他の連中に先手を打たれる前に、動こう。
 俺は自分を奮い立たせ、正面に座る殿へと向き合う(今まではあえてそらしていたのだ)  
 うっ!
 彼女の方も俺へ視線を向けていて、バッチリ目が合った。

 「き、奇遇だな…」
 「き、奇遇ですよねぇ」

 アハ、と乾いた笑いがお互いの顔に張り付く。

 「きょ、きょ、今日は春鈴とやらはどうしたんだ?」
 「きょ、今日春鈴は、あの・・カキにあたっちゃって…」
 「カ…カキか…それは大変だ。気をつけねばな…」

 
アホか俺は

 牡蠣にあたったのは確かに大変だが、だからといってこの不毛な会話はどうかと思う。
 一体何をどうしたいんだ。あまりにギクシャクしすぎる。
 もうこうなったら、とっとと2人で抜け出そう。
 そうだそれがいい。

 「殿、俺と」
 「ではではでは!今からフリータイムです!!」
 
 パンパン手を打ちながら張り切った関平がすかさず声を上げ、俺の目論みは見事に阻止された。  
 なんだ、その絶妙なタイミングは。
 そうこうしているうちに朱雀様の両脇には岱と張翼が陣取っている。
 は、早ッ。
 お前ら韋駄天靴でも装備してんのか?!
  
 侮れない若造共に心で舌打ちをかましつつ、殿に近付こうと俺は立ち上がった。
 が、すぐさま腕を引っ張られ、また椅子に逆戻り。
  
 「どこ行かれるんですか、馬超様!」
 「今宵は私たちがお相手いたします〜」
 「感激ですわ、馬超様にお酌が出来るなんて」

 いつの間にか、俺は女官トライアングルの中心に。
 しまった、退路を絶たれた。
 ヒラヒラと衣を翻し、艶やかな女達は俺を取り囲んで微笑む。
 皆、噂に上るだけあって確かに美しい。
 美しいのだが、さっきから俺を見る目つきが妖しいのが気になる。
 失礼だが、とって食われそうで怖い。
 半ば無理やり持たされた杯に、妖魔女官達は酒を次々と注ぐ。
 酒には強い方なので前後不覚に陥るほど酔うことはないが、状況判断の力が多少なりとも削がれていく。

 酔いつぶれてなるものか。
 何をされるかわからん。
 酒に飲まれぬよう自分に喝を入れながら殿へと目を向けると、酒こそ飲まされていないが俺と状況が全く同じだった。
 若手武将3名に囲まれ戸惑っている姿は、どう見たってホストクラブの客(初めてのご来店)
 …ということは、彼女の目に映る俺の姿は…キャバクラとその客?(しかも常連)

 泣けてきた。
 試練とは、何と厳しいものなのか。
  
 居心地の悪いハーレムで女官達のお喋りに適当な相槌を打ちながら、俺はもうひとつのハーレムへ聞き耳を立てる。
 会話の内容から察するに、3人の若武者は自己アピールとして戦場での武勲を語っているらしい。
 戦の女神・朱雀には確かに有効かも知れない。

 「--で、先日の戦についていかが思われますか?朱雀様は」
 「みなさん、とても活躍されてましたよね」
 「そのなかでも、誰が一番印象に残ってますか?!」
 「え、えーと」

 なかなか突っ込むな、張翼。
 殿は真面目だから、一生懸命考えてしまうじゃないか。
 ううん、と考え込んだ彼女は何かを思い出したように、晴れやかな顔で口を開いた。

 「…やっぱり、千人斬りを達成されてた馬超様かな」

 心臓が跳ね上がった。
 確かにこの間の戦は調子がよく、誰よりも武勲を獲得していたので俺の名前が上がるのはごく自然のことなのだが。
 それでも素直に胸が高鳴った。
 しかし、彼女の横からボソリと呟きが。
  
 「まぁ…兄上の場合、
夜の千人斬りですけどね」


 
お前は鬼か岱。

 
 意味が殿によく伝わってなかったから良かったものの、とんでもない爆弾投げ込みやがって。
 考えたくはないが・・今まで可愛がっていたお前までも、黒キャラなのか?
 もういいだろう、は。
 充分間に合っているはずだ。
 頼むからこれ以上蜀軍の腹黒比率を上げないでくれ。  
  
