K崎さんのサイトの5000HITSキリリクでいただきました! うちの子でも良いかと恐る恐る切り出したところ、快諾して下さり自分大喜び。 しかも、豪華にもクランツ騎士団との競演が叶いました!
以下、エクスタシーでファンタスティックな筆致による、うちの愚息たちと、素敵なクランツズの絡みをご覧下さい。
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第1話「シンデレラ」
昔々とあるアクラル王国に、微妙に血の繋がったような繋がっていないような仲の良い家族が住んでおりましたとさ。 お父さんの名前はセルエル、お母さんの名前はマグイ。(注:誤記ではありません) 長女のノイドは旅行好きで、次女のウェリルは国一番の美女と評判です。そして3人目の末娘は―――
「アリアラム!!!おい、アリアラム!!!これだこれだ!いいもん見っけたぜ!!」
ノイドの喧しい帰宅に浅からぬ溜め息を吐いたのは、アリアラムの傍らで繕い物をしていたウェリルでした。やれやれ今回の留守は2週間で済んだかと三女アリアラムも栞を挟んだ魔法書から目を上げます。 「ほら、こいつを見てみろよ!!さっき城の前で配ってたんだが、な!な!」 きらきらと子供のように瞳を輝かせるノイドが手にしていたのは一枚のビラでした。金色の箔が押された豪華なビラは一目で王室の発行したものであると知れます。一般大衆向けのチラシでさえこのように手の込んだものにする現在の王室の浪費具合は目に余るものがありましたが、それはさておいてアリアラムの目を引いたのはビラに書かれたその内容でした。
”―――○年×日、夕刻より王城にて『王子のハートを射止めるのは誰だ!?未来の妃コンテスト!!』を開催します。年齢、身分、経歴は問いません。皆様奮ってご参加下さい”
…また何か上が馬鹿なことをやっているらしい、とアリアラムは祖国に対し軽い失望を覚えました。この国の上層部と来たらいつもこんな風に適当なのです。 私はこんなものに興味などないとおざなりに手を振ると、ノイドは「ここんとこちゃんとよく読めって!」と再びビラを押し付けてきました。 言われた通りノイドの指先に目をやると次のような一文が記されているではありませんか。
”なおコンテストの優勝者、入賞者にはご家族とお楽しみいただける世界漫遊旅行をはじめとした豪華賞品を贈呈致します”
成程とウェリルは冷ややかに言いました。どこからともなくゴゴゴゴゴ、と不気味な音まで響いてきます。 「性懲りもなくあなたはまた家を空けたいと仰るのですね…?こんな時期だというのに」 「ちげーよ!ご家族でって書いてあんだろ?セルエルが流行り病にやられてからあいつずっと塞ぎ込んでっから、ちったあ気晴らしになるかと思ってな」 そう、実は先日娘たちの大切な父親が天国に召されたので、お母様はずっと部屋で臥せっているのでした。ノイドはそんな母親を少しでも元気づけたいと思っているようです。 「…それは良い考えかもしれないが、世界漫遊は君の希望でもある気がするな」 アリアラムが突っ込むとノイドは小さく舌を出しました。あながち外れというわけでもなさそうです。 「でも、面白そうだろ?城の中なんざ滅多に入る機会もねぇし」 ノイドは早速夜会服やアクセサリーを調達してくると言いました。コンテストというくらいなので見た目は大事だろうと考えているようです。「まあどんな格好でも俺のウェリルなら優勝間違いなしだが」とハートマークを飛ばす長女を横目にアリアラムは読みかけの本を開きました。どうにも自分の協力できそうな分野でないと判断したのです。 ところが。 「おいおい、何勝手に傍観スタイル決めてんだ?お前も出るんだぞコンテスト」 「……は?」 「数打ちゃ当たるっつうだろが。万一を考えて俺たち姉妹全員で挑戦すんだよ」 「…ウェリルがいれば十分だろう。大体私の容姿はそういう類のコンテストに優位とは言い難い」 アリアラムは嫌そうな顔で言いました。しかしノイドはぶんぶん首を横に振り、妹の主張を認めません。 「もしかしたら王子もヴェネルみてーな趣味してるかもしれねぇじゃねえか」 この台詞にはぴくりとアリアラムの耳が動きました。 