工房街の酒場にて

@3年278日  王都、工房街酒場『瓦千年』

クルガ   「あ、あとな、親爺、拙者はオオドドの塩焼きを頼むぞ」
マルメット 「あたしはヒメカワメのシチューだわさ」
親爺    「はいよ。飲み物はいらんかね?」
クルガ   「水で良い。あとで来るものがおるゆえ、そのときにあればまた注文する」
親爺    「あいよ」
クルガ   「頼んだ」
マルメット 「へへ、やった。クルガ先輩のオゴリ! 先輩ってばジャンケン弱いわさ」
クルガ   「やかましい。次は負けぬぞ」
マルメット 「勝てるかなぁ」
クルガ   「それにしてもお主、またヒメカワメのシチューか。よく飽きぬな。宴の度に頼んでおるだろう」
マルメット 「好きなの。ここのシチューはね、特に、濃くて美味しいんだから」
クルガ   「濃いのか」
マルメット 「それに安いのよ。今度クルガ先輩も一緒に走り込みしよ!」
クルガ   「何故そうなる!」
マルメット 「走り込みのコースに入ってるからだわさ」
クルガ   「……もしや、いつも昼飯は要らんと云っておるのは」
マルメット 「ちょうど中間地点なの。走ったあとのシチュー、最高だわさ!」
クルガ   「走ったあとにはどちらかと云うと、さっぱりしたものが食べたくなりそうだが」
マルメット 「体力を消耗したあとなんだから、こってりエネルギー補給が一番だわさ! それと水! 先輩ってば、だからいつまで経っても細っこいんだわさ」
クルガ   「お主の腕も細かろう」
マルメット 「見た目でナメちゃいけないわさ。腕相撲、勝負してみる?」
クルガ   「泣いても知らんぞ?」
マルメット 「先輩がね」
クルガ   「……」
マルメット 「……」
クルガ   「審判はどうする」
マルメット 「そうだったわさ」
クルガ   「……待ち人に頼むか」
マルメット 「先輩にしては名案」
クルガ   「拙者にしてはとはどういう意味だ」
マルメット 「そのまんまだわさ」
クルガ   「引っ掛かることを」
マルメット 「ねえ、ちゃんとここって、場所云ったわさ?」
クルガ   「云った。工房街の『瓦千年』であろう? 迷っておるのではないか?」
マルメット 「そんな迷うトコじゃないわさ」
クルガ   「お主は通いまくっておるからすんなり来れるだろうが、けっこう入り組んでおるぞ、道」
マルメット 「そうかなあ? ……あ、来たわさ」
クルガ   「おお、本当だ。おうい、ようよう来おったか!」
マルメット 「こっちだわさ、ポールラン!」
ポールラン 「……話って何なんですか。先輩も、マルメットも」
クルガ   「まあまず座れ。親爺、注文の追加を頼む!」
マルメット 「はい、メニュー。ここのシチューは美味しいわさ」
クルガ   「鵜呑みにするでないぞ。相当濃ゆいらしいゆえ」
親爺    「あいよ、何にするね」
ポールラン 「……ヨモギシダのサラダ」
マルメット 「え、そんなんでいいの? ここクルガ先輩のおごりだわさ?」
クルガ   「こら、余計なこと云うでない!」
ポールラン 「お昼は本部で食べて来ましたから」
クルガ   「れ、随分と早いな」
ポールラン 「早くありませんよ。先輩たちが遅いんです」
マルメット 「ポールが待たせるからだわさ」
ポールラン 「なんでそうなるんですか」
マルメット 「どうりでおなか空くわけだわさ。おじさん、もう一品追加!」
クルガ   「こら待て! 拙者の金だぞ!」
親爺    「……注文、決まってから呼んでくれんかな。お客さん」
ポールラン 「ヨモギシダのサラダは決定で」
マルメット 「あたしの追加は!?」
クルガ   「あとにせい!」
マルメット 「あ、あとなら良いんだわさ?」
クルガ   「……」
親爺    「ヨモギシダのサラダで良いんだね?」
ポールラン 「はい、お願いします……で、本題は何なんですか」
クルガ   「まあ単刀直入に云うとだな」
