ「あ、もう1つ。面倒な書類の作成はお願いします。俺は執務が不得意でして」
 場を和ませる洒落の類なのかと瑠璃は考えたが実際机の上には書類が散乱していた。他の場所は割合片付いているのも関わらずだ。本当なのだろう。思わず笑いがこみ上げてしまう。戦わせれば達人級。執務作業は並以下。こんな凸凹な男など正規の軍には絶対にいはしない。
セツヤ「・・・・・・・・・? どうかしました?」
瑠璃「いえ。失礼しました。どうにもあなたが面白くって」
セツヤ「失礼な。俺は至って真面目なんですが?」
瑠璃「そこが面白いんです。安心してください。たとえどれだけ笑ったとしても私のあなたへの信頼は揺るぐことはありません」
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・左様ですか」
 セツヤはワインに勢いをつけて喉を潤してからむすっとした表情になるのだが。この日の晩は少しばかり話に花が咲く。毎日のように張り詰めた生活をしている瑠璃にとってセツヤ・クヌギという人物は間違いなく清涼剤になりえる人物だった。


 欠伸を1つ。セツヤが大きくついてから艦長席に預けていた体を前に起こした。
セツヤ「さて、補給もお嬢さんのおかげで随分とテキパキと済んだ。ジャス君、次は予定通りにオーストラリアでセブンスウェルの調査かな?」
ジャス「はい。その予定です。こちらはあくまで調査ですから、怠けるわけではないですがアーカムシティに来るときに比べれば多少ゆとりがあります。急げない理由もありますが」
セツヤ「? 説明よろしく」
ジャス「はい。オーストラリアは州連合とラクテンスの根城です。我々が停泊できるような空港、港の類は存在しません。現在、覇道財閥に圧力をかけてもらっているのですが望みとしては薄いですので、偽造許可証の製作を副長主導で進めています。こちらには少々時間が掛かってしまうと考えています」
セツヤ「じゃあ、迷彩システムで隠密行動したら?」
ジャス「その方法も考えたのですが、調査にはどうしても6時間程度の時間と大規模の人員を必要とします。それを考慮すると空での隠密行動では粗が目立ってしまうというのが自分と副長の見解です。ですので、どうしても周辺の町の空港に停泊する必要があります」
セツヤ「わかった。君等の考えは信じてるから思うとおりやってくれ」
ジャス「了解しました。現在のタイムテーブルとしましては出航までにあと7時間30分を予定しています」
セツヤ「はいよ!」
 ジャスの言葉通りに大十字九朗とアルアジフを含めた風伯クルーは予定よりも45分早く出発することができた。出発するまでの時間、セツヤはSRT、STTにみっちりと訓練を課すことができたのだが。


 オーストラリアの上空に到着。瑠璃とユメコの策略でどうにかとある偽造停泊許可証の取得に取り付けた。その空港に向かう途中でどういうタイミングが常人には甚だ理解できないのだが、突然のタイミングで言い放った。
セツヤ「ユメコ君、ジャス君、ネージュを外に出してもいい?」
ユメコ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」
ジャス「何ですと艦長?」
セツヤ「いや、調査の時間は俺暇だろうし、次いつ時間取れるか分からないし、近くに町があるし、丁度良いかなって」
ジャス「ダメです!!」
ユメコ「ズルイです!!」
 何かが微妙にずれている。なぜかセツヤはそう感じてしまったので釈明を続ける。
セツヤ「言いたいことがあるのは理解してるけどね。護衛は誰か連れて行くつもりだよ。だから、心配事はないでしょ?」