「……なんだって?」 しかしノイドはまだ自分の失言に気がついていませんでした。既に彼の頭の中は世界漫遊でいっぱいになっていたのです。 悪気があったわけでは決してありません。単に言葉が足りていなかっただけ。…けれど表現は最悪でした。 「王子が鼻フェチってことも考えられるだろ?」 「―――」 ヴェネルは鼻が気に入って私と付き合っているのではない、とアリアラムは冷気の漂う声音で言いました。三女から醸し出される静かな怒りのオーラに次女と長女は目を瞠ります。 「興味もなければ自分を安売りするようなコンテストには出たくもない」 そう眉を顰めるとアリアラムは完全に部屋に閉じこもってしまいました。ノイドが頭を下げる隙はありませんでした。
そんなこんなでコンテストの日がやってきました。 アリアラムは窓辺に集まった鳥たちにパンくずをやりつつも、まだ憮然とした面持ちをしています。アリアラムの不機嫌を慰めるよう鳥たちはさえずりました。 「それじゃ俺たち行ってくるぜ」 日の暮れる少し前に着飾った姉たちがアリアラムを置いてお城に向かいました。 じきに始まるコンテストのことなど気にせずアリアラムは夜がとっぷり更けるまで好きな研究に熱中しておりました。時々母の様子をうかがいに部屋を離れたりもしましたが、今日はマグイもよく眠れているようです。 目が覚めたらすぐ飲めるようにスープのひとつでも作っておいてやろう。そう思いアリアラムが厨房へ行くと、裏の畑で取れたかぼちゃがどっさり籠に入っていました。よし、かぼちゃのスープにするかとアリアラムが考えたのはごく自然な流れでしょう。 先刻の鳥たちもアリアラムを追ってきて厨房の小さな窓で愛らしい白い羽を休めています。 ―――と、アリアラムが母親の為に一番美味しそうなかぼちゃを選んでいたその時でした。
「おあつらえ向きだな。必要なものが既に揃っているとは…」
「!!?」 聞いたことのない声に驚いてアリアラムが振り返ると、いつの間にやら戸口に見知らぬ男が佇んでいます。 泥棒か、ひとまず不審者であることに違いはありませんでした。 「まぁ待て、怪しい者ではない。私はシャナル・シャール。いわゆる派遣魔術師だ」 「派遣…魔術師……?」 思い切り怪訝そうにアリアラムは眉根を寄せました。しかし、シャナル・シャールという名には聞き覚えがあります。それは確か、魔法都市ウェローにおいて数々の伝説を残す稀代の天才、と同時に魔力の強さの2乗に比例した変人であると記憶していました。 本当に目の前のこの人物があのシャナル・シャールなのでしょうか?だとすれば、一体彼はどうしてこんなところにいるのでしょう。 「すまないが、少し私ひとりに喋らせてもらえるか?」 ごほんと咳払いをするとシャナルはおもむろにテーブルに着き、指先で描いた魔法陣で看板のような立体映像を浮かび上がらせました。そして懐から黒く短い杖状の音声拡張機を取り出して、あー、あーと発声練習を始めました。
「シャナル・シャールの、オールナイトアクラルー!!!」
この空間に彼が何をどうしたのかはさっぱり分かりませんでしたが、アリアラムはアクラル大陸で初めてラジオ番組を体験した人間になりました。 天井から響いてくるくぐもった音声とオープニングテーマがアリアラムから一気に思考力・判断力を奪い去っていきます。ぽかんと大口を開いている間にノリの良さそうなテーマソングは流れ終わり、続いてシャナルの軽快なトークが始まりました。 「まずは一枚目のおはがきだ。ティゴル谷にお住まいの”ぁりぁだぃすきvv”さんからだが…、『シャナルさんこんばんはー』、はいどうもこんばんは。『初めておはがき差し上げます。実は私、最近遠恋中のカレのことで悩んじゃってるんです。聞いてくれますか??』、ああ勿論だ。他人の恋バナほどつまらないものはないが、最後まで良い子で我慢して聞いてやろう。『私の恋人は、私より背が低いことや、人に比べて鼻が大きいこと、他にも外見のことでコンプレックスがあるみたいなんです。プライドが高い人なので口に出しては言いませんが、シャナルさんの力で短い時間だけでもなんとかできないものでしょうか?