真夏の夜の悪夢

地獄変 第一歌

 シンジとアスカはチェックポイントへ向かって渡り廊下を歩いていた。場所は中庭を挟んで本校舎と反対側にある特別教室棟の2階の東端にある被服室だ。
 「ケイタの話って本当なの?」
 「さあ?僕も初めて聞いた話だし…。」
 「きっと作り話よ。都市伝説みたいに誰も見た事が無いのに口から口へと伝わって、やがて伝説になる…人面犬ってあったでしょ?」
 「ああ、犬かと思ったら、街灯の光に浮かびあがったその頭は人間のものだった…。」
 「どうせ、油性ペンで眉毛をいたずら書きされた犬だったんじゃないの?」
 「かもね。人面魚だってただ単に人の顔に見える模様があっただけだし。」
 「知ってる?点が三つ、目と口の位置に並んでいれば、人間はそれをすぐ顔と認識してしまうんだって。」
 なんて話しながらも二人は被服室にやってきた。
 「ここだね。」
 シンジのライトの光が被服室と書いてある入り口のプレートを照らしている。
 「鍵は掛かってない。…開けるよ。」
 シンジは引き戸を開いた。中は暗闇に包まれている。
 「証拠物件って何だったっけ?」
 「ものさし。いかにも被服室に置いてありそうなものね。」
 「でも、この中の何処にあるんだろう?」
 「残念ながら、紙には書いてないわ。棚とか引き出しとか、片っ端から調べるしか無さそうね。」
 「これじゃ、キモだめしというよりは宝探しだよ。」
 二人は別々に棚や引き出しの中を一つ一つ探し始めた。
 と、突然壁から謎の光が!
 「きゃっ!」
 「な、何!?どうしたのアスカ!!」
 アスカの小さな悲鳴にシンジは慌ててライトを向けたが、アスカの姿は何処にもない。
 「アスカ!?どこ行ったの、アスカ!!」
 シンジはアスカの悲鳴が聞こえた方に駆け寄った。
 「アスカ!アスカ!!」
 「シ、シンジ〜。」
 いきなりアスカがシンジの足に縋りついてきた。
 「アスカ!…良かった、神隠しにでもあったかと思ったよ。」
 「か、壁からいきなり光が…きっと人魂か何かが…。」
 シンジは壁にライトを当ててみた。その瞬間、確かに壁から光が!
 「………鏡だよ、アスカ。」
 シンジはアスカの頭を撫でた。
 「ふぇ?」
 アスカが目を開けて横を見ると、シンジの足にしがみ付いている無様な自分の姿が写っていた。
 「少しは背筋が涼しくなった?」
 「も、もうっ!」
 アスカは差し出されたシンジの手を握ると、赤い顔のまま立ち上がった。
 「鏡の怪談って言えば、丑三つ時に合わせ鏡をすると、鏡の中から悪魔が出てくるというのもあったね。」
 「や、やめてよシンジ!」
 「いや、漫画のネタなんだけど…。」
 「もう…早くものさしを見つけて帰りたい…。」
 アスカは宝探しを再開した。でも、握ったシンジの手は離さない。
 「アスカ、二手に分かれて探した方が早いよ。」
 「嫌。」
 「怖いの?」
 「こ、怖くなんかないわよ!でも、こうやってシンジと手を握るって事、あんまりないし…。」
 「そう言えば…そうだね。うん、じゃあ外に出るまでこうしていよう。」
 二人は一緒にものさしを探した。だが、室内を一通り探したのに、ものさしは見つからなかった。
 「変ね?どこにもないわよ?」
 「うーん、探してない所は無い筈だけど…。」
 「…ミサトに騙されたのかしら?実は証拠物件はなくて、ここのクジを引いたペアが罰ゲーム決定になってるとか…。」
 「いや、タイムオーバーしたら、だった筈だよ。もっとよく探してみようよ。時間はまだ残ってるし。」
 「そうね。」
 そして、二人はもう一度宝探しを再開した。
 「あ…これ、もしかして照明のスイッチかな?」
 シンジのライトの光がスイッチを照らす。
 「期待はしないけど、スイッチ入れてみて。」
 果たして、スイッチを入れると何と天井照明が半分は点灯した。
 「電源、生きていたの?」
 「ミサトさん達が気を効かしてくれたんじゃないかな?でも、これでだいぶ探しやすくなったね。」
 だが、それも束の間、アスカは何か異常に気付いた。
 「…変ね?」
 「何が?」
 「さっき、ここには鏡なんて無かった筈なんだけど…。」
 「さっきの鏡は…。」
 シンジがぐるっと見回すと、斜め後方に鏡があった。
 「えっ?」
 アスカの目には、自分の前の鏡の中に何か白い物が見えた。
 その何か白い物は動いているように見えた。
 「シ、シンジ…。」
 「何?」
 「な、何か…いるよ…。」
 「えっ?いるって…何が?」
