真夏の夜の悪夢

地獄変 第五歌

 「なあ、マナ。ケイタのやつ、変わったよな。」
 「そうだね。前は今一つ気が弱くて言いたい事が一っ言も言えなかったけど、今じゃかなり明るい性格になってる。」
 ムサシとマナはチェックポイントの本校舎三階東端の女子トイレに向かっていた。証拠物件は何とトイレットペーパーの芯だ。
 まずは昇降口から入って一階を東端まで進み、そこから三階まで階段を上ってすぐ傍のトイレへ、というルートだ。
 「やっぱり記憶を失っている間に何かあったのかな?」
 「うーん、てゆーか、今お世話になっている人の影響じゃない?」
 現在、身寄りの無いケイタはカエデ宅の居候になっている。ちなみにムサシとマナはそれぞれ一人でアパートに暮らしている。勿論、生活費一切は戦自持ちだ。
 「碇達の話じゃ、阿賀野さんも葛城さんと似たような性格らしいからな。」
 「料理はできるというのが大きな違いよね。」
 いや、ミサトも料理はできる。ただ、見てくれは立派だが、本人の味覚が異常なのである。
 以前にマナが御馳走になったカレーの味が正常だったのは、どう考えても奇跡であろう。
 「ところでマナ、腹減ってないか?」
 「ううん?出かける前にしっかり食べてきたよ。」
 「そうか。一口チョコを持ってきたんだがな。」
 「あ、食べる食べる〜。」
 「腹減ってないんじゃなかったのか?」
 と言いつつ、ポケットの中の一口チョコをマナに渡すムサシ。
 「ふふん、甘い物は入る所が違うのよ。」
 マナは包みのセロハンを開けるとチョコを口に放り込んだ。
 「それにしても、キモだめしなんてネルフも暇なもんだな。いつ、敵が現れるかもしれないのに。」
 「まあ、今は取り敢えず平和なんだし、今のうちに楽しんでおけるのはいいんじゃない?」
 「それもそうだな。…ここが一階の女子トイレだな。」
 ムサシのライトがその入り口を照らす。
 「トイレと言えば…。」
 「何だ?」
 「トイレの花子さん。」
 「ああ、トイレに住む幽霊だな。昔、まだトイレが汲み取り式だった頃は、夜中にトイレに行くと便器の奥底から手が出て来て、便器の中に引きずり込まれる、なんて怖い話があったそうだが…。」
 「あー、それは和式トイレのかなり古〜い話でしょ?洋式トイレだったら、手じゃなくて火星人みたいな蛸のバケモノが出てくるって話を聞いた事あるよ。」
 「ああ、その蛸みたいな火星人というのは昔のSF映画とかでよく見るやつだな。」
 「でね、便座に座った女の子のお尻の穴にいきなり蛸の足が突っ込まれるの。慌てて女の子は逃げ出すんだけど、便器の中から蛸のバケモノが出てきて追いかけて来る訳。それで、女の子がトイレのドアを閉めようとして、首を挟まれた蛸のバケモノは首チョンパになって死ぬの。ほっとした女の子はお尻にまだ蛸の足が入ってるのに気付いてそれを抜こうとするんだけど、抜いた直後、トイレのドアを突き破って蛸の足が襲って来て手足と首に巻きついて…。」
 「…そ、それで、どうなるんだ?」
 「最後には手足も首も切断されてしまうの。」
 「うわ〜、いかにも西洋人らしいスプラッタな展開だな。」
 「…まだ、続きがあるのよ。その後、出かけていた母親が帰宅するんだけど、トイレのドアが穴だらけでそこに血が散乱しているのを発見するの。トイレに入って恐る恐る便器の蓋を開けると、そこには女の子の頭が…。」
 「ひえ〜、なんとも恐ろしい結末だな。」
 「母親は慌てふためいて警察に電話するんだけど…。」
 「おいおい、まだ続きがあるのかよ?」
 「便器の中の女の子の目が開いて、やがて女の子の頭の下に蛸の足がくっついたバケモノが母親の背後に…というのでお終い。」
 「西洋人の蛸に対する恐怖というのが極まった話だな。」
 「あっちでは船が巨大蛸とか巨大烏賊に襲われた、なんて伝説があるぐらいだもんね。」
