真夏の夜の悪夢

地獄変 第四歌

 ケンスケとマユミのチェックポイントは放送室。場所は本校舎の三階西端だ。
 キモだめし…それは普通怖いもの。だからなるべく会話して恐怖心をなくすのが常なのだが、この二人は校門のスタート地点から歩き出してもう本校舎に入るというのに未だに何も会話してなかった。
 どちらも少々緊張していたからである。
 “そろそろ中に入るのに…何も話してないな…せっかくのいいチャンスなのに…。”
 “他のペアは気さくに話しているのかしら?…みんな、昔からの友達どうしだものね…。”
 “うーん…何を話せばいいんだろう…俺の趣味なんて話してもなあ…。”
 “わ…校舎が近づいてきた…浅利くんが怖い話してたけど…何も出ないで欲しい…。”
 そして、昇降口で他のペア達が立ち止まって何やら確認しているのに気付いたケンスケは閃いた。
 「そ、そうだ。校舎の中で迷うといけないから、現在位置を確認しておこう。」
 「今は昇降口の前ですね。」
 ケンスケの閃きにマユミが即答。しかし、それで引き下がるケンスケではなかった。
 ケンスケは自分が持つ地図を広げた。
 「えーと、チェックポイントは…。」
 マユミは自分が持つクジを広げた。
 「放送室、です。証拠物件は、マイクとなってます。」
 「放送室は…本校舎の三階の一番西側だ。」
 マユミがライトを向けた。
 「じゃあ、あの辺り…あら、このライトの光は届きませんね。」
 すると、ケンスケは背負っていたナップザックから何かを取り出してスイッチを入れた。
 そのライトの光はかなり遠くまで伸びて本校舎の三階の一番端の窓ガラスを照らした。
 「わぁ…凄い性能のライトですね。」
 「戦略自衛隊の特殊ライトなんだ。しかも電池は一ヶ月保つ。太陽光で充電もできるから、半永久的に電池交換は必要ないんだ。」
 「はぁ…。」
 「で、放送室に行くには…昇降口の隣の階段を一番上まで昇って左に行けばいいわけか。」
 「それが一番近道ですか?」
 「一番近道じゃないけど、一番わかりやすい道だよ。」
 「急がば回れ、という事ですね。」
 「そのとおり。それじゃ、行こうか。」
 「は、はい。」
 二人は書類を折りたたみ、ライトで足元を照らしながら昇降口に入った。ケンスケはミサトが用意したライトは肩にセットしているので、二人の前に広がる光は他のペアより大きい。
 にもかかわらず、昇降口に入る前はわりと弾んでいた会話もまた滞っている。
 そして、階段を昇りきった所で口を開いたのはやはりケンスケだった。
 「山岸さん、怖いのは大丈夫?」
 「は?」
 「ジェットコースターとか絶叫マシンとか乗った事は?」
 「そ、そんなの、怖くて無理です。」
 「そう。じゃあ、単純に怖いのはダメで、オカルト関係は大丈夫なんだ。」
 「ち、違います!どっちも嫌です!」
 「あ、そうなんだ。…じゃあ、何でこのキモだめしに参加したの?」
 「それは…えーと…みんなが参加するっていうから…碇くん達って、転校ばかりだった私にとって、この街での唯一の知り合いだったから…。」
 「そう…。」
 「そ、それと、やっぱり引っ込み思案な性格は直したいと思うし…。」
 「………シンジの好みは明るいコだと思ってるの?」
 「そ、そんな、私は別に…何でそんな事言うんですか?」
 「スタート地点にいる時から、山岸さんはずっとシンジを見ていたから。」
 マユミは言葉を失った。自分のシンジへの横恋慕をケンスケに見抜かれていると悟ったからだ。
 「…あの二人は既に双方の親から許婚として認められているんだよ。」
 「そんな事、知ってます。」
 「じゃあ、何で…。」
 「そんな事、相田くんには関係ないでしょう!」
 マユミの拒絶に今度はケンスケが言葉を失った。
 “関係ないか…違うんだ、山岸さん…関係あるんだよ…。”
 だが、それ以上は言えなくてケンスケもマユミも無言のまま歩みを続ける。
 やがて、二人の前にドアが現われた。
 「ここか…。」
 だが、ドアの上のプレートには音楽室と書かれていた。
 「道、間違えたんですか?」
 「そんな筈は…確認しよう。」
 ケンスケは地図を拡げた。
 「…道は間違ってない。放送室はこの音楽室の奥にあるんだ。他に道は無い。」
 ケンスケは地図をたたむと音楽室のドアノブに手を掛けた。
 「…鍵は掛かっていない。開けるよ。」
 ケンスケがゆっくりとドアを開けた。
 音楽室の中には…グランドピアノが一台置いてあるだけだった。
 「何でピアノが残っているんでしょう?」
 「…案外、ネルフがワザと置いたのかも。」
 「…何の為に?」
 「さあ?シンジによると、ミサトさんのやる事は時々常軌を逸しているらしいから。」
 その瞬間、マユミはライトを取り落として硬直した。
 「山岸さん?」
 「…い、今…壁に何かの光が…。」
 「光?」
 「…何か…金色に光る目みたいな…。」
 ケンスケはマユミの向いている方向にライトを向けた。
 「…また、ミサトさんもしょうもない事を…山岸さん、あれは画鋲が光に反射しただけだよ。」
 「え?」
 マユミが近寄ってよく見ると、そこにはもじゃもじゃ髪の音楽家(おそらくベートーベン)の肖像画があった。