 「こ、この…鏡に…何か白い物が…。」
 「だから、それはライトの光だって…。」
 そう言ったシンジの目にも、確かに鏡の中に何か白い物がゆらゆらしているのが見えた。
 「!」
 シンジは後ろを振り返って見たが、白い物など無かった。
 「ま、まさか…。」
 目の前の鏡の中の白い物はだんだん大きくなってきた。
 シンジ達の方へ近づいているのだ。
 そして、鏡の中から出てきて、自分達も鏡の中に引きずり込もうとしているのでは…?
 「や、やだっ!」
 そう考えてしまったアスカは思わずライトを取り落としてシンジの胸にしがみ付いた。
 「シンジ!シンジ〜!」
 「アスカ、大丈夫だから…。」
 そういうシンジも、例えようの無い焦燥感に襲われていつのまにか片手でアスカを抱きしめていた。
 目の前の白い何かは確実に自分達の方に迫っていた。早く逃げ出さないと…。
 “………あれ?”
 ふとシンジは何か不信に思い、ライトを鏡に向けた。そしてライトの光をムチャクチャに振り回した。
 だが、目の前の鏡にはライトの光の軌跡が残像のように映っていたのだ。
 “これは…鏡じゃない…。”
 シンジはライトを振り上げると、思いっきり前に投げつけた!
 鏡?は音を立てて割れ、その表面にひびが入ると同時に何も映さなくなった。
 「アスカ…もう大丈夫だよ…もう、白い何かは消えた。」
 「ホ、ホント?」
 「今、ここにあったのは鏡じゃなくて、ディスプレイだったんだ。」
 「え?」
 「とりあえず、手を離して。このままじゃ動けないよ。」
 「あ…。」
 アスカは恐怖のあまりシンジに抱きついていた事に気付き、恥かしくなってシンジから離れた。
 「ミサトさんも手の込んだ事するなぁ。」
 シンジは壊れたディスプレイの周囲をライトで照らしながら観察した。
 すると、ディスプレイの上に何かが小さく光った。そこには小さな丸い穴があった。
 「…これ、多分暗視カメラとかだよ。僕達の姿を撮影してディスプレイに投影していたんだ。白い何かの映像と合成してね。」
 「…こ、こんなもの…こうしてやる!」
 アスカがディスプレイを力いっぱい蹴りつけた。するとディスプレイはばらばらに割れて床に落下した。
 そしてよく見ると、ディスプレイの奥には棚があって、そこに探していたものさしが置かれてあった。
 「あった!ものさしだ!」
 シンジが手を突っ込んでものさしを取り出すと、それにはメモ書きが付けられていた。
 〔おめでとう。よくこの宝物を見つけました。誉めてあげます。byミサト〕
 「うー、ミサトったら、腹立つわね〜。」
 アスカはミサトに笑われているような気がして地団太踏んで悔しがった。
 アスカのそんな仕草も可愛く思えて、シンジは笑みを溢した。
 「何よ!シンジは悔しくないの!?少しはビビってたんでしょ!」
 「まあまあ、怒ると可愛い顔が台無しだよ。」
 「っ!シ、シンジったら、こんな時に何言うのよ…。」
 アスカは怒りの赤ら顔から嬉し恥かしの赤ら顔に変わった。
 「アスカ、そろそろスタート地点に戻ろう。時間も少ないし。」
 「…そうね。あ、私のライトは?」
 それはアスカの足元に転がっていた。
 「僕のライトは…。」
 それは割れたディスプレイの破片の傍に転がっていたが。
 「…壊れちゃったね。」
 するとアスカはそれをシンジから取って明後日の方向に放った。
 「アスカ?」
 「後でミサトに取りに来させればいいのよ。それぐらいの手間掛けさせてもいいでしょ。」
 アスカのミサトへのささやかな復讐?らしい。
 「すると、帰りは僕はライトなしか…。」
 「大丈夫。こうすればいいのよ。」
 アスカはシンジの左手にライトを渡すと、シンジの右手を握った。
 「外に出るまでこうしている筈でしょ?」
 「そうだったね。」
 シンジは微笑むとアスカの手を引いて歩き出した。
 「…私、シンジとのペアで本当に良かった。」
 「どうして?」
 「やっぱりシンジがいいオトコだってわかったから。」
 「へ?」
 ライトが当たらないと表情がよくわからないのがわかってて、アスカは臆面も無くのたまった。
 「家に帰ったら、またシンジに抱きしめて欲しいな。それも、ベッドの中で。」
 「アア、アスカったら、そ、そんな事…。」
 暗くてわからないが、シンジも真っ赤な顔になってるだろうと思ってアスカも小さく笑った。

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