粋狂いな人々・弐式

スーパーロボット大戦・涅槃 第弐話 『サムライクリスマス』 前編


第弐話 『サムライクリスマス』 前編


 数日前の任務を終えて、予定宙域を航行中の風伯に突然の命令文書が届くことになる。今回の話はここから始まるのだが。
マリア「艦長! 本部からの指令文書です」
 そのマリアの釈然としない言葉にセツヤは眉を上げる。
セツヤ「マリアさんにしては含みがあるね。本部ってどこ?」
マリア「シドニーのミスリル本部という意味です」
セツヤ「あん? 『ティル・ナ・ノーグ』通り越して本部からってこと? 何それ?」
 最後のほうの質問はセツヤがユメコとジャスに対しての質問だったのだろう。セツヤが言い終わったときには2人を見ていた。
ジャス「指令書を呼んでからにしましょう。内容次第だと」
ユメコ「そうだね。サイード指令の頭を越さないといけない内容なのかもしれないしね」
 マリアが一心不乱に暗号文書の翻訳をしている。そして、すぐにセツヤにその暗号文書が渡ってきた。
マリア「どうぞ」
セツヤ「どうも。・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だこれ?」
 いつもながらにセツヤは読み終わった指令書をユメコとジャスに手渡した。その内容を見て目を丸くしたのは2人も同様だった。
ジャス「パーティーに出席せよ・・・・・・・・・ですか?」
ユメコ「なんでしょうね? ヘンテコ。場所は・・・・・・・・・東京のパシフィッククリサリス号。豪華客船でのパーティーにセツヤさんを出席させることって。・・・・・・・・・?? 意味不明」
セツヤ「さてさて、俺に何をさせる気だ? パーティー。しかも東京。東京なら『女神の一族』に任せるのが筋だろうに。わざわざ『常若の風神』に任せる仕事じゃない」
 ジャスがセツヤの感想を聞いて素直にうなずく。
ジャス「その通りです。風伯には各部隊のSRTような特務部隊ありません。彼らのほうがよっぽどうまく仕事はこなすと思いますが」
 ユメコは完全に無視を決め込んで指令書を食い入るように眺めていた。そして突然にしゃべりだす。
ユメコ「・・・・・・・・・考えられる要因としては知られてはまずいこと。書面が内部査察を含んでいるような内容ですからね。セツヤさんと随行員3名とあります。参謀、上の人たちってセツヤさんをどう評価してるんですか?」
ジャス「パイロット特性がある昼行灯と考えるのが妥当ですね」
ユメコ「この指令にサイード司令が噛んでいる可能性は?」
ジャス「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ありますね。ミスリルの上層部で唯一サイード司令だけはセツヤさんの技能を把握しています」
ユメコ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・何かあるんだね。何かが起こるといったほうが良いかな?」
 セツヤは2人の算段を含み笑いをこめながら聞いていた。その最中に操舵士のジュリアが口を挟む。
ジュリア「艦長、発言してもよろしいでしょうか?」
 その言葉にセツヤが露骨にいやそうな顔をする。ジュリアもその理由はおおむね理解できていたのだが。
セツヤ「硬い。硬いよ。そんなこと一々言わなくても良いって。全員で考えたほうが良いに決まってるんだからさ」
 セツヤの言葉にジャスもうなずく。
ジャス「その通りだ少尉」
ジュリア「はい。私はこれがデ・ダナンとの共同作戦のように思えます。それを伝えることができないというだけで」
ユメコ「その根拠は?」
 言を強めたユメコの言葉にジュリアが少し言葉に詰まる。
ジュリア「・・・・・・・・・いえ、共同作戦というよりは保険に近いように・・・・・・・・・」
セツヤ「いろいろ含みがこめられているみたいだね。この指令書。『ティル・ナ・ノーグ』を仲介してないってことは確かめることもできない。マリアさん、これ正式な指令書に間違いないよね」
マリア「間違いないと思います」
セツヤ「やるしかないね。・・・・・・・・・細かな人選は追って決めよう。それにしても日本か・・・・・・・・・。ユージーン君、航行時間を至急算出して」
ユージーン「了解しました」
 風伯は方向転蛇を開始する。


 セツヤ達はすでに任務を開始していた。メンバーはセツヤ以外には3人。ジャス、マルス、アールの合計4人だった。このメンバーの選出理由は単純に軍経験の豊富さからだった。下手をすれば白兵戦。生き残る可能性が高い順に勝手にセツヤが選んだということだった。
 マルスとアールは元英国空軍でそれなりのポジションにいたのだった。軍務経験もかなり豊富だった。一方ジャスは月面基地にて軍務をこなしていたエリート士官だった。ここまではセツヤは悩んでいない。セツヤはホルテを連れて来る可動化を少し悩んだ。最低限、風伯にパイロットを一人残しておかないといけないと思ったセツヤはホルテを風伯に残すことにした。
 風伯は東京湾から少し離れた海域に待機させている。セツヤ達からの通達があれが飛んでくるだろう。
 黒塗りの車を4人が降りる。4人の格好はタキシード。4人とも大き目のバックを携えている。セツヤに至ってはとても長い鞄だった。そんな自分達の格好を見ながらセツヤはため息をつく。
セツヤ「何が楽しくて男4人でパーティいかにゃならねーんだよ」
ジャス「任務ですよ艦長」
アール「まぁまぁ、参謀」
マルス「・・・・・・・・・自分はこういうパーティは疎遠にしてましたので。こういう格好は苦手です」
セツヤ「意外だ。マルス君はこういうのに結構慣れていると思ってた。そういう物腰をしているとおもってたんでね。・・・・・・・・・ん? ジャス君、あれ学生?」
 そういってセツヤが指を刺す。その方向には学生た数百人の学生が賑わっていた。
ジャス「ああ。都内の陣代高校という学校が招待されているそうですよ」
