「ああああ〜!どうしようどうしようどうしよう」 後悔の渦に巻き込まれながら、は寝台の上で正座して、枕をグーでブン殴っていた。 彼女の「どうしよう」には色々な意味が込められている。 ついつい、月英様に余計なことまで喋ってしまって、どうしよう。 その会話を呂布様に聞かれてしまって、どうしよう。 そして何より。 あんな心にもない言葉を、ぶつけてしまってさんてんどうしよう。 「あんな事言うつもりじゃなかったのに――――っ!!」 ボスボスボスボスッ の枕はもう、すでに枕としての形を失っている。 呂布様は怒っているだろうか。 見た目はちょっと怖いけど、とても優しい人なのに。 ひどい言葉を言ってしまった。 それこそ、こっちが嫌われてしまうかも。 「…ニャー!!」 理解不能なことを口走りながら、は頭を抱えて、正座の姿勢のままバタリと正面に倒れこむ。 部屋に戻ってきてから、ずっとこんなことの繰り返しである。 それにしても、ホウ統の用事をすっかり忘れているようだが、いいのか。 布団や枕の羽が飛び散るのも構わずに、寝台の上でがひとり暴れていると、扉をコツコツと叩く音がした。 「す、すいません、ちょっと待ってください!」 グシャグシャに乱れた寝具と髪を慌てて直し、は部屋のドアをそっと開いた。 その先には、居心地の悪そうな顔をした青年が2人、立っている。 には、その2人に見覚えがあった。 見張り役の兵士達だ。 時々、の部屋の前に立っていることもある。 「あの、どうかしましたか」 お付の女官や武将達ならばそう珍しくもないが、彼らのような兵卒がの私室を訪れることはあまりない。 何かあったのかと、は不思議に思って首をかしげる。 「わ、我々のような者が朱雀様の部屋に直接伺うのは、大変無礼とは存じますがっっ」 「え?そ、そんなこと無いですから!どうぞお気になさらずにっ」 この上なくかしこまった様子の兵士の様子に焦ったは、思いっきり手の平をブンブンと振った。 そんなにカチコチになられては、こっちが恐縮してしまう。 どうぞどうぞ、普通にどうぞ、とは兵士の緊張を解くように促す。 「あの…朱雀様、」 思いのほか気安い対応に安心したのか、兵士はさっきよりはリラックスした口調で話しを切り出した。 「呂布将軍に”大嫌い”とおっしゃられたとか」 「うっ」 いきなりなんてことを。 先程までその件で、朱雀様はもんどり打っていらしたというのに。 「な、何故それを…」 油断していた分だけ、ダメージは大きい。 ヨロリ、とは扉にもたれかかった。 「さっき、偶然廊下で将軍に遭遇して保護、いやお会いしてお話を伺いまして…」 隣に立つもう1人の兵士が言葉を続ける。 「その、差し出がましいのですが、呂布将軍をお許して頂けないでしょうか」 「へ?ゆるす?」 予想外の申し出に、はポカンと兵士の台詞を繰り返した。 「このような件、部外者の我々が口を出すことでは無いと重々承知してますが…」 「いやあのね」 「蜀の未来にも関わることですので、ここはひとつ穏便に、」 「ちょ、ちょ、ちょっと待って」 一方的に話をすすめて、深々と頭を下げる兵士の顔を、慌てては上げさせる。 「許して頂けるんで?」 許すも何も。 お許し頂きたい、と思っているのはの方だ。 「…呂布様は…怒ってないんですか?」 「いえ、怒るどころか、」 なぁ?と兵士2人は顔を見合わせた。 「うなだれてます」 うなだれている。 兵士の言葉に、はひどく胸が痛んだ。 ああ、そうだ。怒ったりしないんだ、呂布様は。 優しい人なのは知ってたはずなのに。 傷つけた。 不用意な言葉で、傷つけてしまった。 の後悔の念は更に深くなる。 「あのう…将軍は何をしたんですか?」 「違うんです。何もしてない。何も悪くない」 ただ、バッタリと会ってしまっただけである。 被害者以外の何者でもない。 「呂布様は、何も悪くないのに」 独り言のように弱々しい声でそう洩らすと、はそのままうつむいてしまった。 