是非是非☆よろしくお願いします』―――ほほう、つまり”ぁりぁだぃすきvv”さんは自分の男を改造してもっと自信をつけてほしいと、そういうことだな?ならばお安い御用だ。派遣魔術師であるこの私、シャナル・シャールが出向いてそのちんちくりんを見事セレブファッション界でも通用する大物に育て上げてみせよう。何々?『シャナルさんならきっと満足の行く結果を出してくれると信じています』?…ふむ、そこまで言われると悪い気はしないな。ではそんな”ぁりぁだぃすき”さんからのリクエストで、今夜の一発目は王国の誇るトップアイドル、ご存知ナーオ・ナーホの”死んでも君を離さない”…適当に聞き流しつつ楽しんでくれ」 シャナルがそう言うと天井からはしっとりとしたバラードが流れ始めました。クラシックギターのマイナーコードが切なさを誘います。しかしまだ唖然としているアリアラムの耳に、ナーオの甘美な歌声は海辺の街の遠い潮騒のようにしか届いてはきませんでした。 「まぁ、そういうわけでアリアラム。これからお前にはダイエットか整形の広告のような劇的ビフォア・アフターを体験してもらう」 「……ちょっと待ってくれ。全く事態が飲み込めない」 アリアラムは目の前で展開されたラジオの相談コーナーに頭がついていっていませんでした。常識的なトロントの団員はフリーダムに生きるシャナルという魔術師に対しあまりにも免疫が薄かったのです。 「事態が飲み込めない?さっきおはがきを読み上げただろう。私はヴェネルからの依頼でここに…」 「そのはがきは本当に彼女が書いたのか?」 アリアラムにはヴェネルが自分のことをそんな風に見ているなんてちょっと信じがたい話でした。 「なんだ、疑っているなら筆跡を確かめるか?ほら」 シャナルが差し出したはがきの裏面をアリアラムはまじまじと凝視しました。そこにはいつも彼女とやりとりしている手紙の文字とそっくり同じ、丁寧な文章が綴られています。アリアラムはだんだん混乱してきました。 「どうだ?私の魔法にかかる気があればこの同意書にサインをしてくれ」 「……いや…私は別に」 「お前の大事な女が望んでいるのだぞ?効果は0時の鐘が鳴り終わるまでしか続かないのだし、重く考えすぎる必要もなかろう」 「だが…しかし…」 「しかしもかかしもない。お前がうだうだやっていては話が進まないではないか。先人は言ったものだぞ?”時は金なり”、”善は急げ”、”書かぬなら書かせてみせようアリアラム”…と」 結局アリアラムはかなり強引に同意書にサインをさせられてしまいました。片隅にはプライバシーマークが入っていましたが、あまり気休めにはなりませんでした。 「さあ、それでは変身に向けての心構えはできたな?幸い今夜は城でコンテストをやっている。完了したら試しに挑戦してみると良いだろう」 「城…?コンテスト…!?な、待っ」 アリアラムが止める間もなくシャナルの杖が眩く輝き出し、その光はキラキラとアリアラムを包み込みました。頭のてっぺんから足の爪先まで圧倒的な魔力にひたひたにされてゆきます。肺の中まで染み渡るそれにアリアラムは声を失いました。 「コンテストで勝利するにはやはり整った面立ちと、すらりとした手足などが重要だろうな…ふむ、この際髪型も無難なストレートに変えてみるか…」 ぼそぼそとシャナルの呟きが聞こえてくるのに不安を掻き立てられながら、次の瞬間アリアラムが瞼を開くとこれまで以上に信じがたい状況が待っていました。 「……!!!」 まず身長がぐんと伸び、シャナルの頭を上から見下ろせるほどになっています。うなじに触れるとサラつやっとした髪の毛が指先を流れてゆきました。でも一番の驚きは、下を向いても視界に自分の鼻が映らないということです。代わりと言ってはなんですが、青みがかった白色をしたシルクのドレスがふんわりスカートの裾を広げていました。 「…鏡を見てみろ」 言われてアリアラムは姿見に自分を映しました。上等な服にはさして関心もありませんでしたけれど、己の顔がどんな風になったかくらいは流石に気になります。 「こ…これは……」 アリアラムはカタカタ震え、ごくりと唾を飲み込みました。
