キラキラとガラスに差し込む日の光は、冷えた空気に抱き込まれている。 眩しい静けさで満たされた早朝の生徒玄関に、長太郎は一人立っていた。 グルグルと巻かれた白いマフラーからはみだした鼻の頭はほんのりと赤い。まだ、暖房が行き届いていないのだ。 寒さでかじかんだ手を温めようと、彼はコートのポケットに手を差し込む。 指の先にカサリと滑るような感触が当たった。 手紙である。 昨日、机に向き合ったままうんうんと徹夜して書き上げたラブレターである。 書いては消し、書き損じては破り、何枚便せんを無駄にしたか知れない。 最初、ペンを手にした長太郎はいつぞやの長文メールの時と同様に暴走してしまい、初めて会ってから今までの愛のメモリーをこと細かく、必要以上に甘く、時に誇張気味に、そしてドラマティックに描写し、宍戸が懸念した通り連続テレビ小説みたいな長編が出来上がりそうな勢いだった。 だが、封筒に入れる段階になってようやく自分が書き上げたのはすでに手紙ではなく作品だということに気付き、慌てて一から書き始めたのである。 おかげで長太郎自身は恐ろしく寝不足に見舞われることになったが、要である手紙の方は枚数も常識的範囲内に収まり宍戸も納得するであろう内容の品が出来上がった。 そしてそれを持って、興奮冷めやらぬままの長太郎はずいぶんと早い時間に家を出た。 殆ど寝ていないような状態ではあったが、気が昂ぶってとてもじっと家にいられなかったのである。 ポケットに突っ込んだ手で手紙をそっと掴み、長太郎は3年の靴箱を目指した。 これをの上履きの上に乗せれば、登校して来た彼女は確実に手に取る。 いつもの登校時間まで、あと一時間もない。 そう思うと、長太郎は心臓が転がるくらい緊張した。 だが、そういつまでもドキドキと恋のスリルを味わっても居られない状況が彼を襲う。 「……どこ、だろう」 彼女の靴箱がどこだかわからない。 マンモス校・氷帝学園は広い。そして、生徒数も並の数ではない。 同学年でも、知らぬ顔が半分以上存在するほどの規模の学校である。 当然、それに伴い玄関は広々とし、靴入れも膨大な数にのぼる。 その上、靴箱の扉に書かれているのは、生徒名ではなく出席番号である。 いくら長太郎がに熱を上げているとはいえ、そこまでは把握していない。おそらく宍戸に聞いても同じことだろう。 長太郎は、ズラリと並ぶ無数の下駄箱を前に途方に暮れた。 内容が内容だけに、間違いだけは許されない。 ひとつでもズレていれば大惨事である。 しかもそれが男子生徒だったりしたら更に事態は深刻だ。 行く先をなくした手紙を握り締めたまま、長太郎は大きく肩を落とす。 どうも告白すると決めたあの瞬間から、なぜだかずっと空回りである。 ひたすらに想い、考え、眠ることすら忘れるほど心を砕いていた割には、最終的な段取りが整っておらず、結局出直し。 まるでスムーズに進まず、エンジンは調子よく回っているはずなのにいつまでも船は出港しない。 港に浮きっぱなしの長太郎丸(漁船?)は地平線に浮かぶ近くて遠い幻の島()を海からただ見つめるばかりである。 多分張り切って回りすぎたそのエンジンが少々いかれたのではないかと思われるが。 なんでもほどほどが良しであると誰か彼にアドバイスを与えてやって欲しい。 しばらく長太郎はウロウロと忙しなく動き回り、あちこち靴箱を開けたり閉めたりという不審極まりない動きを見せていたが、だからといってどうなるわけでもない。 彼女の靴箱がみつかるはずもなく、ただ寒いばかりである。 仕方ないのでとりあえず一旦教室に入ることにした長太郎は、自分の上履きがある2年の靴箱へと向かった。 が、向こうから自分同様俯き加減でトボトボ近付いてくる生徒の姿に、足が一瞬とまった。 寒そうに、紺のコートのなかへ身を縮こませて歩いている。 こっちに気付いたその女生徒が顔を上げた瞬間、止まっていた足は跳ねるように動き出した。 「先輩っ!!」 「長太郎っ!!」 同時に全力で駆け寄った2人は、互いに掴みかかる勢いでこう叫んだ。 「「靴箱どこ(ですか)っ?!」」 「靴箱って誰の!?あ、え、もしかして私の?っていうか、なんでこんな朝早く学校来てんのっっ?!」 「誰の靴箱ですかっ?!え、もしかして俺の靴箱の場所ですかっ??!っていうか、先輩こんな早くにどうしたんですかっ?!」 呼吸をするのも忘れ、矢継ぎ早にまくしたてると長太郎。 人の話を聞かない二人である。 