粋狂いな人々・弐式

スーパーロボット大戦・涅槃 第参話 『魔と理』 前編


第参話 『魔と理』 前編


 まずは穏やかな空気だった。正確には穏やか風味だった。ミスリル宇宙戦隊『ティル・ナ・ノーグ』所属艦・風伯ブリッジの空気に限って言えば非常に穏やかだった。整備が報告なのかははわからないが珍しくブリッジにユゼフもいる。
セツヤ「うん、美味しい美味しい。マリアさん、日本人の俺が言うんだから大丈夫。低温でもしっかり香りが出てる。良いお茶だし、煎れ方も問題ないよ」
マリア「セツヤさんの太鼓判があれば大丈夫ですね。お客様ように少し残しておくことにします」
セツヤ「たまには俺たちにも振舞ってよ?」
マリア「勿論です」
 所謂KYというやつになるのだろうか。完全に無視をして会話を進める。いったい何を無視していたのかというとそれは目の前にモニターに映っていた。可憐な少女だ。それは間違いない。眉が釣りあがり、眉間をヒクヒク言わせていて、隣の副官が渋い顔をしていなければ言うことなどはなかっただろう。
テッサ『もういいですか?』
セツヤ「? 何がです?」
 悪びれることなど微塵もない。階級に絶対に比例しないこの態度は明らかに隣で直立不動の姿勢でいるジャスの神経を逆撫でしている。
テッサ『カーペンター大尉、私の勘違いかしら? これは双方の艦長の直接的な会議ですよね?』
ジャス「肯定であります」
テッサ『なら聞きましょうか、あえて他部隊の矜持を阻害するつもりは微塵もありませんが、風伯では会議の際にお茶を飲みながら発言者の腰を折るのが通例なのかしら?』
ジャス「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それは・・・・・・・・・少なくとも艦長に限っては・・・・・・・・・肯定であります」
 段々声が小さくなる。もう、どこに魂が入っているのかわからなくなるような感覚にジャスは見舞われた。だが、そこに追い討ちをかける。
セツヤ「いいじゃないですか。お茶くらい」
ジャス「か、かか、か、艦長、なぜあなたは・・・・・・・・・自分の心労を少しは・・・・・・・・・」
 ここまできて、テッサもマデューカスもジャスの苦労の何十分の一かを理解するに至ってしまう。セツヤ・クヌギとはこういう人間なのだろう。軍規というものは系を統制する上でとても有用なものだ。だが、セツヤには必要がない。彼は人望と実力でそれを完全に不要なものにしてしまう。テッサはクルツたちからセツヤの戦闘力の高さを伺っていたし、実際にそれを目の当たりにしている。セツヤの部下は彼を心底尊敬し、尊敬した上で上官としてではなく、人として彼を敬っているのだろう。ある意味、風伯のクルーは軍人よりも連携の取れた海賊に近い。これが彼女の風伯を見ての心象だ。しかし、それでも不快な念はない。
テッサ『もういいです。真面目にやろうとした私がバカらしくなってきました。カーペンター大尉、噂以上の人物のようですね』
ジャス「申し訳ありません」
 軍人としてもうどうして良いかわからないジャスは謝るしかないのだが。
セツヤ「?? 何故に謝る?」
ジャス「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あとでお説教です」
セツヤ「????? 何で説教?」
 これはもうほとんどコントだった。あまりの不毛な時間の経過にテッサが体をモニターに向けて乗り出す。
テッサ『クヌギ艦長!!』
 セツヤがビクッとさせてから返事をする。
セツヤ「はいー!」
テッサ『答えてもらいます!』
セツヤ「何でしょう?」
テッサ『第一に、あなたが連れ出した暗殺者の少女のことです! 彼女は陣代高校に侵入してたことからアマルガムとの密接な関係があると思われます。今作戦は我々の主導であることは間違いありませんので、風伯ではなく我々に尋問する権利があると思われます。よって、引渡しを要請します』
 淡々と最小限の単語でテッサはセツヤに用件を伝えた。しかし、セツヤは一拍、考えるそぶりを見せてからしっかりとした口調で答える。さすがにこのときだけは風伯クルーは静かにしていた。
セツヤ「お断りします。彼女は渡せません」
テッサ『理由を聞かせてください』
セツヤ「彼女が特殊だからです。あなた方、たとえSRTに24時間体制で護衛させたとしても彼女は救えません。そして、あの子は通常の尋問のやり方では何も喋らないし、答えません。これは保障ができる」
テッサ『? どういう意味です?』
セツヤ「言葉の通りです。あの子・・・・・・・・・報告書を読む限り、ネージュという名前らしいですが、彼女、ネージュはそういう訓練を受けています。・・・・・・・・・エーデちゃん、テスタロッサ艦長にネージュの診断書を送信して」
エーデ「了解」
 すぐにテッサは風伯から送信された診断書を一見する。そして、その数値と備考に記された言葉に目を見張る。
テッサ『・・・・・・・・・これは・・・・・・・・・』
セツヤ「彼女は歯、骨、筋肉と様々な場所に針、毒などを仕込んでいます。全14箇所。これが何の為かわかりますか?」
