@2年11日 行商の主人に礼を云い、そろそろと馬車から降り立つ。 風の噂で音だけに聞く、初めて踏む王都の地。 賑やかな街並、きらきらと輝く王城、人々は皆、明るく笑いさざめいている。 「お嬢ちゃん、王都は初めてかい?」 馭者台に座った主人が訊ねる。 少女は顔を上気させて頷いた。 「はい。ここは本当に……素晴らしいところです」 「そりゃあそうだ。ここは王都だ。名前の通り王のおわす都だ」 主人は誇らしげに王城を見上げた。少女もつられて顔をあげる。 「去年の一日に新王が即位したっていうからなあ。それで一日二日は王都は大盛り上がりのお祭り騒ぎで、ご馳走が道にあふれて噴水が全部酒になったんだと。どこまでデマだか分からんが、めでたいこった」 「そうですね」 「世間様は多少物騒だが、この王都なら、お嬢ちゃんでも安心してお務めができるってモンよ」 「はい。都には騎士団もいるそうですし」 「騎士団?」 少女の言葉に主人は顔をしかめた。 「お嬢ちゃん、どこでどんな噂聞いたか知らねえが、騎士団なんかに近寄るんじゃねえぞ?」 「え?」 「ありゃあ昼間ッから物騒なモン持って、天下の公道をうろつきまわる破落戸だ。ろくに働きもしねぇで酒場やらスラムやら墓場の方までウロウロしやがるんだ。裏で何やってるんだか知れたもんじゃねえよ。なんだって王様もあんな集団にカネ払って雇っておくんだろうねェ」 「でも……騎士団は、魔物を退治して下さいます」 「はッ」 主人は嘲るように笑った。 「年に一匹、出るか出ないかの魔物退治のために、奴らァ年がら年中ゴロゴロしてやがるってのかい? 国から金が出てる分、むしろこっちが喰わせてやってるようなモンだ。俺らみたいな行商だって、ちゃんと納めるモンは納めてる。感謝して欲しいのはこっちの方だ」 「……」 「や、すいぶん熱を入れちまったな。すまんすまん。お嬢ちゃんには関係ない話だったな」 「……いえ」 少女は俯いて首を振る。 「ここまで乗せて下さって、ありがとうございました」 ふんわりと礼をすると、どこかでちりん、と鈴の音がした。 「んやんや、お嬢ちゃんも気を付けてな」 「はい」 「それじゃあな」 馬に鞭を入れ、馬車がゴトゴト動き出す。少女はそれを見送りながら胸の前でそっと両手を組んだ。 「精霊のお導きがありますように」 急に立ち止まったせいで、お守りの鈴がちりん、と鳴った。 少女は言葉を失って建物を見上げる。 お化け屋敷。 そんな表現がよく似合う。 古い石積みの表面は苔で覆われ、縦横無尽に蔦が這っている。土台の一部には大きな亀裂まで走る。 門扉は半開きで、覗いた庭は寝癖のついた頭のように草ぼうぼうだ。 少女は逡巡した。 本当にここでいいのだろうか。 道すがら訊いてきた街の人は皆、あまり良い顔はしなかったが教えてくれた。何人にも聞いたのだから間違いは無いだろう。 くるりと辺りを見回す。道に人の姿はない。 しばしして意を決し、少女はそっと敷地に足を踏み入れ、古びたドアをノックした。 意外に大きな音がしてびくりとする。 沈黙。 少し間を置いてもう一度戸を叩く。 もう少し待って更にもう一度。 「ごめんください」 小さく云う。 そうして待ってみる。 誰も出て来ない。留守なのだろうか。それとも、遠征中だろうか。 (出直した方が良いのでしょうか) しょんぼりと一人うなだれる。 すると。 ぎぃ、と重い音を立ててドアが開いた。 少女はぱっと顔をあげて一歩退く。 厚い木の扉が外側に開き、その奧の暗い空間に人が一人立っていた。 黒い全身鎧。緋色のマント。少女よりもゆうに頭一つ半は上の位置に、表情の読めない兜がある。 「何用かな」 鎧の男は低い声で問うた。 緊張と恐怖でこちこちになりながら、少女は声を絞り出す。 「あ、あの、こちらは、トロント騎士団の本部で、宜しいのでしょうか」 「そうだが」 「よかった」 場所を間違えていなかったと知って、少女は胸を撫で下ろす。 