ジャス「だから、ダメですって。もう部下への示し如何こうは言いません。ですが、危険です。幾ら艦長が護衛にいても外に出た途端に彼女がどんな行動に出るのか誰もわからないんですから」
ユメコ「何でネージュちゃんとセツヤさんがデートするんですか!! 私だって一緒に行きたいのにぃぃ!!」
ジャス「それに、外に出られていたらどうしても対応に遅れてしまいます。ここにいるのが最善策なんです」
ユメコ「だから、私も一緒に行きます。許してもらえたら許可してあげます!」
 よくもまぁ、副長と参謀でこれだけちぐはぐな言動を並べられるものと普通は思うだろう。しかも、語られているのが上官ならばお説教のひとつあってもおかしくはないのだが、何にも気にすることなく答えを返すのはセツヤだ。
セツヤ「一生外に出さないってわけには行かないんだよ。本当は艦の中にいても停泊中は自由行動させたいくらいなのを制限しているんだ。しかも、多忙な俺に合わせてね。今回を逃したら次はいつになるやら。悪いけども、許可してよジャス君。あ、それと、ユメコ君が一緒に行くのは全然いいよ。誰か女性に来てもらおうとは思っていたから」
ユメコ「許可します!!」
ジャス「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・艦長と副長がそろって外出ってありえないんですが?」
 悲痛な表情のジャスにセツヤはカンラカンラと笑う。
セツヤ「今がそのときだ」
ジャス「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・恨みますよ?」
セツヤ「冗談だよ。確か、マオさんは工学系の人間でそういった調査に長けてるって聞いてるから、調査主任をマリアさんにして副官としてマオさんをつけよう。そうすればジャス君がブリッジで対応できる」
 理には適っている。そう思ってったジャスの負けだった。彼の経験から一瞬でもそう考えてしまったらば負けなのだ。がっくりとジャスがうなだれる。そのジャスの両肩をポンとユージーンとジュリアが叩いた。
ユージーン「お察ししますよ参謀」
ジュリア「セツヤさんはこういう人だから犬に噛まれたと思ったほうがいいです」
セツヤ「ちょっと、それどういう意味!? それって暴行された女の子にかけるセリフでしょうに!!」
ジュリア「まぁ、大差はないかなと」
セツヤ「査定に響かせてやる」
ジュリア「ああーー! ごめんなさいごめんなさい!!」
 結局、セツヤはネージュの外出を強制的に許可を取った(獲った)。内心ではジャスもネージュの外出が必要だということが分かっているのだろう。決まってからは口を出すことはなかった。


 私服に紺のジャケット同色のパンツ、多少皺が目立つワイシャツ。かなりオーソドックスではあるがこれがセツヤの普段着だった。その隣にはTシャツにウエストコート、それにジーンズというボーイッシュな格好であるユメコと捕らえられたときと同様の陣代高校の制服に身を包んだネージュがいた。どういう訳か、同様の陣代高校の制服に身を包んだソースケが露骨に周囲に意識を払いながら歩いてくる。オーストラリアの少し大きな街で4人は歩いていた。ショッピングモールもあるということでそれなりに人も歩いている。ネージュもこういう街は歩いたことがあるだろうから珍しくはないだろうが何の任務を帯びることなく歩くということはないのだろう。セツヤに手を引っ張っられてテクテクテクと続いていくという感じだ。ユメコは露骨にそれに嫉妬してセツヤのもう一方の腕を掴んで離さないし、ソースケにもセツヤは目を離せないでいた。
セツヤ(・・・・・・・・・なぜだ? どうしてこんなに重労働なんだ? おっかしーな。子供達の面倒を見るのもこんなに面倒じゃなかったと思うんだけどもなぁ ・・・・・・・・・!!)