 等とトイレにまつわる?怪談を話しながら階段を上りきった二人は、目的地へ到着した。
 「…ここだ。」
 だが、ムサシは入ろうとしない。
 「どうしたの?」
 「いや、ちょっとな…。」
 「あ〜、さっきの話で怖くなったんでしょ?」
 「そうじゃない。仮にも女子トイレだし、男の俺が入るのはまずいかな?と…。」
 「何言ってるの?もう誰も使ってないんだし、そんなの気にする必要無いって。」
 「そ、そうか?じゃあ…こんな事で来ない限り、女子トイレに入る機会なんて無いよな。」
 「何エッチな事言ってるのよ!さっさと証拠物件を探すわよ!」
 「お、おう。」
 二人はトイレの中をライトで照らしたが、証拠物件は見つからない。
 「後は、個室の中だな。」
 ムサシは一番手前のドアの前に立つと、いきなりノックした。
 「ムサシ?」
 「い、いや〜、花子さんが答えてくれるかな?って…すまん、下らん冗談だった。」
 ムサシがドアを開けて中をライトで照らすと、そこには洋式便器があるだけだった。一応、便器の蓋も開けてみたが、証拠物件は無かった。
 するとマナは次の個室のドアの前に立ち、やはりノックしてみた。
 「マナ?」
 「えへへ、一応やってみただけ。」
 「ったく、ノックは無用だっての。」
 マナはドアを開いて先程のムサシと同様に確認したが、ここにも証拠物件は無かった。
 「じゃあ、今度はまた俺だな。」
 ムサシはまたもノックした。
 「どうぞ〜。」
 応えの声がした。
 「じゃなかった!入ってま〜す。」
 応えの声の持ち主は慌てて言い直した。
 「………聞かなかった事にしよう、マナ。」
 だが、マナの返事が無い。振り向くとマナの姿も無い!
 「マナ!?」
 「聞いてるよ〜。」
 いきなり、顎の下からライトに照らされたマナの顔が暗闇に浮かび上がった。
 「後はここか…。」
 ムサシは最後のドアをいきなり開いた。
 「も〜、無視しないでよ〜。」
 マナが膨れっ面でムサシの背後から覗き込む。
 「あった。」
 そこはトイレの個室ではなくて清掃道具入れだった。そして奥の棚にトイレットペーパーの芯が立ててあった。
 〔おめでとう。よくこの宝物を見つけました。誉めてあげます。byミサト〕
 「葛城さんのメモもついてるし、間違いないね。」
 「よし、じゃあ戻るとするか。」
 「…ところでムサシ。さっき個室の中から誰かの声が聞こえたような気がしたんだけど…。」
 「無視だ、無視。」
 「無視しないでよ〜。」
 また、個室の中から声が聞こえた。
 「や、やっぱり誰かいるよ!?」
 「気にするな。行くぞ。」
 ムサシはそういってマナの手を引いて足早にトイレを後にした。
 「もしかして、ムサシったらトイレの花子さんが怖かったんじゃないの?」
 「そんな訳あるか。第一、あれは花子さんじゃなくて、おそらくはネルフの人だ。」
 「何でわかるの?」
 「花子さんというのは、こちらから遊ぼうと呼びかけたら返事をしてくれる、という話だった筈だ。」
 「あっ、そう言えばそうだった。ムサシって、冷静だね〜。」
 そう言いながらマナは自分の手を握っているムサシの手を外し、代わりにムサシの腕に自分の腕を絡めた。
 「おい。」
 「まあまあ、いいじゃない、誰も見ていないんだし。」
 「…昇降口近くまでだぞ。」
 トウジと同じく自称‘硬派’のムサシの精一杯の譲歩だった。
 「ちぇー、つまんないの。」
 「だったら今すぐ腕を離せ。」
 「わーかった。ムサシの言う事聞くから。」
 マナは甘えた声で答えると、ムサシの肩に自分の頭をそっと乗せた。
 ムサシが冷たい態度を取ると逆に甘えた態度をエスカレートさせるマナ。
 「そういうつもりなら、押し倒すぞ?」
 「はいはい、家に帰ってからね。」

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