セツヤ「・・・・・・・・・へー。昨今の学生は豪勢だね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ジャス「艦長、ダメですよ。彼らに警告をするような真似は」
セツヤ「はいはい。わかってるよ。でも、守る対象には変わりないだろ?」
ジャス「それはもちろんです」
マルス「自分にもそのくらい認識はあります」
アール「俺もです。それに艦長も出てきているのに、無様なことはしませんよ
 セツヤはにやりと笑う。
セツヤ「いい部下を持ったよ。俺はさ。・・・・・・・・・死なさないよ」
 それだけ告げると4人の兵隊は豪華客船パシフィッククリサリス号に向かう。


 客船、ビュッフェ式の食事。だが、セツヤはあまり旨そうにしてはいなかった。実は、風伯の食堂の食事はかなり上品で味がいいのだ。それと比べればたとえ客船の食事でも意外にも舌の肥えているセツヤの表情は暗かった。
セツヤ「不味くはないけど、格段旨くもない」
アール「風伯の飯は旨いですからね。艦長がそう言うのは納得です」
ジャス「艦長は無駄に拘り過ぎなんです」
マルス「参謀、そこまで言わなくても。自分達は満足しています」
セツヤ「健康な体は旨い飯から始まるんだよ。食うもの食わなければ育たないの。体も心も」
ジャス「・・・・・・・・・実は結構考えていたんですね」
セツヤ「ジャス君、俺のこと馬鹿だと思っているでしょ?」
ジャス「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いえ」
セツヤ「否定するまで長い! まったく!」
 とそんな様子で口喋っているとミートローフを口に運んでいる手が止まり徐に手に持っていた皿をテーブルの上に置いた。
ジャス「艦長?」
 セツヤはジャスたちに向かって唇に人指し指を置いて静かにするようにとジャスチャーしてから目を軽くつぶる。
セツヤ「変な空気を感じる。いや、振動なのかな? この歩き方は訓練された兵隊がいる。・・・・・・・・・数は・・・・・・・・・多いな。軽く30人は超える」
 とセツヤがかなり真面目に告げた。だが、告げられたほうとしてはキョトンとして次の言葉に困っているようだった。
マルス「え・・・・・・・・・わかるんですか?」
セツヤ「? 何が?」
マルス「いえ、あの、この船に、兵士が入り込んだっていうことをどうやってわかったんですか?」
セツヤ「・・・・・・・・・振動。それと・・・・・・・・・まぁ、雰囲気かな?」
ジャス「非常識です」
アール「自分も参謀に同意見です。振動レーダーを使わずにそんなことは通常不可能ですよ」
セツヤ「はいはい。どうせ俺は規格外ですよー」
 こういうセツヤの発言に3人は驚きはしても信じないということはない。そここそセツヤの持つ魅力、カリスマの威力が最大限発揮されている箇所であるのだが、この中で、この場所で、それに言及するものはいなかった。
 ふざけた雰囲気をすぐに3人も捨てて、算段について話し始める。
ジャス「それで、どうしますか艦長」
 この言葉にすべての意味が集約されていた。セツヤの言葉通りなら敵さんは30人以上。こっちは4人。こちらもそれなりに武装はしているが、相手も同等かそれ以上の武装しているだろう。とても戦える数ではない。安全に逃げるか、危険を承知で人質をできる限り逃がすように観客に促すか、命をかなぐり捨てての神風か。策を労するかを別にするならばできることはこの3つしかない。どれにするかということなのだろう。
セツヤ「まずは場所を移そう。こうなることを上が理解していたのなら俺をここに寄越す必要はない。とするなれば、別の目的があるということだ。恐らく、ジャス君は逃げるか、逃がすか、自殺か、3つを考えただろう?」
ジャス「・・・・・・・・・はい」
セツヤ「もうひとつある。隠れて様子を伺うことだ。出来ればパーティ会場の近く。向こうの目的を知ってから動いもいいだろうさ。もしも、もしも虐殺が始まったりしたら打って出よう。その時は悪いがみんなにも覚悟してらうからね。!・・・・・・・・・・・・・・・・・・敵さん動きが速いな。もう数分でくる」
 セツヤは周囲を見渡して居住区への道を見つける。その扉の方向に向かってセツヤが首を振った。そして、3人は正しく理解する。カバンを持った4人はその道へと通じる廊下に向かって歩き出した。


 その廊下の脇に吊るされていた救命艇の中に男4人が入り込む。だが、当初とは異なり、不満を漏らす人間はいない。ジャスとアールはカバンの中からアサルトライフルを取り出して使用可能な状態にする。マルスは見張り。セツヤはその研ぎ澄まされた感覚を使ってパーティ会場の様子を伺っていた。
 すでに敵部隊が会場に攻め入っているようではある。だが、銃声があるわけではない。
ジャス「どうですか艦長?」
セツヤ「・・・・・・・・・殺気の類がないな。銃声もないし、雰囲気も悪くない。っていうか、底抜けに明るいよ。・・・・・・・・・こうなってくると女神の部隊って可能性が強いような気がするな。別目的が女神さんにはありそうだ」
アール「じゃあ、どうします? 自分が捕まってみましょうか?」
セツヤ「やだ。アール君を捨て駒にしているみたいでかっこ悪い」
アール「いやそういう問題では」
セツヤ「重要だよ? 女神さんと後で話し合いになったときにイニシアチブが持てなくなるからね。・・・・・・・・・強気に行こう」
ジャス「では、どうします?」
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・一個小隊がここにきたら取り押さえてみようか?」
ジャス「? 危険ですね。SRT陸戦部隊が含まれていたら必死で抵抗するでしょうし」
セツヤ「正直、SRT要員の実力を見てみたいっていうのはあるね。失敗しても向こうさんの目的が俺たち以外にあるなら何の確認もなしに殺すってことはないでしょうよ」
ジャス「・・・・・・・・・ですが」