マルメット 「ポールの態度の問題だわさ」
ポールラン 「?」
マルメット 「昨日から態度が変だわさ」
クルガ   「拙者らの目は節穴ではないぞ。お主、昨日入ったエクレスと何かあったのではないか?」
ポールラン 「!」
マルメット 「あ、顔色変わったわさ!」
クルガ   「お主、何をされた!? というか何かしたのか!?」
ポールラン 「し、してません!」
クルガ   「てことは何かされたのか?」
ポールラン 「先輩たちには関係ないことでしょうっ!」
マルメット 「あんなこと云ってるわさ、先輩」
クルガ   「云っておるな」
マルメット 「折角心配してあげてるのにね」
ポールラン 「……興味本位でしょう、先輩たち」
クルガ   「何に於いても先立つものは興味だ」
ポールラン 「開き直らないで下さい……」
クルガ   「それにちゃんと心配だってしておるぞ。まさかとは思うがな、ポールラン。お主、あのエクレスを死んだエクレスと重ねて懸想しておるのではあるまいな?」
マルメット 「ちょ、ちょっとそれって」
ポールラン 「そんなことはありません!!」
クルガ   「何に誓う?」
ポールラン 「……僕の盾に誓って」
クルガ   「……」
ポールラン 「……」
マルメット 「……」
クルガ   「あい分かった。信じよう……で、何をされたのだ?」
ポールラン 「そこに戻るんですか!」
クルガ   「まだお主の答えを聞いておらぬ」
ポールラン 「……」
マルメット 「どうなのさ?」
クルガ   「別に口止めされたわけではなかろう? もしや人に云えぬことでもされたか」
ポールラン 「どんなことですか、それは!」
マルメット 「やらしいこと?」
クルガ   「公衆の面前では云えぬような、か?」
マルメット 「あんなコトとかこんなコトとか」
クルガ   「分からんで云っておるだろう、お主」
マルメット 「あ、馬鹿にしたわさ」
ポールラン 「ああもう勝手に変な想像しないで下さい!」
クルガ   「なら云うか」
ポールラン 「脅迫ですか」
マルメット 「だぁから、心配してんのよさ」
ポールラン 「……先輩たちに心配されるようなことじゃないですよ」
クルガ   「態度が変。様子が変。しかも昨日、あのエクレスを連れて本部を案内したあとからだ」
マルメット 「疑りたくもなるわさ」
ポールラン 「……」
クルガ   「で、何があったのだ」
ポールラン 「……」
クルガ   「だんまりか」
マルメット 「あれ、何か顔赤いわさ」
ポールラン 「なッ」
クルガ   「赤いな」
マルメット 「赤いわさ」
ポールラン 「あ、あれはエクレスが……いきなり……」
マルメット 「いきなり?」
クルガ   「じれったい奴だな。何をされたのだ」
ポールラン 「そ、それは……」
マルメット 「云っちゃいなさいな。減るもんじゃなし」
ポールラン 「……」
クルガ   「え、何?」
マルメット 「聞こえないわさ」
ポールラン 「…………………………………キスを」
マルメット 「えええええええええっ!?」
クルガ   「なんと!」
ポールラン 「大きい声出さないで下さい!」
マルメット 「え、だって、き、き、き」
クルガ   「会って当日に接吻とはな。気が早いというか積極的というか」
マルメット 「うわあ、すごいじゃないのさ! ポール! 一目惚れされたんだわさ?」
クルガ   「お主、やるではないか。一昨年のときは手も足も出なかったというのに」
ポールラン 「そ、それとこれとは関係ない……」
マルメット 「とにかくおめでたいじゃないわさ!」
親爺    「随分と賑やかだね。ほい、お待たせよ。ヨモギシダのサラダにオオドドの塩焼き、それにヒメカワメのシチューだったな」
クルガ   「かたじけないな」
親爺    「あいよ、ごゆっくり」
クルガ   「ほれ、料理も来たことだしだな」
マルメット 「水しかないわさ」
クルガ   「ううむ、水杯では縁起が悪いな」
