Q、彼の最初の印象は?

A、なんていうか、黒いなあって!



 初めて会ったとき、同年だと云われて「嘘だあ」という言葉を外に出さないように苦労した。
 そりゃ見た目も声も若かったけど、すごく落ち着いてるし風格あるし、頭のてっぺんから足の先まで影みたいな黒い鎧を着込んでいるんだから……知らずに夜に出会ったなら、迷わず回れ右して逃げ出すよ。あと夏なんかはめちゃめちゃ暑そうだよねって。
 だってそれまでにいたティゴル谷には、こんな真っ黒な人はいなかったんだから!

 彼が魔騎士、という職種と知ったのはすぐのこと。教えてくれた人は――勿論教えられたのはそれだけじゃあないけれど――君はもっと物を知るべきだと呆れていた。弓のことばかりじゃなくてね。
「君らは同年だ。話もし易かろう。仲良くするといい」
 タメだからって話が合ったり仲良くできる訳じゃ無いとは思ったけれど、知らない人――だって会ってまだ五日も経ってない――をいきなり嫌いになりようも無いし、とりあえず知ってみようと思った。

 とはいってもその頃あまり人がいなくて、収穫は不作に終わった。
「あまり人と話したがらないみたいで」「近寄り難いっていうか」「でも強いよ」「悪い子でも無いし」
 まさか見た目通りのことしか分からないなんてね。
 結局、自分で訊くのが一番ってことか。
 というか、分からないと尚更、知りたくなるもんじゃない?


 とりあえず、まとわりついてみた。
 迷惑そうな顔をされた。いや、兜で全然分からないんだけど、あからさまに態度がそう。そんな感じ。
 初日にあちこち案内して貰ったし、同年だから云々と云われたから向こうもそのつもりでいると思ったんだけど、甘かった。

 食事に誘ってみる。…………断られた。

 巡回についていってみた。…………撒かれた。

 部屋を訪ねてみる。…………いなかった。


 何というかね、壁を感じたよ。
 だけどそれは僕だけにって訳じゃなくて、たぶん誰にでも。
 それはともかく、相手にされないのはちょっと癪だったかもね。


 だから最後の手段ってことで、手合わせを申し込んでみた。魔騎士っていうのは力を求めるんだって、確かそんな風に聞いたから。
 渋々、という感じだったが、了解の返事を貰った。やった。
 場所は本部の裏手の丘の上。実は未だ登ったことがない。

 僕は弓使いで、彼の武器は長い柄のある斧。
 当然戦い方も違うわけで、手合わせは素手でってことになった。


 草の上の組み合いなら、ティゴル谷でもやったことがある。というか石畳よりはこっちの方が慣れた感じだ。
 でもだからって。
「ねえ」
「何だ」
「素手なんだし、組み合いなんだし、それ脱いでよ」
「鎧のことか」
「そ。フェアじゃないでしょ」
「……」
 長いこと黙ってたと思う。
 そのあとで、前よりもっとムッとした空気を出しながら鎧を脱いだ。
 黒くて重くて暑そうな全身鎧の下、一体何を着てるんだろーかと思ってたんだけど……やっぱり中も暑そうだった。糸の代わりに鎖で編んだ服みたいなのを着て、その下にも二枚くらい重ね着しているみたい。
 久々に食事時以外で見た顔はめっちゃ不機嫌……というか、彼はいつも大体こんなような表情だった気がする。じゃあとりわけ不機嫌ってわけでも。
「これで良いか?」
 ……ん、やっぱり怒ってるかも知れない。