マルス「参謀、自分は艦長の案に賛成です。上層部がセツヤさんに何を期待しているのかは自分では理解できませんが、早く自由に動ける立場になったほうがいい」
アール「自分は・・・・・・・・・まぁ、消極的ですが賛成ですね」
ジャス「多数決結構。艦長の案に従います」
セツヤ「OK! 俺がアタッカーをする。サブにマルス君とアール君。後衛にジャス君。良いかい? 基本的に構えるだけ。撃ったらダメだ。相手が援軍を要請しても気にしない。無力化は全て俺がやる。制圧して向こうさんが持っているだろう無線機を奪取して上の人と話すことが目的だからね。それと絶対に無茶はしない。危なくなったら降伏して身分を教えること」
アール「そのほうがかっこ悪くないですか?」
セツヤ「良いんだって。・・・・・・・・・あと、制圧した後はこの部隊の指揮権を全部ジャス君に譲るからそのつもりで」
ジャス「???? どういう意味ですか?」
セツヤ「そのまんまの意味。現場に大佐がいるのはおかしいでしょ? それに、向こうのお偉いさん相手に建設的な話をする自信ないし」
ジャス「それが本音ですか!」
セツヤ「しー! 静かに! 確かにそれが本音だけどさっ、あんまり手の内を見せたくないんだよ。大佐ってことがバレると女神の皆さんだって変に気を使わないといけないでしょうよ」
ジャス「・・・・・・・・・それなら理解できますが」
セツヤ「納得してくれてうれしいよ。・・・・・・・・・俺の名前は・・・・・・・・・何がいいかな? えーー、トキオミ! トキオミ・タナカ。階級は少尉でSTT要員。コールサインはディーナ4。みんな覚えた?」
 セツヤを除く3人が頷く。それを確認してからセツヤはタキシードの上着を脱ぎ捨てた。
セツヤ「なら、行こうかい」
 それだけ言うと、セツヤはボートから顔を出して索敵。誰もいないのを確認してから救命艇から出る。それに続くように4人も出てきた。全員が手にアサルトライフルを持っている。だが、セツヤだけは武装が異なっていた。アサルトライフルを持ってはいるのだが、随分と風変わりなベルトを着用。そのベルトの後ろに日本刀、右横には拳銃が固定されていた。かなり目立つ格好ではあるのだが、アサルトライフルを携行している時点でたいした差異はない。その4人はセツヤの計画通りに奥からやってくるであろう兵隊さんを待ち伏せする。その成果は5分待つことなく出るのだが。


 ミスリル西太平洋戦隊『トゥアハー・デ・ダナン』の作戦。客船パシフィック・クリサリス号に対してのシージャックを装っての検閲。この乗り気のしない作戦の責任者であるのがベルファンガン・クルーゾー大尉だった。そのクルーゾーの無線機に想像だにしない通信が入る。
ジャス『応答願います』
クルーゾー「こちらウルズ1。誰だ! しっかり名乗れ!」
ジャス『そちらに認識してもらえるようなコールサインがないだけです』
 その一言と、聞いたことのない声にクルーゾーの目が開かれる。
クルーゾー「誰だ貴様!!」
ジャス『警戒はしないで頂きたい。私はジャス・カーペンター。ミスリルの人間です』
クルーゾー「なんだと? 所属と階級を言え」
ジャス『所属はティル・ナ・ノーグ所属戦艦『風伯』。階級は大尉です』
クルーゾー「ティル・ナ・ノーグの風伯? そんな部隊はない」
ジャス『その話は後で直接説明をします。不本意ではありましたがヤン・ジュンギュ伍長以下2名を拿捕。御2人は無傷ですのでご心配なく。御2人にはこちらの状況を理解していただいた上でこの通信機を譲渡して頂きました。こちらも命令で動いている以上そちらの作戦との刷り合わせが必要だと考えます。指令所へお招きいただきたい』
クルーゾー「・・・・・・・・・・・・・・・・・・了解した。2人に案内させてくれ」
ジャス『了解しました。では後ほど』
 通信が切れると、クルーゾーは更に渋い顔になる。ヤンが拿捕されたこと。自分の知らない部隊がクリサリス号に潜入していたこと。他部隊に秘密裏に行動しているはずなのだが、どこから情報が漏洩したのかということ。数え上げたらきりがない。しかし、今それを悩んでいる時間はない。今クルーゾーに出来ることは限られている。
 クルーゾーは手にある無線機のスイッチを入れる。
クルーゾー「・・・・・・・・・こちらウルズ1、ウルズ6応答せよ」
クルツ『へーい。こちらウルズ6。無事進行中だぜ?』
 かなり気の抜けた声の男が出る。完全に慣れきっているのかクルーゾーは用件を速やかに伝える。
クルーゾー「アンスズに代わってくれ。最優先だ」
クルツ『テッサー、代われだってー』
 そして、すぐに声の主が変わる。今度の声の主はかわいらしい女性の声だ。
テッサ『はい』
クルーゾー「大佐殿、緊急事態です。大至急指令所に来てください」
テッサ『わかりました』
クルーゾー「一応の護衛でウルズ6を同行させてください」
テッサ『わかりました』
 必要最低限の会話で終わらせるのはさすがというところだろうか。テッサへの通信を終えたクルーゾーは小さくため息をつく。どんな状況でも綽々と行動を進める彼にしては珍しいことなのだが。
 しばらくして、彼のテンポを明らかに乱してしまった張本人たちが到着することになる。


 ヤン伍長、ウー上等兵に連れられて来た男たち4人。初めに指令所に入ってきた。そして、ジャスとクルーゾーが握手をする。
ジャス「突然のご無礼お許しください。こちらとしては他に手がなかったものでして。改めまして、ミスリル宇宙戦隊『ティル・ナ・ノーグ』所属艦風伯にて参謀を務めております、ジャス・カーペンター大尉です」
クルーゾー「自分はSRT指揮官のベルファンガン・クルーゾー大尉です。済んだことです。ですが、我々はそちらを完全に信用してはいません。申し訳ないが大尉には上官と話をしていただきたい」
ジャス「西太平洋戦隊での上官というとアンドレイ・カリーニン少佐ですか?」
クルーゾー「いえ、今回の作戦にはテレサ・テスタロッサ大佐が同行しています。申し訳ないが指令の刷り合せは大佐殿と」
