2018.1

1月3日(月)

「庚戌元旦」




本年も「飛ぶtuzi」をどうぞ宜しくお願い致します
平成30年庚戌





2月28日(水)

「礼儀知らず」

太極拳の教室を始めて10年。
入門者はほとんどおらず、10名前後でこじんまりと練習を続けている。
私の住む小さな田舎町に、太極拳の団体が3つもある。
その3団体が、町の文化協会に加盟しているため、秋の文化祭の舞台発表に3団体がそれぞれ披露することになるのだが、
ひとつは気功を主とした団体だから、かち合わないとしても、もうひとつが大所帯で50名ほどが舞台に上がる。
私のところはせいぜい10名ほど。
少人数ながら演目は、太極拳、剣、扇、とバランスをとるように心がけている。
昨日、その大所帯の世話役という人が「扇を習いたい」ということで見学にいらした。
ということは、二股ですよね。
本来ならば、そちらの指導者から習うのがスジというもの。
「時間がない、というもので」
そんなのはそちらの都合。
私の教室は他団体所属の人には指導しない。こんなことは常識だ。私の教室に限ったことではないはず。
もし、私の教室の生徒さんが他の教室に習いに行くなら、こちらは辞めてもらう。
黙って隠れて行ってるようなら破門だ。
期間限定の一見さんもお断り。
「扇が習いたいから」というが、扇に限らず太極拳を習うことに変わりはない。すべてに通ずるのだ。
第一、そちらの指導者にも失礼、こちらには尚更失礼じゃないか。どの面さげて習いたいなんて言って来られるんだ?!
舞台発表はどうするのか、と問えば、「指導者に許してもらえたら出ます」などとイケシャアシャアと答えた。
せっかくだから見学がてら体験してもらったが、帰りがけには「来月から来ます!」と言ってのけた。
来月、って来週なんですけど?!
私、入門許可した覚えないんですけど。
なんで??
うちの生徒も歓迎ムードなのだが、私は入門を認めてませんからー、残念ー!。
もし本気で習いたいなら、向こうの団体をお辞めになって、顔を洗って出直して来い、ということです。
まったく・・・久々に呆れた礼儀知らずに会いました。
災難は忘れた頃にやってくる。



3月1日(木)

「狩人、チッチと親分」

昨年7月にやってきた凶暴なチョロは、その後‘チョロっち’と呼ばれるようになり
やがて‘チョロちっち’最終的に‘ちっち’ということで落ち着きました。
ただ、父は一貫して‘トラ’と呼んでいます。
凶暴性はそのまま大人並みの体格に成長しました。
私の書道の紙かぶりつき、または爪でボロボロにしてしまったり、神棚の上に登って供えてある塩をぶちまけたり
榊の瓶を落としてみたり、テレビの上にのぼって悪さしてみたり・・・。
悪行は留まるところを知りません。

一方、11月にやってきた黒トラの‘親分’はそのまま居座り、すっかり馴染んでいます。
でも、チッチに遠慮は相変わらずで。
親分も今は‘ぶんぶん’と呼ばれています。
親分は、かなりお爺ちゃんみたいで、最近は固いカリカリを食べるのが難儀のようす。
時々缶詰を出してあげるのですが、親分がゆっくりのんびり食べてるうちに、
缶詰を開けるプシュ!という音に反応したチッチが素早く走ってきてキレイさっぱり横取りして食べてしまいます。
親分は成す術も無く、眺めてるだけ・・・。
そんな親分なので、とっても静かです。チッチと真逆で、居るんだか居ないんだか分からないほど気配がありません。
そんな大人しい親分が、雪の中からモグラを捕らえて来ました。
びっくりです。
モグラて・・・。

モグラをくわえて家の中に入ろうという親分
「いやいや、分かったから」

褒められようとして獲物を見せに来る気持ちは分かるし、のんびり屋の親分が飼い猫からなぜか野良猫になって
これまで生き延びてきたのだから、こんなのは朝飯前なのかもしれない。
それから程なくして、今度はチッチがスズメを捕らえてきた。
スズメて・・・。
チッチに捕らえられるスズメてどんなに鈍くさいのよ。
なんか台所に羽が散らかってるな、と思ったらスズメが丸まってるではないの。
猫は狩人。
野良になっても食べていけそうな二匹なのに、やっぱエサが与えられる楽チンに生きてるチッチと親分なのでした。



4月13日(金)

