むしかしむかしあるところに運命共同体として兄弟の契りを結んだ三人の男がいました。
一番小柄なのが長兄の劉備、背丈も髭も超級の関羽が次兄、常に酒臭いのが末の張飛です。
この三人はいつかこの国で天下を獲る、という壮大な夢を持っていましたが、特に何をしていいかわからず、毎日畑を耕し無農薬有機野菜の栽培に精を出すなど地道な暮らしを送っていました。
ある日三兄弟が仲良く川で洗濯をしていると、上流からどんぶらこどんぶらこと(そんなのんきな音で示していいものかわかりませんが)人が流れてきました。

「兄者、土左衛門だぜ」
「おおなんと痛ましい」

そのまま流されたままにしておくのは不憫と思い、関羽が手にしていた青龍偃月刀で仏をひょいと掬い上げました。
うつ伏せだったのでわかりませんでしたが、持ち上げてみるとそれは女の子でした。
あまりに見事に流されているのでてっきり死んでいるとばかりと思っていましたが、岸に上げられた体はまだ温かく、途切れ途切れでしたが呼吸もしています。

「水を吐かせよう、水」
「腹を思い切り押せばいいんだな、よーし…ほっ!」
「ギャアー!!!」
「力加減しろ!内蔵潰れるぞ!」

手荒い処置ながらも、娘は無事意識を取り戻しました。
助けられた娘はと名乗り、命の恩人である三名に深く感謝しました。
あれだけ流されても生きているその丈夫さにも驚きですが、三名がもっと驚いたのはが手にしていた短刀の存在です。
この土地には、朱雀という金の小太刀を持った風の神の遣いが川から流されてくる、という神々しさも半減な言い伝えがあったのです。

大変な幸運と喜んだ兄弟は、行くあてがないという(神の遣いとしてどうか)を新しい家族として迎え入れました。
劉備達は朱雀であるということとは関係なくを我が子のように可愛がり、もう結構な年頃だというのに高い高いと空高く放り投げたり肩車をしたまま街を闊歩したりと、ありがたいけどちょっと迷惑な愛情表現を惜しむことなく日々披露していました。おかげで近所ではちょっとした親馬鹿髭トリオとして名を馳せていたようです。
やたらと豪胆な三兄弟に囲まれながらもというか、だからこそというか、は割合控えめな性格に育ちました。
確かにあの三人と同じ色に染まってしまっては、三ボケが4ボケになるだけで止める者がいなくなってしまいます。最もまとめ役として長けているはずの劉備は時々人が変わった様に柄が悪くなってしまうので、はどうしても歯止め役とならざる得ないのでした。
とはいえ腐っても神の遣いです。
毎日肩車されてばかりいないで何か人の役に立つことをせねばとが思案していた、その矢先。
同じ町内会の魏延と黄忠が山のふもとでぐったりしているのを見つけました。

「どうしたんですか2人とも」
「我…草…ムシル」
「草むしりですか。手伝いますよ、どこまでやるんですか?」
「一山」
「ひとやま!!?」

死ぬまで現役と豪語する元気な名物じいさんの黄忠も、流石に疲れ果てるはずです。
見上げた山は容易に頂上をうかがえぬほど高く、果てしなく青々としています。
気軽に草むしりを始めるような規模ではありません。
下手したら草むしりが終るより先に黄忠の余命が尽きてしまいます。
は無茶なチャレンジを止めましたが、2人は弱々しく首を振りました。

「やめられるものならば、とっくにやめてるわい」
「命令…俺従ウ…」
「命令?誰の?」
「町内会長じゃ」
「え、町内会長?一体なぜ…!」
「多分わしと魏延が会費を全部小銭で払ったせいじゃないかと思うんじゃが」
「たったそんなことで!?」

現在、達の町内を取り仕切っているのは、希代の敏腕町内会長と誉れ高い諸葛亮という人物です。
その広い知識と探究心は果てがないと賞賛され、町内の人々は敬意を込めて彼を伏龍と呼んでおりました。
しかしいくら有能といえど、日本語に不慣れな魏延と、かくしゃくとしてはいるけれどもお年寄りである黄忠に対してこのようなひどい仕打ちをするとは、いくらなんでもあんまりです。
町内会長といえど黙ってはいられないと感じたは、早速抗議に出向くことにしました。