セツヤ「ソースケ君!! 民間人脅しちゃダメでしょ!! うぉ! ちょっとユメコ君、走らせてよ。ソースケ君が善良市民に危害を・・・・・・・・・って。ネージュ!? どこに行ったネージュ!!」
ソースケ「この男はしきりにセツヤさんと副長殿を観察していました。挙句の果てには胸ポケットに胸に手を入れましたので恐らくはどこかに通信を入れているのかもしれません。大丈夫です。自分はこういった輩の対処に関しては・・・・・・・・・」
ユメコ「折角のデートなんですからもうちょっと気使ってよセツヤさん」
セツヤ「胸ポケットにあるのはメンソールタバコ! 危険無し! ユメコ君、元々の目的忘れてない? ネージュの社会科見学の日だよ今日は。だーー! どこだネージュ!!」
ネージュ「・・・・・・・・・セツヤ、何?」
 通常は人に迷惑をかけるのを生業にしているような男であるセツヤが完全に保父さんと化していた。


 とあるブティックでセツヤはソースケと共に待っていた。当然ながらに彼らを待たせているのはネージュとユメコだ。セツヤとソースケは先ほど買った缶コーヒーで喉を潤しながら時たまやってきてはどちらの服が似合うかという決まりきった問いに律儀に答えながらだ。
セツヤ「・・・・・・・・・ネージュはこっちのライトブルーのシャツの方が似合う。ユメコ君はこっちのパステルピンク。でも、下はもう少し明るい色の方がいいんじゃないの? チェックとか」
ユメコ「ほうほう。さすがですね。男ならどっちでもいいと答えるところに的確に答えを返すとは」
セツヤ「まぁね」
ユメコ「・・・・・・・・・セツヤも一緒に選んで。・・・・・・・・・下着も」
セツヤ「いーやーだっ! 服は何とでも言うけどね、下着は自分で選びなさい。もしくはユメコ君に選んでもらいなさい。そういうのは異性が選ぶモンじゃないの」
ユメコ「いいじゃないですか選んでくださいよ。私のも」
ソースケ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
セツヤ「ほらぁ! ソースケ君困ってんじゃないの。純な男子を誘惑しない。待っているんだからさっさと選んできなよ」
ユメコ「はーい! ネージュちゃん、行こっ!」
ネージュ「あぅ」
 ネージュが名残惜しそうにユメコと共に服売り場に向かってしまう。その後姿を見てからセツヤはため息を1つ吐いた。
セツヤ「大丈夫かい、ソースケ君?」
ソースケ「すいません。ご迷惑おかけして」
セツヤ「迷惑掛けてんのはこっち。帰りに飯奢ってあげるからもう少し辛抱してよね」
ソースケ「了解です」
 ソースケもコーヒーを飲み始める。どこの世界でも女性の買い物に付き合う男というのは悲しいものだ。そして、2人が座るベンチの隣にもう1人の可哀相な男子が1人やってくる。
可哀相な少年「はぁーー、もう勘弁してくださいよタルホさん」
セツヤ「君も可哀相な付き人さんかい?」
 セツヤの隣の座った年甲斐もなく非常に景気の悪そうな少年にセツヤは笑いを含めつつ共感を求めた。
可哀相な少年「そんなところです。お兄さん達もですか?」
ソースケ「肯定だ」
セツヤ「可哀相だとは思うけどね。明らかに君ほどではないなぁ」
 セツヤはそう言ってからその少年の脇においてある荷物を一瞥する。その少年はおおよそ12、13程度に見える。体の大きさも同世代の子の平均かやや小さいくらいだろう。ソースケのように特別な訓練を施しているようには見えない。明らかに普通の子だ。その子がたって1人でどう抱えてきたのか疑問に思えるほどの大きさの荷物が彼の横に立ち並んでいた。
セツヤ「よくもまぁ、これだけ持たせたね。あんまりこういうことは言いたくないけど、君の彼女さんは随分と面の皮が厚いなぁ。ソースケ君はどう? これはちょっと記録が樹立できそうな量に思えるんだけどね。カナメ嬢に持たされたこととかある?」