黒い鎧は黙ってそれを見下ろしている。 それに気付いて少女は慌ててぴんと背筋を伸ばした。 「あの、私、キャナル・ウィンフィールと申します。こちらの、トロント騎士団に入団したく、グラツィアから参りました」 「入団志望者か」 男は呟くように云って、少女をじっと見た。 それからしばしして。 「団長を呼んで来る。待っていろ」 云うなり、鎧を着ているとは思えぬほど静かに体を引っ込めた。 ドアが音を立てて閉まる。 緊張が解けて、少女はそっと息を吐いた。 がつん、と音を立てて二本の棒が噛み合う。 滑る草の上、ナガイが押し負けまいと踏ん張った。 体格では負けている。 身を低く構えて力の限り押し返す。 本部の裏の丘を本部とは逆の方に下った、三方を森に囲まれた一角である。 (強くなっているな) 稽古相手をつとめるイワセは頭の片隅で思った。以前手を合わせたときより、重さも鋭さも違う。 (祝福の日を迎えた、のもあるだろうが。やはり経験か) トロント騎士団の若き団長であるナガイは初遠征を終えたばかりだ。ライカンウッドとバルサリオンの魔物を斃し、バルサリオンではとどめまで刺した。そしてその行き帰りで盗賊団を二つ返り討ちにした。 盗賊団との戦いを思い出すと、イワセは苦い気持ちになる。おそらく今騎士団にいる全員がそうだろう。 成人して間もないサムライにとって初遠征の、まさに初陣のその戦いで、団員の一人が戦死した。イワセとはそう付き合いのある相手ではなかったが、彼女を好いていた騎士の嘆きは見ていて胸が痛かった。 それから周りの励ましやらいろいろあって、ライカンウッドに着いたあたりには『いつも通り』に戻っていた。 このときの功労者が意外にも、今すぐ横でこの手合わせを見物しているクルガであることを昨夜知り、イワセは驚いたものだ。 しかしどんなにいつも通りに見えても、完全に元には戻らないとも思っている。 昨日、王都に帰ってきて、彼女の葬儀をした。 空の棺には彼女がいつもしていた黒翡翠のイヤリングが片方入れられた。もう片方はポールランが持っている。 そのあとでまた酒場に三々五々集まって、弔いの宴になった。 いつからの慣習か、つくづく宴会の好きな団である。そうでもしなければやっていけないという一面もあるが。 そうこう考えているうちに、ぐいとナガイが体重をかけて押してくる。 「っと」 つい手元がおろそかになっていたらしい。 いかんいかんとイワセは意識をこちらに引き戻した。 がむしゃらに押してくるのを少し退いて、力を受け流す。押しの一方だったナガイが体勢を崩す。 そのまま半身を斜めにし、足を狙って払った。 「ッ!」 膝下を打たれてナガイが転がる。とさりと落ちた草の上で一回転し、すぐに棒を握って起き上がった。 その顎に、イワセは棒を突き付ける。 起き上がりかけたそのままの形で若いサムライが固まった。 「勝負あり!」 少し離れてあぐらをかいていたクルガがそう云ってぱん、と手を打った。 イワセが棒を引き、ナガイがその場にへたり込む。 「六戦五勝、一引き分けだな。団長」 「まだ一度も勝てていない……」 ナガイは荒く息を吐きながら肩を落とした。 「引き分けてるだけいい勝負だと思うぞ」 けらけらとクルガが笑う。 「ついでに云うならまた顔が弛んでいるぞ。渋いサムライになるのではなかったのか」 笑う幼馴染にイワセがじとりと云う。クルガは慌てて眉間に皺を寄せた。そして愚痴る。 「お主はいい。もともと渋柿喰ったみたいな顔してやがるんだから」 「知らぬ。童顔なのはお主の生まれだろう。そもそも顔が童のようにころころ変わるのが一番の原因だ」 「まるで拙者のせいのようではないか」 「八割方そうだと思うが?」 クルガがむうっと唸って黙り込む。 座り込んだままナガイが吹き出した。 「お主まで笑うか」 子供のように膨れっ面をしてクルガが睨む。