急に目の前でしょんぼりしてしまったを見て、兵士達は慌てたような声を上げる。 「朱雀様どうされました?!」 「そ、そんな落ち込まないで下さい」 さっきといい、今といい、行く先々で慰めたり励ましたりと大忙しの2人である。 なんと気苦労の多い職場だろう。 不甲斐なさを噛み締めつつ、は自分の足元をしばらく見つめていた。 己の情けなさを痛感する。 だが同時に、それだけではどうにもならないことも彼女は痛いほど感じていた。 ・・・何をこんなところでウジウジしてるんだろう。 ただ後悔してたって、何も解決しない。 は拳を強く握り締め、伏せていた顔を勢いよく上げた。 わずかばかりの勇気を持って。 「呂布様は、どこですか?」 先程と寸分変わらず、あたりに沈んだオーラをまきちらしながら、呂布将軍はまだ通路の中央に座り込んでいた。 邪魔くさい。 どう考えても通行の妨げである。 迷惑はなはだしいその人物の後姿を発見し、急いでは駆け寄った。 「呂布様!」 ピクリ。 後方から響いた彼女の声に呂布は体全体で反応し、振り返っての姿を確認すると、 逃げ出した。 再びあの「大嫌い」を耳にすることを恐れたらしい。 これ以上、どん底に落ちたくなかったのだろう。 「待ってくださいってば!」 呂布は本気を出して走っていたが、同じく全力疾走のに後ろから触覚を掴まれてしまった。 彼の馬鹿力ならば、そのまま走り続けることも可能だったが、触覚にぶら下がっているを引きずるわけにはいかない。 怪我でもしたら大変である。 仕方なく呂布は足を止めた。 しっかり掴まれていた触角から、彼女の手が離れる。 「あの、あの・・・ごめんなさい」 背を向けたままの呂布の耳に届いたのは、の震えた声だった。 その言葉に、彼は驚いて振り返る。 「”大嫌い”なんてウソです。大ウソなんです。呂布様は何も悪くないんです」 の表情は必死そのもので、眉が八の字になっている。 必死すぎて、今にも泣き出しそうな表情だ。 「あんな話聞かれて恥ずかしくなっちゃって私、でも、でも、そんなの呂布様のせいじゃないのに」 言いたいことが上手くまとめられないらしく、かなり支離滅裂である。 とにかく伝えなければ、と足りないながらもは思いつく言葉を全てを呂布へ吐き出した。 「嫌いなんかじゃないです!嫌いなんかじゃ、絶対ありませんから」 「本当か?」 聞かれて恥ずかしい、あんな話ってなんだ? と、相変わらず状況がさっぱりわからないままの呂布だったが、 涙目で自分を見上げてくるを見ていたら、そんな事どうでもよくなってしまった。 たどたどしくも、彼女が一生懸命に想いを伝えようとしてくれている。 それで充分、呂布には幸せなことだった。 「・・安心した」 呂布は心から安堵の溜息を吐く。 「お前に嫌われたら、俺は多分・・・・死んでしまう」 「あ!しおれてた触覚がよみがえった!」 「ああ、良かった!良かったですね呂布将軍!」 しょうもない痴話ゲンカに巻き込まれ、このカップルの為に今日1日奔走した兵士2人は、 涙ぐみながら影からこっそり真の三国無双の復活を喜び合っていた。 今回、一番苦労し、一番頑張ったのは、この2名だ。 ちなみに、仕事の交代時間はとうに過ぎている。 可哀想だが、数時間後に彼らは上官からこっぴどくお叱りを受けてしまう。 「おやおや、何をしてるんですか?」 「あ、孔明様」 そんな兵士2名以外にも、甘酸っぱいお二方のやり取りを遠くから見守っていた者達がいた。 「恋のキューピット役なんです」 そう諸葛亮に告げると、月英は向こう側で突っ立っている呂布とへ指を指す。 「あのお2人、あと一押しって感じなので、この恋の矢で成就させてあげようと思って〜」 「ほう、これはいいボウガンですね」 「はい!刺さりかたが半端じゃないんですよ〜」 笑顔で呂布の頭部にロックオンして、月英は特製ボウガンを構えた。 次に彼の口から飛び出すのは、愛の言葉か、断末魔の叫びか。 恋の矢発射まで、あと3秒。 こんなのでも5万打記念企画のフリー作品でした、一応。 |