 一瞬、ジャスはセツヤの顔を見る。テレサ・テスタロッサ大佐がではっているということはセツヤが出てくるべきだという意思表示なのだがセツヤは目を閉じてその申し出を断った。
クルーゾー「何か問題でも?」
ジャス「いいえ。問題ありません。あの名高いテレサ・テスタロッサ大佐とお会いできるのは光栄です。彼女の卓越した・・・・・・・・・、いえ、ここで話す内容ではありませんね」
 差しさわりのない話をしているとメイドの格好をした少女と給仕の格好をした金髪の青年が指令所に入ってくる。見知らぬ顔であるジャスたちを一瞥してからその少女はクルーゾーに説明を求める。するとクルーゾーがその少女に向けて敬礼をし、ことの顛末をできるだけ手短に彼女に伝えた。伝え終わり、メイド服の少女はジャスの前にくる。
テッサ「はじめまして、ジャス・カーペンター大尉。私がトゥアハー・デ・ダナン艦長のテレサ・テスタロッサです。宇宙戦隊が結成されたという話は聞いてはいましたが。まさか、我々の担当区域にではって来るとは思いもしませんでしたが」
ジャス「突然の参上、大変恐縮です。今回の作戦、我々も当惑したものでして。作戦では仔細を受けずにただパーティに出席しろと。艦長も大変困惑していました」
テッサ「ミスリル宇宙戦隊『ティル・ナ・ノーグ』の虎の子の戦艦『風伯』ですか。私もイブン・サイード司令から艦長についての話は少し聞いています。何でもとても癖のある艦長だとか」
 セツヤの頬がピクッと動くのがジャスには見て取れた。幸運にもテッサには死角になっていたので見えていないようだったが。ジャスは気にしないようにして話を続ける。
ジャス「癖・・・・・・・・・、癖ですか。そんな生易しいものじゃないと私は思いますが。今はそれよりも。我々の作戦はオーストラリア本部から受けたものです」
テッサ「なんですって? ・・・・・・・・・すいませんが、クルーゾーさんたちは外で待っていてもらえますか? 私は少しカーペンター大尉と話があります」
クルーゾー「了解しました」
 そういうとクルーゾーやクルツたちは指令所を後にする。それを確認してからテッサが話の続きをする。
テッサ「本当にミスリル本部からの?」
ジャス「はい。確かに本部からの命令を受けました。我々も正直困惑しています。具体的な指示もなく、共同作戦というわけでもなく、存在するだけです」
テッサ「それについて風伯艦長・・・・・・・・・えーーっと」
ジャス「セツヤです。セツヤ・クヌギ艦長」
テッサ「ごめんなさい。クヌギ艦長はどう仰っていましたか?」
ジャス「サイード司令が何か企んでいるのではないかと」
テッサ「成程。昼行灯を決め込んでいる彼ならありえそうな話ですね。確かに今作戦はミスリル内においての裏切り者を炙り出すという意味も込められています。私たちは西太平洋戦隊以外の部隊には誤情報を流してはおきました。例外は結成されたばかりで最も裏切り者がいる可能性が極端に低い宇宙戦隊だけだったのですが、こういう結果になるとは思っていませんでした。・・・・・・・・・それで、あなた方はこれからどうするつもりなのですか? ここにいることが答えとってもいいのですか?」
ジャス「はい。我々は捕虜でいることもできましたが、もしもサイード司令に何か見地があるというなら動けない状況にいることは得策ではないと考えました」
テッサ「賢明ね。・・・・・・・・・それで、どうするつもりなのかしら?」
ジャス「今作戦が終了するまで一小隊として作戦に組み込んで頂ければ幸いなのですが」
テッサ「いいのかしら? あなた方の作戦が達成できなくなるかもしれませんよ」
ジャス「そういう意味ではサイード司令やテスタロッサ大佐は信用しています」
テッサ「・・・・・・・・・わかりました。ならその旨をクルーゾーさんに伝えておきます」
ジャス「ありがとうございます!」
テッサ「いいえ。今回の事態には私たちにも責任があります。作戦が終了したらクヌギ艦長とも話をしないといけませんね」
ジャス「!! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」
 ジャスの心労はただただ増すばかりだった。


 テッサとジャスが指令室が出てくる。トキオミ・タナカことセツヤはジャスの顔を見て話がどういう方向に進んだかということは理解できたようだった。一方テッサはクルーゾーにジャスとの話の内容を伝える。
テッサ「・・・・・・・・・それでカーペンター大尉以下4名を正式に作戦部隊に加えてください」
クルーゾー「了解しました。・・・・・・・・・カーペンター大尉、済まないが大尉を含めた4人の実力の評価を貰えるか?」
ジャス「自分は訓練はされていますが、一般兵としては及第点といった程度でしょうか。そこのローチス中尉とシャック少尉は機動兵器の操縦においてはSRTにも引けをとらないと考えていますが白兵戦は贔屓目に見てもPRTと同等かそれ以下でしょう。最後に・・・・・・・・・トキオミ・タナカ少尉ですが戦闘に関してはSRTと同等に見てもらって構いません。非常に癖がある戦い方をしますが、間違いなく彼は白兵戦においては『ティル・ナ・ノーグ』最強です」
クルーゾー「・・・・・・・・・ならば一個小隊として大尉を責任者にして、こちらで勝手に配置させるが構わないか?」
ジャス「構いません。こちらもそのほうがやりやすい」
クルーゾー「了解した。チームZ(ズール)に登録してパーティ客の護衛を頼むことにする」
ジャス「了解しました」
 ジャスに合わせてマルスたちが敬礼をする。
クルーゾー「ウェーバー、彼らを案内してくれ。それと、船内の見取り図を頭に叩き込んでもらってくれ」
クルツ「へーい」
 とりあえずの指示を終えるとクルツとテッサを含めた6人は指令室を後にする。全員が退室したのを確認してからクルーゾーは小さくため息をついた。
クルーゾー「・・・・・・・・・まったく。こういう作戦でこういうアクシデント」