「シャナル…、これは何か…、何かが激しく違っている気がするのだが……」 「気にするな。私は元の素材を生かしただけで、それ以外のチートは一切行っていない」 アリアラムはムサシ・クレイモルンという生き物に非常に似通っていましたが、残念なことに何がどう違う気がするのかは上手く説明できませんでした。 「あとはこのカボチャを馬車に、その辺の鳥を馬に変えてやろう。コンテストはこの家を一歩出たその瞬間から始まっていると思え!最後まで気を抜くな!”Do
your
best”と心に刻め、アリアラム!!」 よく分からない励ましを受けながら、アリアラムはまたも強引に雰囲気で馬車に乗せられました。ペガサスのように羽の生えた白馬が軽やかに鮮やかに夜空を舞い駆けて行きましたが、いまひとつロマンチックさに欠けるのはアリアラムの気の所為でもないでしょう。アリアラムは夢ならそろそろ目が覚めたいと割と本気で考え始めていました。
その頃お城では3人の若き王子たちが重い瞼を擦ってコンテストの模様を見守っておりました。 長男のウジャト王子はおおあくび、次男のアピス王子は眼鏡を拭くフリをして娘たちからの熱い視線をかわしています。三男のハトホル王子に至っては座席で熱心にリリアンを編んでいました。 「なんっかこう、皆フツーだよなあ。綺麗は綺麗なんだけど小さくまとまりすぎっていうか、インパクトが無いっていうか」 「兄貴の好みがおかしいんだろ?不健康なくらい痩せ型で目つき悪いのがいいとか言って、どこの父さんだってのそりゃ」 「なんだとォ!?お前だって適当に摘み食いはするくせになかなか本命決めねーじゃねぇか!ホント誰が継ぐんだよこんなデカイ国!」 「今はアサラムが治めてくれているから良いが、このままシャナルも妃候補も見つからなければいずれは深刻な問題になりそうだな」 ハトホル王子の言ったことがこの国の王室の現状全てでした。正式な国王である父親は身分を隠して各地を遊び回っているようですし、その遺伝子は色濃く王子たちにも受け継がれておりました。 「…ハトホル…」 「編み棒持って真剣な顔で真面目なこと言うのやめろよ…」 コンテストはぶっちゃけグダグダな感じで終わってしまいそうでした。ノイドが危惧したように、王子は誰ひとりまともでなかったのです。 唯一人間の常識を解するアピス王子だけ、それなりに華のある貴婦人をピックアップし、予定調和的に入賞者くらいは選ぼうかと考えておりました。 さっさとこんな時間の浪費は終わりにするべきだな。そう思ったアピス王子が終了の合図を出しかけたときでした。にわかに城内がざわめきました。
ざわ… ざわ…
衛兵も、女官たちも、来訪者の姿に見入ってしばし己の職務を忘れました。中には剣を取り落とした者さえいたほどです。 3人の王子たちもそれぞれ瞳を真ん丸くして、かつかつヒールを鳴らす彼女に釘付けになりました。 「…オイ」 「ああ」 「あれムサシだよな…?父さんのお気に入りの門番の」 お城で生活する人々の間に少なからぬ衝撃が走ったことは言うまでもありません。王子たちは「確かめに行けよアピス」「いやいやここは兄貴の出番だって」と己の好奇心を押しつけ合いました。 結局ウジャト王子はムサシが嫌い、アピス王子は身長が足りないということで、ムサシモドキの相手はハトホル王子がすることになりました。 ハトホル王子は勝手が分からず戸惑っているムサシモドキに手を差し伸べ、今はコンテストの最終課題である優美なダンスに関する評価中だということを伝えてあげました。 「…ところでその出で立ちは何かのプレイの途中なのか、ムサシ」 あまり口憚るということをしないハトホル王子はズバリ聞きました。が、返ってきた答えは少々意外なものでした。 「ムサシ?人違いだ。私はそんな名前ではない」 「何?ムサシではないのか?…ではお前は何者だ」 ハトホル王子が問いかけるとムサシモドキは少し困った顔で周囲を見渡しました。それから視線を宙に彷徨わせ、「…シンデレラとでも呼んでくれ」と明らかな偽名を使いました。 何か人には言いたくない事情があるのでしょうか。ハトホルはそれ以上追及するのはやめておきました。 