「…というわけで、町内会長のお宅に行ってきます」

当然過保護な三兄弟は、ならば私も俺も拙者もいざ行かん!と鼻息も荒く付いて来る気マンマンだったのですが、この保護者三名に付き添ってもらった日には小事も大事になりかねません。
別に一戦交えたいわけではないのです。少し話しを聞いてもらいたいだけです。
ですので、は申し出を丁重にお断りし、一人で出発しました。

しかしなにから何まで心配なのが親心というものです。
途中で腹が減っては困るといって、の為に食料を持たせてくれました。
それはありがたいのですが、用意してくれたのはよりによって鳥の丸焼きでした。
食べ応えはありそうですが、明らかに携帯食として不適切です。
おかげで途中、すれ違った近所のおじさんに「お、なんだなんだ、クリスマスパーティか?」などと冷やかされ、かなり恥ずかしい思いをする羽目になりました。
なぜ定番の肉まんあたりにしてくれなかったのか、は父親達のワイルド思考に泣きたくなりましたが、なんとか涙を堪えつつ歩き続けました。

その道すがら、は一匹の犬が行き倒れてるのを見つけました。
慌てて駆け寄るとまだ意識があるらしく、蚊の泣くような声で「食べ物…食べ物…」と呟いています。どうやら飢えているようです。
倒れるほど飢えで衰弱している人(犬)に鳥の丸焼きもどうなのか、空っぽの胃には荷が重過ぎないか、など色々思いましたが、他には何も持ってなかったので、仕方なくは鳥の丸焼きを差し出しました。

「…ふう、ありがとうございますワン。助かりましたワン」
「いえいえ、ご無事でなによりです」

丸焼きをペロリと平らげた犬は、さきほどまで瀕死だったとは思えぬ姿勢のよさでに礼を告げました。
その復活スピードに少々驚かされてしまいましたが、回復が早いことに越したことはありません。
すっかり元気な姿に安心したは、それでは私はこれでと立ち去ろうとしましたが、

「あ、お待ちくださいワン」

すぐに呼び止められてしまいました。

「私は趙雲と申す者ワン。もしどちらかへ出向かれる途中ならば、恩義に報いる為ぜひ護衛としてご一緒させて頂きたいワン」
「いやそんな、お気になさらずに」
「しかしそれではこちらの気が済みません。ワン」
「あ、の、役柄を考慮してのことだとは思うんですが、その、無理して喋らなくても結構ですから……ていうか、普通でお願いします」
「は、ではそのように」

肩の荷が下りたのか趙雲は幾分かホッとしたような顔をしていましたが、とってつけたような犬っぽさに最初から抵抗を感じていたはもっと安堵していました。

「それで、どちらへゆかれるのですか」
「大した距離ではないんです、ちょっと町内会会長のお宅に行くところで」

は諸葛亮の元へ出向くことになった経緯を簡単に説明しました。

「…というわけで、ちょっとお話をと思いまして」
「なるほど」
「はい、ですから特にお供して頂く必要も、」
「世にはびこる悪を退治しに行くというわけですね」
「エッ」

ダイナミックな斜め読みする犬です。
真面目な顔で耳を傾けていた割には、人の話を聞こうという意思をがまるで感じられません。
これからの予定を勝手にドラマチックに脚色され、は大いに慌てました。

「や、そういう壮大かつ殺伐とした用事ではなくて、」
「この趙子龍、そのような大義を持った方をずっと求めておりました」
「何か激しく誤解されてませんか」
「生涯あなたの槍となる覚悟です」
「聞いて!話聞いて!」

暴走し始めた犬をどうにか阻止しようと頑張ってはみたのですが、結局には彼の単騎駆けを止めることは出来ませんでした。阻止するどころか100メートルくらい引きずりまわされた心境です。
猛将相手に大敗を喫したは予定外の存在であるお供を連れ、重い足取りで先を急ぎました。

そうして諸葛亮邸を目指して歩き始めた2人ですが、その道の先にはまたしても動物が一匹行き倒れていました。
見事な兜を被った猿です。
げっそりした顔に死相を浮かべている様はさきほどの趙雲と変わらないのですが、身なりが立派なだけにこちらの猿の方が余計悲壮感が漂います。
一刻の猶予もない患者の容態に焦りながらも、はまだまだ在庫豊富な鳥の丸焼きを猿の口に押し込みました。