お主もさっき笑ったからあいこだ、とイワセが云った。更にクルガはぶうと膨れる。いくら眉間に皺を寄せても、これでは確かに全く渋い顔には見えない。 むすっとしたクルガを放って、イワセはナガイに向き直った。 「まあ、あれの云うことはともかく、ちゃんと団長は強くなっているぞ。これなら一勝されてしまうのもきっと遠くない」 「そうだろうか……」 「ヴィレイス先輩も云っていた。ナガイは努力家だから、ゆっくりでも必ず強くなるとな」 「本当か」 ぱっとナガイが顔を上げた。 「まるで特効薬だな。団長にとってのヴィレイスは」 速攻で機嫌の直ったクルガが茶々を入れる。 小柄なサムライは頬を紅潮させて俯いた。 「団長になってからほとんど話しておらぬゆえ……」 「確かにな。去年……いやもう一昨年か。それまではずっと後をついて回っていたからな」 「そうそう。いつでもどこでもずーっと、お師匠お師匠お師匠」 「……そんなに云っていたか?」 「云ってた云ってた。将来こやつら二人で所帯でも持つんでないかと思っていたぞ」 「……」 「クルガ、団長はあまり冗談が通じない。固まっている」 「知っておる。面白いから云ってみた」 ふんと澄ましてそっぽを向く。先程笑われたのを根に持っているらしい。 「大人げない」 イワセは溜息をついた。 ふと丘に目をやると、頂上の方に人影が見える。 「噂をすれば影、のようだな」 「?」 つられて二人も丘を見上げた。 大仰なシルエットで分かる。ヴィレイスだ。いつものように兜まで隙なく着込んだ魔騎士が、少し早足で丘を下りて来る。 ナガイが少しぎこちなく立ち上がる。緊張が伝わってくる。 「探したぞ」 くぐもった声が云う。 ナガイは少し驚き顔でヴィレイスを見上げた。 草の上にあぐらをかいたままクルガが首を傾げる。 「魔物でも出たか?」 「いや、違う」 ヴィレイスはかぶりを振る。 「入団希望者だ」 「おおっ」 クルガが声を高くした。 「いい子か?」 「一見した限りではなんとも。まだ若いようだったな」 「先が楽しみ、と云うことか」 にぃっとクルガが笑う。 ヴィレイスは頷いた。 「と云うことだ、団長。面会してやってくれ」 「拙者が?」 「そりゃ団長だからだな」 笑ったままクルガがヴィレイスより先に答える。 「十六になったばかりで童とそう変わらんでも、団長ゆえ、会わんと筋が通らぬし話にもならん。そう云うことだろう?」 「平たく云えば」 童顔のサムライは嬉しそうに胸を張る。 「へへっ。拙者の推理的中だ」 「それくらい童でも分かる」 「……」 「それで拙者が行かねばならぬのだな」 ナガイが生真面目に繰り返す。 「そうだ」 「分かった」 頷いて、手に持った棒をイワセに渡す。そしてぺこりと礼をした。 「ご指南、ありがとうございました」 「こちらこそ。ありがとうございました。ま、手合わせしただけだが」 「団長、気張って行ってこい」 うむ、とぎこちなく笑み返す彼を、ひらひらと手を振って送った。 ただ待っているのは暇なことだ。 少女の故郷のグラツィアではいつでも何かしらやることがあって、先輩の神官や僧侶たちについて常に忙しくしていたものである。何か待つような作業があれば、その間に別のことをしていた。 お祈りや修身、様々な勉強。教会は勿論、公道や広場の清掃も行った。教会では様々な理由で孤児となった子供達を引き取っていたから、その子たちの世話もした。近隣の町や村、ときには王都までのお務めに出かける先輩たちのためにお守りも作った。 その全てが修練であった。 まだ彼女は未熟だったから、子供達の世話はどちらが面倒をみているか分からないほどで、お務めも危険だからと言われて街の外にも出たことが無かったが。 そんな中、騎士団の噂を聞いたのはほんの偶然である。 出入りの商人からだったか、それとも魔物から逃げてきた町の人の言葉だったのかはよく覚えていない。 