・・ H o n e y ・・ 









なんだかんだと言って、モテる男というのはマメなものらしく。
校内中、時に他校生徒からもキャアキャア言われる氷帝テニスレギュラーの方々も、やはり(一部例外もいるにはいるが)みんなそれなりに紳士らしい。
何しろホワイトデーという、なるべくならば忘れておきたいイベントを彼らはキッチリこなしているのだ。
確かにバレンタインに参加したことはしたが、内容が内容だっただけにお返しなどまるで期待していなかった。
だが、その日の放課後、の手元には次々と部員達からの貢物が積まれていった。
しかも、がバレンタインに配ったどうにか誤魔化しましたよ的な代物などではなく、どれも贈り物として申し分ない煌びやかな品ばかりである。

トップスのチョコケーキ、ぬれおかき、モロゾフのプリン、チーズタルト、ロールケーキ、とらやの羊羹、フォションの紅茶…などなど。

安いにもほどがあるあんなチョコレートドリンク一杯が、一ヵ月後、こんな品々に化けるなんて誰が想像しただろうか。
悪質消費者金融並の利率である。 
はもう驚くやら申し訳ないやらで、段々嬉しいを通り越し、悪いことをした気分に陥ってきた。

「なんつーか…その、ホントすいませ…」

別に何も後ろ暗いことはしていないはずなのにとりあえず謝ってしまうのは、この数ヶ月で培われてきた下僕精神の賜物か。

「お前なにビビってんねん。ホワイトデーってのは女の子がお姫様なんやから、遠慮せんでもらっときや」
「いや、バレンタインがアレでお返しがこんなに立派だと、何か…」

頂き物はすでに紙袋2つ分に達していた。
日頃あまり大事にされてない分、あまり丁重に扱われると妙に構えてしまうものである。

「まーまー貰ったチョコはまあアレとして、がバレンタイン自体を覚えてたってことを高く評価してさー」
「そうそう、よく忘れた振りしなかったな、ってことで」 
「俺もしかしてバレンタインの日、さん欠席するんじゃないかと思っちゃいましたからね」
にしてはよう頑張ったやん」
「なんか素直によろこべませんが」

評価内容が非常に貧しい。
一体彼らの中でどんな風に自分が根付いているのか相当不安にさせる台詞の数々である。 
 
「ま、それに、ホワイトデーの3倍返しってのは常識やろ」
「はあ…」 

3倍どころではない気もするが、これらはとりあえず皆の好意ということではありがたく頂戴することにした。
人間つらくても生きていればいいこともあるなぁ、とぼんやり思ってしまう。  
 
「…で、跡部からは何もろうたん?」
「へ?まだ何も頂いてませんけど」

いかにも興味津々という顔で、忍足は眼鏡を押し上げる。

「ほんならこれからかい。アイツ、何やる気なんやろ」
「とりあえず、絶対高いもんだぜー!」
「某高級ホテルの1ホール1万くらいのケーキとかな」
「いや、フランスからパティシエを呼びつけた本場のスウィーツとかじゃね?」

それぞれ部員達が好き勝手に跡部のプレゼントを予想する中、は1人で頂き物の整理である。
日持ちのする羊羹やぬれおかきは後日ゆっくり頂くことにして、ケーキやプリンは早めに胃の中に…などなど綿密な計画が静かに立てられてゆく。 
 
「なあ、なんか跡部から聞いてへんの?」

予想するのも飽きたのか、彼らは菓子の賞味期限をチェック中のに直接情報を求めてきた。
 
「えー…そんなの聞いてませんよ」

忍足の質問には頭を横に振った。
聞くも何も、そもそも貰えるとも思ってなかったのである。
 
「…あ…でもなんかちょっと前、変なこと聞かれたような…」
「何?なに聞かれたん?」
「えーと確か…
カルティエとブルガリならどっちが好きだとかなんとか言っていたような気が…どっかの菓子のメーカーですかね」



  
時が止まったかのような突然の静寂に、何事かと顔を上げれば、その場に居た部員全員がホラー漫画の主人公の如き表情でを見つめていた。
言葉こそ発していないものの、明らかにそれぞれ内心では声にならない悲鳴を上げている。

「ちょ…!なんなんですか…!!!」

部員達の凄まじい反応に、は椅子に座ったまま後ずさった。
想像して頂けるだろうか、目の前の見慣れた知り合いが全員見たことない顔になっている場面を。
とても怖い。
とてもとても、怖い。
しかしそんなを尻目に、鬼気迫る形相のまま彼らはガクガクと震え出した。

「お前…覚悟しておいた方がいいぞ…!」
「本気や…あいつ本気やで!」
「受け取ったが最後、もう後戻りはできねぇな…!」 

口々に恐ろしい台詞を吐き、ますますの恐怖心を煽るレギュラーの面々。

「や、やめてくださいよ。おっかないじゃないですか!」
「これからお前の身に降りかかる出来事こそが真の恐怖やで…」
「怖いこと言わないで下さい!!」
「ああ…怖いわー!付き合ってもいないのにいきなりカルティエやブルガリを贈ろうとする、ヤツの情熱がとんでもなく怖いわー!!」
「ええ!?なんなんですか…!カルティエとかブルガリとかって一体なんなんですか
――!!!」 
「お前きっと一生離してもらえねーぞ!」
「今なら間に合いますよ!逃げるなら今ですよ!」
「だから何がだよ!」(キレた)

ホワイトデーは愛を確かめる日。
跡部のに対する一方的な愛は確認されるのか、それとも周囲の歪んだ脅しによって逃げられてしまうのか。
先走った恐怖が渦巻く部室の扉を、何も知らない跡部が鼻歌交じりで開くのはこのすぐ後である。




バレンタインから続く感じのホワイトデードリ。 
その後が知りたいアナタにおまけ→ 実際のところ。