「ちょ、ちょっと、トウジったら、そんなに早く歩かないでよ。」 こちらはトウジとヒカリのカップル。 目指すチェックポイントは理科室。場所は中庭を挟んで本校舎と反対側にある特別教室棟の1階西端だ。 「ほら、ヒカリ。早う来んと置いていってまうで。」 と言いつつも、トウジは歩みを止めてヒカリが傍に来るのを待ってやった。 「はぁ…なんかもう帰りたくなっちゃった…。」 「どうしても来たいって言うとったんはヒカリやろ?」 「それはそうだけど…浅利くんの話、聞いちゃったら…。」 「何言うとんねん、あんなのは噂話や。カッパとかツチノコとか、日本全国でよくある胡散臭い話と同じや。」 「でも…日本中で噂されるって事は、それだけ信憑性も高いという事なのよ…。」 と、一人はのほほんと、一人はビクつきながら歩みを進め、階段にやって来た二人。 「えーと、この階段を一回昇った先に特別教室棟の1階への連絡通路があるんやな。」 ライトで地図を確認したトウジは階段を昇ろうとしたが…。 「ま、待って!」 「何や?トイレか?」 「ち、違うわよ!階段に…何かいるわ…何か光ってない?」 階段の踊り場…そこに、何か小さな緑の光が二つ…。 トウジがライトを向けると、そこにいたのは…猫だった。 だが、その猫はいきなりライトの光を浴びせられて吃驚したのか、ニャーと一声鳴いて逃げていった。 「なあ、ヒカリ。考えすぎやで。怖い怖いと考えるからあんなもんも不気味に見えるんや。」 「そんな事言っても…。」 「ほら、行くで。」 トウジはヒカリの手を取って階段を昇り始めた。ヒカリが真っ赤な顔になったのにも気付かず…。 「しかし、廃校とは言ってもまだまだ綺麗やな。」 「そうかしら?何かところどころ落書きが…。」 所々の壁・柱に意味不明な文字・絵が散見される。それを残しただろうと思われる街のチンピラ達の姿はない。おそらくネルフによって強制排除されたのだろう。 「ああ、ワシが言いたいのは、山奥の木造校舎とは違ってボロボロになってないっちゅー事や。」 確かに、落書きはともかくとして、柱や壁には染みや汚れ、ひび等も入っていない。カーテンやガラスも大抵残っている。ガラスの無いところはおそらくチンピラ達に割られたと思われるが、割れたガラス片が転がってないのは、子供たちが怪我しないようにミサト達の指示で片付けさせたのだろう。 そうこうしている間に二人は特別教室棟の1階に着いた。 「理科室は一番奥やな。」 一番奥と言っても、まあ理科室には大抵仕掛があるのだが…。 「鍵は掛かっとらんな…よっしゃ、開けるで。」 トウジはドアを開けるとライトで中を照らした。 「…何や、誰も居そうに無いな。」 「だ、誰かって…。」 「せっかくのキモだめしなんやから、誰かが隠れとってワシらを脅かそうとしてんやないかと思っとったんやが。」 二人は理科室の中に入った。 「証拠物件は何やったかな?」 「シャーレよ。」 「そら、洒落にならんがな。」 「何?」 「面ろなかったか?シャーレっつうのと洒落を掛けてみたんやが…。」 「トウジったら!私が心細いのにそんなくだらない事言って!」 「おいおい、そんな怒る事ないやろ。そのビクついとるのを何とかしたろ思うてギャグ言うたのに。」 「そ、そうだったの…ゴメン、ついいつものクセで…。」 「…ま、まあ、ワシも昔は怒られるような事ばかりしとったかもしれんしのう…。」 何だか気恥ずかしくなって黙ってしまう二人。 「…そ、そや、証拠物件を探さんと…。」 「そ、そうね。」 「…で、シャーレって何やったっけ?」 ヒカリはずっこけた。 「それもわからなくてさっきの冗談を言ったの?」 「意味はわからんでも面白ければそれでエエ!ギャグっちゅうのはそんなもんや。」 「はいはい。それで、シャーレっていうのは理科の実験に使うガラス製の小皿みたいなものよ。」 「ビーカーとかフラスコとかいうのもあったな。」 「どうせ、名前は覚えてても、形や大きさはわからないんでしょ?」 「へへ、その通り。」 「じゃあ、一緒に探しましょう。」 二人はライトで照らしながら理科室内の戸棚や机を調べていった。 だが、理科の実験道具は一つも転がっていなかった。 「変やな?どこにもないで。」 「うーん…使える備品として全部売り払ってしまったのかしら?」 「ほんなら、ミサトさんの言う証拠物件なんて元々無いって事か?」 「多分、葛城さんが一個だけ用意してどこかに隠したんじゃ?」 「しかし、調べる所は全部調べた筈…待てよ、ひょっとして…。」 「ひょっとこ、なんて言わないでよ。」 「そんな、レベルの低いギャグを言うかいな。」 トウジはライトで壁を照らしながら歩く。 「なあ、ヒカリ。理科室言うたら、何か不気味なイメージがあるやろ?何でやと思う?」 「さ、さあ…。」 「ズバリ、不気味なモンを置いとったからや。」 「あ…そう言えば…。」 「そしてそれは大抵理科室からしか行けない、ある意味秘密の部屋にあった筈。」 「標本室…。」 「この部屋に証拠物件がなければ、あるのは恐らくそこや。」 そして、トウジはドアノブを見つけた。 「…あった。」 教壇の廊下側ではなく中庭側、そこに秘密の入り口はあった。 