ソースケ「ネガティブです。チドリもかなり無茶をしますがこれほどではありません」
セツヤ「段々、君が可哀相に思えてきたぞ。何か飲むかい?」
可哀相な少年「いえ、俺お金持ってないですし」
セツヤ「そのくらいは言いだしっぺが奢るよ」
 セツヤは隣の自動販売機から適当なフルーツジュースのボタンを押して缶と取るとその少年に投げて寄越した。
可哀相な少年「あ、ありがとうございます」
セツヤ「どういたしまして少年」
可哀相な少年「あ、俺、レントンって言います」
セツヤ「これはご親切に。俺はセツヤって言います。こっちはソースケ君」
 ソースケがむすっとした表情を保ったままで軽く会釈をした。
セツヤ「レントン君か。それにしても、さっきのは君の彼女かい? 随分とまぁ年上好みなんだね」
レントン「ちっ、違いますよ!! あの人は同じ仲間ってだけで!」
セツヤ「で、その人に頼まれたか言い包められたのかい? 雰囲気的には後者のようだけれども」
レントン「え・・・・・・・・・、まぁそんなところですけど」
ソースケ「新兵が雑用をこなすのは当然かと思いますが」
セツヤ「否定はしないけれどもね、限度があるよね。過度の訓練は成長の妨げになるのと同じだよ」
ソースケ「成程、納得しました」
 男同士、使われるもの同士、かなり話はあった。元々セツヤはお喋り好き。悪く言えば口達者だ。話の盛り上げ方のコツも心得ていた。男3人が女物の洋服店で談笑していると、レントンのご主人様がこちらにやってくる。
タルホ「ねぇ、レントン君、どっちがいい?」
 これが洋服ならば文句はないだろう。しかし、先ほどセツヤがネージュとユメコに言われたことをレントンのご主人様はそのまま実演していた。下着を両手に持って純少年に語りかける。
レントン「どっ、ど、とちらでも」
タルホ「ニッヒ! ねぇー、どっち?」
レントン「いえー! どちらも甲乙つけがたく、大変素敵でその・・・・・・・・・」
タルホ「だからこっち見なさいよー」
レントン「はい。・・・・・・・・・うぁーー! 止めてくださいーー!」
タルホ「あはははは! すいませーーん、試着させてくださいーー」
 セツヤやソースケなど眼中にないようだった。レントンのご主人様が向こうに行ってしまう。セツヤは無意識にレントンの肩をポンと叩いていた。
セツヤ「予想以上に大変だな。君のお連れさんは」
ソースケ「自分にはあのような仲間はいませんでした。ですが、レントンの心境は察することができます。気を落とすな。生きてさえいれば希望はある」
レントン「はい。・・・・・・・・・はい? あ、ありがとうございます」
 こんな会話を続けていると双方ともに少し大きめの紙袋を持ったユメコとネージュが戻ってくる。
ユメコ「セツヤさん、ソースケ君、買いおわったよー 次に行こっ!」
セツヤ「ん。じゃ次に行こうかソースケ君」
ソースケ「了解です」
セツヤ「じゃあねレントン君。ちょっとだけど楽しかったよ」
ソースケ「運が良ければまた会うこともあるだろう。それまで背中に気をつけて生きることだ」
セツヤ「堅気さんに何言ってんだよ。不穏だな」
ソースケ「いえ。そんなことはありません」
ネージュ(コクコク)
 ネージュがどういう訳かソースケの言葉を強く推している。よく考えれば子の2人はよく似ているのかもしれない。幼いころからの軍事訓練。固定化された思想。非常に現実的な思考。元々はセツヤも同じなのだが、こういう場所では軟化しているのがベストだと彼は経験で学んでいる。恐らくは彼らも学んでいくのだろうが。セツヤの心境を察しているのかしないのか、ソースケは語り始める。
ソースケ「こんな話があります。自分元同僚から聞いた話ですが、パキスタンでの紛争時に・・・・・・・・・」
セツヤ「お止めなさいって、こんな場所で。ほらほら、次に行くよ。バイバイ! レントン君」
レントン「はい! それじゃあ!」