「…ああ助かった、礼を言うキキッ。俺の名は馬超だ。キキッ」
「あ、語尾は無しの方向でお願いします」

流石に二度目ともなるとの対処も手早いもの。
確かに同じことを何度も繰り返していてはいらぬ体力の消耗を招きます。
どうやら話を聞けばこの馬超、ただ貧しくて飢えていた訳でなく、大層な馬好きが災いして有り金すべてを連れていた馬のエサにつぎ込んでしまい、肝心の自分が路頭に迷ってしまったとのことでした。心温まるエピソードではありますが、かなり馬鹿野郎です。

「で、その馬はどうしたのですか」
「途中で逃げた」

はとても可哀想になってしまいました。
薄汚れた兜がなんだか涙を誘います。
熱くなった目頭を押さえていると、馬超はたちを旅の途中と見たのか趙雲に行き先を尋ねました。
尋ねられた趙雲は、が止める間もなく実に大真面目な顔で「悪を成敗しにゆくのです」と答えてしまいました。
それを聞いた馬超の表情といったら、まさに輝かんばかり。一気に百万ドルの夜景に匹敵する眩しさです。
急に溌剌としはじめた馬超の様子には胸騒ぎを覚えました。

「悪の成敗…」
「馬超様、」
「まぎれもない正義だな」
「どうか落ち着いてください馬超様」
「よし、俺もその隊列に加わろう。俺の槍で悪漢どもを切り裂いてやる」

切り裂かれたのはむしろのハートです。
なんとなくわかってはいたのですが、実際その通りに話が進んでしまうとがっくりくるというか、溜息が出るというか、とにかく落胆の色を隠せません。
意思と反して、どんどん増えてゆく仲間の存在に頼もしさを感じるどころか不安が募ります。
護衛としてやる気充分の若武者に左右挟まれ、は肩を落として歩き始めました。

すると、またかよといった感じですが、三匹目の動物・キジの姿がありました。
これまでの2人のように突っ伏してはいませんが、いかにもしばらく何も口にしていませんといったひもじさを撒き散らし、体育座りでうずまっています。
一体このあたりはどれだけ食糧難に陥っているのでしょうか。平和な町内に存在する、知られざる貧困の実態には驚くばかりです。
しかしここまで助けてきて、このキジだけ見捨てるわけにも行きません。

「あの、大丈夫ですか」
「ああ…これはありがとうございますキジ」
「キジ!!?
(語尾苦しすぎる!!)

これといったふさわしい語尾が見つからなかったからといってあまりにあまりな手段です。
型破りの自己アピールに度肝を抜かれつつも、はやんわりと無理な口調の遠慮を申し上げました。
強引な先制攻撃をかましてきたキジは姜維と名乗りました。
は今まで同様、空腹感を満たしてもらおうと鳥の丸焼きを差し出しましたが、姜維は少々表情を曇らせました。

「私は一応キジという鳥であるわけで…これは共食いということに……」
「あ、そうですよね、無理ですよね」
「ですが気にせず戴きましょう」
「食べた!」
「ガブリといった!」
「こいつ結構えげつないぞ!」

あっさりとタブーを犯したキジは、すっかりと健やかな顔色を取り戻しました。
なにかいけないものを見てしまったたちの方こそ、顔色が悪くなりそうです。
そんなこちらの複雑な想いなど露知らず、キジは元気に尋ねました。

「ところで、旅の途中のお見受けいたしますがこれからどちらへ?」
「あ、違うんです旅なんかじゃ」
「正義として鬼退治にゆくところだ」

今度こそと先手を打とうとしたですが、馬超の堂々たる受け答えを前にもろくも崩れ去りました。
しかも旅の目的が微妙に変わっています。
そもそものっけから誤解されているのですから、今更もう何でもいいと言えばいいのですが、無意味にスケールが大きくなっていくことに対してやはり不安を感じずにいられません。
そして、予想通りというか何というか、キジは仲間に加わりました。
のお供は最終的に三名となり、父たちの同行を断った意味がまるでない結果となってしまいました。
狭い町内の敷地内だけでこんなことになってしまうとは誰が予想したでしょう。
諸葛亮の自宅はもう、すぐそこです。