「ずいぶん遅くなっただ〜」
「シチューだけじゃ足りないなんておまえが騒ぎ出すからだぞ」
「いや、司馬懿殿が川で溺れたせいではないかと」
「かなり下流まで流されてたでござるな」
「う、うるさいっ貴様らが早く助けないからだ!」
「まあまあとりあえずこうして人数分釣れたわけですから、美しく調理いたしましょう!」
「……む?」
「どうなされたホウ徳殿」
「…見知らぬご婦人が、寝ている」


人の気配に目を覚ましたは、七つの濃厚な顔が自分を覗き込んでいるという起きたはずなのに悪夢のような光景を目にし、驚きのあまりベッドから転がり落ちそうになりました。
部屋の内装が妙にメルヘンな分、その食い違いは起き抜けの脳にはかなりの負担です。
しかしいくら予想外の面構えとはいえ、この家の住人には違いありません。

「ご、ご、ごめんなさい、あの、森で迷ってしまって困っている時にこの家を見つけて、ほっとして……つい、お邪魔してしまったんです」

しどろもどろに事情を説明しながら頭を下げると、派手な装いの男が歩み出て実に優雅にの手を取りました。

「なんと可憐な…!掃き溜めにツルとはまさにこのことです。まるで野に咲く花のよう。ああ、お嬢さん、あなたのお名前は?」
「……と申します」

ミュージカルのような大袈裟な身のこなしに内心ドン引きの姫でしたが、そこは持ち前の忍耐強さでどうにか乗り切りました。

「あの、ところで貴方たちは」
「我々はこの森を住処としている七人の小人と申すもの」
「こっ、」

いくらなんでもその設定は無理がありすぎではないでしょうか。
平均189cmの図体を持ちながら「小人」を堂々と名乗る強引さには眩暈を覚えました。

「小人、なんですか」
「うむ小人である」

頷いたのは七人の内で最も高身長を誇る騎士のような兜を被った男で、無骨ではあるものの実に真面目そうな人物なのですが、さきほどからずっと中腰です。
理由は簡単です、彼にはこの家の天井はどう考えても低すぎるのです。
この中で一番小柄である(森に住んでるのに顔色が妙に悪い)小人も、やたらと縦に長い帽子の存在が仇となっているらしく、首の角度が不自然に前傾していました。
それ以外の小人たちも、よくよくみると微妙に猫背です。
明らかにそれぞれ無理をしています。
多分この場に居る全員、狭い室内に溢れる圧迫感を肌で感じているのでしょうが、タブーとされているのか、決して誰もそれについて触れようとしません。
郷に入れば郷に従えということで、もそれ以上なにも言えませんでした。

「それはそうと、貴様のような小娘がなぜ一人でこんな森にいるのだ」
「えーとその、実は、ですね…」

はためらいがちに、これまでの経緯を小人たちに説明しました。
おとぎの国からクレームが来ること請け合いのむさ苦しいなりをしてますが、とてもピュアで気の優しい小人たちです。
義理とはいえ母から殺されかけたという凄惨なる身の上話に、皆ひどく心を痛め、当事者のよりも傷ついた顔をしていました。半数はほぼ半泣きです。

「お可哀想に…さぞ、おつらかったことでしょう…!儚げに咲く野菊を無情にも襲う、それは夏の嵐のごとく…!!!」(歌うように)

こんな劇的な状況でミュージカル野郎が黙っているわけもなく、長いポニーテールを大きく揺らしながら待ってましたといわんばかりに再びの手を握りました。

「…ですが、これからは何の心配もありませんよ。私たちの一員として幸せにここで暮らせばよいのです!」

があっけに取られている(そして一緒に変な決めポーズを取らされている)のをよそに、勝手に話はまとまったようで、小人たちは皆彼の雄たけびに拍手なんぞをしております。満場一致で可決です。
肝心の本人の意思確認が行われないのはいかがなものかと思われますが、断ったところで他に行くあてもありません。急展開に戸惑いながらも、は彼らの好意をありがたく受け入れることにしました。

「そうなるとベッドがひとつ足りないでござるな」
「明日典韋殿に作っていただきましょう、しかし今夜は…」
「あ、私いいですよ、床で」
「む、ご婦人をそのような場所で寝かせるわけにはいかん、今夜はそれがしの寝台をお貸しするゆえ」
「でも、それではホウ徳様が、」
「それがしは許チョ殿の寝台で一緒に寝かせていただく、良いだろうか」
「えええ!!(なんでよりによって最重量クラスの2人が…!)
「オラは別にいいだよ〜」
「よっ良くないでしょう!ただでさえ小さいベッドなのに、2人で寝るなんてあまりにも、」
「我々は小人であるから問題ない」
「無理しないで…!!」