 ユメコを先頭にセツヤがネージュとソースケの肩を押して店から出て行った。レントンはセツヤの背中を見るとなんとなくだが寂しい気持ちになってしまったのだが。


 あらかたの買い物は終えた。結局、荷物持ち係りのセツヤとソースケはかなりの量の荷物を持たされることになってしまう。耐久マラソンでも音を上げないほどの兵であるはずの2人でも額に汗をにじませていた。
ユメコ「だっらしないなぁ。大の男がその程度で音を上げてちゃ♪」
ネージュ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・セツヤ、ソースケ、私も持つ」
 言葉足らずだが、ネージュがセツヤ達だけが自分達の荷物を持つことが理解できないのだろう。こう言ってきた。
ソースケ「問題ない。副長殿の言うことは最もだ」
セツヤ「いいんだよネージュ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・厚顔無恥の副長殿は持つべきだと思うけどね」
 1人は誠実に、もう1人はジョークと皮肉を交えての答えを返す。その皮肉にユメコは過剰に反応したようだった。少なくともソースケにはユメコの額に青筋が現れるのが見えた。
ユメコ「なんつったぁーー!! 厚顔無恥!? モラルハザード艦長に言われたかねーわよ!」
ソースケ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 ソースケはユメコの言葉に別な誰かを思い出したようで思わず口を結ぶ。
セツヤ「ネージュはこんな汚い言葉遣いしたらダメだぞ♪」
ネージュ「?? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかった」
ユメコ「・・・・・・・・・サイード司令に罷免嘆願書を送りつけてやる」
 冗談なのだろうが、こういう冗談に慣れていないソースケは額に汗がだらだらと流れる。最も、セツヤもユメコもこういう会話を楽しんでいるのだが。
 街から少し外れた駐車場に歩いている4人だったのだが、
(ガーーーン!!!)
 通りの向こうから轟音が聞こえた。瞬時にセツヤとネージュはほんの少しだが腰を落としソースケはホルスターから拳銃を抜いていた。
ユメコ「何々!?」
ネージュ「・・・・・・・・・セツヤ」
セツヤ「何だ? 衝突音?」
ソースケ「向こうの通りからです。セツヤさん、指示を」
セツヤ「・・・・・・・・・確認が先。ユメコ君、銃持ってきてる?」
ユメコ「はい」
セツヤ「なら、ネージュと一緒に先に車に戻っていてくれ。それで指示待ち。当直はアール君とクルツ君だったっけ?」
ユメコ「はい。マルスさんはマオさんたちの護衛任務です。ホルテちゃんは非番」
セツヤ「必要ないに越したことはないけれども、2人にエマージェンシー出して。市街戦は避けたいけれどもね」
ユメコ「了解。できるだけ荷物も守ってくださいね」
セツヤ「なら少しは持ちなよ。・・・・・・・・・ふふ、それだけ余裕があれば十分だ。ネージュを頼むよユメコ君」
ユメコ「はい」
 ユメコは荷物をできる限りもつと、ネージュをつれてセツヤに言われたとおりに車に向けて走っていく。ユメコが走り出すのを確認してからセツヤは更につむぐ。
セツヤ「よし、ソースケ君は一緒に行こう。ソースケ君、斥候頼めるかい?」
ソースケ「問題ありません」
 セツヤもホルスターから拳銃を抜いてからマガジンを抜いて弾丸の確認、銃をスライドさせて臨戦態勢を整える。
セツヤ「よし行こう!」
 そして、2人は慣れた動きで轟音の響いた方向へ向けて歩み始めた。


 セツヤとソースケがその現場にたどり着くと橙色の機体とカーキー色の機体が取っ組みあいをしていた。ただ、橙色の機体は1機、カーキー色の機体は3機。明らかに多勢に無勢だ。ソースケが一見して、その機体を言い当てる。
ソースケ「LFO。あれはターミナス606。それと、建築用をカスタマイズしたLFOか」