 「馬超将軍は名うてのプレイボーイですからねぇ」
 「泣かした女は数知れず…という話ですよ」

 そこへ更に関平と張翼の見事な連携プレーが加わる。
 集中砲火だ。
 こんな場で心をひとつにしてどうする。
 こいつら、まとめて無双乱舞でも食らわせてやろうか。

 「誠実という言葉からは、一番縁遠い方ですよ」
 「朱雀様は大丈夫ですか?兄上の毒牙には」

 俺は無双乱舞に玉璽をつけることを決めた。

 「……馬超様は、そんな方じゃないですよ?」

 怒涛の連続攻撃にやられ卓に突っ伏していた俺の耳に、信じがたい援護の台詞が届く。
 殿の声だった。

 「朱雀様…馬超将軍の評判を耳にされてないんですか?」

 いえ、色々と聞きましたけど、と彼女は問いかけた関平へ向き直った。

 「噂は結局噂なんじゃないかなぁと」

 そして殿は、微笑みながら続けた。

 「今でも馬超様の印象は、初めて会った時と変わってません」









    
「まっすぐな方ですね」












  
 気が付くと俺は

 彼女の手をとって走り出していた。

 姫を奪われた蜀軍のルーキー達がわめきながらも、当然追いかけてきたが振り返りもしなかった。
 背後から聞こえる制止の声にも、構わず逃げ続ける。
 誰が追いつかれてやるものか。
 外へつないでおいた絶影の背へ、彼女を抱えて飛び乗る。 
  
 「兄上!!朱雀様をどこへ!!」
 「馬超将軍!!どういうつもりですか!」

 流石に若いだけあっていい脚力をしている。
 かなり距離を詰めてきた。
 が、悪いな。
 俺は錦馬超だ。

 「姫をさらいに行くのが、王子の役目だからな!!」

 吼えながら、馬にまたがり頭上で槍を一閃する。
  
 「うわっ馬上チャージって!そこまですっ…ゴフッ!!

 後輩共をピヨピヨさせた後、軽く馬で蹴散らしながらそのまま駆け出した(俺は相当頭にきていた)


 空はすっかり闇が広がり、くらむほどの輝きばらまかれている。
 だが俺には、そんな星空を見上げる余裕など微塵もなかった。
 体の全神経は前方のみに集中している。
 ゆっくりと俺は馬の足をとめた。
 このまま走っていては彼女の表情すら見ることが出来ない。

 …少しばかり強引過ぎたか?  
 何の前置きもなく、ほとんど誘拐に近い形で連れてきてしまった。
 彼女が怒り出しても不思議ではない。
 だが、もう、どうにもならなかったんだ。 
 歓喜の渦に背を押されるように、体が勝手に動き出してしまった。

 「馬超様」

 声をかけようと逡巡している矢先、彼女が先に振り向いた。
 その顔には怒りの感情は浮かんではいない。
 とりあえず、ホッとした。

 「すまないな。驚いただろう」
 「あ、はい、びっくりしました」

 俺を見上げる深い瞳には、月が映っていた。

 「馬超様、本当に王子様みたいだったから」
 「!」

 いつも彼女の口から出るのは、予想と反する言葉。
 だが、それはいつもいつも、どうしようもなく胸を打つ。
 この娘はどうしてこうも、俺を嬉しくさせるんだろう。
 緩む表情を抑えられないまま、俺は呟いた。

 「白馬じゃないのが残念だけどな」

 あ。
 ほらほら、目がなくなってる。
 姫のその顔に、王子様は弱い。 
 染みとおるように温かな笑顔は、こちらまで自然と気持ちが柔らかくなってしまう。
 噂にも評判にも耳を貸さず、彼女は自分の目で俺を見ていてくれた。 
 初めて会ったあの時と、変わらない気持ちでいてくれたんだ、彼女は。
    
 見たか、悪い魔法使いめ←(誰に言っているかは不明)  
 目くらましの魔法など、このお姫様にはまったく通用しない。

 「…せっかくだから、星でも眺めていかないか?」
 「わ、いいんですか?

 彼女は子供のように嬉しげにこくこく首を縦に振った。
 ついついつられて、俺も何度も頷いた。

 根も葉もない噂でも、黒い妨害でも、何でも来い。
 こんな幸せが手に入るというのなら、どんな試練でも受けて立ってやる。  
 馬孟起の名のかけて、すぐさま返り討ちにしてくれよう。  
 冷たい夜風を浴びながら、天へ挑むように俺はそう誓った。
 仰ぎ見た星空は、なんだかいつもより綺麗に見えた。