テッサ『・・・・・・・・・自殺するためですね』
セツヤ「ご名答。彼女は捕まれば自殺しなければいけないと教え込まれています。ウチの医療班総がかりでもこの半分しか見つかりませんでした」
テッサ『半分? では残りは』
セツヤ「俺が見つけました。・・・・・・・・・嫌でしたが、彼女の体中をまさぐってどうにかね。しかし、それでもまだあなた方には任せられない。お分かりですね?」
テッサ『・・・・・・・・・確かに、そこまで自殺を強要する教育を施されているなら尋問はおろか、』
セツヤ「お分かり頂けて嬉しいです。時間は必要です。ですが、俺ならば彼女を人間に戻せますから」
 あまりに自信たっぷりな言葉にテッサは本心を彼にぶつける。
テッサ『大した自信ですね。・・・・・・・・・何故クヌギ艦長なら彼女を救えるのですか?』
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺が、彼女と同じだったからですよ」
 珍しい話ではない。戦争屋で同部隊の出身者がいる。それ自体は大した問題ではない。だが、テッサは調べていたのだ。セツヤの経歴をだ。だが、彼女は短時間ではあるが情報部に根回しをしてまでしたのだが、碌な事がわからなかった。それ以前に彼の経歴には軍歴というものが一切ない。どこかの特殊部隊に所属していたとしても情報部が調べてまったくそれが露出しないということは考えられなかった。
テッサ『それはセツヤさんと彼女は同部隊の出身ということですか?』
セツヤ「そう思ってもらって構いませんよ」
テッサ『それはなんという部隊です?』
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・部隊名はありません。表に露呈したことはありませんから。・・・・・・・・・失礼ですが、そこにカリーニン少佐はいますか?」
テッサ『いますよ。・・・・・・・・・少佐』
カリーニン「はっ」
 恐らくセツヤとテッサの話を客観的に聞いていたのだろう。長身白髪のロシア人が出てきた。そのカリーニン少佐をセツヤは少しだけ、本当に少しだけ目を細くしてみる。
セツヤ「本当は違うんですが、まぁ便宜上、はじめまして。アンドレイ・セルゲイビッチ・カリーニン少佐」
カリーニン『お会いできて光栄です大佐殿』
 直立不動。ジャスは心の中で軍人とはこうあるべきだと思っているだろう。
セツヤ「実を言うと、俺は戦場で少佐に会ったことがあるんです。覚えておられますか?」
 セツヤに言われてカリーニンはしばしの間、セツヤの表情と己の記憶との照合時間に入る。だが、
カリーニン『申し訳ありません大佐殿。失念しているようです』
セツヤ「・・・・・・・・・でしょうね。・・・・・・・・・あの戦いは忘れたほうがいい。ですが、思い出して頂く。・・・・・・・・・第4次リストバニア紛争のことです」
 それだけの言葉だった。カリーニンは目を見開く。彼の表情はめったに変わらない。それだけにテッサもマデューカスも驚きだった。
カリーニン『!・・・・・・・・・・・・・・・・・・では、大佐殿はあの紛争に・・・・・・・・・』
セツヤ「はい。・・・・・・・・・思い出しましたか? あんたの兵士の運用、戦略、どれも着実で見事でしたよ。あの場にあなたとラウさんがいなければ連合は間違いなく瓦解していたでしょうね」
カリーニン『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
 カリーニンの沈黙、そして、額に汗が浮かぶ。歴戦の戦士であることは間違いのない彼の脂汗だ。それがどういう意味なのかは徐にはあるが理解できた。
テッサ『思い出話はいいですか?』
セツヤ「失礼。もう十分です」
テッサ『それで、あなたの部隊名については教えていただけるんですか?』
セツヤ「繰り返しますが。部隊名がないのは本当です。・・・・・・・・・ですが、通称はあります。・・・・・・・・・蛍です」
テッサ『蛍・・・・・・・・・ですか? そんな名前は』
カリーニン『大佐殿・・・・・・・・・』
 カリーニンの言葉はテッサに向けての忠告だった。これ以上掘り下げるべきではないという意味を込めたものだ。
カリーニン『クヌギ大佐殿の実力の保障は自分がします。確かに今の彼ならば・・・・・・・・・問題はないかと』
 テッサはカリーニンの言葉と表情を確認してから小さくうなずく。
テッサ『・・・・・・・・・わかりました。彼女の件はクヌギ艦長にお任せします』
セツヤ「恐縮です」
テッサ『もう1つの議題、正確には命令ですがミスリルの総意としてサイード少将から指令を預かっています』
 予想外だった。これは間違いない。セツヤの表情のみならず、クルー全員の表情が変わる。
セツヤ「なんですと? なぜテスタロッサ大佐から」
テッサ『私もはじめはよく理解できませんでしたが、今、クヌギ艦長の性格を一見した今ならば理解できます。・・・・・・・・・読み上げます。『戦艦風伯は一時的な措置として防衛範囲を太平洋に変換、限定。ミスリル西太平洋戦隊トゥアハー・デ・ダナンと共に戦火の鎮静に当たれ』とのことです』
