「多くの被害が出る前に、早いところ片付けてしまいましょう」

 市街地で盗賊団が暴れている、と報告を受け陸遜たちは討伐の為、馬を走らせていた。
 このゴロツキども、最近あちこちで好き放題に暴れており、近隣の村や町からずいぶん苦情が寄せられていた一団である。


 「今度こそ、逃がしませんよ」


 襲撃を受けた町へ到着し、そのまま馬で騒ぎの中心に駆け込んでいく。

 「殿が治めるこの地での狼藉、許しておけません!!」

 声高らかに、双剣をかざした。


 が、


 「・・・ん?」


 様子がおかしい。

 敵がいない、というか立っていない。皆、ピクリともせずに足元に転がっている。

 一瞬、襲われた町民たちか?と陸遜は思ったが、どうも違うようだ。
 服装や人相から見て、倒れているのは全員、賊の一味らしい。

 「どうなっているんでしょう・・?」

 ふりあげた双剣の行き先を失くし(ハリキっていたので余計恥ずかしい)、彼は辺りを見回した。


 キィィィン!!!


 刃のぶつかり合う金属音。

 ハッと、陸遜はその音が響いてきた方向へ走り出した。

 朽ち果てた平屋の廃屋の前で、紫の衣を身にまとった巨漢が大鎌を振るっていた。周りの者たちも同じ色の出で立ちだ。
 例の盗賊団は、紫を一団の色として掲げていた、と聞いている。
 では、あの大男が賊のお頭というやつだろう。

 「くっそー!!チョロチョロしやがってぇ!!」

 大男が苛立ったように鎌を振り下ろした瞬間、廃屋の屋根から影が降ってきた。
 その影が、地上に降り立つ前に握っていた得物を一閃する。
 お頭を守るべく、周りを固めていた男達すべて、崩れ落ちた。

 「・・残りはお前だけだ」

 そう呟いて首領の前に対峙したのは、男の半分もあるだろうかと思われる、小柄な少年。

 「このガキがぁ!!」

 大男がヤケクソ気味に大鎌を振り回す。
 先端をかすめたらしく、そばに積まれた木材が木っ端微塵に吹き飛んだ。
 すさまじい破壊力である。

 「あれをまともに食らったら、生きて帰れませんね・・・」

 なら、早いとこ助けに行った方がいいんじゃないのか。
 討伐に来たはずなのに、すっかり傍観者に徹している陸遜伯言。

 しかし確かに、横から手を出す気にもなれぬほど彼の戦いぶりには危うさが微塵もなかった。
 熊のような男の怒涛の猛攻を軽くあしらう如くにスイスイと動き回り、完全に相手を翻弄している。

 俊足の陸遜にやっと追いついた護衛兵達も、何事かと問うより前に息を切らしたまま目の前の戦闘を呆けたように見入っていた。

 「・・・陸遜様と同じくらい、速いんじゃないですか・・?」

 「・・あんな速さ、私でも無理です」

 無双乱舞時の甘寧並である。あんなにやかましくはないが。
 目で追うのがやっとのそのスピードは、天空を駆ける隼のようだ。

 盗賊頭が、少年めがけて鎌を真っ直ぐ突く。が、
 既にそこには彼は居らず、頭を軽く飛び越えて男の背中を捉えていた。

 一振り。

 男は慌てて正面を向こうとしたが当然間に合わず、袈裟がけに斬られ、前へ倒れこんだ。


 「お見事ですね」


 刀を鞘に納めていた少年は、隙の無い動作で陸遜を見据えた。
 戦闘の直後だ。それなりに警戒しているのだろう。

 「住民の訴えで、盗賊討伐に来たのですが・・もう、その必要はないようです」

 「・・あぁ・・・・・仕事の邪魔をしてしまったか。それは失礼した」

 そう言って軽く頭を下げた少年は、間近で見てみると、とても小さかった。
 陸遜も小柄な部類に入るが、彼はそれより更に背が低い。
 さっきの闘いぶりをこの目で見ていなければ、盗賊一団潰した剛の者とはとても信じられないだろう。

 膝丈の薄汚れたマントを体に引っ掛けて、頭は灰色の布をスッポリと被り同様の布で目から下を覆面をするように覆っている。
 唯一外にさらされている黒い瞳は、まだ幼い。

 賊が退治されて安堵したのか、民家や店から出てきた町人たちが、いつのまにか陸遜たちを遠巻きに取り囲んでいた。
 陸遜と向き合っていた少年は集まりだした民の方へと近付き、一人の老婆の前で立ち止まる。

 「これ・・」

 彼は懐から金細工の首飾りを取り出して、少しおびえた様子の老婆に手渡した。

 「恐らく盗られた他の品々も、あの廃屋に」

 「あ、あ、ありがとうございますっ!!」

 涙ぐみながら何度も頭を下げる老婆に、彼は「こちらこそ、泊めて頂いて助かった」と一礼してそのまま町を出る門の方へと歩き出した。

 「あ、ちょっと待ってください!」

 立ち去る少年を陸遜はすかさず制止した。

 「・・・?」

 その声に彼はゆっくりと振り返る。

 「あなた、どちらにお仕えしている方ですか?」

 「・・どこにも仕官などしていないが」

 「では、どこかに所属しているわけではないのですね?」
 
 少年は陸遜の問いの真意がつかめず、怪訝な顔で頷いた。

 「それは安心しました」

 陸遜は破顔し、言葉を続けた。

 「それでは私と一緒に来てください」

 「・・!?」

 「陸遜様!?」

 「来ませんか」ではなく「来てください」である。
 なんという
ゴリ押し。相手に選択の余地を与えない。

 「盗賊討伐に深く感謝いたします。お礼はこの私がさせて頂きます」

 「陸遜様、急に何を言い出すのです!このような子供相手に・・」

 「その子供が一人で片付けたのですよ。礼を尽くすのは当然でしょう」

 護衛兵の言葉を一蹴し、私は陸遜伯言と申します、と名乗った。

 「あなたの名は?」

 「・・・・」

 「では殿。私の馬に」

 陸遜は困惑しきっている少年のことなどお構いなしで、白馬の上に相乗りの形でまたがった。

 「・・なぜ・・?」

 陸遜の前に(半ばムリヤリ)乗せられた覆面の少年は、わけがわからず後ろを見上げた。

 陸遜はニッコリ笑って馬の手綱を引いた。