ヤン「同情しますよ大尉。折角のイヴだというのに」
クルーゾー「伍長も伍長だ。いくら不意を突かれたといっても貴様もSRTなら最低限こちらに報告くらいしろ。風伯の連中が敵だったらとんでもないことになっていたぞ」
ヤン「・・・・・・・・・すみません大尉」
 気落ちしてしまうヤンを尻目にクルーゾーの頭はようやく現実的なレベルに戻ってきた。さっきから予想外のことで思考が別の方向を向いていたのだろう。
クルーゾー「・・・・・・・・・・・・・・・・・・! お前が反撃できないほどの腕前だったのか?」
ヤン「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい。お恥ずかしい話ですが実質たった一人に一瞬で無力化されました」
クルーゾー「誰だ?」
ヤン「タナカ少尉です。黒髪で長い棒状の物体を持っていた」
クルーゾー「状況は?」
ヤン「カーペンター大尉以下の3名が前に出てこちらが身構えた瞬間に上から落ちてきました。その瞬間にヨンが落とされて自分は援護部隊からの死角方向に瞬間的に飛んだのですがその方向に追従されました。咄嗟にライフルを捨てて短銃を取り出して撃とうとしたんですが・・・・・・・・・」
クルーゾー「それよりも相手の手が早かったか」
ヤン「面目ありません」
クルーゾー「タナカ、トキオミ・タナカ少尉か。聞いたことはないが」
ヤン「自分もです」
クルーゾー「するにしても詮索はあとにしよう。彼らの言葉に嘘はなかった。お前も無事だった。それだけで十分信用する理由になる。お前もすぐに持ち場に戻れ。時間が有限だ」
ヤン「了解です」


 一方、クルツとテッサを連れた6人は周囲に注意を払いつつもお喋りをしながら向かっていた。
クルツ「へーー、ミスリルの宇宙戦隊があって、そこの戦艦風伯ねぇ。俺みたいな下っ端には話も回ってこねーや」
テッサ「当然です。これは佐官以上でないと知らされない事実ですから。宇宙でも活動のできるエリートさんたちで結成された部隊です」
ジャス「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
マルス「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
アール「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
セツヤ「エリートだってさぁ! イヤー照れるなぁ」
 3人が押し黙り、セツヤの軽い発言を受けて軽い殺意を込めるような視線を送る。その様子をテッサはともかくとしてクルツはある種のコミュニケーションと取ったようだった。自分と似たような空気を感じたのかクルツはセツヤに徐に近づく。
クルツ「あんた、随分と他さんと雰囲気違うなぁ。しかも日本人か?」
セツヤ「そうそう。あなたどこの人? えっらい日本語うまいなぁ」
 テンポが近い。雰囲気が近い。ジャスたちは誕生しつつあるこの2人のコンビにいやな汗を感じた。
クルツ「俺は、まぁドイツ人の血が半分流れてるけどさぁ、気質はチャキチャキの日本人さ」
セツヤ「いいねぇ。うちの船にはこういう風な雰囲気でお喋りできるのって副長以外いなくってさぁ」
クルツ「副長? 風伯の副長もこんな感じなのかよ?」
セツヤ「軽いよぉ」
クルツ「いやー、俺転属届けだそうかなぁ。うちの副長に見習ってほしい」
テッサ「ちょっと、ウェーバーさん! 今の発言は聞き逃せません!」
クルツ「だってさぁ、中佐ときたらいっつも眉間にしわ寄せてまるで俺のことを前世の敵みたいに見るんだぜ?」
 テッサとクルツ、階級からすれば大佐と軍曹だ。天と地ほどの階級差がある2人がこうも親しく話している。この様子をマルスとアールは驚きの表情で、ジャスに至っては疲れ気味に。セツヤは笑顔でそれを見ていた。
セツヤ「それは良くない。人は常に笑顔でいるべきだね」
クルツ「そうだ! 中佐はもっと俺を労わるべきだ! あんた話し分かるなぁ。そういや大尉以外の名前聞いてなかったな。俺、SRTのクルツ・ウェーバー。階級は軍曹」
テッサ「あんたらって! ウェーバーさん! この人たちは全員別部隊でしかも階級はあなたよりも上ですよ? 西太平洋戦隊の恥になるような言動は!」
 誤り倒しそう雰囲気を帯びてきたテッサに3人がそれぞれ返答する。
マルス「構いませんよ、大佐殿。うちの部隊はそういうことには頓着しないんです。上の人間からしてそうですから。それに比べれば軍曹の言動はまだまだかわいい。自分はマルシアール・ローチス中尉だ」
アール「マルスと同感です。小気味いいじゃないですか。あ、申し送れました。アルテュール・シャック少尉です。アールで構いませんよ」
セツヤ「トキオミ・タナカ少尉です」
ジャス「自分も気にはしません。もう慣れました」
テッサ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・? どういう人なんですか? クヌギ大佐は」
 その質問に3人は押し黙る。それも苦悶の表情を伴ってだ。笑顔なのはセツヤだけなのだが。
マルス「魅力はあります。軍人とは本来階級によって尊厳を保つものですが彼にはそれがありません。だから、我々は迷う必要がない、というのが答えでしょうか」
アール「彼は天才だと思いますね。あっ、もちろんテスタロッサ大佐のような知性を用いての天才ではなくてですね。地に足が着いているというか。独自の論理で歩いている人と思えるんです」
ジャス「変人ですね。自分は彼の思考を未だに理解できないでいます。軍人はこうあるべきと敷かれた定石を彼は物ともしない。嘗ての先人たちが残したこのやり方に異を唱えながら彼のしている行動のどれもが有意義で快いんです。なので、自分は変人と評価します」
テッサ「随分と型破りな艦長さんらしいですね。お話しするのが楽しみになりました」