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・無理です!」
 いきなりの命令拒否だった。しかも言い切る。ジャスの目にはまたしてもテッサの眉間の血管が浮き出たような気がした。
テッサ『そう言うだろうとサイード司令は仰っていました。俄かには信じられませんでしたが。・・・・・・・・・とりあえず理由を聞いてもいいですか?』
 碌な答えが返ってこないかもしれないとテッサは考えたがセツヤの答えは意外にしっかりしたものだった。
セツヤ「俺たちはあくまで宇宙戦隊です。風伯は確かに汎用戦艦ですが、陸上での任務は不可能です。人がいません。白兵戦をやるには最低1小隊の陸戦に特化した兵士が必要ですがウチにはそれがいません。必要だとも思っていませんでした。当然こういう事態もね。サイード司令もそれはご存知だろうに」
 意外にもセツヤはしっかりと物事を考えた上での結論だったようだ。ジャスもユメコも横で頷く。客観的に見てもそうなのだろう。
テッサ『はい。サイード司令もそれも理解しておられましたよ。ですので、ダナンから風伯に1小隊お貸しします』
 今度はセツヤの目元がピクッと痙攣する。それだけでセツヤにはテッサのやり手振りと思考の深さが理解できてしまった。
セツヤ「・・・・・・・・・やってくれましたね。いや、これはサイード司令の企みなんでしょうか? ・・・・・・・・・いやはや成程成程。確かにそれなら俺が指令を拒む口実は消えますし、クルツ君を引き抜くという話も有耶無耶にできます。それに・・・・・・・・・先を見越して寄越す部隊に空戦の訓練を風伯に受けさせれば、長い目で見てそちらにメリット尽くめだ」
 テッサにはセツヤのこの言動は少し意外だった。セツヤはあくまで現場出身、論理ではなく直感で動く人間だと思っていた。そのための優秀な副官が脇を固めているのだと思っていたのだが。彼自身、こういった策略を見抜く目を持っていた。
テッサ『その通りです。・・・・・・・・・命令拒否はしませんね。後ほど正式な指令書が来るでしょう。あと、こちらからはマオ少尉、ウェーバー軍曹、サガラ軍曹の3人とガーンズバック2機、アーバレスト1機をお貸しします。異議はありませんね?』
セツヤ「・・・・・・・・・消極的ではありますが、・・・・・・・・・はい」
 殊勝にセツヤは小さく返事をした。
テッサ『細かな指示は指令書に記載されていますが、大まかな内容は我々ダナンに協力し、共に各地の紛争に介入するということになります。今現在、我々が担当するべき場所は5箇所です。日本の東京、舞浜、オーストラリア、ロシア南西部、アメリカのアーカムシティです』
セツヤ「アーカムシティ? あそこに我々が介入するんですか? あそこは覇道財閥のテリトリーだと思っていましたが?」
テッサ『確かにそうです。ですが、最も我々ミスリルを理解し、スポンサーとしてよい関係を成り立たたせていた覇道財閥からの救援要請がありました。これを無視するわけにはいきません。もっと言えば、シベリア鉄道、倫敦IMAに狙われているヤーパンの天井、堕天翅族との交戦を開始した地球連邦日本支部と地球再生機構DEAVA、その交戦時に羅螺軍が地球連邦に宣戦布告、戦闘行動を開始しました。これはパワーバランスが一気に崩れます。それに、最も憂慮するべき存在であるガルズオルムが行動を活発にしています。各地のセレブラントが抵抗をしていますが旗色は決して良くはありません。・・・・・・・・・更に、これは極秘情報ですが恐らくクヌギ艦長の耳にも入るでしょう。オーストラリアでセブンスウェル現象が確認されています。州連合からの情報なので真偽のほどは定かではありませんが、ミスリル上層部はこの事態も憂慮すべきだと考えているようです』
セツヤ「多い。単純に宇宙に帰りたくなってきた」
テッサ『そんなことはさせません。サイード司令からはクヌギ艦長を馬車馬のように働かせろといわれています』
セツヤ「・・・・・・・・・あんの昼行灯め!」
 ここでちょっと蛇足だが、イブン・サイード少将について記載する。彼はスラブ系のアメリカ人で元空挺部隊に所属していた。その後参謀部に栄転。そこでも異才を発揮し数多の戦場でその知将ぶりで知られている。人間的にも優れた人物でいくつもの優秀な部隊にパイプラインを持ち、常に達観している。ジャスなどからすれば彼の元で働けるということは幸せ極まることなのだ。勿論ジャスだけではない。テッサを筆頭にマデューカス、カリーニンも同様だった。そんな人物に悪態をつく人物など世界広しと言えどもこの男だけだろう。
テッサ(考えられないわ。あのサイード司令に悪態を付くなんて)
 そんなことをテッサは思ってしまった。恐らくはセツヤを多少なりとも幻滅すらしたかもしれない。しかし、そんなテッサの心情を察してかしてずしてか言葉を続ける。
セツヤ「いいように使ってくれる。・・・・・・・・・しかし、まぁいいか。・・・・・・・・・司令の言うこと聞かないと後でとんでもないことになるからな。たぶん、俺が命令拒否するともっとひどいことになるんだろうし・・・・・・・・・はぁ、やるか」