ポールラン 「やめて下さいよ、昼間からお酒なんて」
マルメット 「えー」
クルガ   「騎士連中はカタブツでいかん」
マルメット 「先輩を見なさいよ! サムライのくせしてこぉんな粉々にくだけちゃってさ」
ポールラン 「サムライとしてくだけすぎです、先輩は」
マルメット 「サムライとしてって云うより、年長者として、だわさ」
クルガ   「お主ら、やかましいわ!」
マルメット 「ホントのことだわさ」
ポールラン 「そうですね。それに、僕……エクレスのことは……」
マルメット 「ことは?」
ポールラン 「なんかこう、好きになったりとかとは、違くて」
クルガ   「何が違うのだ」
ポールラン 「……僕は、あのエクレスを好けない」
マルメット 「何それ。せっかく惚れられてるってゆーのにさ」
ポールラン 「それは嬉しいんですけど、でも……」
クルガ   「嫌っておるわけではないのだろう?」
ポールラン 「勿論です! けど僕が、好きなのは……僕が好きなのは、エクレスなんです」
クルガ   「むつかしいな、お主も」
マルメット 「ええっ、なんなのさ、なんなのさ! あんなそっくりなのに」
クルガ   「そっくりなのがいかんのだろうよ。そうだろう?」
ポールラン 「……はい」
マルメット 「よく分からないわさ。ポールはエクレスの……ああややこしいわさ……新入りのエクレスのことは好きっていうか、ラブラブ!にはなれないんだわさ? ねえ、じゃあエクレスがポールのこと好きなのはどうするのさ?」
ポールラン 「それは……それは、ちゃんと……云います」
マルメット 「どうしても? どうしても好きにはなれないんだわさ?」
クルガ   「マルメット」
マルメット 「だって、だって、だって……もったいないわさ」
クルガ   「マルメット。ともかくは食べよ。冷めては料理の方が勿体無い」
マルメット 「えぇ、らっへ……」
クルガ   「それで食べるのがお主らしいな」
ポールラン 「……本当に、自分には勿体無いほどの良縁だと思います。けど僕が好きなのはエクレスで、これから好きなのもずっとエクレスなんです。だから、彼女には……」
クルガ   「そうか。男が自分で決めたことだ。口出しはせぬよ」
ポールラン 「ありがとうございます」
マルメット 「うええ、もっはいわいわは。へっはふ、わああ」
クルガ   「何を云っておるのか分からんぞ」
ポールラン 「あ、ご馳走になります、クルガ先輩」
クルガ   「よいよい。サラダくらい大した額ではない。ともかく早めになんとかせいよ」
ポールラン 「分かってます。次の遠征までには……僕も気持ちの整理をつけないと」
クルガ   「うむ。魔物が出たようだからな。次は北の方だったか。近頃は目まぐるしいな。以前はもっとゆっくりしておられたものだが」
ポールラン 「北といってもシーラまでは行きませんけど……そうですね、ここ二年くらい、全然本部にいませんね。あ、塩、取って下さい」
クルガ   「うむ。親衛隊やら自警団の連中とやり合わずに済むのは幸いだがな。奴ら王都からは一歩も出ようとはせぬゆえ」
ポールラン 「遠征ばかりですからね……ナガイ団長が就いてからはごたごたしてませんけどね、幸い」
クルガ   「それも皆、先達の努力の賜物よ。それは別としてどうも連中とはソリが合わぬ」
ポールラン 「先輩が買うからいけないんですよ、喧嘩」
クルガ   「向こうが売るからいかんのだ」
ポールラン 「八割方は先輩が買ってるんです」
クルガ   「……そうか?」
ポールラン 「そうですよ。少しは控えて下さい。買っても結局、口で云い負かされるんですから」
クルガ   「手を出してはいかんだろうが」
ポールラン 「当たり前です」
マルメット 「口喧嘩じゃクルガ先輩は不利だわさね。勢いでぽんぽん云うだけだもん」
ポールラン 「毎回負かされるから馬鹿にされて、やいやい云われるんですってば」