ジャス「・・・・・・・・・正直、自分は今から艦長が大佐殿と建設的な話ができるかどうか非常に心配しています」
クルツ「いーなー。俺もそういう艦長さんの下に着いてみたいな」
セツヤ「おっ? マジで? 軍曹ってSRTだったよな? 君がそう言うなら艦長に進言してみようか? 給料も上げてやるように言ってみる」
クルツ「おっしゃー!」
テッサ「待ってください! 私これでもダナンの艦長さんですよ? 西太平洋部隊の上級指揮官ですよ!? そんな私のいる前で引き抜きの話をするってどういう神経してるんですか! タナカ少尉!!」
 テッサが可愛らしく、セツヤを指す。セツヤはその行動を見てただ微笑むのみだった。そんなセツヤの耳をジャスが引っ張る。
セツヤ「イタタタタタッ」
ジャス「すいません。すいません。本当に申し訳ありません。少尉は頼むからもう喋らないでください」
 こんなときでも呼び名に気を使うジャスは流石だったりする。


 真面目なのはセツヤとクルツ以外だったりする。まぁ、やるべきことだけはしっかりしてはいるのだが、クルツが同班のサガラ・宗介軍曹をジャスたちに紹介する。もちろんその間も周囲の警戒を怠ってはいない。
セツヤ「突然の参上だけどね。気分悪いだろうけどよろしく頼むよ」
宗介「いえ! こちらこそよろしくお願いします! 少尉殿」
セツヤ「硬い硬い。トキオミでいい」
宗介「はっ! ご命令とあらば」
 ザンバラ頭に黒髪。クルツとは異なり彼のほうが完全に日本人なのだが、その日本人とは完全に異なる態度にセツヤは目を丸くする。
セツヤ「ソウスケ君だよね。自衛隊の出身?」
宗介「いえ! 自分はアフガニスタンゲリラの出身です」
セツヤ「アフガンゲリラ? ・・・・・・・・・どうして・・・・・・・・・いや、詮索は止めようか。悪かったね。気分悪かったろうに」
 少尉が軍曹に対して頭を下げて謝る。今度は宗介が目を丸くする番だった。
宗介「いや、あの、頭を上げてください少尉。自分はまったく気にしておりませんので」
クルツ「良いんだよ! この兄さんは俺をエリートコースに導いてくれるかもしれない恩人なんだ。ソースケ! お前この人に頭下げさせるなよ!」
宗介「? どういう意味だ?」
クルツ「今よりも好待遇でミスリル宇宙戦隊にスカウトされたんだぜ?」
宗介「お前がか?」
クルツ「そうだよ。何か文句あんのかよ」
宗介「宇宙戦隊の人員不足は深刻なのだな」
セツヤ「宇宙戦隊には白兵戦に突出した人がいないんだよね。宗介君もSRTなんだよね?クルツ君と一緒に来ない? 厚遇で迎えてもらえるように上に言ってみるけど?」
テッサ「だーかーらー、止めて下さい!! SRTを引き抜くなんてどういう神経しているんですか!? クヌギ大佐だってそんなこと許すわけないじゃないですか!」
 テッサがその言動を追従させようと真面目にお仕事中のジャスたちを見る。そこでジャスは言葉に詰まる。トキオミ=セツヤなのだからこの人がやるといったらやるのだ。そこでジャスの出す答えはこれしかなかった。
ジャス「・・・・・・・・・多分ですが・・・・・・・・・やりますね」
テッサ「そんな! 部隊間の協調性は?」
ジャス「協調性・・・・・・・・・協調性ですか。あの人にその言葉は当てはまらないと思いますね」
クルツ「よし! 俺のバラ色ライフのためにがんばってくれよ少尉!」
セツヤ「おう! 任しとけ!」
テッサ「・・・・・・・・・させませんよ」
 テッサの呟きをジャスだけが聞き漏らさずにいたのだが。
 セツヤ達は護衛をしながらも宗介やクルツ、テッサたちからジャスが聞き出したよりも細かな状況を聞き果せていた。セツヤはクルツが教えてくれた女学生をちらりと横目で見てその顔を確認する。確かに見たことがある顔だった。
セツヤ「そうかい。彼女がウィスパードだったの。テスタロッサ大佐と同じの」
宗介「はい。彼女を護衛しながらの奇襲。それがこの作戦の肝です」
セツヤ「理にはかなっているね。ここにSRTが2人、外に1人いるのもその為かい?」
宗介「そのとおりです」
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふーーん」
 セツヤが感心していると宗介が興味深そうにセツヤの背中にしょっている長い棒状の包みを見る。先ほどセツヤがケースから出してからはビリヤードケースのようにずっと肩に吊るしていたのだ。
宗介「少尉殿・・・・・・・・・! すいません。トキオミさん、その後ろのものは何ですか? スナイパーライフルでもスティンガーでもない」
クルツ「そうだった。俺も聞こうと思ってたんだよ。その形状の武器は俺も見たことがないぜ」
セツヤ「嘘だね。絶対に2人も見たことがある。日本人なら知らないわけがない。これは俺の獲物だよ」
宗介「??」
クルツ「? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・! それまさか!」
宗介「クルツ、わかったのか?」
セツヤ「クルツ君は気付いたみたいだね。俺はこれの使い手なんだよ」
クルツ「それで戦う気かよ! 冗談じゃないぜ! それで現代戦をやろうなんて」
セツヤ「大丈夫だって」
宗介「だから何なのだクルツ!」
 宗介が答えを求めてクルツに迫っていると後ろから1人の女学生が宗介の背中をバンとたたく。そして、一派の輪の中に入ってきた。
かなめ「何をコソコソ話してんのよ。私も混ぜなさい」
セツヤ「おやおや? エンジェルちゃんじゃない。護衛対象と顔見知りなの?」
 セツヤの印象はある種当然といえる。護衛対象と護衛役が相応の認識があるこということはある種の障害が発生する。メリットもあるがデメリットのほうが多いだろう。
テッサ「はい。これには色々と事情があるんです」
セツヤ「そうですかい。別に構いませんけどね。・・・・・・・・・よろしくカナメ・チドリ」
かなめ「別に自己紹介しろとは言ってないわよ」
宗介「千鳥、少尉殿にそういう口振りは」