 なんてことをセツヤは言う。だが、テッサが見ていたのはもっと別のものだった。セツヤの後ろに映る彼の部下たちだ。普通ならセツヤの言葉に反論してもまったく不思議ではないのだが全員が笑っている。ジャスですら笑ってこそいないが、ため息混じりに『仕方がない人だな』といった表情をしている。これをみてテッサは分かってしまった。サイード司令もセツヤのこの性格を熟知している。勿論、彼の部下たちもだ。その上でもセツヤはしっかり行動で示すのだ。クリサリス号で信じられない立ち回りをしたように。どんなに口では悪態をついてもそれはセツヤがサイードを敬愛していることの裏付けでもあった。
セツヤ「それで? 俺たちはどこに行けばいいんですか? 選ばせてもらえるとか?」
テッサ『私としては風伯にはアーカムシティへ行って貰いたいと思っています。覇道財閥からの救援は大至急ということでしたので、ダナンではどうしても時間が掛かってしまいます。そこからオーストラリアでの州連合の情報を検分後、日本に戻ってきて貰えるのがベストの行動だと考えます。我々はその間にロシアへ行ってヤーパンの天井の救援行動を行います』
セツヤ「わかりました。テスタロッサ艦長がそう言うならそうなんでしょう。・・・・・・・・・では、これより戦艦風伯は覇道財閥救援のためアメリカアーカムシティへの出発準備に掛かります」
 セツヤの真面目な言葉をテッサは始めて聞いた気がした。これは面白いほどに似合っていないので、下手をすれば笑ってしまいそうだったのは内緒だ。
テッサ『・・・・・・・・・結構。私たちの用件は以上です。手筈は後程。・・・・・・・・・・・・・・・・・・それと、これは私個人、テレサ・テスタロッサとしての言葉です』
セツヤ「ん? 何でしょうか?」
テッサ『パシフィック・クリサリス号であなたの指揮と行動がなければ我々の作戦は総崩れになってしまっていたかもしれません。それに、何よりもあなたは私や陣代高校の生徒を守るために私の部下と共に救ってくれた。これには感謝の意を感じずにはいられません。・・・・・・・・・ありがとう』
 先ほどのセツヤの直立不動の体勢よりも今のセツヤのポケットに手を突っ込みニッカと笑った彼の顔のほうがよっぽど魅力的だった。少なくともテッサそう思ってしまう。そして、セツヤはこういった。
セツヤ「喜んでもらえて何よりだ。・・・・・・・・・どう致しまして、テッサ♪」
 大佐同士、別に礼儀知らずというわけではないだろう。だが、ヤンの話ではセツヤは常時こうだという。部下の前でもどこでもだ。それは彼なりの処世術なのだとテッサは思っていたがそれは違うことに気付かされた。彼は軍人ではなく人なのだ。人が軍服を着ているだけなのだろう。軍人としては明らかに規格外ではあるがどうにもテッサはセツヤに人間として好感を抱かずにはいられなかった。咄嗟に彼女もこう返してしまう。
テッサ『はい! セツヤさん』
 セツヤはそう呼ばれ、少し驚いた表情を見せてから再びニッカと笑う。


 風伯の出発準備はほとんどダナンからの陸戦チーム待ちの状態だった。もとより宇宙航行を念頭に作られた部隊だ。一度や二度の戦闘で物資が切れることはない。そういう意味で風伯は非常に燃費のいい船だった。
マリア「セツヤさん、ダナンからの輸送機離陸しました。『幸運を祈る』とのことです」
セツヤ「やっとだな。エーデ君、艦内通信。風伯発進準備。発進シークエンスを各選任で部分的にカット。緊急ではないけれども必要最小限。必要以上に時間を食っちゃったからね。マリアさん、覇道財閥との通信ラインを確保。向こうの状況を確認後常に変化がわかるようにして。ジャス君は覇道の状況を検分、俺たちの行動のプランを大至急練って」
エーデ・マリア・ジャス「了解」
セツヤ「ユージーン君、アーカムシティまでの予定到着時間は?」
ユージーン「今から2時間後、19:45グリニッジ天文時間になります」
セツヤ「そこまでの操艦はユメコ君に任せる。急ぎつつ安全に。俺はユゼフさんとエフレム先生に用があるから。1時間で戻る」
ユメコ「了解」
 そういうと、セツヤはブリッジを後にする。しかしながら、ユメコもこの場所にいたのだ。申し送りなど一切必要ない。
マリア「各選任からの通達揃いました。全シークエンス最小チェックにて終了。副長、発進準備完了です」
ユメコ「急ぐよ! でも安全に! 機関始動! ジュリアさん、風伯発進!」
ジュリア「風伯発進します!」
 大きな揺れが風伯内で起こる。
 その揺れを物ともせずにセツヤは前部の格納庫兼工作庫へと向かう。悪いがここからは時間との勝負だった。できることは極力部下に任せなくてはいけない。格納庫ではダナンから借り受けたSRT要員の3人がSTT要員と共に談笑していた。その内の金髪優男のクルツ・ウェーバーと無口、無表情のサガラ・ソースケはセツヤも知ってはいたのだが、もう1人知らない人がいた。黒髪のセミロングで切れ目の美人だった。発進とほぼ同時にセツヤが格納庫に来たためにどこの部署の人間だと勘ぐっていたのかもしれない。だが、セツヤを見つけるとやはりクルツがよってきた。