「立ち上がってしまったついでだ。一曲踊ろう」 「いや、遠慮しておく」 「…何故だ?コンテストを受けに来たのだろう?」 変なことを言う娘だな、とハトホル王子は思いました。自分たち目当てにせよ賞品目当てにせよ、ここにいる娘たちの目標が上位入賞であることになんら違いは無いはずです。 「それはそうなのだが……」 シンデレラは尚も渋りました。トゥシューズに画鋲を入れられて以来ダンスにトラウマがあるとかだろうか。ハトホル王子はぼんやりそんなことを考えていました。 「私と踊れば入賞確定なのだがな」 ぽつり呟くと、その瞬間シンデレラの表情がぱっと変わったのにハトホル王子は気がつきました。 何か欲しいものがあるのかと聞けば、病気の母がいるのでできれば湯治旅行に連れて行きたいなどと大変殊勝なことを言ってきます。 「素晴らしい心がけだ」 孝行したいときに親はなし…、まだ死んだわけではありませんが、ハトホル王子は滅多に会わない父を思って胸打たれました。シャナルは今頃どこでアブラカタブラを売っているのでしょう?王子たちには知る由もありません。 「足さえ合わせてくれれば後は見られる形にエスコートする。臆するな、”Never
mind”だ、シンデレラ!」 ハトホル王子のノリにデジャヴを覚えたアリアラムでしたが、慣れない踊りについていくのに精一杯で、そのうちそんなことはすっかり忘れてしまいました。 フロアに流れるナーオ・ナーホの”僕の彼女はゾドコル似”は男女の深い愛について触れた歌で、いつまでもいつまでも聴いていたいような気分にさせられます。途切れず続くメドレーはまさに夢見心地でした。 「お前からは不思議と懐かしい気配がするな」 ハトホル王子が踊りながら言いました。 アリアラムには何のことだか見当がつきませんでしたが、王子の穏やかな表情に水を差すのも野暮かと思い何も答えませんでした。 時間はあっと言う間に過ぎていきました。 ゴーン、ゴーン…。 0時の鐘が鳴り始めてようやくアリアラムは魔法の解ける時間のことを思い出しました。 「―――…!」 大変です、このままでは本当の姿がばれてしまいます。急いで家に帰らなくてはいけません。 「シンデレラ!?」 「悪いがここまでだ、私は失礼する」 賞品はまだ受け取っていませんでしたが、己の矜持には代えられません。フロアの人垣の中にはノイドやウェリルの顔もちらりと見えていましたから、アリアラムはとにかく面の割れないうちに城から脱出することしか考えられませんでした。 脱兎の如く駆け出したアリアラムでしたが魔術師の鈍足が子世代に敵うわけがありません。大階段で腕を掴まれた時にはもう殆ど鐘は鳴り終わっていました。 「待て!せめてほのお山リゾートのチケットくらいは持って帰ったほうが…」 「いいから離してくれ!」 アリアラムはガラスのヒールで思い切りハトホル王子の足を踏みつけました。びくっと強張った手から力が抜けた瞬間彼を突き飛ばし、一目散に逃げ帰りました。 走りにくかったため途中で脱ぎ捨てた靴は後ほど王子に回収されました。 裸足で家路に着いたアリアラムは帰宅するや否や寝台に倒れ込み、一晩ずっと突っ伏していました。
今日はなんて疲れた一日だろう。 でもどうせなら、大きくなった自分は王子でなくヴェネルに見てほしかった、……と、思う。
「大変なことになったぞお前ら」 後日のこと、藪から棒に長女はそう言い息を潜めました。後ろ手にドアを閉めたノイドは肩から旅支度をぶら提げており、何事もなければいつものように長い散歩に出掛けるところだったのでしょう。 「大変なこと?」 アリアラムが尋ね返すとノイドは顎で窓の外を指し「覗いてみろ」と言いました。 カーテンの隙間から様子を窺ったアリアラムとウェリルはびっくりして腰が抜けるかと思いました。なんとそこには王室専用の豪奢な馬車が停まっていたのです。 「な、何の御用でうちに…」 「しょっぴかれるようなことはしてねーよなぁ?」 「……!」 アリアラムは更に肝を冷やしました。馬車から降りてきたのはハトホル王子、しかもその手にはあの日アリアラムが放置してきたガラスの靴が握られているではありませんか。 