その晩、結局は小人たちに勧められるままベッドで夜を過ごしました。
子供用サイズですので当然小さく狭く、宮殿の天蓋付のベッドに比べれば遥かに質素ではありましたが、それでもは不思議と温かな気持ちになりました。
ただ、許チョとホウ徳のベッドから聞こえる今にも潰れんという軋んだ音に一晩ハラハラし通しでしたが(他の小人も丸まって寝ているせいか寝息がやたら苦しそう)(気になって眠れない)

そんなわけで始まったと七人の小人たちとの日々は楽しく過ぎてゆきました。
最初こそ大家族スペシャルのような大所帯への戸惑いもありましたが、元々持っていた世話焼き(苦労型)の素質のおかげか、これまでと勝手の違う生活に慣れるのもそう時間はかかりませんでした。
人数が多いので食べる量も半端ではなく支度はいつも一苦労でしたが、たくさんで囲むテーブルはとても楽しく、何より皆が喜んでくれるのがにとって一番嬉しいことでした。
小人たちの方も、もちろん嬉しく思っていました。
むさ苦しく冴えない(あげく狭い)墓場同然だった男所帯で、の存在はまるで花が咲いたかのようにきらきらしていました。常にぐんじょう色に湿っていた空気の色が、爽やかなスカイブルーに思えるほどです。
これまで小人たちは、煮込めば出来る男の料理しか食べたことがありませんでしたが、彼女が来てからは色々なメニューを楽しめるようになり、よれよれだったシーツや枕はいつもフカフカで、毎日とても気持ちよく過ごせるようになりました。
このままお嫁さんになってくれないかなあ。
七人はそれぞれとても勝手なことを考えてしまうのでした(全員それなりに適齢期)

そしてそれは小人さんと言いつつ顔を見上げるという矛盾が完全に慣れてしまった頃のことです。

宮殿では再びお妃様があの大きな鏡の前に立っていました。
がいなくなったと信じて疑わないお妃様は、自分が最も美しいことを確認しようとしたのです。
しかし、鏡はお妃様が望んだ言葉を口にしませんでした。

「甄の次に美しいのは、だ」

殺したはずのが生きていることに怒り狂ったお妃様は、水晶玉で小人たちの家で暮らしているの姿を見つけ出しました。
周りにいる小人がちっとも「小人」じゃないことが気にはなりましたが、今はそんなことに構っている場合ではありません。
こうなったら直接息の根をとめてやろうと、お妃様は大きな鍋に秘薬をいれ、あらゆる忌まわしい呪文をかけてぐつぐつと煮込み、毒入り林檎を作りました。

その日は小人たちが鮭を釣って来るというので、お弁当やお茶を用意したり溺れないようにと散々司馬懿を心配したりして(そしてキレられ)慌しく皆を送り出した後、部屋に一人きりでした。
いつもは空気を薄く感じるほど狭い家が、たまに一人になるととても広く感じます。
少々寂しさを感じながらがホウキで床を掃いていると、トントンと扉を叩く音が聞こえました。
忘れ物をした小人たちだと思って扉を開くと、そこに居たのは黒いフードを被った林檎売りでした。

「…林檎はいらんか」
「林檎ですか…うーん…」
「甘くて美味いぞ…一口味見してみろ」
「あ、でも」
「買うのは味を確かめてからでいい」
「はあ」

断わり下手なは、言われるがまま差し出された林檎を手に取りました。
赤くてツヤツヤとした林檎は本当においしそうに見えました。

「じゃあ、いただきま…」
「…ッッいかん食うな―――!!!」

かじろうとした瞬間、凄まじい速さで林檎はの手から奪われました。
何故か林檎売りがフードを脱ぎ飛ばす勢いで突っ込んできたのです。

「お前が、お前が食うくらいなら、俺が食う!」
「え!?あの、ちょっ…」

耐えられないといった風情で大きくかぶりを振った林檎売りは、おろおろするをよそにいきなり林檎をかじり、軽くうめき声を漏らした後そのまま倒れました。

「えええ!急にどうしたんですか!大丈夫です…か……え?……お義母さま…?」

眼帯をしたまま床に突っ伏しているのは、お妃様その人でした。
結局最後まで役に徹し切れなかったお妃様はシナリオの上とはいえ、に毒を盛ることなどできなかったのでしょう。
だからといって何も自分で食べる必要はなかったと思うのですが。
何がなんだかわからないのは取り残されたです。
自分を殺そうとしたはずなのに、なぜか涙目になりながら庇うように林檎をかじって逝ってしまったお妃様。
毒入りと思われる林檎を食べさせようとしたり、かと思えば体を張って止めたり、あまりに行動が謎めきすぎです。混乱するのも無理はありません。
不仲であっても義理であってもにとって母は母です。
二度目となる母との別離にはショックを受け、亡骸にすがっておいおいと泣きました。

そして更になんだかわからないのは、帰ってきた小人たちです。
釣りを終え戻ってきたら、が泣いている上に、知らないおっさんが一人倒れています。
何が起こったのか予想することすら難しいシチュエーションに、全身ずぶ濡れの司馬懿もついつい体を拭くこと忘れてしまいました(また流された)

「どうなされたのです、殿」
「お義母さまが…」
「義母というと、お前を殺そうとした鬼のような輩ではないか」
「でも…私を庇って服毒自殺を…」



「ええと、では、この倒れてるのが義母上で?」
「はい」
「何をしに来たのですか?」
「私に毒を盛りに来たっぽいんですけど…」

わかんねぇ!

