@2年152日 王都ヴァレイ、勇者たちの酒場にて
馴染みの酒場のカウンターで、コップの酒を一気に煽る。 「そんなに飲むと傷に障るんじゃねえかい」 包帯でぐるぐる巻きになった左腕をチラ見しながら、カウンター越しに親爺が苦笑する。忠告はするが止めはしない。ここの親爺の姿勢はいつもそうだ。 空になったコップを音を立ててカウンターに置き、クルガはべたりとそこに突っ伏す。 「ほら、変に飲むからだ」 「るさい……」 急なペースで飲んだためか、いつもより早めに朦朧としてきた。 「おいおい、こんなトコで寝ないでくれよ。今日は連れが……珍しくいねえんだからさ」 少し間があったのは辺りを見回したからだろう。 確かに珍しいことだ。 クルガは大勢で飲むのが好きだ。しかも飲みも食いもごっちゃになって、みんなで歌い踊りしてのどんちゃん騒ぎが好きだ。こんなふうにして一人で飲むことなど滅多にない。というか平素では有り得ない。 「なんだ、相棒と喧嘩でもしたかい」 返事もなく突っ伏しているクルガに親爺が苦笑して云った。 童顔のサムライはとろりとした目でじと、と親爺を見上げる。 「……なんでそうなるのだ」 「お前さん方は大体つるんでっからな。お目付役がいなくて大丈夫なのかい?」 親爺はにやにやと笑う。 「誰が誰の目付けだ」 「拙者がお主の、だろう」 いきなり後ろから来た声に、クルガはぐるりと振り向いた。かなり酔っているせいで動きが鈍い。 向いた先で『お目付役』イワセが、苦笑っぽい表情で立っていた。隣の席に腰掛ける幼馴染みを目で追いながら、クルガはむすっと嫌そうな顏をした。 「お主が、拙者のか?」 「逆だとでも?」 「……年は、上だぞ」 「年はな」 云ってイワセは親爺に茶を一杯、と頼んだ。 クルガは更に嫌そうな顔をする。 「拙者一人で飲みたいとは云わなんだか」 「お主を一人にするのが心配になってな。飲みなら尚更だ」 「……だが拙者は一人で飲みたいのだ」 「一人で飲んでは帰れぬだろうが。今までの宴で一度でも、自力で本部まで帰れた試しがあったか?」 「……」 クルガは俯いた。目を手元のコップにやって、右手でそのコップを包んでいる。 珍しく深刻に思いつめた表情だ。 こんな顔を見るのは何年振りだろう、とイワセは思った。 「それでも一人で飲みたいのだ」 ぼそぼそと低い声で云う。 「拙者にも話せぬことか」 「どういうことだ」 「ヴィムを出るときもそんな顔をしておった。お主は」 へい、おまち、と親爺から湯飲みを受け取りながら、イワセはやはり低い声で云った。 「いつもは悩まんくせに。ガラにもない」 「ガラでもなくて悪かったな」 「そのお主が悩むのだ。予想はつかんこともないが」 「つくなら良いではないか。飲ませてくれ。一人で」 「それが心配だと云っておろう」 イワセは溜息を吐いた。 「我慢することではないだろう。何故抱え込む。腕のことも隠しておったし。いつもみたいに顔に出せば分かったものを」 「分かってどうする。気を遣われるのは好かぬ。お主の」 ちら、とイワセを見て、すぐにそっぽを向く。 「そんな顔をされると、気持ちが悪い」 「拙者は今みたいなお主が一番気持ち悪いぞ。しおれたクルガは、まるでクルガでないようだ」 「そうやって拙者を心配するイワセがイワセでないようにか」 「そうだ……話してくれるか」 「……」 クルガはいっぺんカウンターに突っ伏し、それからゆるゆると頭を振りながら起き上がった。そして右手で左腕を掴んで俯いた。体を少しだけイワセの方に向けて。 「拙者はこれを、黙っておらぬ方が良かったのかも知れぬ」 「腕のことか?」 「うむ……皆が知っておれば、フォローも早かったかも知れぬし」 「……ヴィレイスは死なずに済んだかも、か」 「もしかしたら、塔を見にゆくのは拙者だったかも知れぬ。つまらぬ意地を張らなければと、思ったものだ。ただ、済まぬとしか云えぬし、思えぬ。何より、ナガイに、済まぬと」 声が詰まって震える。 「あやつから、奪ってしまった。どんなに慕っておるか、拙者は知っておったのに」 そしてそれが、どれほどおそろしいことか。 腕を掴んだ右手に我知らず力がこもる。 言葉にならず深く俯いた幼馴染に席を寄せ、イワセがその手を肩から引き剥がした。 「それは、皆知っておったことだ。お主だけではない」 答えを期待せずに手をカウンターに置き、それからぽんぽんと背中を叩いてやる。 「知っておってもあのとき誰も動けなかった。お主が己れを責めるなら、皆が責めるべき咎を負う……お主が何を思ったかは、解っておるゆえ」 「……しかし……」 「あのとき塔へ行ったのがお主であったなら、嘆いたのは拙者だ」 「お主がか」 「だから、お主でなくて、ほっとしておる」 顔をあげたクルガの眼に、躊躇いつつ云ったサムライの自嘲の笑みが映った。 泣きそうな、けれど乾いた目で笑み返す。 「いつものお主なら、不謹慎だ、と云うであろうな」 「紛うことなき不謹慎だとも。だがお主が死ぬより、生きていた方が良いとはヴィレイスとて思うこと。お主が死んでは何のために助けに入ったかも分からぬ」 「……考えてはおらなんだろうな。あそこで、死ぬなどとは」 「その点なら奴が一番、予想外であったろうよ。まだ教えることが山ほどあると、指折り数えて云っておったゆえ」 「惜しい男を亡くした」 「そうだな」 イワセがずずっと茶を啜った。 クルガは片手で、空のコップを弄ぶ。 「その分は、今度は拙者らが、負わねばなるまいな。団長を、ちゃんと支えてゆかねば」 「うむ。それが何より手向けになろう」 ほう、と息を吐いてクルガは顔をあげた。もうほとんどいつもの顔になって。 「とりあえずは、さっぱりした。苦労かけた」 「お主の側におるならいつものことだ」 イワセが苦笑する。 珍しく反論せずクルガは笑って、今までの話を聞かぬ振りをしていた親爺に酒を二杯頼んだ。 「まだ飲むのか」 「これで仕舞いだ。二人しかおらぬが、弔いの宴だ。毎度毎度やっておったのに、ヴィレイスだけ仲間外れでは寂しかろう」 「そうだが」 「心配いらぬ。拙者のおごりだ。さっさとその茶を飲んでしまえ」 常の口調でまくしたてる童顔のサムライに苦笑して、幼馴染は茶をふうと吹いて飲んだ。まだ熱い。 親爺がコップを二つ持ってきて二人の前に置く。大ジョッキである。クルガが『?』と見ると、親爺は笑って、おまけだ、と云った。 二人のサムライはちらと互いの顔を見て笑って、手にとった杯をごつりと合わせた。 「堅物の師匠に」 「その弟子の将来に」 @@@ 弔いの宴その2です。宴というには少人数。 立ち直りと酔い覚めの早さと大声なら、クルガは誰にも負けません。 >文字の記録 |