真夏の夜の悪夢

地獄変 第三歌

 カヲルとレイのチェックポイントは中庭だった。
 「しかし、ケイタくんも意外な点で物知りなんだねぇ。」
 「そうね。ところで、キモだめしって、何で‘キモ’って言うのかしら?そもそも‘キモ’って何なのかしら?」
 キモとは、UFCで初めてホイス・グレーシーに勝った(事になっている)ファイターらしい。
 もとい。
 「多分、キモとは肝臓の事だと思うよ。‘アンキモ’という食材は鮟鱇の肝臓らしいからね。」
 「すると、キモだめしとは肝臓の強さを競うものなの?」
 「うーん、どうだろうね?酒に強いヒトは肝臓の能力が凄いらしいけど。」
 「だから葛城三佐はキモだめしが好きなのかしら?」
 などと話しながら廊下を歩いていく二人。
 ちなみに、キモだめしのキモは胆とも書く。心とか気力という意味だが、胆嚢の胆も同じ字である。
 さて、地図によるとどうやら本校舎の中央付近で一階から中庭に出れるようになっていた。
 「さて、中庭にやってきたものの、結構広いねぇ。で、何を探すんだっけ?」
 「箒よ。」
 「箒か。中庭に置いてあるという事は、教室の掃除で使う羊歯箒ではなくて竹箒かな。」
 「両方あったらどちらも持って行きましょう。」
 「で、どこから探す?レンガ道が二手に分かれているから、別々に探してみるかい?」
 「そうね。じゃあ、私は右を行ってみるわ。」
 「それじゃ、僕は左に。」
 二人は其々の進路をライトで照らしながら歩いていった。だが、箒は見つからず、見つけたのは背中に薪を背負って本を読んでいる少年の像だけだった。
 「何々…にのみや…そんとく…この像のモデルの名前かな?」
 カヲルはライトで照らしながらその像を観察した。箒は何処にも無かった。
 「にのみや…そんとく?…後で赤木博士に訊こうかしら。」
 その像を見つけたレイもライトで照らしながらその像を観察したが、やはり箒は何処にも無かった。
 そんな事が其々二回繰り返された後、二人は最初に分かれた地点とはちょうど反対側の地点で合流した。
 「タブリス、箒は見つかった?」
 「いや、見つからなかった。君の方もだめだったようだね。」
 「ええ。何か変な像が二つほどあっただけ。」
 「僕の方もさ。さて…植え込みの中は探さなかったけど、もしそうだとしたらお手上げだね。」
 ライトで植え込みを照らしてみるカヲル。
 「地図をもう一度見せて。」
 カヲルが地図を広げてレイがライトで照らす。
 「ほら、中の方に行く道があるわ。この道は歩いてない。」
 確かに、中庭の外側を一周する道の途中に四箇所、中に進める道があった。その道は中央で合流していた。
 「本当だ。早速行ってみよう。」
 カヲルとレイはとりあえず一番近くの道を選んだ。
 「今頃、他のペアの状況はどうなのかしら?」
 「気になるのかい?特にシンジくんと惣流さんのペアが…。」
 「それはタブリスも同じでしょ。」
 「それは違うね。確かに、最初はとても気になる存在だったよ。初めての人間の友達だしね。でも、人間ならば異性同士で恋愛感情を持つのが一般的なんだ。同性の一番の親友。今では僕はシンジくんの事をそう想っている。」
 「でも、何かあったら誰よりも碇くんを助けたい、と想ってるでしょう?」
 「それは君の事だろう。」
 「そうね…でも、碇くんの傍にいるのはアスカ…碇くんが一番守りたいのもアスカ…。」
 何故か、レイは涙を一滴溢した。
 「それは…涙だね。」
 「何で…涙が出るの…わからない…。」
 「理由がわからなくても涙は出るものなんだね。羨ましいな。」
 「羨ましい?私が?」
 「僕は涙を流した事は無いんだ。どうやら君は僕よりもずっとヒトに近いんだね。」
 「そうなのかしら?」
 「………。」
 無言になった二人はそのまま歩き続けた。
 やがて、二人の前にまたもやあの二宮尊徳像が現われた。中庭の中央部に到着したのだ。
 「…後ろに見えてるのは竹箒の柄じゃないかな?」
 その像の背中側に確かに柄が見えていた。
 「…あったわ。」
 レイは像の後ろに回って確かに竹箒が像の背中にくくりつけられているのを確認した。
 だが、レイが竹箒を取ろうとした時、何と像はレイの方に向き直った。
 「………気のせいかしら?今、この像が動いたように見えたのだけど?」
 と言いながらも、レイはまた像の反対側に回って竹箒を取ろうとした。
 だが、またも像は180°向き直ってレイと相対した。
 「………あの、意地悪しないでくれる?」
 レイは像に語りかけた。