結局事情を聞いてもよくわからなかったったのですが、いつも笑顔のがしくしくと泣くものですものですから、だんだん小人たちもつられて悲しくなってきてしまい、終いには全員亡骸にすがって泣きはじめてしまいました。
森中に男達の慟哭が鳴り響き、その不気味な轟音は近隣の町を脅かしたそうです。
最後は華やかに弔って差し上げようという張コウの意見で、棺には色とりどりの花をいっぱいにしきつめることにしました。
硝子の棺の中で静かに横たわるにお妃様はまるで眠っているようでした。
今にも目覚めそうな姿が、より一層の涙を誘います。
と、そこへ、旅の途中とおぼしき髭をたくわえた王子様が通りがかりました。

「どうしたお前たち、何が悲しくて泣いておる」

何が悲しくてと改めて問われると、実際なんで泣いてるかよくわかっていない小人たちは非常に困ります。
なんとなく場に流されて一緒に泣いていただけなのですから。平たく言えばただのもらい泣きです。

「ええと、まあ、亡くなりまして」

歯切れの悪い返答に「ほう」と言いながら髭の王子様は馬から降り、棺の方へと近付いてきました。

「………」

棺をのぞきこんだ王子様は悪いものでも食べてしまったかのような顔を浮かべたのち、そのまま何事もなかったように白馬に跨って帰ろうとしたので、小人たちは総出で取り押さえました。
流れ的に王子様にこのまま消えられてしまっては困るのです。

「離せ!離さんか張遼!」
「そうはいきません、一応役割というものをこなして頂かないと困ります」
「左様です、誰よりも小人役適任のくせにどうしても王子様じゃないと嫌だと押し切ったのはご自分でしょう」

アクシデントのおかげで本来隠して進めたい裏事情がぼろぼろとこぼれ出しています。
それにしても司馬懿はとても失礼です。

「だって違う!予定と違う!思ってたのと違う!」
「何が違うのです」
「棺の中身がだいぶ違う!」

確かにお妃様のスタンドプレーがなければ今頃棺で眠っているのはでした。
しかし予定はあくまで予定です。
現実にガラスの中にいるのは眼帯の猛将なのですから、もうこれはアンラッキーだったと諦めて頂くほかありません。

「さあ、お妃様に目覚めの儀式をひとつ」
「そういったリスクも含めての王子様ですぜ、ささ」
「や、やめんか!」

王子様は必死で抵抗しましたが何しろ相手は小人とは名ばかりの七人の猛者。
どんどん棺の方へと追いやられてゆきます。

「あまり美しい光景ではありませんが…仕方がありませんね」
「拙者は何も見ないことにするでござる」
「ではそれがしも」
「リアルな配慮をするな!」
「さあ王子様」
「王子様腹をくくって、さあ」

半強制的な七人分の力が後頭部に加わえられ、王子様の無双ゲージは満タンになりました。

…っやってられるか――!そもそもキスごときで食った林檎が出てくるわけないだろうが!!」

王子様、逆ギレのあげく大暴れです。
やけくそなのか、腰に刺していた剣を振り回しつつ無謀にも七人に突っ込んでゆきました。
返り討ちに遭うこと必至ですが、棺の中身を見た時点ですでに王子様はどうでも良くなっていたのかも知れません。やぶれかぶれです。
普段平和そのものの静かな森は、いっときわんぱく魂が爆発したような騒音に支配されたのでした。

あわれ、お妃様は王子様からのキスを得られませんでした(その方がお妃様も幸せ)
このまま眠りっぱなしにしておくわけにもいきませんから、王子様の代りに姫から目覚めのキスを……なんてそう上手いこと話が運ぶわけもなく、結局掃除機を口に突っ込んで毒林檎回収、という正月の餅を髣髴とさせる合理的かつ無情な策が実行されました。

「…ッホゲェェー!喉がぁッ!」
「お義母様!」

こうして、無事生き返ることができたお妃様は、すっかり心を入れ替えこれまでとは別人のように優しくなり(もともと何もしてない!/夏侯惇)、小人たちとともに親子仲睦まじく暮らしたそうです。
ちなみに通りがかった王子様も何故かなりゆきで居座ることになり、もともと定員オーバーだった小人たちの家は更に厳しい状態に追い込まれてゆくのでした。
めでたしめでたし。
増築増築。