どんどん、と玄関の扉が叩かれたかと思うとハトホル王子は無遠慮に屋内に踏み込んできました。 そしてひとこと、「コンテストの優勝者を探している」と言い放ちました。 アリアラムは無意識に後ずさっていました。確証はありませんでしたがこのままここに踏み止まるのは自殺行為だと感じました。 「とりあえずこの靴を履いて私の足を踏んでみてくれ。それで分かる」 ハトホル王子は体面など歯牙にもかけない人柄のようで、うっかりすると誤解を招きそうな発言を繰り出しました。 乞われるままにノイドもウェリルもハトホル王子を踏みつけましたが「違うな…」と漏らす王子はどこか不満げです。 「そこの」 鋭い眼差しがアリアラムに降りかかりました。 逃げたい衝動に駆られたアリアラムでしたが、逃げる口上は全く思いつきません。万事休すでした。 「お前もだ」 アリアラムはおそるおそるぶかぶかのガラスの靴を履き、できるだけやんわりハトホル王子を踏んでみました。 どうかこのまま気が付かないで次の屋敷に向かってほしい。 なるたけ強く祈り念じましたがどうやらそれは叶わぬ願いだったようでした。ハトホル王子はにやりと口角を上げてみせたのです。 「成程、シャナルの魔法で化けていたか。それで全て納得が行った」 この靴にかすかな魔力を感じたので調べてみたのだとハトホル王子は説明口調で付け足しました。王子は高名な魔術師でもありました。 「……あの妙な魔法使いは知り合いだったのか?」 アリアラムが聞くと王子はあっさり「父だ」と答えました。 「道楽で魔法を使って遊んでいる。おかげでこの国の統治者だと知っている国民はあまりいないようだな」 「――――」 やっぱりこの国の上層にはろくな人間がいない。改めてアリアラムは認識し直しました。 会話についてこれていない姉たちが「なんだなんだ」と説明を求めてきましたが、アリアラムは無視してハトホル王子との話を進めました。 「短い時間だったが楽しませてもらった。そういうわけでお前がグランプリだ、受け取るがいい」 世界1周分の旅行券は非常に分厚く、これで頬を叩かれたらちょっと痛そうなくらいでした。アリアラムは王子に礼を述べると見送りのため玄関の扉を開けに行きました。 「しかしムサシモドキの正体がこんなだとは思わなかった。私は寧ろそちらの姿で城に来てほしかったくらいだぞ」 さりげなく鼻フェチであることを匂わせつつハトホル王子はお城へ帰っていきました。 その後アリアラムは母を連れ全国の温泉地を巡り、ティゴルの恋人の元にも立ち寄って、余った券は姉ふたりにプレゼントして使いきったそうな。
めでたしめでたし。
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第二話「いばら姫」
昔々あるところに茨に囲まれた古いお城がありました。 通りがかった旅の王子ノイドが「あれが隣国のウチにまで噂の届く、呪われし古城だな?」と地元住民Aに尋ねると、Aは「如何にも」と肯きました。
「じゃああそこに、永遠に15歳のまま眠ってる美しき姫君がいるってわけか」 わくてかしながら城に向かおうとしたノイド王子は、しかし、地元住民Aにより引き止められてしまいます。 「否、彼処に眠るは『百年したら起こしてくれ』と言い残し引きこもった変態魔術師で御座る。枕元に赴こうものならどんな年齢制限空間に引きずり込まれるか知れたものでないぞ」 「…は?」 「冬眠明けの熊ほど凶暴と云うでは御座らぬか。まあ貴公が喰われたいと望むのならば敢えて止めはせぬが」 「…その魔術師、人を襲うのか?」 「うむ。大変なものを盗んでゆく」 「………」 「立ち去らぬのか?」 「…俺は自分の目で見たもんを信じたいタチなんだ。あの中に進んでみるぜ」 「ならば護身用にこの煙玉を持ってゆくが良かろう。脱がされたときは奥方の名を叫ぶのが効果的な魔除けになると聞き及ぶ」 「……。やっぱやめとくかな」 「貴公の無鉄砲なほどの勇敢さ、チャレンジ精神は小生が必ずや次の世代へと語り継ごう…!」 「お、おう…」
その後ノイド王子の行方は杳として知れない―――。