セツヤ「LFO? なにそれ?」
ソースケ「LFOとはLight Finding Operationの略で、一般的にトラパーと呼ばれる粒子をコンパクドライブと呼ばれる変換器で電力に変換して動く機体の総称です」
セツヤ「トラパー? リフに使う奴?」
ソースケ「肯定です。トラパーを軍事利用に転換した機動兵器と思ってくだされば。LFOの機動力はバルキリーと同等かそれ以上といわれています。塔州連合が主に採用しています。ちなみにあれはどれも軍用機ではありません」
セツヤ「民間人の所有物って事?」
ソースケ「肯定です。若者にも人気があるようですので」
 セツヤがソースケから講釈をしてもらっている間にも橙色のLFOがぶちのめされていく。普通ならばその方向に目が行くのだが、セツヤがソースケの肩をポンと叩く。
セツヤ「あれ」
 セツヤが示した方向をソースケが見る。それは見覚えのある女性が見知らぬ男に馬乗りになられていた。
ソースケ「あれは先ほどの」
セツヤ「レントン君のご主人様だね。・・・・・・・・・同時は無理だ。どっちを助ければいいと思う?」
ソースケ「LFO同士の争いを止めるほうが先決です。このままでは雪達磨式に被害が増えます」
セツヤ「だね。なら、LFOを止めよう。お嬢さんには少し辛抱してもらおう。何か策ある?」
ソースケ「我々の武装では力技での対応は無理でしょう。大規模なトラップも市街地では不可能です。陽動しかありません。乗っているのが民間人とするなら恐らく難しくはないでしょう」
セツヤ「・・・・・・・・・なら、クリサリス号と一緒でいこうか。俺が機体に取り付いて緊急レバーを引くよ」
ソースケ「了解です」
 2人は一度目を合わせてから散会する。最低限の打ち合わせでもそれなりの結果を出せる。そういう意味でもやはり2人はプロフェッショナルだった。カーキー色のLFOの後ろに回ったソースケがかなり大雑把に拳銃で発砲を開始した。
(ガン! ガン! ガン!)
 装甲が弾丸を弾く音がする。LFOのコックピットでもその音が響いたことだろう。誰からの攻撃なのか踵を返す。そしてそのタイミングをしっかりと把握したのがセツヤだった。LFOの後ろの踵に飛びつくと体操選手のようにまるで示し合わせた演技のように上っていく。セツヤが飛びついてから緊急レバーに到達する時間は数秒だった。レバーに飛びついたセツヤは強引にそれを回した。セツヤのタイミングに呼応するかのようにハッチが開く。呆気に取られているライダーにセツヤが拳銃を向ける。
LFOライダー「え゛ぇ!?」
セツヤ「動くなよ。ったく、街中でこんなバカやる奴あるか!! ゆっくりエンジンを切れ」
 顔面のまん前に銃を突きつけられているライダーは段々と青くなる。ベルトで固定もされているので俊敏な動きなどはできない。セツヤの言いなりになるしかなかった。
LFOライダー「わ、わかった! わかったから撃つな!」
 できる限りで最高の結果ではあるのだが、カーキー色のLFOは1機ではなかった。もう2機のLFOがこちらに向きを変えていた。実際問題としてセツヤもソースケも民間人の暴挙ならば1機止まれば全てが止まるのではないかと思っていた。だが、止まらなかった。
ソースケ「セツヤさん!!」
セツヤ「ヤバイ・・・・・・・・・」
 コックピットのまん前に飛びついているセツヤを攻撃すれば間違いなく仲間を道連れにする。火器を携帯していない建機のカスタマイズ機なために威力は低いのだが人間を前にしては大した意味はない。セツヤは死人が出ることを覚悟したのだが、それを止める機体がいた。
 後ろにいた機体。明らかに建機としてのLFOとは異質だ。それは素人目にもわかる。フォルムも装甲も洗練されている。白をメインとしてワインレッドのポイントカラーの機体。それが無造作にカーキー色のLFOをむんずと掴んでその圧倒的な膂力でコックピットハッチを強引にこじ開ける。もうこれだけで十分だった。そのコックピットに乗っていたライダーの表情は既に降参していた。