 「目のところに画鋲が刺してあるだろ?小学生レベルの悪戯だね。」
 “小学生レベルの悪戯に引っ掛かった私って…。”
 マユミは少々落ち込んだ。
 「よくある音楽室の怪と言ったら、後は独りでに鳴る…。」
 ケンスケがそこまで言った時、タイミングよくピアノの音がした。
 「い、嫌〜っ!誰もいないのにピアノが、ピアノが鳴ってる〜っ!!」
 マユミはパニックに陥った。
 「山岸さん、落ち着いて!どうせ自動ピアノの類だよ!」
 「もう嫌!私、私…。」
 マユミは闇雲に駆け出そうとしたが、その手をケンスケが掴んだ。
 「離れちゃダメだ!二人で一緒にいる方が安全なんだよ!」
 「で、でも…。」
 「俺がついてるから…。」
 「相田くん…。」
 マユミはケンスケに手を掴まれている事に気付き、頬を赤く染めた。
 まだ幼い頃に父親に手を引かれて歩いた以外は、異性と直接触れた事は無かった。
 でも、マユミは手を離して欲しいとも思わなかった。
 「…落ち着いた?」
 「ええ…。」
 「じゃあ、先に進もう。」
 ケンスケはマユミの手を引きながら音楽室の奥へ進んだ。
 途中、ピアノの鍵盤をライトで照らすと、そこにいた鼠が慌てて逃げていった。
 「鼠が鍵盤の上を歩いてピアノが音を出したんだ。」
 「ね、鼠?」
 「嫌いなの?でも、もう逃げちゃったから大丈夫だよ。」
 さっきから些細な事でビクついてるマユミにケンスケは苦笑を禁じえなかった。
 マユミの顔はますます赤くなった。
 「…ここが放送室の入り口か。」
 ドアの上のプレートには確かに放送室と書かれていた。
 そして、ケンスケがドアを開けると、そこには…。
 「ワハハハハ、私は怪人赤マントだ。」
 などと自己紹介する怪人がいた。
 「証拠物件のマイクが欲しければ私を倒すことだな。」
 ケンスケはナップザックから何かを取り出すと、怪人赤マントの前で撃鉄を起こした。
 「そ、そんな、高校生が銃を持ってるなんて…。」
 怪人赤マントはあっさりホールドアップした。その時、マントから何かが転がり落ちた。
 「あっ、しまった!」
 と慌てる声は先程の声とは全く別の女性のものだった。
 「ボイスチェンジャーか。」
 ケンスケはそれを拾い上げた。
 「か、返して。」
 「どうでもいいけど、貴方はネルフの人でしょう?」
 「な、何故わかったの?」
 「証拠物件のマイクの事、知ってたじゃないですか。」
 「し、しまった…。」
 がっくりする怪人赤マントを尻目に、ケンスケは机の上からあっさりと証拠物件のマイクを見つけた。
 〔おめでとう。よくこの宝物を見つけました。誉めてあげます。byミサト〕
 「やりましたね。」
 「ああ。」
 こうして、マヌケな怪人赤マントからマイクを入手したケンスケとマユミはスタート地点に戻る事にした。
 「…相田くん。」
 「何?」
 「相田くんは…失恋した事ってある?」
 「そういうのとはちょっと違うけど…憧れていた人はいたよ…。」
 「…葛城さん?」
 「いやいや、それは違う憧れで…まあ、真剣に想っていた人は確かに年上だった。」
 「どんな人だったんですか?」
 「一言で言えば…不思議な人だった。中三なのに750ccバイクを乗り回して、およそ知らない事は何も無いほど博学で、頼りがいがあっていつも的確なアドバイスしてくれて、プロの軍人よりもケンカが強くて…。」
 マユミはケンスケの言っている人物が誰なのか、何となくわかったような気がした。おそらく、自分も会った事がある…、いや、命の恩人そのものだ。
 「結局、戦争のせいで行方不明になって…。」
 「…お亡くなりに?」
 「うーん、よくわからないけど、きっとどこかで生きていると思うよ。でも結局そのせいで、俺の想いは何だか有耶無耶になってしまって…。」
 「…確か…真辺先輩…でしたよね。」
 「うん。そうか、山岸さんも会ってるんだ。あの、音楽室でバンドの練習した時に。」
 「♪瞳を閉じれば きっと 想い出せる…。」
 「!覚えていてくれたんだ、あの歌…。」
 「あの歌、とっても好きでした。いえ、今でも。」
 ケンスケ作詞・作曲の‘君が、君に生まれた理由’という曲だ。
 「あの時は、結局文化祭で唄わないまま、私は転校してしまって…練習で唄ってみんなが感動してくれた時は私も嬉しかった。だって、それまで私には何の取りえも無いと思っていたから…。」
 「そんな事無いさ!歌の他にも山岸さんにはいいところがあるって!」
 ケンスケの強い口調にマユミは一瞬唖然とし、それから小さく笑った。
 「あ、あれ?俺、何か変な事言ったかな?」
 「いいえ、そうじゃないです。相田くんはどうしてそんなに私の事を贔屓目に見てくれるんですか?」
 「えっ?…えっと、それは、その…。」
 ケンスケはしどろもどろになった。
 “自分の弱さを見つめるとき 初めて優しさの意味に気付く…。”
 マユミはケンスケの優しさに気付いた。
 「相田くん、早く行きましょう。ゴール地点一番乗りを目指して。」
 マユミは今までで一番の笑顔でケンスケの手を引っ張った。

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