早朝でテンションが上がっているのか、はガイジンのようなオーバーリアクションで長太郎に質問を投げかけ続けた。 長太郎も、まさかこんな時間に誰かに、ましてやこれから恋文を送ろうとしていた相手と出会うとは思ってもいなかったため、妙な興奮状態に陥ってしまい自分でも何を言っているかわからなくなっていた。 本能に押し流されて、何も考えず反射神経のみでの問答である。 「そうだよっ長太郎の靴箱だよぅ!あ、あ、朝早く来たのはっ…」 「そうですよっ先輩の靴箱探してるんですよっ!こんな時間に学校来たのはっ…」 「ちょっ長太郎に用があってっ」 「せ、先輩に大事なものを渡したくてっ」 どちらの回答も互いの声で被りまくる中、長太郎はポケットに一度しまいこんだ手紙を掴んだ。 「先輩に愛の告白をするために、手紙を靴箱に入れたかったんです!」 冷え切った早朝の空気を切り裂く、ラブレターの見本のようなハートのシールで封をした一通の手紙。 そんなものをいきなり突き出されてしまったは、呆気に取られたように呆然と立ち尽くした。 だが、一番この展開に驚きを感じていたのは手紙を突き出した張本人の長太郎である。 い ま 、 告 白 を 実 行 し て し ま っ た 。 本来ならば、手紙を手渡し、文面に詰め込んだこの想いを受け取って下さい先輩っ!という手順だったのだが、いきなりの流れに飲まれ、さっさと用件を済ませてしまったのである。 予想外の状況に慌てたとはいえ、エラーである。確実に大暴投である。 手紙を読んでもらうまでもなく、いきなり愛を自らの口で告げてしまった―――順序を間違ったことに気付いてしまった長太郎は、大いに焦った。 この手紙をとりあえず引っ込めるべきか、はたまたこのまま押し付けて風のように去ってしまおうか、と焦りに追い込まれた長太郎が恐るべき速さで脳内がんばれ俺会議を繰り広げていたその時、いままで無言で固まっていたが突然鞄をひっかき回し、中から取り出した小さな紙袋を先ほどの彼と同じ所作でまっすぐ突き出した。 「わっ私もっ、愛の告白しようと思って、長太郎の靴箱さがしてました…っ!」 シワ一つない今日まで大切に保管されていたことが一目でわかる、その朱色の紙袋の紐を握り締めたの指は同様に紅く染まっている。 それは多分寒さのせいだけではないことは、長太郎にも分かった。 彼女の頬も同じように朱に染まっていたせいであり、もちろん長太郎も全身真っ赤に茹で上がってせいでもある。 「「う、受け取ってくれますか?」」 そのまま2人は揃って頷き、想いを交換するように相手のほうへと手を伸ばした。 差し出す指も、受け取る指も、お互い滑稽なくらい震えていた。 「…まさか本人に会うとは思わなくてびっくりしたけど、やっぱり早く来て正解だったみたい」 「俺もびっくりしましたよ、まさか先輩に会うなんて。告白する日が一緒なんてすごい偶然ですよねっ」 「え?や、偶然っていうか、さ…」 「?」 「………長太郎、もしかして忘れてる?」 「――――――――― あっ 」 そのとき鳳長太郎は、今日が2月14日であることをようやく思い出した。 「…で、なんだよ、結局は両思いで上手くいきました〜ってことか」 「そうなんですよ〜全ては協力してくれた宍戸さんのおかげですねっ!」 コートを二枚マフラーを二本(どちらも片方は男物だと思われる)という重装備の女生徒が、フェンスの向こうでにこやかに手を振っている。 「いや〜それで、今日は寒いから先帰っててもいいですよって言ったんですけど、終るまで待ってるって言ってくれて…!ああ、こんな寒空で、風邪なんかひきませんようにっ」 「あんだけ着てりゃ大丈夫だと思うけどな…って、長太郎、くれぐれも部活中にイチャつくのは勘弁しろよ?そーいうのは練習終わってからにしてくれ」 「…ッやッだな宍戸さん!照れるじゃないですかッッ!!イチャつくなんてッそんなッッッ!やめてくださいよ!」 バシィィッメキッ 「…っお前こそ、やめて下さいだこの野郎…っ」 「…っヒィィ!おーい誰かー!!また宍戸の腕がァァ!!」 「すげっ!振り子みたいに揺れてる!」 恋の成就により長太郎は練習に迷いなく打ち込めるようになったが、宍戸の肩は確実に外れやすくなった。 それもまた、青春の一ページ。 桐様に捧げます、222222キリリク長太郎夢でした。 |
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