「絶対に反対です」


 陸遜はきっぱりと言い切った。
 彼の前には、呉の君主・孫策が弱ったような表情で座っている。

 「反対なんです!」

 「だって仕方ねぇだろー。もう決まったことなんだし」

 殿がそうおっしゃってるというのに、反対反対反対反対と連呼するこの家臣。
 彼の忠義心は羽より軽い。


 「殿に行かせるくらいなら、私が行きますよ!」


 「お前は戦がすぐ控えてるだろーが」


 平素は冷静な陸遜がここまで必死になるのは、やはりというかなんというか、が絡んでいるからであった。
 劉備軍で軍師を勤めている諸葛亮の兄、呉の文官・諸葛瑾。
 彼が弟のいる蜀への訪問の際に、護衛としてをつけるという話である。
 
 超がつくほど過保護な陸遜は、長期間自分の目の届かない土地なんかへをやりたくないわけだ。

 「大体、だって快く承諾してくれたんだぜ」


 
「当たり前です!真面目なんです、素直なんです、従順なんです殿は!孫策様の命を拒めるわけがないんです!」


 陸遜の言い分だけ聞いていると、まるで有無を言わさず任務を押し付けたみたいではないか。
 いつのまにやらすっかり孫策悪者扱い。
 彼は君主として、普通に仕事を与えただけなのに〜。
 
 「それに、他に手が空いてる奴いねぇんだよ。まさか、兵卒つけるわけにもいかねぇだろ」


 
だったら貴様が行きやがれ!


 さすがに仮にも君主相手にそんな暴言が吐けるはずもなく(いや、結構吐いている)陸遜はこらえた。
 
 これ以上論争を続けていると、なんかの拍子に双剣でサクッとやられそうなので殿は話を切り上げる。

 「とにかく、そういうことだからな!」

 
 そんさく は にげだした!


 孫策の選んだコマンド「にげる」は成功したらしく、スタコラサッサと無事に部屋を脱出した。
 下手に「たたかう」を選ばなかった彼は、意外と賢いのかも知れない。


 「・・・・くっ・・・」

 
 出て行く孫策の背中を斬りつけてやりたいぐらい殺気立っている陸遜は、悔しそうにこぶしに力を込めた。






 さて当日。



  
 仕官してから初めて呉を離れるに、出発前「気を付けてくださいね」を18回位繰り返していた陸遜。
 それだけならば、「心配性だなぁ陸遜は」ぐらいで皆も笑って済ませられるのだが


 「何かあったらすぐに逃げてくるんですよ。諸葛瑾殿に構わずに」


 
なんだったら盾にしてもいい、なんてことを本気で言い出す彼は、やはりとんでもない男である。
 それはすでに護衛じゃないだろう。

 別に蜀を侵略しに行くわけでもなく、外交も兼ねながら弟に会いに行く程度の些細な用事のお供である。
 特に警戒せねばならない程の危険はない。
 どちらかというと、大きな戦ではないとはいえ出陣を明日に控えている陸遜こそ、気をつけた方がいいんじゃないのか。
  
 しかし、陸遜の頭の中には戦のことなど微塵もない。

 孫策軍ピンチ!

 そんなんでこの戦を乗り切れるのか?
 呉が誇る天才軍師は同時に危険分子でもある。
 殿、早く気づいたほうがいいよ!

 ロクでもない陸遜の発言をキッチリ耳に入れて蜀へと発った諸葛瑾は、不安そうに隣のを見る。
 
 陸遜からの言いつけには、とりあえずなんでも頷いてしまうであったが(なんてことだ)さすがにさっきのは護衛としていかがなものかと感じたらしく。

 「・・・・ご安心を。必ずお守り致します」
  
 彼の頼りない視線を受けたは、安心させるようにそう言った。
  
 こうして彼女の、はじめてのおつかいは始まった。