セツヤ「ああ、助かった。・・・・・・・・・ほら! さっさと降りろ!!」
 エンジンを切ったのを確認したセツヤはベルトをはずしたライダーの胸倉を強引に掴んでLFOから下ろす。直ぐにソースケがよってきた。
ソースケ「ご無事ですか?」
セツヤ「何とか無傷。それよりも、この男拘束しておいて。あとで地元警察に引き渡そう。それと、ユメコ君に連絡も入れてもいて貰える? エマージェンシー解除。こっち来ても良いよって」
ソースケ「了解です」
 残っていたもう1機の対処も済んだようだった。セツヤが相手をするつもりでいたのだが、そのコックピットの乗っていたであろうカジュアル風な格好をした男が連れ出されていた。・・・・・・・・・その男の顔面がひどいことになっていた。有体に言って半殺しという奴だ。顔に痣、腫れが出てきている。感情任せに殴ったあとだった。
セツヤ「うお、酷いな」
 その男の首根っこを強引に引っ張ってきた男が機嫌悪そうにこっちにやってくる。その男の横にはレントンのご主人様を連れていた。
男「ったく、また無茶したんだろ!!」
タルホ「フン!!」
男「兄ちゃん、サンキューな。ウチのメンバー助けてくれたみたいで」
 意外にも気さくな男だった。
セツヤ「いいさ。被害が少なくて済んで良かったよ。あーー、ちなみに俺もそこのお姉さんが無茶したと思うぞ?」
男「ほら見ろ!!」
タルホ「うっさいわねーー!! あんた一体何なのよ! ずっと観察してたの? ストーカー!?」
セツヤ「ひでぇ。・・・・・・・・・俺はレントン君と一緒に話をしていただけだ。互いにハネッ返りの付き合いで大変だってね」
男「違いねーな」
タルホ「うっさいって言ってんでしょー! ホランド!!」
 ホランドと呼ばれた男は頭をぽりぽりと掻きながらセツヤの前によってくる。
ホランド「ウチのメンバーが迷惑かけたみたいだな。俺はホランド。ゲッコーステイトのリーダーだ」
セツヤ「ご親切にどうも。俺はセツヤ。セツヤ・クヌギ。こっちはソースケ君。別にレントン君は迷惑かけちゃいないよ。ところで彼は? 上手く逃げたかな?」
ホランド「・・・・・・・・・レントンは・・・・・・・・・あそこだ」
 ホランドが一瞬の言葉に詰まってから動いていない橙色のLFOを指差す。
セツヤ「!! 何!? もっと早く言ってくれ!」
 セツヤは思い至ったかのように走り出す。まさか中学生くらいの少年はLFOとはいえ機動兵器に搭乗しているとは思わなかった。ホランドに答えてもらった後なので言い訳にもならないが気付くべきだったとセツヤは思う。橙色のLFOの動きはお世辞にも上手いとはいえなかった。セツヤとソースケがターミナス606によってきたときには既にレントンが助け出されていた。レントンの腕を肩に回して青い髪の毛の少女。そう少女だ。15歳前後の綺麗な子だ。別に見とれていたわけではない。だが、セツヤの動きが一瞬と止まる。その少女がセツヤには見えるのだ。口にしたいことをセツヤ強く喉に留めた。
セツヤ(違う違う。レントン君を助けたんだ。ナイアとは違う)
 唾を飲み込んでからセツヤはその少女の傍による。
セツヤ「レントン君は大丈夫?」
青髪の少女「大丈夫。気を失ってるだけみたい。頭も打ってない。・・・・・・・・・・・・・・・・・・あなた誰?」
セツヤ「俺はセツヤ・クヌギ。まぁレントン君の友人かな。大事無いなら結構だ」
ホランド「エウレカ! レントンは無事だな?」
 セツヤの後ろからやってきたホランドが叫び声をあげる。
エウレカ「うん!」
セツヤ「・・・・・・・・・エウレカちゃん?」
エウレカ「何?」
セツヤ「・・・・・・・・・答えたくなければ答えなくていい。・・・・・・・・・君は何だい? 人間じゃないだろう?」
エウレカ「・・・・・・・・・え」
ホランド「!!」