クルツ「セツヤさん!!」
マオ「!!?」
セツヤ「クルツ君、ごめんよー。テッサの用意周到な罠に引っかかったー。うう・・・・・・・・・君を引き抜けなかった・・・・・・・・・」
クルツ「マジで!? マジでそこまでしてくれたのかよ。おお、感動モンだぜ? マオ姉さんもセツヤさんとの約束全然信じてくれねーしさぁ」
セツヤ「本当ごめん。代わりといっちゃ何だけど必要経費だけは弾むから」
クルツ「やべ、俺不覚にも嬉しくって涙出そう」
 なんて会話をする。話に割って入れないほどに熱中した会話にマオはクルツの尻に膝を蹴り上げてから敬礼をする。
マオ「西太平洋部隊トゥアハー・デ・ダナンより着任したしました。メリッサ・マオ少尉以下、クルツ・ウェーバー軍曹、ソウスケ・サガラ軍曹です。よろしくお願いいたします」
 突然にマオの声が格納庫に響き渡る。いったいどこから声を出しているのだろうかと思えるほどにだ。だが、セツヤはその声をまるで受け流すかのように穏やかに答える。
セツヤ「はい。よろしくです。俺が風伯艦長のセツヤ・クヌギです。礼儀正しいのは結構ですが、俺は堅苦しいのが嫌いなので、俺はあなたをマオさんと呼ばせてもらいます。できれば、公私関わらずにマオさんもセツヤと呼んでくれたら嬉しいです」
マオ「は、はぁ」
 どうにも肩透かしを食らったような表情になるマオだ。だが、セツヤはあまり気にしない。大体の人間にこう言及すれば似たような反応をすることはセツヤは知っているからだ。時間が解決してくれる問題を気にしてもいられない。そんなことより、セツヤはソースケにも手を振る。
セツヤ「昨日は大活躍だったねソースケ君」
ソースケ「いえ」
 謙虚な答えが返ってくる。だが、実はセツヤはソースケには好感を持っていた。最も、彼が好感を持たない人間のほうが非常に少ないのだが。そんなことを考えているとソースケが手紙をセツヤに受け取ってくれといわんばかりに渡そうとする。どう見ても社会人が使うような代物ではない。どううがってみても可愛らしいと形容するのがぴったりの花柄の封筒だった。
セツヤ「ん?? なにこれ?」
ソースケ「手紙です。セツヤさんに渡してくれと頼まれました」
セツヤ「誰から?」
ソースケ「チドリからです。恐らく謝罪文です」
セツヤ「謝罪? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・あー! はいはい! あれね! んーー、なら貰おうかな。でもさ、ソースケ君、カナメ嬢に謝られる筋合いないんだよね。彼女に会った時に言っておいて貰える?」
ソースケ「了解です」
セツヤ「えっとね、『君はまったく悪くない。俺は説明もせずに女の子をブン投げたんだ。殴られて当たり前、刺されたって文句は言えない。だから、君の目の前に同じことをする男がいたら迷わず殴れ』・・・・・・・・・こんな感じかな? 覚えた?」
ソースケ「・・・・・・・・・肯定です」
 どこかドンヨリとしてソウスケが答える。その表情をセツヤは敏感に感じ取ることができた。
セツヤ「どうしたよ? 俺、何か変な事言った?」
ソースケ「いえ、セツヤさんの今の伝言でチドリが助長したら自分にはもう手がつけられないと・・・・・・・・・」
 セツヤはその発言がどういうわけかセツヤは嬉しかった。
セツヤ「・・・・・・・・・ハハハハ、そうかいそうかい! 手がつけられないか! それは可哀相に! がんばれよソースケ君! 同郷の好で俺だったらいつでも力になるよ!」
 そう言ってソースケの背中をバンバンとたたく。セツヤは明らかに嬉しそうだった。それはこの様子を見ていたSTT要員も違わない思いで見ていただろう。だが、セツヤの心中は一部を除いて彼のみが知ることなのだが。
 自己紹介が概ね終了したところで、セツヤは真面目な話に入る。SRT部隊とSTT部隊、更には整備長のユゼフ・ヴェルトフを並べてセツヤは告げる。
セツヤ「自室も案内してない内で恐縮だけれども、今現在、風伯はアメリカ・アーカムシティに向かってる。覇道財閥からの救援要請を受けてのことだから。恐らく3時間以内に戦闘行動に入ると思う。正直に言えばダナンのSRT部隊の参加で風伯の戦闘行動の幅は非常に広がったといえる。・・・・・・・・・ユゼフさん、アーバレスト、ガーンズバックの用意にどのくらい時間が掛かる?」
ユゼフ「全部を風伯に最適化ってことになると5時間は掛かるな。設定やらなにやら、パイロットが熟知しているにしてもだ。だが、そうさな、どれか1機だけなら総員であたって2時間以内に仕上げれると思うがな」
セツヤ「よし、なら整備班は全力でアーバレストの用意を。ソースケ君はこの場で整備班の注文に答えて。その後、アーバレストに搭乗して命令あるまで待機。STT要員は全員エルシュナイデに待機。マオさんとクルツ君は俺と一緒に覇道の基地に直接赴くよ。白兵戦装備でね。油断もなしだ。あの覇道財閥からの救難要請だから。どんな連中が襲っているのか、俺にもちょっと想像できない。・・・・・・・・・切迫しろ。気を引き締めろ。俺たちの赴く場所は地獄だぞ」