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第三話「ヘンゼルとグレーテル」
昔々、ある辺鄙な森に一風変わった家族が住んでおりました。 両親は子供たちがまだ幼い頃から「誰よりも強く気高い戦士になれ…!!」と重い甲冑を纏わせ、温かくも厳しい教育を施しておりました。一家団欒の間には「獅子は千尋の谷に我が子を突き落とす」と書かれた巻物が吊り下げられており、父も母も息子も娘も誰ひとり疑問など抱いておりませんでした。 そんなある夜のことです。両親の話し声で目を覚ました兄妹は、恐ろしい企みを耳にしてしまいました。 なんと、彼らは兄妹を深い森の奥に置き去りにする計画を立てていたのです。 「やはりだね!危険極まる道のりを歩み試練の山々を越えてこそ真の勇気は芽生えるものだと僕は思うのさ、フェルル!!!」 「そうだわさね!!そのとおりだわさ!!!ヴィレイスもクララクルルも技術に関してはピカイチだわ!あたしたちに磨いてやれるのは、あとはもう本当にハートの芯だけだわさね!!!」 「そうだよ!ハートを磨くっきゃないよ!!」 「そうと決まれば明日あの子たちを魔女の森に連れてくために今夜はよく眠らなきゃだわ!!!」 「ようし、寝よう寝よう!!!魔女の森は僕らでも油断ならない場所だものな!!!」 「寝るわさ寝るわさ!!!明日の朝食はカツサンドだわさ!!!」 陰謀が陰謀として成立したためしのない両親は兄妹に気付かずさっさと布団に入ってしまいました。 ああ、明日は遠足なのかと慣れた様子で子供たちも眠りにつきます。 とりあえず武器と防具さえ持っていればなんとかなるだろう―――。魔女の本当の恐ろしさも知らず、兄妹はまだそんな風に考えていたのでした。
2日後、兄妹は腹ペコで森の中を彷徨っておりました。行けども行けども森の出口は見つからず、まるで結界の中に閉じ込められてしまったようです。おまけに光も差さないほど鬱蒼と生い茂った森なのに動物の気配というものがありません。当然どの木にも食べられそうな実は生っておりませんでした。 「まずいぞ…。このままでは最悪の可能性も考えられる」 「………」 普段は弱音など吐かないふたりでしたが空腹は否応なしに兄妹の心を折らんと襲いかかります。13時間ほど前からマントの端をちゅうちゅう吸ってやりすごしていたヴィレイスもそろそろ限界を感じ出していました。 3日後、ヴィレイスは唐突にくの字に曲がった枝を2本見つけてきて、それらを片手に1本ずつ握るとゆっくり前方に向かい歩き出しました。異様な光景に「ついに脳みそに栄養が足りなくなってしまったか」とクララクルルは少々青ざめました。 「…何をしているのだ?」 おそるおそる尋ねてみるとヴィレイスは存外ハッキリした口調で「ダウンジング」と答えます。 けれどこんな状況で聞いたことのない単語を発されると余計に不安感が漂いました。 「ダウンジング…とは…?」 祈るような思いで質問を続けたクララクルルでしたが、相変わらずヴィレイスの返答は素っ気無いものです。 「ググれ」 更にわけの分からないことを言われてクララクルルは「駄目だこいつ…早くなんとかしないと…」と焦りを覚え始めました。 早くちゃんとした食事をとらなければ肉体が死を迎える前に精神が死を迎えてしまうかもしれません。クララクルルは必死で神経を研ぎ澄ませ、食べ物になるようなものを探しました。 と、そのときです。 「……ビスケット……?」 そんなヴィレイスの囁きが聞こえました。まさかこんな森の中にビスケットが落ちているはずがないのでクララクルルはついにヴィレイスが幻覚に侵されてしまったと思いました。 「いや…クッキー?まさかミスターイトウか…?」 おい、と止める間も無くヴィレイスは駆け出しました。一体どこにそんな力が残っていたのか分かりませんが、クララクルルにはついて行くのがやっとの全力疾走です。ミスターイトウって誰だと毒づきながらクララクルルはヴィレイスが斧で切り拓いた跡を追いました。 ぽかんと呆気に取られたのは直後のことです。 森の中には到底不釣合いな、色鮮やかな小屋が一軒建っているのが見えました。