 セツヤでもなくエウレカでもなく動いたのはホランドだった。セツヤにズカズカと寄ってくるとものすごい剣幕でセツヤの胸倉を掴む。先ほどの態度とは正反対で殺し合いでもしそうな表情だ。咄嗟にソースケはホルスターに手をかけていた。
ホランド「・・・・・・・・・なんつった」
 その剣幕にセツヤは何の感慨も示さない
セツヤ「・・・・・・・・・別にお前に聞いているわけじゃない。答えるのもお前じゃない。答えなくてもいいと言っている」
ホランド「貴様はなんだ!? どうしてエウレカのことを知っている!!」
セツヤ「見えたからだ。他に理由はない。・・・・・・・・・っつーか離せ!」
 セツヤも乱暴にホランドの手を強引に引き離す。ホランドの目からは未だに怒りが込められているが別にセツヤには意味がない。
エウレカ「私は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 言葉に詰まるエウレカにセツヤはあさっての方向を見ながら淡々とそして優しく告げる。
セツヤ「・・・・・・・・・断言するが俺には偏見がない。エウレカちゃん、君はレントン君を助けた。それだけで充分だと思う。今さっき会った俺に何も話す必要はないね。でも、自分の存在が不安になるときが絶対に来る。絶対だ。そのとき君はどうする? どうしなきゃいけないと思う?」
エウレカ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ホランド「お前何を!」
 ホランドが手を伸ばしてくるがセツヤはその手首を握って言葉と行動を遮る。
セツヤ「君が変わる必要はない。求めるんじゃない。芽生えさせるんだ。それは理解から始まる。・・・・・・・・・フフ、君は良い子らしいな。レントン君によろしく言っておいてくれ」
 セツヤの言葉を一体どれだけ理解できたのだろうか。それは分からないがエウレカはこくんと頷いた。
セツヤ「ん。良し! ソースケ君、帰ろうか」
ソースケ「了解です」
 いつものような安穏な雰囲気を取り戻したセツヤにソースケも少し安心したようだった。セツヤが踵を返したところでまだ収まりのつかないホランドが声を挙げる。
ホランド「待てよ!!」
 その言葉にセツヤはめんどくさそうに振り返る。
セツヤ「・・・・・・・・・何だ?」
ホランド「答えてねーだろ!」
セツヤ「俺が何者かって奴か? 人間だよ。一介のな。・・・・・・・・・! もしかして分かってないのか? ・・・・・・・・・お前レントン君やエウレカちゃんのリーダーなんだろ? 俺が言ったことはお前があの子達に教えてあげなきゃいけないことだぞ? 彼女の存在をしっかりと認識させてやれよ。断言する。彼女は絶対に揺らぐときが来る。どういう存在でもだ。そのときどうすればいいか今から考えてやらなければ彼女は自壊するぞ?」
ホランド「お前に何が分かるってんだ!!」
セツヤ「・・・・・・・・・お前が何も分かっていないってことは分かるな。リーダーなら彼女を守ってやるのが義務だろ。お前はそれを放棄してる」
ホランド「・・・・・・・・・んだとぉ!!」
セツヤ「お前と喧嘩する暇は惜しいんでな。暇させてもらう」
ホランド「待てっつってんだろ!!」
セツヤ「ソースケ君」
 セツヤとのアイコンタクトでソースケが威嚇射撃をする。その弾丸がホランドの足元に着弾。ホランドが足を止める間にセツヤは見事なドライビングでセツヤの前にやってきたユメコの車にソースケと共に飛び乗った。
セツヤ「急いで出して」
ユメコ「了解っ!!」
 彼らは街を去っていく。別に嫌味ではないがセツヤはエウレカに手を振る。エウレカにはセツヤがどう映っただろうか。それは彼女しか知りようがないのだが。




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スーパーロボット大戦・涅槃 Index