 そういう感じで、手合わせ開始。
 目方じゃ負けてるかもだけど、リーチじゃ負けてないってところを見せないと。
 先制で蹴り。受けられるかなと思ったら流された。
 ちょっとバランス崩れたけど立て直す。
 地面についた足に体重を乗せつつ掌底をかわして、すぐ横にきた脇腹に肘を入れる。ぎりぎりで避けられる。でも向こうも体勢崩して、草の上に手をつく。
 よし、そのまま一気に、ってところで裏拳。目の前に火花が散った。
 「強い」ってのは伊達じゃないみたい。
 この頃にはもう何でやり合ってたのか忘れてた。
 でも負けるのも嫌だった。
 転びかかったのを受身とって反転。立たせまいと叩きに来たところを、転がりながら大きく振りかぶって踵落としをお見舞いする。
 死角が幸いしてヒット。ふらり、と体勢が崩れる。
 その間に起き上がって、でもさっきの裏拳の衝撃が残ってクラクラする。素手だってのにこの有様。鎧をちゃんと着てたら腕の一本や二本折れたかも知れない。僕もタフな方だとは思ってるけど、さすがに折られるのは勘弁だ。
 こっちがクラクラしている間に向こうも復活。でも完全に抜けた訳じゃない。これで互角だ。
 両者、息を弾ませながら睨み合う。
「やるな」
 笑みのかけらすら見せずにぼそっと云う。
「そっちこそ」
 こっちは顔中で笑ってやった。
 それから同時に動いた。
 体を低くして、下から顎狙いで突き上げる。
 腕ではじかれる。
 横へ払われた勢いで半身を捻って蹴りに持ち込む。寸前で受けた片方の腕ごと、力一杯投げ飛ばす。どうっと音をたてて真横に倒れる。
 こっちは足が痛い。でもこれで押さえ込めばなんとか。
(え)
 腰の辺りを引っ張られる。ベルトだ。ベルト掴まれた。体がふわっと浮き上がる。
 飛んでる時間は長く感じた。
 落ちたのは唐突で、どしゃっと地面に肩から落ちる。目の前で星が散った。
 一秒くらい意識も飛んだ。


「お前はおかしな奴だ」
 草の上にひっくり返った僕に、掛けられた第一声がこれだった。
「失礼だな……いきなり変なやつだなんてさ。僕のどこが変だっての」
「……済まない。だが、お前も何故それほど、私に関わる」
「んー、同い年だから仲良くね、って云われたのとか、同じ団員だからとか、まぁそういうのもあるんだけど」
 腹筋の要領で起き上がる。まだ頭がクラクラする。肩から落ちたから、少し怖くて腕を大きく回して確かめる。うん、異常なさそう。
「興味、かな」
「……お前はただの興味で、人を四六時中つけまわすのか?」
「なんだ。気付いてたんだ」
「あれだけされれば、嫌でも」
 当然だ、って感じの口調で云われる。まあ自覚あるよ。追っかけまわしたのは。
「分かってたんなら応えてくれたっていいのに」
「……慣れていない」
「いろいろ誘われるのがってこと? つきまとわれるのがってこと? 確かに先輩たちに訊いても、あんまし君の話って出て来ないし……あ、それが理由だから。追っかけの理由は」
「……?」
「だって誰も知らないことだから。僕が知れたら一番ってことだもん」
「それは……楽しいのか?」
「ん、自己満足ってやつだからね」
 人付き合いが苦手なのが先なのか、周りが敬遠したのが先なのか、どっちが先だったのか。
 その辺は多分、本人も分かってないとみた。
「にしても君、強いね」
 そう云うと、黙って顔を背けられた。そのまま鎧を拾って着始める。
「鎧の為せる技だ」
「? 鎧が強いの? 鎧で強いの?」
「そういう力がある」
「へえ……面白いね。着てみたいな」
「やめておけ」
 兜をかぶる直前で、鎧と同じ色の眼がこちらを見る。
「食われるぞ」
 よく意味が分からなかった。
「でも鎧なくても強いじゃん。気絶なんかさせられたのは僕初めてだからね」
 ぎょっとしたように動きが止まる。それから少し間があって顔を背けて。
「……そうでもない」
 表情はほとんど変わらないがどうやら照れてるらしい。
 こういうとこは年相応なんだな。
「ここの丘ってさ、景色良いね」
 ふと見渡して気付いたことを云ってみる。実際のところ、来たことがなかったが、それを惜しいと思わせる展望だ。
「……ここは、王都一の景色だと思っている」
 淡々とした口調に少しばかり感情が乗ったように思う。
 お気に入りの景色を褒められた、だけでない何かの。
 遠くを見つめる彼に習って王都を見渡す。ほとんど地平線まで続く街並み、ひときわ高く聳えるのは、あれはきっとお城だ。
「あの、お城から見たよりも?」
「城には行ったことが無い」
「じゃあ比べようがないか」
「それで」
 いきなり話題が変わる。
「まだお前は、私を追い掛け回すつもりか?」
「うん。だってまだ全然知れてないし。迷惑?」
「……そうではないが」
 迷惑だ、という顔で――見えないけど雰囲気で――ぼそっと。
「じゃあこれからも長い付き合いってことで宜しく」
 気付かない振りして笑顔で云ってやる。
 今度は間違い無く嫌そうな顔になったぞと思った。