けれど彼女はそのとき初めて知った。 魔物と戦い、町や村を救うために日々大陸中を駆け回っているという集団のことを。 名称をトロント騎士団という。 人々のために魔物を退ける立派な仕事。本部は王都にあるという。 少女は丸一昼夜考えて、騎士団に入ることを決意した。そのことを周りに話すと、やめといた方が良いとの忠告を山のように受けたが、彼女の意志は変わらなかった。終いには先輩たちも折れて好きにするといいと云ってくれた。 出発の朝、小さくまとめた荷物を持って、王都に向かう行商の馬車に乗せてもらうことになった若い神官に先輩がお守りをくれた。落としてもすぐに分かるように、裏に小さな鈴が縫い付けてあるものだ。あんまり嬉しくて、少し泣いてしまった。 そのお守りはちゃんと、首に掛けて持っている。上着の下になるので見えないが、お辞儀などをするとちりん、と小さくきれいな音がする。 今、こうして騎士団の本部前にいるのは不思議な気分だ。 緊張でとてもどきどきしている。 少女は一つ深呼吸をして、胸元を押さえた。上着の厚い布地の下に、硬いお守りの感触がわかる。 (大丈夫) 云い聞かせてぶかぶかの神官帽をなおした。 (精霊は、いつでも見守って下さっていますわ) 「人を見る目を養うことは大切だ」 ざくざく草を踏みながらヴィレイスが云う。 「騎士団の定員には限りがある。入れて欲しいとやって来るもの全てを受け入れることはできない。酒場に集まる者の中から有能な人材を見つけだすことが重要だ。そして一人を受け入れるときは、こちらで一人を捨てなければならない」 「捨てる?」 「云ったろう。定員というものがあると」 「……それは、越えてはならぬものなのか」 「一つ例外を許せば、たがというものは際限なく外れていくものだ」 「……」 「幸いにも、と云うのは不謹慎な話だが、今の騎士団には空きが一つある。少なくとも今回は、誰かを退団させるということにはならないだろう。だがいずれは来る話だ」 「……」 「私もいずれは団を去る」 ナガイは顔を上げた。目の前に淡々と歩く魔騎士の後ろ姿がある。 「……ヴィレイスもか」 「人は年をとる。年を重ねれば、伸びる者とそうでない者が出る。落ちてゆく者も出るだろう。そうなった者をいつまでも置いておくことは団の損失だ。私見だが、おそらく当人にとっても良いことではないだろう」 「ヴィレイスが……腕が落ちるなど考えられないな」 今まで一度だって、師との手合わせで勝ったことはない。一撃を入れられたことすらない。 「それでもいずれは来ることだ」 「……」 「女神の云った二十年後。いや、年を越したからもう残りは十九年か。その頃にはもう私はいない」 「災厄が来ると云う……」 「今、団にいるうちでその頃まで団に残れるのは一人、いるかいないかだろう。そういうものだ」 思わず、団員たちの顔を思い浮かべる。 「……寂しくなるな」 「入れ代わりに新しい顔ぶれが増えている。団が無くなる訳ではないし、去った者とて二度と会えぬ訳でもない。死んだのではないのだから」 「うむ……」 それでもどうにも気の晴れない話だ。 団員との別れは死とは違うと云うことなのだろうが、町と町の間は最短でも十日かかる。今回の遠征でその距離がどれほど遠いか、どれほど時間がかかるものか思い知らされた。そんなに離れているのに団からいなくなった人に会うことが出来るのだろうか。 それともこんな風に思うのは、まだ自分が若いからだろうか。 少女は緊張して現れた相手の顔を見上げた。 やや驚いてもいる。 団長だ、と紹介されたのは、少女といくらも変わらない年頃の少年だった。団長というくらいで、しかもあの恐ろしい魔物と戦う騎士団のだから、もっとごつくて強面の相手を想像していたのに。 そしてこちらが緊張してるのと同じくらい、向こうも緊張している。 「トロント騎士団団長、ナガイ・コーレンと申す」 ぎこちなく一礼する。 