総員「「「「「了解!」」」」」
 最後だけかなり重苦しく述べたセツヤだったがそれは杞憂だったようだ。全員の目がセツヤに信頼と言う意思を告げていた。それにセツヤは十分満足する。
セツヤ「おし! じゃあ、ここからが踏ん張りどころだ。STT、SRT、整備班よろしく頼むぞ!!」
 セツヤは格納庫を後にする。覇道の救援の前に、戦力の確認の前に、もう1つ彼にはすべきことがあった。


 1人の男性がいた。長身のおじ様といった雰囲気だ。主役というよりは主役を補佐する役が似合うといった著とおっとりした雰囲気が感じられる。だが、そんなおっとりした彼の雰囲気をまるで打ち消すかのような場所に彼はいた。そこにあるのは鉄格子と電気椅子にも似た拘束椅子。そこに縛り付けられているのはクリサリス号でセツヤが拘束した女の子だった。
 彼女に脳波、心電図、脈拍、心音といったいくつもの機器につなげられている。そんな彼女をその男性は悲しそうな表情で見ていたのだが。そんな場所、恐らくは営巣に医療機器を運んだのだろう。そこにセツヤが顔を出す。
セツヤ「エフレム先生、そろそろ時間だろ?」
 セツヤにエフレムと呼ばれた男性は振り返ってセツヤを見る。
エフレム「艦長。ああ、あなたの計算ではあと15分ほどだ。だが、医者として俄かには信じられない。人が人であるために個性というものは絶対的に保持しているものだ。投薬の量で昏睡時間を計算するなど不可能だ」
セツヤ「なら、本当に彼女が目を覚ましたなら同情してあげてください。彼女はそんな地獄のような訓練をずっと当たり前にこなして来たんです」
エフレム「そうなのか。・・・・・・・・・ならば今だけは艦長の言葉が外れる事を祈ることにしよう」
セツヤ「違いない」
 それから約15分後だった。彼女の脳波に一瞬、ほんの一瞬だが乱れが生じる。エフレムこそ大して気にはしなかったが、それを見逃さないのがセツヤだった。セツヤが椅子から立ち上がると牢屋の中に入り、少女の前に立つ。
セツヤ「起きただろ? 別に取って食いやしない」
少女「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 少女は反応を示さない。だが、セツヤは無視して続ける。
セツヤ「・・・・・・・・・まぁそれが当たり前な反応だ。だが、君の脳波の変化は確認している。君がリロイ・ファトラムの教えを受けているのなら間違いなく起きている。そして、それを俺は知っている。その沈黙は無意味だから起きてくれ」
 観念したのかセツヤ同様に無意味と思ったのか銀髪の少女はゆっくりと瞼を上げた。
少女「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 少女が目を覚ましたことを確認したセツヤは牢屋の前からパイプ椅子を持ってきて少女の前に座る。
セツヤ「目覚めの気分は・・・・・・・・・まぁ、悪いだろうね。けど、我慢してね」
少女「・・・・・・・・・・・・・・・・・・私をどうするつもりだ?」
 ようやくエフレムは彼女の声を聞いた。
セツヤ「君を自由にする」
少女「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何でも話す。だから、拘束を解いてくれ」
セツヤ「はぁー、別に構わないけどさ、だって君自殺する気でしょ? リロイの仕込んだ部下にしては考えの張巡らせ方が下手だな。・・・・・・・・・俺が今ここにいる。君を牢屋の中で拘束している。これだけの要素があれば分かるだろう? 俺は君等のやり方を知っている」
少女「・・・・・・・・・・・・・・・・・・!! まさか!」
セツヤ「自殺用具なら全部取ったよ」
少女「12すべてを・・・・・・・・・か!?」
セツヤ「その手には乗らない。君の体の中にあったのは全部で14だ。これには骨が折れたね。断言できる。もうない」
少女「! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 少女の表情をセツヤは理解できた。エフレムにはほとんど変化が見えなかったがその表情の微妙な動きをセツヤは驚愕、確認、思考とそういう順番に動いているのを感じた。そして、少女はセツヤを見る。その意味をセツヤは正確に感じ取る。
セツヤ「俺の目的かい? 言ったろ? 君を自由にする。リロイ・ファトラムから」
少女「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・無理だ」
 セツヤは立ち上がって少女の顔を覗き込む。まるで精神を検分するかのようにだ。しかし、その検分に負の印象は少なくともエフレムは一切感じたりはしなかった。
セツヤ「考えたことないかい? 自由って」
少女「あるわけがない」
セツヤ「本当に?」
少女「本当だ」
セツヤ「嘘だね。殺しと殺しの技術を磨く日々。楽しかったかい? 嬉しかったかい? 満足したかい? これからも続けたいと思ったかい? 思わないだろう? 楽しいわけがないよ。君は取り戻せるよ。・・・・・・・・・俺が取り戻してあげるから」