 「不思議な事があるものだ。ただの像がまるで意志を持ってるかのように動くとは…これが世に言う怪奇現象という事なんだね。」
 カヲルが納得している間にも、レイは竹箒を取ろうとして像に意地悪され続けていた。
 「その箒は貴方にとってそんなに大切な物なの?」
 レイが問いかけるが、像は答えようとはしなかった。
 「どうやらそうらしいね。でも、僕達はどうしてもそれを持っていかなければならないんだ。」
 カヲルは隙を見て背後に回りこみ、竹箒の奪取に成功した。
 「ごめんよ。これを持って行かなければ、僕達は葛城三佐の料理を食べさせられてしまうんだ。」
 「貴方もいつか食べてみればわかるわ。葛城三佐は一流の殺人料理シェフだという事が。」
 だが、像は読んでいる本から顔を上げると、二人の方へ歩き出した。
 「わかった。ではこうしよう。用が済んだら今日中にこれを返しに来る。約束しよう。」
 すると、像は歩みを止め、変わりに目から赤い光を放ち始めた。
 「…わかってくれたのかしら?」
 「みたいだね。…おや、何かメモがついている。」
 〔おめでとう。よくこの宝物を見つけました。誉めてあげます。byミサト〕
 カヲルが見つけたメモにはそう書かれていた。
 「どうやら本当にこれでいいらしいね。」
 「それじゃあ、戻りましょう。タイムオーバーになったら葛城三佐の地獄のフルコースが待ってるわ。」
 という事で二人が戻ろうとすると、道の先から何かが歩いてくる足音が聞こえてきた。
 やがて、ライトの先に浮かび上がったのは、二宮尊徳像だった。
 「外の道にあった像だわ。」
 「どうやら、約束をわかってくれなかったようだね。」
 「戻って別の道を行きましょう。」
 二人は走って再び中庭中央に戻り、別の道から外に向かった。
 だが、その道の真ん中にもやはり像が立ち塞がっていた。
 「もう一度戻って、別な道を…。」
 「同じ結果だと思うけどね…。」
 そして、三番目の道でも途中に像が立ち塞がっていた。
 「…お願い、そこをどいて。」
 だが、構わず像は前進してきた。
 「言っても無駄みたいだね。」
 最後の四番目の道は既に像が通せんぼしていた。
 「…囲まれたわ。」
 「仕方が無い、一戦交えよう。」
 「5対2よ。」
 「いや、倒すのは真ん中の奴のみ。この箒を持ってた奴が他の四体を操っていると思う。」
 「…ありがちな設定ね。」
 と言いつつ、レイはライトをカヲルに渡すとATフィールドを展開し、それを鋭いナイフのように変化させて両手に持った。
 そしてそのATフィールドのナイフでレイはボス像を切りつけた。
 「アシャウッ!」
 ボス像は胴をX字に切断されて転がった。手下像はぴたっと止まり、動く事は無かった。
 ボス像の切断面から小さな火花が出ているのが暗闇の中でもすぐにわかった。
 「…ロボット?」
 「そのようだね。そしてこれを作ったのは多分…。」
 「赤木博士ね。」
 「僕達をほったらかしてネルフに泊り込んでこんなもの作っていたとは…。」
 「他のはどうする?」
 「君はどうしたい?」
 「…壊す。」
 「賛成だね。粉微塵にしてやろう。」
 カヲルとレイはATフィールドを展開し、それを球状にして手下像に放った。
 爆発音が四回、夜のしじまに轟いた。
 「…これで、後で大掃除に苦労して貰えるね。」
 「ああ、スッキリした。」
 そしてカヲルとレイはスタート地点に戻る事にした。
 その道すがら。
 「そうだ、いちおう謝っておくよ。ごめんね。」
 「何故、謝るの?」
 レイは不思議そうな顔をした。
 「さっき、君を泣かせてしまったからね。」
 「気にしていないわ。タブリスこそ、私が泣く事ができて羨ましいと言っていなかった?」
 「確かに言ったよ。でも、男性が女性を泣かす事はいけない事なんだよ。」
 「そうなの?」
 「そうだよ。」
 「…タブリスは私の知らない事をいろいろ知ってるのね。私よりずっとヒトらしいわ。」
 「僕達はヒトじゃない。でも、ヒトとして生きていかねばならない。シンジくんはそれを願っている。」
 「でも、私達は碇くんといつか離れ離れになる日が来る。」
 「ヒトはせいぜい100年ぐらいしか生きられないからね。‘彼女’は唯一の例外だけど。」
 「私と同じ刻を過ごせる男性は…タブリス、貴方だけなのね。」
 「君が望むなら、永遠に君の傍にいよう。」
 「ありがとう。」

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