ぶつかっただけで妊娠する。
 実は隠し子が2ダースいるらしい。
 両肩に水子の霊が過積載。
  
 噂話というのは、どうしてこうも無責任にエスカレートするのだろうか。
 どういうわけだか、俺には「女タラシ」のイメージがついて回る。
 この間の鍛錬の後など、いつの間にか結婚についての話題になり、俺が口をはさもうとしたら

 「ま、お前はいいか!これ以上夜のおつとめに精出してもなぁ!!」

 張飛殿から下品な暴言を吐かれつつ、背中をブッ叩かれた。
 どうしてそうなる。

 まるで俺が、毎夜女人相手に豪傑ぶりを発揮しているようではないか!
 確かに。
 確かに、この劉備軍に下るまで、自慢じゃないが俺は大変にモテていた。
 西涼の地の王子・馬超として多くの部下達に慕われ、すれ違う女官達は皆頬を染める。
 恋文をもらうことなど、日常茶飯事だった。
 だが、言い寄られれば誰でも受け入れるわけではない。
 巷で囁かれる「来るもの拒まず、去るもの追わず」ではない、と明言しておく。
 拒む時は拒むし、追うときだってある。
 女ならば何でも食指が動くケダモノではないのだ。

 というかそれ以前に、俺には女と遊んでいる暇などまるで無かった。
 王子は王子なりに、忙しい日々を送っていたのだ。
 「一晩だけでもお情けを」「遊びでもいいのです」
 女達は口々にそう言ったが、面倒なので放っておいた。
 いちいち相手にしていたら、キリがない。
 …が、どうもそれが凶と出たらしい。

 面と向かって断ることをしなかった為、”全ての女に手をつけた上、放置”という何とも不名誉な噂が広がり始めた。
 しかもその噂話は、三国全域へと迷惑にも勢力拡大。
 蜀軍の武将となった今でも、根強く残っている。
 いやそれどころか、より一層酷くなった気がするんだが。

 しかし、ここへ来た当時はその噂に対して肯定もしなかったが、あえて否定もしなかった。
 むしろ甲斐性のある男として評価されているのではないか、と前向きに考えるようにしていたのだ。
 大体ここまで噂が広まってしまったのに、いまさら
 実はさほど女慣れしてないんだ俺は、などと、真実を語る方が勇気が要る。
 逆に馬鹿にされそうだ。
 そんなわけで、結局そのままにしておいた。
 噂を信じたい奴には、信じさせておけ。
 どう見られようが構うものか。
 そう思っていた。

 だが、しかし。
 問題が起きた。
 大きな、問題だ。

 この蜀へ、伝説の朱雀がやって来たのだ。
 救世主・朱雀は意外なことに、若い・・というより幼い少女。
 彼女は、と名乗った。
 優しい娘だった。
 笑うと、目がなくなる。
 小さくて頼りないが、つい手を出して分けてもらいたくなるような温かいものを持っている。
 そして人の短所より先に長所を見つけてくれる。
 彼女は俺にこう言った。

 「馬超様は、まっすぐな方ですね」

 心が震えるほど嬉しかった。

 せっかくもらった綺麗な言葉を壊したくない。
 もうきっと殿の耳には、女にだらしないという俺の噂が山ほど入っているだろう。
 真実ならば仕方のないことだと思う。
 だが、それは歪んで伝わった馬超孟起。
 人づてに聞いた話を鵜呑みにするような娘ではないだろうが、少なくとも信頼できる男としては…きっと見てもらえない。
 誰にどう思われようが知ったことではなかったが、あの子にだけは誤解されたくない。
 俺を色眼鏡で見なかった、殿にだけは。

 もう、タラシだの色魔だの女好きだの、言わせるものか。
 見に覚えのない噂や女官の名前など、その場で否定してやる。
 毎日毎日コツコツと努力あるのみ。  
 恐ろしく地道だが、曇りのない目線で見てくれる彼女にならば、いつか必ず通じるはず。
 実直に、高潔に、そして硬派に生きてゆくのだ。
 俺は固く決意した。

 しかし、だ。
 そんな想いを試すように、試練が俺の身に降ってくる。

 「あにうえー!あ・に・う・え!」

 従兄弟である岱に呼び止められたのは昨日のことだ。

 「何だ。どうした?」
 「明日の夜は予定ありますか?」

 その問いに「べつにないが」と答えると、岱は途端に嬉しそうな表情になった。

 「真ですか!では合コンに出席お願いします!」

 合コン?
 合コン――――???!!!