トウジはドアノブを握って回した。やはり、鍵は掛かっていなかった。 「…開けるで。」 ドアの向こうは…幅2メートルぐらいのまるで通路みたいな部屋が教壇の裏側に延びていた。 左右の棚には、小動物の剥製やホルマリン漬の瓶が並んで…いなかった。 「…どうやら、片付けてしまったみたいね。」 「…何や、全然面ろないな。これでキモだめしって言うたらサギやで。」 「い、いいわよ、怖くなくても!早くシャーレを探しましょう。」 不気味な物は無いとわかって、ヒカリは余裕が出てきたのか一人で奥に進んだ。そして…。 「…トウジ、あったわ!」 〔おめでとう。よくこの宝物を見つけました。誉めてあげます。byミサト〕 シャーレの裏にミサトのメモが張られていた。 「ミサトさん直筆のメモもあるし、これは確かに証拠物件や。」 「それじゃ、さっさとこんなところ出ましょう。」 「そない慌てんでも、まだ時間はあるがな。」 「何事も余裕を持って行動した方がいいの!」 今度はヒカリがトウジを引っ張って出口へ歩き始めた。すると…。 「ヒッ。」 ヒカリが小さな悲鳴を上げて立ちすくんだ。 「何や、どうしたんや?」 「ま…前に何かいる…。」 「またか…どうせまた猫やろ?」 トウジがライトを向けると、そこに浮かび上がったのは…ガイコツだった。 「なっ!?」 トウジは一瞬寒イボが立った。 「あ…そ、そうか…こういうのも理科室に置いとったな。」 骨格標本と人体標本は理科室には付き物である。 「ヒカリ、安心せえ。ほら、人の骨の見本や。」 「ほ、ほんと?」 ヒカリはトウジのライトが照らす方向を見た。 すると、そこには…だんだん近づいてくる髑髏が! 「ト、トウジ!動いてる!ガイコツが動いてる〜っ!!」 「そ、そんな、アホなっ!?」 二人はパニックになり、反対側に駆け出そうとした。すると、その先には、ライトに照らし出された人体標本があった。 そして、その人体標本も二人に向かって歩き出した。 「も、もう嫌ああぁっ!!」 ヒカリはへたり込んでトウジにしがみ付いた。 「トウジ、トウジ〜っ!!」 「し、しっかりせえ、ヒカリ!」 と言いつつも、トウジはこのピンチをどうすれば切り抜けられるのか思いつかない。 そして切羽詰ったトウジは…。 「これでもくらえっ!!」 証拠物件のシャーレをガイコツに投げつけた。 「ぐおっ!!」 ガイコツは至近距離から投げられたシャーレを避けることができずにどてっ腹で受け止めて、思わず悲鳴を上げた。 “え?ガイコツがぐおっ、て…。” 何か変に思ってトウジはもう一度ライトを向けた。そこには腹部を押さえて蹲るガイコツがいた。 よく見ると、それは変だった。骨と骨の間は何も無い筈なのに黒い膜があり、ところどころ骨が見えなくもなっている。 つまり、わかりやすく言えば、表と裏にガイコツの絵をペイントされた黒い全身タイツを来た何者かがそこにいた。 「…ちゅう事は、そっちの人体も全身タイツやろ!!」 「…え、えーと…。」 「喋った時点でバレバレや!!」 「いや〜、悪いね。葛城三佐と赤木博士に頼まれたんでね。」 人体標本男はそう言って頭を掻いた。 「おー、イテテテ…まさか、そんな反撃をされるとは思わなかったよ。」 骨格標本男は腹を抑えつつ立ち上がった。 「え?え?」 ヒカリはまだ状況がわからない。 「どっちもネルフの人や。ワシら、見事にひっかかったんや。しかし、何もないと思わせて最後の最後で驚かすとは、見事やったで。」 「葛城三佐の作戦通りさ。」 「この全身タイツも赤木博士の監修で作られたそうだ。」 「…もうっ!こんなしょうもない事にネルフの偉い人が一生懸命になるなんて信じられない!」 ようやく状況が飲み込めたヒカリは今度は怒りの赤ら顔。 「えーと、さっきの証拠物件はどこに行ったかな?」 トウジは骨格標本男と人体標本男に手伝ってもらって再度シャーレを発見した。 「ほな、ワシら帰りますわ。」 「ああ、二人とも気をつけてな。」 「えっ?まだ何かあるの?」 「ヒカリ、そういう意味とちゃうわ。」 そして歩き出すトウジを慌ててヒカリが追いかける。 「ちょ、ちょっと待ってよトウジ!」 「まだ怖いんなら、手ェつなごうか?」 「じゃあ、お言葉に甘えて。」 が、ヒカリはトウジの手を握らずに腕を絡めた。もう、キモだめしは終わったも同然だから心に余裕ができてそんな大胆?な行動に出たのかもしれない。 「な…そんなんしていいとは言うとらんで。」 「いいじゃない、外に出るまでだから。ね。」 「う…そんなら、ま、ええか…。」 ヒカリはトウジがきっと赤い顔をしてると思った。 「ところで、さっきの二人からもらったそのマスク、どうするの?まさか、二人で頭に被って出て行くなんて嫌よ。」 「そんなんやあらへん。ミサトさんに言うたるんや。こいつは戦利品やと。」 「戦利品?」 「そや。ガイコツとゾンビに襲われたからボコボコにしてきた、ってな。」 その時のミサトの反応が楽しみなヒカリだった。 ちなみに、骨格標本男と人体標本男、それぞれの名は佐藤何某と鈴木何某と言う。 間違っても緑色のボタンで召喚されたわけではなかった。 〈エピローグへ〉 〈他のエピソードを読む?〉