「遺産騒動」

春になって暖かくなると、私の顔をみるたび「片付けろ」しか言わなくなる父。
「片付ける」のは母が残した大量の衣服と台所用品。
庭に物置が庭に3ヶ所もあって、それでも足りなくて家の中にあふれている。
奥の開かずの間は畳敷きだが、畳が見えたためしがない。
山登りと称して物の上を歩かねばならない、そんな部屋もある。
その隣の漬物置場は、瀬戸物であふれている。食器戸棚は用をなさないほどの大量の鍋やフライパン・・・。
箱に入ったままの瀬戸物は数知れず。
見て見ぬふりしていた。
奥の開かずの間は少しずつ片付けていはいたが(2016年5月参照)あまりの量で中途で投げ出していた。
だけど、畳は見えてくるまでに片付けたのですよ。すでにベトベトで使い物になりませんが・・・。
もう少しで片付きそう、と思っていた矢先!
父が隣の部屋に残りの品々を運びこんでしまった!
「二度手間じゃんよう・・・(泣)」
畳を取っ払ってフローリングにする、と言うのだ。
それは大賛成だが、このタンス、この食器戸棚はどうするというのだ?
@まずは、隣のクローゼットの部屋を片付けて
Aタンスを壁側に運び並べる
B次に漬物の部屋を片付けて
C食器戸棚を運んで整理する
・・・ということは、3部屋同時に片付けねばない。気が遠くなるんですけど・・・。
でも、父は待ってはくれないので、私も重い腰をあげた。
@クローゼットの部屋はクローゼットが閉まったためしがないほどの部屋で、衣装ケースも10個くらいあって
大きなテーブルや、大量のカーテンで溢れかえっている。他に何があるか分からないほどの物・・・。
とりあえずはタンスが運び込めるスペースを空ける作業から始めた。
Aそこへ、3部屋に散らばってた4棹のタンスを並べた。もちろん老齢の父にその力はなく、私の仕事だ。
B次に漬物の部屋を片付けて、食器戸棚を置くスペースを確保。
C食器戸棚の中の食器をダンボールに小分けにし、運ぶ。空にしても父と二人掛かりじゃないと重くて動かせない。
やっとの思いで設置。
これで、大きなものは運び出したので、あとは父が床を張ってる間に、2部屋(クローゼットの部屋と漬物部屋)を
同時進行で片付けていく。
まずはクローゼットの部屋から取り掛かった。
大量のタオル!
大量の靴下!
大量のパジャマ!
大量の衣服は当たり前、どんぶくとチャンチャンコだけでも何十着とある!
母の洋服だけでもすでに何千着とあるんですけど!
どうしてくれる!
一生かかっても使い切れません。
ようやくクローゼットが閉まりました!閉まったのを初めて見たよ・・・。


次は漬物の部屋。
いやあ、瀬戸物の多さに呆れる。これほどまで大量とは・・・。
蓋付お椀が50セットはあるし、蓋の無いお椀も50セットはある。
ご飯茶碗も揃いで50はあるし、あと皿が大量にある。
家は田舎なので、葬儀などで人が集まるときは、料理を手作りで振舞うので、買い揃えていたんだと思うんだけど、
それにしても多すぎるよ!
小皿だけでも、20枚揃いが5セットは軽くあるし、中皿も同じくらいあるし、
大皿まで同じくらいあるんだよー。特大皿まであるんだから・・・。
お盆も半端じゃないし。20枚以上あるでしょ。
小鉢もすごいことになってる。100はあるでしょ。
あとはお酒のとっくりがやっぱり100はあるでしょ。
何でも最低50〜100セットはある、ってこと!
鍋が箱に入ったままで20はあるし、天ぷらなべだけで5でしょ。.
とにかく置場に困るよね。少しでも収納しようと思って、片付けたんだけど大量すぎて収まりきれない・・・。
まあ、何とか床が見えるように片付けたはいいが、甕(かめ)や樽(たる)桶(おけ)がまだ出し切れてない。
梅干の甕だけでも5はある。桶は中身が不明で5はあるし。
問題は直径1mはある巨大な樽で、今日開けてみたら味噌樽でした。
昭和47年の味噌は樽の半分くらいまでになっており、少しずつ処分していかねばならないでしょう。

まだまだ問題は山積みです。
庭の3ヶ所の物置も整理していかねばなりませんし。
こんなことしながら私の一生が終わってしまうかと思うと投げ出したくなります。
いったい誰のための片付けなんでしょうか。



5月1日(火)

「続・遺産騒動」

クローゼットの部屋に散らばっていた母の衣服、奥の開かずの間になっていた部屋に散らばっていた母の衣服。
それらを黙々とクローゼットに掛けた。
そしてようやく片付けて、数年ぶりにクローゼットの扉が閉まった。
さて、このクローゼットの中を整理せねば・・・。
そして、ここもまた開かずの間だったタンスを運び出した部屋の出窓。
わずか半畳ほどの出窓なのに、埃をかぶった物であふれかえって開いたためしがない。
そこに着手したら、そこはバックの山だった・・・。
というわけで、出てきた衣服を無造作に詰め込んだクローゼットの中と、
バックの山と、以前出てきたエプロンの箱なんと3箱。
「もらってもらおう・・・」
譲れるのは叔母たち3人と、近くの親戚4人の計7名。

そこへタイミングよくあらわれた近くに住むひとりの親戚。
「グットタイミング!」
とばかりにクローゼットの中から好きな服を選んでもらってもらった。
バックやエプロンも出して選んでもらった、
私の浅はかな行動はのちに大きな後悔を招くことになる。
あれもこれも、と大盤振る舞いしてしまい、しかもよく見もせずに私が着たい物まで出してしまった。
エプロンにいたっては、中でもいいものだけしかも4着もあげてしまった。
覆水盆にかえらず。
叔母ちゃんたちにあげるのがなくなっちゃった・・・。
あちゃー。
バックもいい物をふたつも。
馬鹿でした。
いい物だけ持って行きやがった。
しかも、母は何着も重ね掛けしており、下に私が着たいのが掛かっていたりして、
でも出した手前、それはダメとは言えず・・・。
あとで父にも怒られたが、何も慌てて出すこともなかったものを。
後悔先に立たず。
その晩はあまりの後悔と母に申し訳なくて一睡もできなかった。
「常々、何も処分しなくていい」
「物だろうがゴミだろうが母の買ったものに埋もれてても気にならない」
と言ってるくせに、慣れない大盤振る舞いなんかするからイタイ目にあう。
それに、いい物はあげてしまって、自分は毛玉だらけの着古した昔の服ばっかりもらってる。
どうかしてんじゃねえの?!
私完全に間違ってるよね?!

連休明けたら、昔のオーダーメイドのコートだけでも返してもらおう。
逆に譲ってもらおう。
これだから私は馬鹿なのだ。
どう考えても3人の叔母ちゃんたちに先にあげるべきなのよ。
そこんとこ浅はかだから、タイミングよく来た彼女にあげすぎた。
タイミングのよさが彼女の運の強さと考えて諦めるしかないのか・・・。