建物名称 コスモタワー
所在地 長野県佐久市
高さ 建物本体高34.9m 展望室2床面高21.9m 展望室1床面高11.1m
竣工 1988(昭和63)年
概要 コスモタワーは旧南佐久郡臼田町(2005〈平成17〉年に周辺市町村と合併して現・佐久市)の都市計画に基づいて整備された稲荷山公園に立つ。稲荷山は市街地からの比高約50mの小山で戦国時代には勝間反ノ砦(かつまそりのとりで)が築かれた場所であり、その後山頂付近に稲荷神社が祀られて稲荷山と称するようになった。都市公園として整備を開始したのは1982(昭和57)年のことで、現在は桜とツツジの名所としても知られる。
タワーの外観は一見してわかるようにロケットをモチーフとしたデザインである。これはJAXAの臼田宇宙空間観測所が立地していることから旧臼田町が「星の町」をキャッチフレーズにしていたことにちなむ。総工費には1億3800万円を要し、名称は公募によって決定した。
なお2009(平成21)年に刊行された「臼田町誌」によれば、稲荷山の山頂には地元で土建業を営んでいた林茂吉という人物が御大典記念として1929(昭和4)年に高さ30mの塔を建設して町に寄贈したとある(展望台の有無は記述がない)。頭部に旭日のマークをあしらったというこの塔は1944(昭和19)年に空襲の際の目標になるとの理由で解体され現在は土台が戦没者慰霊塔の礎石になっているが、コスモタワーを建設するにあたってはこの塔の存在も強く意識されたのだろうと述べられている。
TF式分類 第1種 I類
登頂日 2011年12月28日
 2011年12月28日の登頂記録

コスモタワーの外観は何をシンボライズしたかが非常にわかりやすいのですが、そのわかりやすさがストレートすぎて子供のおもちゃみたいな安っぽいデザインなのが惜しい。
築後20年以上を経て錆が目立つのも気になるところで、せめて再塗装くらいはしてほしいものです。

タワーは完全に無人の施設で入場は無料。エレベーターはありません。
入口脇にはタワーの立面図および周囲の広場の平面図を示したパネルが掲げられています。このパネルには時計の寄贈者として千葉県船橋市在住の個人名が記されているのですが、検索してみてもどんな肩書きや地位にあった人物なのか手がかりはほとんどありません。ただ佐久地域に多く見られる名字で当地には同姓の有力者がけっこういることから、それなりの財を成した地元出身者とみて間違いないでしょう。
2層の展望台のうち、上層は「展望室2」と称することが立面図からわかります。室内は階段室を中央にぐるりと一周できる構造ですが、塔体の直径は8mなのでだいぶ手狭です。
まず南西側。ごく平凡な田園風景です。
左手の山の中腹に白い点が見えますが、あれが臼田宇宙空間観測所のパラボラアンテナで、その直径は64mという巨大なもの。深宇宙探査機へ指令を送信したり観測データを受信することを主目的として1984(昭和59)年に設置されました。
稲荷山公園のすぐ東側には千曲川が流れています。対岸はJR小海線臼田駅のある一帯。
いちばんの見どころはやはり北に聳える浅間山でしょう。今日はあいにく雲がかかっていますが冠雪の山頂が辛うじて顔を覗かせています。その手前には長野県歌「信濃の国」に「四つの平は肥沃の地」と謳われている盆地のひとつ、佐久平のパノラマが広がります。快晴の日にはいっそうダイナミックな風景が展開することでしょう。
下層の「展望室1」に下りてきました。内装やレイアウトは展望室2と変わりありません。景色は見たいが階段登りが辛いという人はここで妥協するがいい。
タワーの周囲は展望広場と称し、太陽系の惑星が描かれているのですが、その位置や大きさは科学的に正確なものではなく、あくまでもイメージにすぎません。
それにしても経年劣化の度合いはタワーよりもひどい。
タワーの足もとには地球が描かれています。褪色が甚だしいのはカラータイルではなくて塗装による着色を採用したためでしょうが、将来こうなることくらい施工時に予測できそうなもんだ。
月、木星、土星はモザイク画で、その他の惑星はこの天王星のようにアクリル製のドーム型オブジェで表現されています。各ドームの中には照明器具が仕込まれているところをみると夜間には点灯するものと思われるのですが、この荒廃ぶりでははたして現在も点灯できる状態にあるのかどうか……。
参考までに、入口に掲げられたパネルのうち展望広場の配置図部分をクローズアップしておきます。地球の絵柄がこんなレイアウトなのは、いわゆる陸半球を表現しているのでしょう。
タワーの脚部のうち入口に向かい合った部分はショーケースになっていて、1970(昭和45)年に打ち上げられた日本初の人工衛星「おおすみ」の実物大レプリカが展示されています。全長はわずか1mしかなく、打ち上げ技術の習得が最大の目的だったため加速度計、温度計、データ送信機といった簡単な機器しか積んでいませんでした。「おおすみ」は打ち上げからたったの15時間で通信が途絶して役目を終えたものの、なんとその後も2003(平成15)年まで飛び続けていたというから驚きです。

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毎日10時、正午、15時の3回、タワー正面に取り付けられているからくり時計が動作します。今回はその様子を動画に収めましたのでご覧ください。(約3分)

音声が出ますのでご注意ください。風切り音が耳障りなのは申し訳ない……。

からくり時計が動作して初めて気が付いたんですが、展望室1のすぐ下にある4体の彫刻(ケンタウルス座、ヘラクレス座、カシオペア座、双子座がモチーフ)も一緒にくるくる回る仕掛けになっているのでした。うわー、動画のアングル設定失敗した!

事前といえば、下調べの段階で見つけたとある個人ブログにからくり時計が故障中との記述があったので、今回の登頂に際しては前日に佐久市役所へ問い合わせ、からくり時計が修理を終えて問題なく動作していることを確認してから赴きました。

臼田町誌によると、こんなにわかりやすくて幼稚なデザインのタワーなのに一部の住民からは「戦争へのイメージがある」との指摘が寄せられたそうです。ミサイルでも連想したんでしょうが神経質すぎやしませんかね?
そこで町は議員や有識者からなるシンボルタワー建設委員会を組織して審議を重ねた結果、この塔を「宇宙の町・星の町をイメージした、平和で夢の持てる展望台である」と意義付けし、それを説明する碑をタワーの脇に建てることで決着しました。町誌には「結果的に碑は建てられなかった」と書かれていましたが、展望広場の芝生にはだいたい同じ主旨の文章を刻んだ定礎石が置かれています。
2014年11月から年末にかけて外壁の再塗装工事が行われ、美しい姿を取り戻した。2015年度には足もとのタイル部分の改修が行われる予定。

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