セツヤ「構わないって。俺にそんな気を使わないでよ。それにしてもエンジェルちゃんとは程遠いなぁ」
クルツ「そうでもないぜ少尉。この子はこう見えて結構良い子だし、肝っ玉も据わってる。俺が言うのもなんだが、こんな良い女はそうそういるもんじゃないぜ」
かなめ「・・・・・・・・・褒めたって何にもでないわよ」
セツヤ「へーー、・・・・・・・・・ところでさ」
 会話が続いたのはここまでだった。全員の無線に連絡が入る。
クルーゾー『ウルズ1より各員へ。最優先だ。チームエコーが例の人型アームスレイブに遭遇した。数は10体以上。行動不能になれば算段を撒き散らして自爆する。チームズールは乗客を最優先で護衛。船の最後尾に動かせ。残りの人員はアームスレイブを迎え撃て』
 セツヤ達の表情が一変した。ジャスはセツヤに向けてどうすればいいのかという意味を込めて視線を送る。セツヤはそれに小さくうなずいた。それはクルーゾーの指示に従えという意味だ。
 いち早く行動に移したのはクルツだった。天井に向けて発砲。その音に乗客の全員が反応する。そして、その反応にセツヤが反応した。誰も感じ得なかった違和感、ここにきてセツヤだけがサイード司令の任務の意味を理解しえたのだ。
クルツ「ここは危険だ!! さっさと船の後尾部へ走れ!!」
 先ほどまであった安穏とした空気はどこへやら。全員が戦々恐々となって走り出す。カナメがこの方法はないんじゃないかとクルツに申し入れるが聞き入れるわけがない。だが、そんな中、1人だけ。そう、セツヤ・クヌギだけはまったく別の行動をしていた。乗客。陣代高校の女子の1人の奥襟を無造作につかんで観客がすでにいない、会場中央部に向かってぶん投げたのだ。その女子は明らかに小柄な女の子だった。その子はまったく抵抗できずに中央のパーティテーブルに激突する。
 トチ狂った行動。明らかにそれに該当する行動だった。テッサが口を挟もうとするよりも早くカナメがセツヤの前に来て頬を張る。そこに躊躇ためらいの類はまったくなかった。そして、かわすことができただろうにセツヤもそれを甘んじて受ける。
カナメ「・・・・・・・・・あんた何やってんのよ!!」
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 セツヤは反論も言い訳もしない。することがあったからする。それだけだった。ホルスターから拳銃を抜いたセツヤはトマトソースで服を汚してしまっているショートヘアで銀髪の女の子に拳銃を向ける。
セツヤ「・・・・・・・・・お前だな。俺たちの目的は」
 そのセツヤの一言だった。ジャスから始まったマルスやアールがその少女にアサルトライフルの銃口を向ける。だが、猛者だからこそSRTの面々には理解ができないようだった。
宗介「少尉殿、これは?」
クルツ「ああ、あの子が何だってんだよ」
セツヤ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・君らレベルなら気付くだろ?」
クルツ「何がだ? 殺気もなければ・・・・・・・・・」
宗介「確かに何も感じない」
セツヤ「そうだよ。クルツ君が拳銃を撃つまで気付かなかった。もうひとつ爆弾があったみたいだね。そのための俺ってことになるか。・・・・・・・・・時間がないんでね。あまりゆっくりしてはいられない。目的は何だ? カナメ・チドリか?」
銀髪の女「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
セツヤ「君の前に立つとわかるな。相当な使い手だ。まったく揺れない。SRT要員と俺が気当たりしてもまったく揺るがない。君は相当な・・・・・・・・・戦闘マシーンだ。殺すことが息をすることに等しい」
 セツヤが話をしている最中だった。予備動作は前置きは一切ない。銀髪はスカートの中に隠していた大腿部に固定されていたホルスターからナイフを取り出すと、セツヤに襲い掛かる。訓練され尽くした者の動きだった。躊躇はない。憂いもない。完全に合理化された、そう本当の生態戦闘マシーンのごとき動きに見える。だが、一瞬でセツヤの懐に入ってしまったので宗介たちはもちろん、セツヤ以外には誰も反応ができずにいた。セツヤはそのナイフを肩に背負った包みで受け止める。相手の攻撃を受け止めながら全員に聞こえるように叫ぶ。
セツヤ「ジャス君! 風伯組は全員で乗客の護衛だ! テスタロッサ大佐もカナメも一緒に行け!! クルツ君たちは応戦の用意だ!」
ジャス「了解!」
 大尉を少尉が頭ごなしに命令することにテッサは多少なりとも不快感を覚えたがそれに対してジャスがきれいに返事をすることが彼女に猜疑心をはらませることになる。しかし、そんな猜疑心を置いてきぼりにしなくてはいけない状況になっていく。アールに急かされてテッサもともに行動を開始する。
セツヤ「・・・・・・・・・さて、銀髪お嬢さん。君は何だ?」
銀髪の女「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 セツヤはやっと目の前の少女と目を合わせる。少女は考えつくしていた。セツヤを無力化し、クルツ、宗介を無力化し、テッサ、もしくはカナメを連れ去る方法をだ。だが、そんな思考をセツヤは無視して続ける。
セツヤ「答えないとは思っていたよ。突然だけどね、聞いてもらう。俺は君のような兵士を他に知っている。感情を殺しつくす方法を知っている。その悲しさも喜びもなくす方法を知っている。そして・・・・・・・・・・・・・・・・・・人に戻る方法も知っている」
銀髪の女「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
セツヤ「今の君は俺の言葉を聞いてはいないだろう。意味もわからないかもしれない。リロイ・ファトラムの傀儡はそうなってしまう」
銀髪の女「!! どうして知っている」
セツヤ「そうだ。それでいい。怒りでいい。今は感情を身につけろ。全てはそこから始まる」