少女「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
セツヤ「名前教えてよ」
少女「?」
セツヤ「あるだろう? 本名は知らなくてもコードネームみたいなものが。とりあえずはそれでいいからさ。ああ! 俺の名前知らなかったっけ? 俺はセツヤ・クヌギ。覚えたかな? セツヤって呼んでね」
少女「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 少女の頭をセツヤは両手で優しく掴んでから真剣な目と表情で言う。
セツヤ「けどね、いろいろ喋ったけど、俺が君にお願いすることは1つだけだ。自殺だけは止めてくれ。それだけでいい。それだけ守ってくれれば君は俺が生かす。絶対に守る。君からは情報なんて聞き出そうとはしない。約束するから。・・・・・・・・・絶対に死なないでくれ」
 これだけだった。もう何も言わなかった。セツヤは律儀にパイプ椅子を片付けてから悲しそうに鉄格子の錠を己で取り付けてから囁く様に語る。
セツヤ「またすぐに来るよ。今日の晩、食事を一緒に取ろう」
 背中を向けたセツヤに少女ははじめて自発的に声を出した。
少女「・・・・・・・・・ネージュ」
 セツヤが驚いて振り返る。
セツヤ「それが君の名前か?」
 ネージュ、そう名乗った。ネージュはセツヤの確認に頷いて返す。
セツヤ「ネージュ、ネージュか。・・・・・・・・・わかったよネージュ、もっと話をしよう。いろいろ話す」
 ネージュはセツヤの言葉を理解したのかすらエフレムには分からなかったがセツヤには聞こえていたのだろう。彼女の声が。営巣をエフレムと共に出たセツヤは別口に話を始める。
セツヤ「後をお願いします。エフレム先生」
エフレム「いえ、私はあなたの言いつけ通りに行動しているだけです。何より、あなたがいなければ私は彼女をただの牢屋に閉じ込めて、自殺されて終わりだったでしょう」
セツヤ「先生が悲観することはない。彼女・・・・・・・・・ネージュはそういう地獄を生きてきたんです。地獄の流儀を徹底的に教え込まれました。あそこの流儀は我々の理解を超えています。先生は忘れないでくれればいいんです。あそこには温もりを知らない女の子がいることをね」
エフレム「お聞きしてもよろしいか艦長?」
セツヤ「? どうぞ」
エフレム「貴方は彼女、ネージュの知る地獄を何故知っているのですか?」
 確信的な質問であることは間違いないだろう。セツヤは少し目を細める。
セツヤ「俺も地獄の住人だ、と言ったら信じますか?」
エフレム「いえ、信じません。あなたが地獄の住人であるはずがない。地獄の住人だったが正確な表現なのでしょう? ですが、それだけです。私にとって間違いなくあなたは最高の艦長であり、人格者だと思っています。だからあなたについてきたんです。幻滅などするはずもない」
セツヤ「おう。恥ずかしいセリフを惜しげもなく。・・・・・・・・・・・・・・・・・・でも、ありがと先生」
エフレム「いえ。・・・・・・・・・もう1つお聞きしますが、あなたは報告書で彼女、ネージュの名前を知っていたはずですが・・・・・・・・・」
セツヤ「知ってましたよ。でも、彼女が自分で自分の名前を告げる必要があったんですよ。決してはずせないファーストステップなんですよ」
エフレム「そうですか。・・・・・・・・・逐一答えていただいてありがとうございます艦長」
セツヤ「礼なんていりません。それよりも先生、あまり俺に敬語は使わないでくださいって」
エフレム「ご冗談を。私は目上の人間を粗末に扱うような教育は受けていません。それに、私はこの船でもヴェルトフ整備長に続いて年を取っていますから。今更ながらにやり方などは変えられません」
セツヤ「しょうがないなぁー。・・・・・・・・・でも、信用しています。もうしばらくは先生に負担を強いると思いますけどすいませんが耐えてください。ネージュが営巣から出せるようになればクルー全員に俺から説明しますから」
エフレム「了解しました艦長」
セツヤ「頼みます」
 セツヤは少しばかり憂慮を含んだ表情を営巣に向けてからこの場所を後にした。


 アメリカ・アーカムシティ。世界屈指の財閥である覇道の総本山がある場所だ。しかしながら、アーカムシティに建造されている大規模な覇道の地下基地の機能の大半は既に失われている状況だった。それは、セツヤがブリッジに戻ってきたと同時に伝えられた情報だ。監視衛星を含めた各種通信網から入ってくる情報からジャスとマリアが出した見解だった。まず間違いないだろう。幾つもの衛星からの拡大映像をセツヤは見ながら眉間にしわを寄せる。
セツヤ「ジャス君、客観的に見て覇道財閥の防衛網ってこんな短時間に崩されるほどにザル?」
ジャス「いいえ。覇道の装備、私兵の数、その練度とどれをとっても通常の兵士の水準を超えます。地下基地の兵装も詳しくは知りませんが恐らくは重要拠点レベル。数時間という短時間での攻略は不可能とは思いませんが、空爆による援護を伴った上での数個師団の制圧が必須だと思います」