少女はぶかぶかの帽子が落ちないように手で押さえながら礼を返した。お守りにつけた鈴がまた、ちりんと鳴った。 「グラツィアから参りました。キャナル・ウィンフィールと申します」 「キャナル殿か……あの、まずは中へどうぞ」 後半の言葉はどうやら隣の魔騎士が促したらしい。 厚そうな木戸が再び開く。 訊かれたのは、年齢と、入団を志望した理由。得手不得手等々。 お互い緊張しているので、質問をする方も答える方もたどたどしくぎこちない。 時折会話が膠着すると、傍らに控えた魔騎士が一言二言云って、また少し会話が進む。 「まるで見合いだな」 声を殺してクルガが云う。 団長室の窓の下にへばりついて、こっそり中を覗く。 「それなら拙者たちはデバガメだな。いわゆる」 イワセが溜息まじりで、やはり声を低くして云う。 「それを云うな。それだったらここにいる全員、共犯だ」 「……何故こんなにも増えたのだ」 更に深々と溜息をつく。 クルガの隣で、あぐらをかいたリコルドがさあ、と笑った。 「だって新しい子が入るんでしょ? そりゃあ見に来なきゃウソってものよ」 その横でフェルフェッタが背伸びをして窓から覗き込みながら云う。そうそう、とマルメットとアズリットが頷く。彼女らはフェルフェッタより楽をして、ヴァルガの肩に乗っかっている。 「しかもなんか、可愛い子だし」 「そういう問題じゃないと思いますが」 イワセの隣でヘルンが呟く。 「……もういい。この団が野次馬の集団だってことは充分に分かったゆえ」 イワセがひきつった笑いを浮かべた。 目算してみると、ポールランとクララクルルとガルゴス以外は全員ここにいる。 よくもこんな狭い空間に集まっているものである。 目の前の少女はナガイより一回りほど小さかった。 歳は十五だと云う。 風が吹けば折れそうに細くて、頼りなく見える。 大丈夫なのだろうかと、自分のことを棚に置いて考えてしまう。 しかし、ちらっと見た視線の先のヴィレイスは、大丈夫だろう、というように小さく頷く。 ナガイとしては疑問だらけだったが、ヴィレイスが云うのだから良い人材なのだろうと頭を切り替える。分からないことはまたあとで訊こう。流石に今ここでは口に出せない。 できるだけ、重々しく見えるように頷いてみせる。 「では入団を許可する」 こちらを見上げた少女の顔がぱっと明るく輝く。 「私も、街を襲う魔物と戦うという、人様のお役に立つことができるのですね」 「そういうことに、なるな」 自分で決めたことではないので、ナガイは少し居心地が悪かった。 そんなナガイをよそに、神官の少女は嬉しそうに両手を胸の前で合わせる。 「精霊よ、感謝致します」 「……」 「あの、それで早速、私はなにをすれば良いのでしょう?」 「え」 ナガイはきょとんとして少女を見返す。 「あ、ですから、私、騎士団の一員となったわけですし、でもまだ全然新人ですので、雑用でも何でもいたします」 「いや、別にそういうことは」 「家事全般はきちんと一通り習いましたから、お掃除でも、お洗濯でも……」 「団長」 見兼ねたのか、隣に立ったヴィレイスが口を挟む。こころなしか声が笑っている。 「まずは本部を案内してやったらどうだ。本人の希望するように掃除洗濯をさせるとしても、ここの間取りすら分からぬようではどうしようもあるまい」 「そ、そうだな」 こくこくとナガイは頷いた。 「では、拙者についてきてくれ」 「はい」 神官の少女が嬉しそうに微笑む。 対する若いサムライはぎこちない笑みを返す。 何だか荷が重い。どう接して良いかがまず分からない。 案内の道すがら誰かに会ったら彼女に紹介せねばとも、ぐちゃぐちゃの頭の片隅で思った。 @2年11日 王都にて。神官、キャナル・ウィンフィール(15)入団。 @@@ 冒頭の行商の親父は騎士団倦厭派。 常に敬われまくりの好待遇の騎士団なんて…… >文字の記録 |