クルガ   「しかしな、侮辱をされて黙っておるわけには」
マルメット 「その前に口が上手くならなきゃいけないわさ、先輩は」
クルガ   「せめて力比べなら負けぬのだが……」
ポールラン 「それが駄目だから、でしょう」
マルメット 「リコ先輩に習ったら? イヤな相手の云い負かし方」
ポールラン 「リコルド先輩ならいっぱい知ってそうですね、そういうの」
マルメット 「云い負かすどころじゃなくて泣かしちゃうわさ」
クルガ   「ああー拙者も連中を云い負かしてみたいわ」
マルメット 「十年は無理だわさ」
クルガ   「……三十路を越えてしまうではないか」
ポールラン 「今のは真面目に受け止めるとこじゃないですよ、先輩」
マルメット 「あ、でも次の遠征ってばうちの近く通るじゃないのさ!」
クルガ   「何をいきなり出し抜けに」
マルメット 「ほら、ほら、だって北だわさ。ウォルター平原の北だわさ」
ポールラン 「北ですね」
マルメット 「『黒の森に抱かれし、ディアレイ山のふところに、王都ヴァレイを下に見る、太陽の街サンパロス』。カルラン行きなら途中、寄るんじゃないかなって思ったりとかって」
クルガ   「ああ、お主の故郷はそのあたりだったか」
マルメット 「そうだわさ。良かったら案内する? ディアレイ山から昇る朝日は絶景だわさ!」
ポールラン 「寄ったらのことでしょうに」
マルメット 「ダメかなあ。ちょこっとでも良いのになあ」
ポールラン 「魔物はカルランだけに出てるわけじゃないんですよ」
マルメット 「うー、分かってるわさ」
クルガ   「サンパロスに魔物が出たら寄るであろうがな。確実に」
マルメット 「物騒なこと云わないで欲しいわさ!」
ポールラン 「出ないとも云い切れないのが魔物ですから。僕らの方だって明日にも出るかも知れない」
マルメット 「アクラリンドコンビ……イワセ先輩いれたらトリオだわさ」
ポールラン 「先輩方は出まで同じですよ」
クルガ   「うむ。あやつのことは三つのときから知っておるぞ」
マルメット 「先輩のことだから、単にそれ以前を覚えてないだけだわさ」
クルガ   「そうとも云う」
ポールラン 「あ、そろそろ僕、本部に戻ります」
マルメット 「えー」
ポールラン 「夕食当番なんですよ。そろそろ戻らないと夕ご飯に間に合いません」
クルガ   「それでは仕方ない。拙者らも戻るか」
マルメット 「んじゃ先輩、夕ご飯のために走るわさ!」
クルガ   「な、本気か!?」
マルメット 「良いじゃないのさ。鍛練鍛練!」
ポールラン 「頑張って下さい、先輩」
マルメット 「お城の方から教会まわるコースで行くわさ」
クルガ   「最後の上りがきついな」
マルメット 「弱音吐かない! オトコのコだわさ!」
クルガ   「うむ……やるからには、負けぬぞ!」
ポールラン 「先輩、走り込みは徒競走じゃないですよ」
クルガ   「そうなのか?」
マルメット 「どっちみち遅れたら置いてくわさ」
クルガ   「なにをっ、拙者の俊足に驚くでないぞ!」
マルメット 「速けりゃいいってもんじゃないわさ」
ポールラン 「では先輩、ごちそうさまでした。アクラリンド風オムレツ作って待ってますから!」
クルガ   「そうか! よし、懐かしい味のために腹を減らすことにしようか」
マルメット 「あ、やる気になったわさ」
ポールラン 「いいことなんじゃないですか?」
マルメット 「そりゃ悪くはないわさ」
クルガ   「うむ、どんと来い!」
マルメット 「んーじゃ決まったところで、おじさーん! もう一品追加!」
クルガ   「まだ食うのか!」
マルメット 「あとなら良いって云ったわさ」
ポールラン 「えーと、頑張って下さい、先輩」
クルガ   「……ああもう勝手にせい!」





@@@

タイトルまんま、工房街の酒場での話です。
酒場名はことわざの「瓦千年、手入れ年々」から。


>文字の記録