 「無理無理無理無理だ」
  
 俺は即刻、断った。
 冗談じゃない。
 女遊び馬超の汚名を晴らすことを誓ったばかりだというのに、なんてことだ。
 そんな場に慣れているなんて思われたら、ますます「女狂い説」に真実味を持たせるだけじゃないか。
 そのまま俺は歩き出そうとしたが、岱は情けない顔をしてすがりついてくる。

 「どうかお願いします!女性陣側から兄上が参加するなら、ってことでセッティングできた合コンなんですよぅ〜」

 おい。
 こっちの都合は無視なのか?
 つうか、俺の名前を使って何やってんだお前。
 説得力が微塵もない上に相当勝手な言い分だが、可愛い弟分に泣きつかれてはどうにも断りきれない。
 ついつい、顔を出す程度なら…と俺は応じてしまった。

 「やった!ありがとうございます兄上!!」

 ああ…どうしてこうなるんだ。
 人生というものは、なかなか思い通りにならない。




 ************************************


  

 気乗りしないまま会場へとたどり着くと、張翼・関平、それに岱がすでに席についていた。
 若手中心の合コンというわけか。 
 適当に飲んで、早いとこ帰ろう。
 あとは若い連中で勝手に盛り上がってくれればいい。
  
 「美星と申します」
 「如月です」
 「白梅でございます」

 次々とそう名乗り、微笑む彼女達は兵士の間でも美人と評判の女官たちだ。
 俺の目の前に座る女は、深く頭を垂れていて顔がよく見えない。
 自己紹介がその者の番になり、彼女はおずおずと顔を上げた。

 「す、朱雀してます…です」


 
ブ――――ッッ
  

 思わず、口にした酒をふいた俺をよそに参加者の男たちはどよめいた。
 彼女は視線を泳がせながら、もじもじと言葉を続ける。  

 「その、春鈴が来れなくなっちゃいまして」

 春鈴とは、確か朱雀就きの女官のことだ。
 ああ。そうか。
 今夜の本当の面子は、春鈴だったのか。
 殿はその女官の代理で。
 どうりで岱達が驚いた顔をしていたわけだ。
 何しろ、彼女は朱雀姫。
 五虎大将の俺達や、蜀軍の幹部クラスぐらいしか接触の機会は得られない。
 要するに、無双メイン武将以外の連中からすれば、高嶺の花そのもの。
 それが、こんな合コン会場という俗っぽい場所へお越しになられたんだから、さぞや驚きだろう。

 「ご主人様が責任取って下さい!って言ってムリヤリ連れてきちゃいました〜」

 白梅が飛びつくように腕にしがみ付いて笑うと、困ったような殿もまた、つられて微笑んだ。 
 武将達にとっては憧れの対象でも、女官達にとってはずいぶん身近な存在らしい。
 それにしても。
 一応は朱雀様である彼女をこんな場に引っ張ってくるとは、かなりの力技だ。
 剛の者揃いだな、ここの女官は。

 口のまわりの酒を拭いながら、俺は椅子に座り直す。
 実はさっきびっくりしたせいで、危うく転げ落ちそうになっていたのだ。

 「すいません代わりが私で」

 申し訳なさそうに殿が洩らすと、口を開けっぱなしにして呆けていた岱が慌てたように立ち上がった。
  
 「い、いえいえそんな!とんでもないです!こんな形で朱雀様に間近でお会いできるなんて、光栄です!」

 本当にこんな形で顔を会わせる事になるとは。
 なにか悪しきものにでも呪われているのか、俺は。
 隣の席の岱は興奮気味で、見れば他の2人も頬が上気している。

 いかん…!!
  
 予定では本当に顔出しだけして、スッと途中で退かせてもらうつもりだったのに。

 ・意中の相手に合コンに出たことを知られた
 ・意中の相手が代理とはいえ、合コンに出席している(しかも一番人気っぽい)

 こんな状態で、帰れるものか。  
 俺は手にした酒を一気に飲み干した。
 酔いたいわけじゃない。
 というか、酔ってる場合じゃない。
 これから始まる戦いへの、景気づけだ。