@二年某日

「何を笑っているのだ」
 朝の巡回中、不審そうにヴィレイスが訊ねてきた。
 どうやら思い出し笑いが外に洩れていたらしい。
「ああ、あのね。今朝、すっごい昔の夢見てさ」
「昔の?」
「そ。入団してすぐ、ヴィレイスが小さいナガイの師匠になる前、僕と初めて手合わせしたときの」
「それはまた、随分昔だな」
「だよねえ。懐かしくなっちゃった。あの頃はヴィレイス、今より全然つれなくてさあ」
「お前のつきまといが酷かったことは覚えている。ああいうのをストーカーと云うのだろうな」
「そんな言葉、当時は知らなかったんでしょ、どうせ」
 返事が無い。図星らしい。ふふっと笑う。
「ま、そのお陰で人付き合い増えたんだから、感謝してよね」
「お前のお陰ばかりではないが、間違いでもない。だが何度も云うな」
「いいじゃない」
「有り難みが失せる」
「いいもん」
 ヴィレイスは何も云わず肩を竦めた。こっそり溜息が聞こえた。
「あそうだ。懐かしい記念で今夜、飲もう」
「遠慮する」
「あ、そっかヴィレイス飲めないか。じゃあ外食しよう。懐かしいつながりで、工房街のあの店なんかどう?」
「確かに懐かしいな」
「でしょ、よく食べにいったもんね。あそこ安いし量多いし」
「そうだったな」
「っても今も貧乏だっていうのは変わり無いけど、いろいろ成長したし、人も増えたし、軌道に乗ってきたって感じがするよね」
「そうだな」
「上の空だなぁ…………この後に及んで、もしやナガイが心配なの? この師匠馬鹿」
「何だそれは」
「親馬鹿があるんだから師匠馬鹿もあるでしょ。わーいかーわいーいなー」
「あれはもう団長だ。私が付ききりでみることはない」
「気にしてるくせに。云ってることと態度が逆だよ、天邪鬼さん」
「……」
「ちゃあんと見てるんだよ。丘のとこに導の木の種、捲いたでしょ。あれって願掛けじゃないかって僕の読み。なんの願掛けなのかな?」
「……外れだ」
「あのさ、云っておきたいと思ってたんだけど、僕の意見」
「聞く気は無い」
「あのね……側にいてやんなよ。ああいう立ち場になっちゃったからこそ、隣にいる人が欲しいと思う。ヴィレイスは全然逆のことやってるんだもん」
「私には私の考えがある。今のやり方を変える気は無い。間違ってるとも思わん。如何にお前の言葉であろうと、聞けぬものは聞けぬ」
「頑固者」
「どう云われようとも、だ。この方がのちのち、ナガイのためになる」
 こっちが溜息つきたくなってきた。頑固な天邪鬼は手に負えない。
「……今から、自分がいなくなったあとのことまで考えなくていいと思うよ」
 魔騎士はゆっくり首を横に振った。
「人はいなくなるものだ。お前も知っているだろう」
「……」
 それは知ってる。でも。
「だからこそ一緒にいる間は一緒が良いって、僕は思う」
「……」
「よし、言うこと言った。深刻っぽい話はここまで。今夜は工房街に遠征。はい決まり決まり」
「……二人で行くのか?」
「んー、どうせだから大人な面々でゾロゾロ行こう。若者はお留守番で」
「魔女たちが煩そうだな」
「撒く撒く。頑張れヴィレイス」
「私がか」
「僕を撒けたんだからいけるいける全然いける」
 とてもにっこり笑顔を向けて。
「頼んだよ」
 ヴィレイスは空を仰いで、深々と溜息を吐いた。
 天を目指す家並みの間から見える空に雲はない。
 今日も晴天のようだ。




@@@

 二年現在、最年長者の二人の若い頃の話。サムライコンビの入団は翌年です。
 両方とも十六の頃です。


>文字の記録