セツヤ「でも、現実はこれか。兵士はほぼ確認できない・・・・・・・・・とするならば本当に少数精鋭でってことになるかな?」
ユメコ「セツヤさん、無理だよ。どんなに少数精鋭だって千単位の兵士さんを相手にするには」
セツヤ「いやー、できると思うな。少なくとも俺ならできるよ」
ジャス「!? できるんですか?」
セツヤ「たぶんね。まぁ、しないけどさ。・・・・・・・・・でも、とするならさっさと行かないと社長さん死んじゃうな。エーデ君、要救助者リストをあげて、俺の情報端末に転送しておいてー。さっき話したからSTTとソースケ君に機体で待機してもらうように頼んどいたからいざとなったら援護させて。俺はマオさんとクルツ君を連れて地下基地に入る」
ジャス「また艦長自ら基地に入られるつもりなんですか?」
セツヤ「当然」
ジャス「・・・・・・・・・はぁ、わかりました。戦闘総指揮は自分がとります。艦長はくれぐれもお気をつけて」
セツヤ「はーい。じゃ行ってくる。ユメコ君、ジャス君の言うこと聞くんだよ?」
ユメコ「セ、セセ、セツヤさんに言われた!? セツヤさんだけには言われたくなかったのに」
セツヤ「俺だけには!? どういう意味だ」
ユメコ「言葉通りに決まってんでしょうがーー!! 日頃あれだけ参謀の言うこと聞かないのに!?」
セツヤ「・・・・・・・・・だって、ユメコ君変わってんじゃん?」
ユメコ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だから、だからぁーー、セツヤさんにだけは言われたくないって言ってんだろうがぁぁぁぁアーー!」
 半ギレのユメコを半笑いでセツヤはブリッジを後にした。もとい、逃げ出した。


 そこは火の海だった。立ちふさがるものは細切れ、良くても八つ裂き。数百、数千の死体の中を歩いてくる影が三つあった。
ティトゥス「下らん」
ヒョウエ「同感だ。骨も何もない。意味もない」
 サムライが2人いた。1人は二振りの日本刀を携えたサムライ。もう1人は上背はないがそれでも刀を背負ったサムライだ。そんな男たちの中にもう1人、長身の笑いの仮面をかぶった異形の者がいる。
ティベリウス「あーら、久々に好き放題あそべるじゃなーい。もっと楽しまなきゃ損よ♪」
ヒョウエ「弱者を斬ってなんになる。マスターテリオンに頼まれなければこのような場所には来なかった」
ティトゥス「お主の趣味に付き合うつもりはない」
ティベリウス「そう、ならここから先は別行動と行きましょうか?」
ヒョウエ「いけ好かないが、俺は貴様と行こうかティベリウス」
ティベリウス「あーら? あなた私のようなのがタイプ?」
ヒョウエ「世迷いごとだな。我々の任務がある。貴様は快楽におぼれて見失う可能性があるからな。そのお目付け役だ。癪だがな」
 そして、3人は各々の道に分かれていく。


 お嬢さんがいた。どう見てもお嬢さんだ。そこに疑念の余地はない。着飾ったドレスに装飾品もくっついている。それを捨て値で売ってもかなりの額になるだろう。しかし、彼女の表情はどうにも芳しくなかった。アンティークな電話を手にとって声を上げている。
瑠璃「どこにも通じない。一体この屋敷に何が。・・・・・・・・・まさか!」
(バン、バンバン!)
 銃声がする。それを驚きの表情で彼女は音のする方角を向いた。先ほど以上に声を荒げる。
瑠璃「誰か! 誰かいないのですか!?」
 それから直ぐに彼女の私室の扉がゆっくりと開く。そこから現れたのは彼女の見知った顔だった。この屋敷の衛兵の1人だ。少しだけ安堵した彼女はその衛兵に尋ねる。
瑠璃「・・・・・・・・・あ、はぁ、状況を詳しく説明・・・・・・・・・え?」
 全てのセリフを語ることはできなかった。語り終わる前にその衛兵は倒れ、後ろから長身で笑いの仮面をかぶった異形の者が姿を現す。
ティベリウス「みーつけた♪」
瑠璃「きゃーーー!!!」
ティベリウス「いやぁねぇ。そんなに怖がらないでよ。・・・・・・・・・私といい事しましょう♪」
瑠璃「い、いやっ!!」
 その場にあった本を投げつけると、瑠璃は本棚に隠された扉を開いて逃げ出す。
 彼女は、瑠璃は懸命に走った。彼女が人生でどれだけの距離を走ったかは知らないが命をかけたランニングは恐らく初めてだろう。
瑠璃(地下に・・・・・・・・・基地に行けば)
 地下基地に通じる通路を懸命に走る。だが、瑠璃の進む先の石でできた通路が突然に崩れ去った。
瑠璃「あぁあ!」
 土煙が上がる中から姿を現したのはやはりティベリウスだった。
ティベリウス「釣れないわねぇ。せっかく遊んであげるって言ってるのにぃ」
ヒョウエ「逃げないほうがいいぜお嬢さん。こいつは生粋の変態だからな。逃げると余計なことまでされるぞ?」
 後ろからだった。先ほど瑠璃が駆けてきた通路に背中を預けている男がいる。その落ち着き様と抑揚のなさはこちらに何の興味もないことの裏返しだろうか。




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