その建物の不思議なことといったら! 屋根は板状のチョコレート、壁はクッキーとビスケット、窓から覗けば床には柔らかそうなマシュマロが敷き詰められているではありませんか。 我を忘れてふたりの兄妹はお菓子の家に飛びつきました。クララクルルはある程度腹が満たされるとハッとして「ここが魔女とやらの住処ではないのか」と気がついたのですが、ヴィレイスの方はすっかり甘いお菓子の虜となってなかなかそこから離れることができません。名残惜しさと未練を全開にするヴィレイスはあまり正気とは言えませんでした。 「…あら?壁に穴が開いてるわ。あらあら?」 「!!!」 魔女の声が響いたのはそのときでした。 振り向けばそこに紫の髪をした泣きぼくろの女が立っていました。 「あなたたち、あたしのお家食べちゃったの?」 困った顔で魔女は聞きました。彼女の家は無残にもあちこち崩れかかっています。八の字に下がった眉を見ると急に罪悪感がこみ上げてきて、クララクルルは恥じ入りました。 「すまない、3日も何も食べておらず…つい頂いてしまった」 「まぁ、3日も!?それは仕方ないわね」 残念そうに魔女は頷きました。実は恋人への贈り物にしようと思っていたんだけどと告白されれば縮こまるしかありません。 「実に申し訳ないことをした。力及ばぬかもしれないが、修復の手伝いをさせてくれないか?」 「…そうね、じゃあお願いしてもいいかしら?」 「ああ、なんでも言ってくれ。できる限りの償いをしよう」 「ではまずあそこでいい気分になっている彼を起こしてもらえる?」 苦笑いしながら魔女はヴィレイスを指差しました。ふわふわで弾力のある巨大マシュマロに抱かれてヴィレイスは夢の国にトリップしていました。 「―――ッ!!!」 私の前で腑抜けた姿を見せるなとクララクルルは怒りました。 「お望みどおり、しばらくここで暮らせるぞ」 そう教えてやるとヴィレイスは目をぱちくりさせつつ喜びました。 魔女が「新しいのを作り直すから、よかったらこっちはあなたにあげるわね」と言ったときなどまさに手放しでした。
一ヵ月後、ヴィレイスとクララクルルは五体満足で我が家へと帰りつきました。 迎えてくれた両親は「魔女には会ったのかい?」とふたりに報告を求めました。 「ああ、悪い魔女ではなかった。夜には良い酒も飲ませてくれたしな。……だが」 「だが、なんだわさ?」 「………」 クララクルルはそっとヴィレイスを見遣りました。たったひと月で変わり果ててしまった彼を。 「…甘い。…美味い」 「一ヶ月も菓子だらけの家で生活をしていたら、完全に壊れて甘いと美味いしか言わなくなってしまったのだ…!!」 「な、なんだってーーーー!!!?」 「ヴィレイスううううううううう!!!!!しっかりするわさあああああああああ!!!!!!!!」 懸命な家族の支えによりヴィレイスが元の彼に戻ったのはそれから半年後のことだったと言います。 甘いものを食べすぎると恐ろしいことになるので、良い子の皆も気をつけてくださいね。
(byアクラル食育協会)
おまけ〜クランツ反省会〜
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以上、終始むっはむはないただきものでした! 監修と称して事前にチェックする機会を設けられたのですが、その時点で十二分な完成度と再現度でした。
兄貴のマイペースっぷりににやにや、アリアの受難にうんうん、お師匠のまるっぷりには吹きっぱなし! 明らかにうちのよりかっこよくかわいくなってます。 あとシャナルさんがこんなに長台詞いえるなんて初めて知りました! おまけと称した反省会の様子も、おまけなんて勿体ないテンポの良さ!
5000という魔法の数字が、こんなすてきなものの架け橋になってくれるとは、天の采配に感謝です。 いやまずは、このような心躍るるんるんな作品を下さったK崎さんに感謝を!
そして触発されて、蛇足ながら更なるおまけが以下に。
もっとおまけ〜トロント反省会〜
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