銀髪の女「答えろ! どこでその名前を。我々をどうして知っている! どこまで知っている!」
 セツヤと銀髪の少女のやり取りは異質だった。クルツと宗介が無線で敵アームスレイブの位置を逐一把握している。あまり時間もないのは彼らの表情を見れば理解ができる。だから、セツヤの行動は自ずと制限される。
セツヤ「俺は君を見捨てることはできない。君はリロイの傀儡だ。その糸を切り取ってあげるよ。今夜はイブだ。奇跡をプレゼントする」
 ここからセツヤの動きはクルツ達ですら目を見張るものだった。蹴りで少女との間を取ったセツヤは少女が体勢を整える前に棒を振り上げて顎を作用点にして脳を揺らす。どれほどの猛者でもこれは答えるはずなのだ。しかし、セツヤの攻勢は止まらない。床に倒れた少女のナイフを握った手を力任せに踏み潰した。成人男性が力の限りに少女の手を潰したのだ。それでも彼女の表情に変化はない。多少目の焦点があってない気もするが完全に無表情だ。それを当然と言わんばかりに立ち上がろうとする少女の首に手刀を当てる。しかし、それでも少女は倒れなかった。利き腕を折られ、屈強な男ですら倒れなくてはいけない打撃を受けても立ち上がる。その光景は歴戦の猛者である宗介たちからしても異様なものだった。
セツヤ「やっぱり難しいな。ここまでやっても立つか」
 そう切やが呟くのとほぼ同時だった。落ちたナイフを左手で拾った少女が驚くべきことに自分の喉に向けてナイフを突き立てようとする。自分から情報が漏れることを恐れての行動。だが、それもセツヤは読みきっていた。少女の喉に当たったものはナイフを握ったセツヤの拳だった。
セツヤ「これも読める。・・・・・・・・・そんなに命は簡単じゃないんだよ。・・・・・・・・・わかった。君からは何も聞かない。教えてくれるまで何も聞かない。言わなくていい。何も言わなくて良い。だからさ、捨てる命なら俺に預けてみてくれ」
 ナイフを捨てたセツヤは血まみれの手で銀髪の少女の頭を自分の胸に押し当てる。
銀髪の女「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・??」
セツヤ「助けてあげるよ。無の底から」
 少女の死角である後ろ首にいつの間にか取り出した注射器を押し付ける。強力な鎮静剤だ。それで少女は眠りに入る。どれほど屈強と言えど、薬物に耐性があってもこれは通用した。少女は眠りの底へと落ちる。その少女をセツヤは抱き上げるとどこか悲しそうな目でその子を見る。そして、会場の脇に銀髪の少女を寝かせると自分の上着を彼女にかけた。
 クルツと宗介、それと途中から会場に走ってきたヤンたち。それに逃げろといわれたはずなのに残っていたテッサとかなめがこのセツヤの激戦を見ていた。セツヤはこのメンバーに向き直りながら自分の手に消毒薬、止血剤、ガーゼ、包帯の順番で手際よく巻いていきながら話を始める。
セツヤ「お騒がせしました。クルツ君、敵さんたちはどこで迎え撃つの?」
クルツ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
セツヤ「あれ?」
テッサ「トキオミ・タナカ少尉」
セツヤ「・・・・・・・・・はい?」
テッサ「あなたは何者です? あなたは私たちにまだ何かを隠しているでしょう? その少女のことやカーペンター大尉の様子。今考えれば不自然なことばかりです。現場の指揮官として、ダナンの艦長として情報を要求します」
セツヤ「・・・・・・・・・わかりました。まず、俺の名前はトキオミ・タナカではありません。俺は風伯艦長セツヤ・クヌギです。謀った事に対してはお許しいただきたい。テスタロッサ大佐」
テッサ「やはりそうでしたか」
クルツ「マジで?」
セツヤ「騙していた事でこれが一番大きなことですね。他にはありません。サイード司令が何を考えているのかを別にするならその他、ジャス君の言っていたことの全てが本当ですから。この子は俺ならば見つけられるとサイード司令が踏んだんでしょうね。他意はありません。実際に見つけ難い子でしたし、ダナンの任務終了時にカナメを連れ去られたらどうにも手の出しようがない事態になるかもしれませんでしたしね」
テッサ「それを信じろと?」
セツヤ「ご自由に。俺はこの子を風伯に運べればそれで十分です」
テッサ「それは妥協しましょう」
 テッサとセツヤの話を宗介が遮る。
宗介「大佐殿、時間のリミットです。数分で敵アームスレイブが来ます」
セツヤ「宗介君、敵は何体?」
宗介「チームチャーリーの報告ではこちらに向かっているのは6体です」
セツヤ「思ったより多いな。・・・・・・・・・けどまぁやれなくもないか。クルツ君、宗介君、それとあなた。ヨンさんでしたっけ?」
ヤン「ヤンです。ヤン・ジュンギュ伍長」
セツヤ「おっと失礼。しかし、これだけのメンバーがいればそのくらいはどうにでもなります。ウーさん」
ウー「はっ! 何でしょうか!」
セツヤ「テスタロッサ大佐とカナメ嬢を後部甲板へ連れて行って」
ウー「了解しました」
セツヤ「この会場から少し下がったところで防衛線らしいので。残りで防衛線を敷こう。まぁ、防衛線にはならないとは思うけど」
宗介「クヌギ大佐」
セツヤ「セツヤでいいよ。名前と階級は嘘だったけれども、性格まで嘘つけるほど器用じゃないから。で、何?」
宗介「は、ですが」
セツヤ「階級と話をするわけじゃないでしょ? いいんだよそれで。それで、言いたいことは何?」
宗介「敵、超小型アームスレイブは恐らく我々だけでの無力化は不可能であると思います。弾薬が足りません。1体、2体ならどうにかなるかもしれませんが」
セツヤ「問題ない。どうにでもなるし勝算もある。俺の武器は弾薬を使わないんでね」
宗介「は?」
 セツヤは宗介に向けてニッカと笑みを見せる。




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